第118話 これって転職面接!?


 まずフランツが、彼らに私とのなれそめを話してくれた。


「カエデとは、この前の西方遠征でウィンブルドの森に行ったときに出会ったんだ。他の世界からあの森に迷い込んだカエデを騎士団で保護することになって。それで遠征を続けているうちに、何かと一緒に行動するようになっていたんだ」


 お兄さんのエリックは、うんうんと興味深げに相づちを返す。


「僕も瓦版で読んだよ。『ウィンブルドの森に突如あらわれた、黒髪の乙女』だろ?  

 でも、たった一人で知らない場所に迷い込むなんて心細かっただろうね……」


 気遣う視線を向けられ、私はあたふたと答える。


「は、はじめは不安でしたけど……でも、フランツがいつもそばにいて助けてくれたので……」


 自分で言いながら、あれ? これってご家族を前に惚気ているみたい? と急に恥ずかしくなってくる。


 でも、ちらっと隣のフランツを見ると、彼はにこっと優しい笑みを向けてくれていた。


「初めは助けてたつもりだったけど、いつの間にか助けられてるのは俺の方だった。カエデのおかげで、今回はリーレシアへの誕生日プレゼントを買うお金をためておけたし。カエデが手を加えてくれたおかげで騎士団の食事が格段に充実したりもしたんだ。今回は大変なことの多い遠征だったけど、無事に乗りこえて王都に戻ってこれたのはカエデのおかげなのは間違いないよ」


 フランツにべた褒めされると、ますます恥ずかしくなってしまう。でも、エリックさんはにこにこと穏やかな笑みをたたえてフランツの話を楽しそうに聞いていた。


 そこに、それまで黙々とフォークとナイフを動かして食べているだけだったお父様が話しかけてくる。


「自由都市ヴィラスで行商人たちにくばったという証書を見た。あれは、貴女が考えたものだと聞いたが本当か」


 友好っぽさのかけらもない、まるでシビアなビジネスの交渉をしているかのような口調にそれまで和気藹々としていた場の空気がとたんに冷えた気がした。


「は、はいっ。えっと、証書を作るのは団の皆さんに手伝ってもらいましたが、考えたのは、私、です……」


 慌ててフォークをお皿の上に置いたから、ガタガタと食器が鳴った。それでもお父様はまるでこちらなど見ていないかのように、勝手に話を進めていく。


「あれは実によくできていた。あのときはヴィラスの行商人たちに資金を募ったと言うが、他にも応用は利きそうだ」


 お父様は、あの騎士団債がえらくお気に召したみたいだ。

 本当に商売絡みの話がお好きなよう。それなら、こっちも合わせた方がいいかもしれない。


 正直、好きな人のお父様だと思うと人間的に気に入られなきゃって肩に力が入るし胃が痛くなるくらい緊張するけど、取引先の社長と話していると思うとそこまで緊張しなくても済む気がしてきた。


「あれは債券というものです。利益の一部を上乗せして返還するようにすれば事業拡大の資金集めにも使うことはできるかと思います。一口あたりの下限金額を小さくすれば、広くたくさんのヒトからお金を集めることもできますし。逆にお金を出す方も、たとえその事業が失敗に終わったとしても出したお金を失うだけで済むため、少ないリスクで参加できるという利点があります」


 これはまさに、株式の一種だ。私の元いた世界では、その方法で大航海時代にヨーロッパ諸国がたくさんの船団を組んでアジアへと向かう資金を得たのだった。


 まだ経済がそこまで発展していないこの時代にその手法を取り入れれば、きっと他に先駆けて大きな事業を動かせるようになるだろうと思う。


 お父様は食い入るように私の話を聞いていた。


「なるほど。それは是非、うちの商会でも取り入れてみたいものだな。うちの商会もいまでは国中のあちこちに支店を持つようになったが、最近、売り上げの伸びが鈍りつつある。いろいろと改良をしてはいるのだが、どうやら支店ごとに売り上げのばらつきが大きいようでな。王都に近く、私や直属の者が頻繁に立ち寄れるところの支店は業績がいいのだが、遠くなれば遠くなるほど指示もとおらなくなる。何かいい知恵はないものだろうか」


 今度は支店の管理問題かぁ。なんだか、転職面接で専門知識を問われてるときみたいな気分になってきたぞ。私もこういう話題の方が、当たり障りのないサロン的な会話よりもずっと得意だし、話していて楽しい。


「帳簿類は作られていますか?」


「もちろんだ」


「それは、統一のやりかたで作られているものですか?」


 ぽんぽんと小気味よく言葉のやりとりは続く。


「いや、同じ国内とはいえ地域ごとに商慣習がちがう。それぞれの支店が独自にやっているはずだが」


「それを見て、ジェラルド様はすべてをご理解なされていますか?」


「いや、無理だな。王都のやり方に近いものならわかるが、遠いところのものまで把握はしておらん」


「では、まずは帳簿類の様式を統一してみてはいかがでしょう」


「ふむ。統一様式、か……」


 この世界で金庫番をやっていて一番困っていることは、統一された会計ルールというものが存在しないことなんだ。


 統一した会計ルールが存在しなければ事業ごとの比較が難しく、帳簿も書いた本人以外にはさっぱりわけのわからないものになってしまいかねない。


「帳簿を定期的に書き写させて本店で回収するとか、二冊帳簿をつくって交互に使わせて片方を本店が回収するなどすれば、王都にいながらにして支店の経営状況を現状より細かく把握することができます。それを精査したうえで支店に的確に指示を出すようにすれば、より業績を伸ばせるんじゃないでしょうか」


 これは、いわゆる管理会計というやつだ。経営者が経営計画を立てたり予算を考えたりする際の指針にするために行う会計のことで、社内の財務状況を的確に把握することで現在の問題点をみつけ、未来を予測し、よりよい選択をするために資するものだ。


「……すばらしい。それが実現できれば、さらなる支店の拡充もできそうだ。早速取り入れてみよう」


 と、お父様は私の話がいたく気に入ったらしかった。


 ふぅ……なんとかお父様に話の内容を気に入ってもらえたようでよかった。結婚を認めてもらうこととか、すっかり忘れて語ってしまったけど。

 話だけでなく、私のことも気に入ってもらえたらいいんだけどな。


 なんて仄かな期待を胸に抱いていたら、お父様はとんでもないことを言い出した。


「ふむ。どうせなら、貴女にうちの商会に入って直接指導してもらいたいものだな」


 それには、フランツが素早く反応する。さっと私の肩を抱き寄せて、お父様をきつく睨んだ。


「カエデは西方騎士団の大事な金庫番なんだ。余所へなんか行かせるわけないだろ」


「わかっている。金庫番の役割は王直々の拝命を受けたのだ。私がどうこうできるものではない。もしできたらと、思っただけだ……」


 そうは言うものの、お父様はまだそのことに未練があるようでいまいち言葉の歯切れが悪い。


 でも、私だって西方騎士団を離れたくなんかないもの。


 以前もダンヴィーノさんに行商人ギルドへ来ないかと誘われたことがあったけれど、あれは酒席での冗談みたいなものだったもんね。


 お父様の言い方は、それよりもっと真面目にスカウトする気でいるみたいで思わず私もフランツも警戒してしまった。


 だけど、いくら王様からのご指名だとはいえ、お父様も力のある貴族のお一人。無理矢理、商会にひっぱられたらどうしようと不安が募ってくる。


 そんなときだった。


 それまで食事をしながら私たちのやりとりを穏やかに見つめていたエリックさんが、突然激しく咳き込み始めた。

 咳が止まらず、胸元を押さえて苦しそうだ。


 すぐに使用人たちが駆け寄って水など渡そうとするのだが、受け取る余裕すらないみたい。


「すぐに主治医を呼べ」


 お父様の指示に、執事さんたちがバタバタと部屋の外へ駆けていく。


「エリック。お前ももう部屋へ戻って休んでいなさい」


 お父様の言葉にエリックさんも頷くものの、それが精一杯のようで立ち上がるのも難しそう。私はさっきまで穏やかに笑っていたエリックさんが、突然そんな風に発作に見舞われるのに驚いて固まってしまっていた。


 そのうち、エリックさんの真っ白だった顔や首、両腕に赤い発疹が現れだした。特に顔の赤みが酷い。咳も止まる気配がない。

それを見ていて、ふと遠い昔に見た光景が脳裏に浮かんで目の前の景色と重なる。


 あれ……? この症状って、もしかして……。


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