第5話 ほっこりシチュー

 救護テントからほんの少し歩いたところで、大きな焚火が焚かれていた。キャンプファイアーみたい。その周りには肉の串がツクシのように火を囲んでたくさん刺さっている。焚火の傍にはレンガを積んだカマドもつくられ、その上には大きな鍋にシチューが煮込まれている。シチューの中にもゴロゴロとたくさんの熊の肉が煮込まれているようだ。


「ヒュー! それがお前が拾ったっていうお嬢さんかい?」


「グレイトベアーの前に飛び出したんだって? 勇気あるなぁ」


「西方騎士団へようこそ!」


 焚火のそばに行ったとたん、火を囲んでいた人たちからそんなヤジが飛んでくる。甲冑を脱いで傍に置いてあったり、着たままだったりといろいろだが、みんな白地に金の細工の入った同じ甲冑に、同じ紺色のシャツを身に着けている。きっとあれが、この騎士団の制服なのだろう。


「ったく。放っといてください。この酔っ払いどもめ」


 やいのやいの煩い野次馬たちにフランツはぞんざいな言葉を投げるのでヒヤヒヤしたけれど、彼らもちょっとからかってやろう程度のことだったらしくそれ以上絡んでくることはなかった。


 座るのにちょうどよさそうな倒木の傍で降ろされる。そこに腰を下ろすと、フランツもすぐ隣に座ってくれた。


 やっぱり、知らない人たちの中にいると落ち着かない。こちらをチラチラ見ている視線も気になる。だから、フランツが隣にいてくれるのがなんだか頼もしく思えていた。


 フランツだってついさっき知り合ったばかりだけど、名前を知っていて何度か会話を交わしたし、何かと世話を焼いてくれようとしているのがわかるから、つい頼りにしてしまう。


 焚火の周りにはざっと数えただけでも三十人ほどの騎士団員と思しき人たちがいた。思い思いに座って歓談しながら肉串をかじったり、シチューを食べたりしている。フランツみたいな若い人もいれば、中年の人や、白髪の人もいる。さらにいうと、数こそ少ないが女性らしき人の姿も見えた。彼女たちも、ほかの男性たちと同じ甲冑を身に着けているから騎士団員なのだろう。甲冑を着て颯爽と歩く姿は、とてもカッコいい。


 さらにその周りには、カマドで調理をしたり、給仕をしたりとちょこまか動いている人たちもいた。こちらは若い子が多い。十代と思しき子たちばかりだ。その子たちの中に甲冑を着ている人はいないみたい。みな、薄青いゆったりとしたシャツを腰のあたりで紐でとめている。


 そうやって焚火の周りに集う人たちを眺めていたら、一人の若い男の子がこちらに近づいてきた。十代後半くらいの、さらりとした金髪に金目の可愛らしい少年だ。

 彼は両手にそれぞれ木の皿を持っていた。皿にはブラウンシチューがたっぷりと盛られ、その上にパンと肉串が乗っている。


「お待たせしました」


 にっこりと可愛らしい笑顔で、少年は皿を渡してくれる。


「あ、ありがとう」


 皿を受け取ると、ホカホカとした温かさが器越しに伝わってくる。


「ゆっくり食べてってくださいね」


 少年はフランツにも皿を渡すと、挨拶するように深くお辞儀をする。さらりと金糸のような髪が揺れた。まごうことなき美少年だわ。

 皿を受け取ってさっそく肉串を咥えながらフランツは、


「おう。頑張れよ」


 そう言葉を投げると、少年はもう一度ぺこりとお辞儀をしてカマドのほうへと戻っていった。


 少年が渡してくれたシチューはまだあたたかな湯気がのぼっている。添えられていたスプーンで一さじすくって口に運ぶと、温かな美味しさが口いっぱいに広がった。肉のうまみがしみ込んだシチュー。ゴツゴツとした大きな肉がいくつも入っている。これは、やっぱりさっきお亡くなりになったグレイトベアーの肉なのかな。さらにニンジンと玉ねぎのようなものもシチューに溶け込むように煮込まれている。空腹だったこともあって、どんどんとスプーンがすすむ。ひんやりとした森の中で食べるあつあつシチューの味は格別だった。


 ふわぁ、いっきに半分くらい食べてしまった。いったんお皿を膝の上において、パンを齧ってみる。しかし……このパン、硬くない!? 男の人の拳くらいの大きさの、ぎゅっと中身が詰まっているような重たいパンだった。パンにどう歯を立てたら上手く噛めるんだろうと悪戦苦闘していたら、隣で楽しそうに笑うフランツの声が聞こえた。


「それは、こうやって食べるんだって」


 フランツはパンを一口大にちぎると、シチューにしっかり浸してから口に運んぶ。

 なるほどね。シチューに浸して柔らかくしてから食べるのね。たしかにシチューに接していた部分はぐずぐずになっている。そのあたりをちぎってたべると、パンがシチューを良く吸って、なんとも美味しい。


 久しぶりに口にした食事。


 森の中で騎士団の人たちと一緒に焚火を囲んでいることがなんとも不思議な感じがしてくる。それでも、日の暮れ始めた森の中。大きな焚火の傍は、なんだか心が落ち着く。少し打ち解けてきたフランツもずっとそばにいてくれるし。


 ……そういえば、フランツはなんでずっとそばにいてくれるんだろう。なんとなく隣に視線を向けると、お替りしてきたばかりのシチュー皿をスプーンで掻き込んでいたフランツと目が合う。彼はスプーンを咥えたまま、にこっと笑い返してくれた。


 よくわからないけど、右も左もわからない自分のためにあれこれと世話を焼いてくれる彼は、良いひと……ではあるんだろうな。


 そのあと、この騎士団で一番偉いというゲルハルト西方騎士団長……略して、団長とも顔を合わせた。五十代くらいの茶色い髪に同じ色の髭をたたえた男性で、こちらを鋭い目つきで見てきた後、事前にサブリナから話は聞いているといってあっさりとこの騎士団への同行を認めてくれた。王都につくまでの間、という条件付きではあったけれど。さらに、寝泊まりはサブリナのテントで行うようにという配慮までしてくれた。このあたりは、サブリナからの申し出があったのかもしれない。


 こうして、なんとか寝床と食事の心配はなくなった。それ以外にもいろいろと心配なことは山ほどあったけれど、すっかりとばりのおちた森の中は、焚火から少し離れるともうそこは真っ暗闇だ。時折、どこからか獣の遠吠えのようなものも聞こえる。ここはあんな巨大な熊すら徘徊する異世界の森の中なんだ。焚火の明かりと、騎士団の人たちの談笑する声がなんだかとても頼もしい。もし彼らと出会えずに、自分一人でこんな森の中をさまよっていたらと考えるとゾッとする。


 木々の合間から見上げた空には、見たこともないほどたくさんの星が瞬いていた。



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