第16話 アレで、決着

「決闘は、御法度ごはっとだ。特に遠征中に行えば、除隊もありうる」


 隣にいるイケメンが淡々とした口調で言う。長い銀髪を肩のあたりでゆるっと束ねている細身の男性。正騎士のクロードだ。


「……ですよねぇ」


 彼はフランツとは同じテントで寝起きをしているとかで、二人は仲がいいみたい。いや、そんな特別な意味じゃなく、ね?

 

 どっちかというと賑やかなフランツと、笑ったところなんて一度もみたことがない、もしかして精巧に作られた人形なんじゃないの?なんて疑いたくなるほど無表情のクロード。


 その二人が気が合うのは意外な気もするけれど、自分とは違うタイプの方がうまくいくってやつなのかしらね?


 そのクロードが私の隣にいる理由は、ただ一つ。フランツが彼に気軽に、「カエデのことを頼むな!」と言って去っていったからだ。


 ここはこの前、フランツにラーゴへ乗せてもらったあの草原。

 爽やかな風が丘の上を駆け抜け、髪をもてあそんでは通り過ぎて行く。


 斜面を下った先にはずっと先まで草原が広がっているのだけど、いまはその地面に一本の真っ直ぐで長い線が引かれている。その線の手前に、馬たちが興奮した様子で一列に並んでいた。


 さらにその馬たちの上には、馬以上に興奮してんじゃないの?と疑いたくなるほど元気な騎士団の皆さんが乗っている。


 フランツは、当然のようにその列のど真ん中でラーゴに乗り、こちらににこやかにブンブンと手を振っていた。それに手を振りかえしていると、クロードが静かな声で教えてくれる。


「だから、我々は争いが起こったときは別の方法で決着をつけることにしている。それが、これだ」


「えっと……レース?」


「そうだな」


 へぇー。それは、ずいぶん平和的な解決方法だね。


 たしかに、これだけ沢山の人が野外で共同生活していたら多少なりと揉め事も起こるだろう。そんなとき、いちいちケンカになったり、まして決闘なんてしていたら団の中の秩序が守れないものね。


「……え、でも、あれ?」


 ちょっと待って。スタートラインに並ぶ騎士たちの列の左端にいる人。あの髭面は、もしかしてゲルハルト団長じゃないの!? 団長も参加してるの!? ポーションほしさに!!?? 


 あれ! あれ! と団長を指さしてクロードに尋ねると、彼は深く大きく頷いた。


「あの人は、酒に弱くてすぐに二日酔いになるからな」


 いや、ちょっとよく意味がわからないんですけど。


「そういえば、クロードさんはレースには参加しないんですか?」


 あの馬の数を見ると、正騎士さんはかなりの人数が参加してるんじゃないだろうか。しかし、クロードはレース自体には特に興味もなさそうに眼鏡を指の腹で押し上げる。


「馬鹿騒ぎは好きじゃない。それに、私が出なくても、どうせフランツが何か持ってかえってくるだろうしな」


 そんなことを話している間に、スタートラインの端に立っていた従騎士さんがピーと甲高く笛を吹いた。


 それを合図に、馬が一斉に走り出す。


 これだけの馬が一斉に駆ける音は、まるで地鳴りのようだ。私たちが立っているこの丘にまで振動が伝わってくる。


 馬たちはほぼ一列に並んで走っているけれど、すぐに二頭の馬が列から抜け出した。

 フランツの乗るラーゴと、ゲルハルト団長の乗るまだらの馬だ。


「うわぁ……」


 二頭の馬は、他の馬たちをぐんぐん引き離して駆けて行く。同じくらいの速さに見えた。


 そして、二頭はほぼ同時にゴールラインを越えた。


 少し遅れて、他の馬たちもバラバラとゴールしていく。


「行ってみよう」

「は、はいっ」


 丘を駆け下りるクロードの背中を追って、足にスカートをひっかけないように裾を摘みあげると走っていく。


 ゴールラインの周りに、レースを終えたばかりの騎士さんたちが集まっている。フランツと団長も、まだ馬に乗ったまま。


 みんな、ゴールラインの傍に立っていたテオに注目していた。


 テオはみんなの視線が自分に向けられているためか恥ずかしそうにモジモジしている。

 そのとき、彼の周りにヒュンと何か小さなものが飛んできた。ソレはテオの周りを何周か回ると、ふわりと肩に舞い降りる。


 はじめは、虫か何かが飛んできたのかと思った。でも、近づいてよく見るとそれは虫じゃない!


 なんとソレは、人の姿をしていたの。私の手の平くらいの大きさしかない小さな少女。その少女の背中にはギンヤンマみたいな薄く透明な羽根があって、その女の子自身も薄い透明な身体をしていた。


 透明な身体に、透明なワンピースの小さな少女。彼女は広げていた羽をペタンと畳むと、テオの肩の上で背伸びをして、彼の耳に何かをこそこそっと耳打ちした。


 彼女の内緒話を聞いて、テオはウンと少女に頷く。


「シルフの見立てでは、さっきの勝負。団長の勝ちです! 二番が、フランツ様!」


 その言葉に、わーっと団員の皆が沸き立つ。団長は、馬の上でガッツポーズをしていたし、フランツはがっくりと肩を落としていた。


 団長、さすがこの西方騎士団で一番偉いだけあって、実力者なのね。それに、フランツもとても速かった。正騎士さんたちだけで比べれば、断トツのトップだったもの。


 フランツっていつも気さくに接してくれるけど、本当はすごく実力のある人なのかも。


 シルフと呼ばれたその半透明の小さな少女は、もう用が済んだとばかりに羽を広げるとクルクルと回りながら空に飛びあがった。そして頭上遥か高くまで昇ると、ピューッと一直線に森の方へと飛んでいって見えなくなる。


「シルフ、ありがとー」


 テオが森に手を振ると、ひゅるっと小さく風がなった。それはまるで、「またね」と風が言っているようにも聞こえる。


 そのとき、フランツがこちらに気がついて、ラーゴに乗ったままトコトコとやってきた。

 ちょっと気落ちしたようにも見える彼を、笑顔で迎える。


「お疲れ様。フランツ、すっごく速かったね! 格好よかったよ!」


 そう声をかけると、彼は一瞬きょとんとしたあと、


「……あ、ありがとう」


 そうポツリと返してきた。そして、急にどぎまぎとこちらから目を逸らした。ちょっと顔を赤くなっている気もする。


 あれ? いつも陽気にお喋りな彼が、いつになく無口になってる。そんなに、二番だったのが悔しいのかな。


 どう会話を続けて良いのか困っていたら、クロードが助け船を出すようにフランツに声をかけた。


「あとはポーションの配布だろ。ほら、団長はもう貰ったみたいだから、お前も貰ってこい。お前が自分の分を取らないと、下の順位のやつが取れないだろうが」


 クロードに言われてフランツは「う、うん」とまだ落ち着かない様子でこちらに背を向けると、景品?のポーションが置かれた草原の片隅へとラーゴを走らせて行った。


 どうやら勝った順番に、自分の好きなポーションをもらえるルールみたい。


 それにしても、なんだか元気のなさそうなフランツのことが少し心配になる。

 さっきまであんなに元気そうにしてたのにね?


「どうしたのかな、フランツ。走って疲れたのかな」


 フランツと親しいクロードなら何かわかるんじゃないかと思って彼に尋ねるものの、彼は口元にかすかに苦笑を浮べた。


「たいしたことじゃない。あいつがあの程度で疲れるはずはないが……まぁ、あれだ。慣れてないんだろう。あいつの問題だから、気にしなくていい」


 そう言われても、気にならないわけもない。


「慣れてない、って?」


「人にまっすぐな好意を向けられることに、かな。アイツも育った環境が複雑だから」


 それ以上はもう、クロードは何も教えてくれなかった。

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