第2章 美味しい料理は在庫管理から

第15話 ポーションの在庫管理、大事!

「うーん。このポーションは、何色だろう?」


 倉庫用テントの中で、紙と黒チョークを片手にウーンと唸る。


 マンティコアとの戦いで多くの騎士さんたちが怪我をしたあと、怪我の治療と休息を兼ねて魔物討伐は6日間お休みになった。


 そして、7日目の朝。

 ほとんどの騎士さんたちは怪我も治って、再び森の奥へと魔物討伐へ出かけて行った。

 このあたりは土地の魔力が強くて、放っておくと沢山の魔物が発生しちゃうからまだまだ討伐しなきゃいけない魔物がたくさんいるんだって。本当、大変なお仕事だと思う。


 そして再び、静かになった西方騎士団のキャンプ。


 サブリナ様を手伝って掃除や洗濯、薬草探しなどをしたあと、今日は前から気になっていたポーション倉庫に来てみたの。


 ここは救護テントのそばに張られた小さなテント。その中には棚代わりに木箱を積み重ねたものがいくつもあって、そこにポーションと呼ばれる、小瓶入りの薬のようなものが沢山置かれている。


 ポーションは魔法の力を帯びていて、特別な修行を積んだ教会の聖職者の人にしか作れないんだって。


 種類もいろいろあって、毒に効くものや、食中毒に効くもの。疲労を回復させるものなどなど。中でも一番数が多くて、一番大事なのが、傷を治すポーション。


 なんど見ても不思議なんだけど、怪我をしている人がこのポーションを飲むと、まるで早回し動画を見ているようにみるみる血が止まって、怪我が治っていく。


 といってもある一定以上の怪我までしか治せないようで、ポーションで治らないような酷い怪我のときはサブリナ様のようなヒーラーの皆さんの出番となる。


 もうあと数日すると西方騎士団の一行はこのキャンプ地を離れて、次の土地へと移るのだそう。


新しい街に着いたらそこの教会に寄ってポーションを仕入れなきゃならないので、今どれがどれくらい残っているのか調べておかなければと、そうサブリナ様がおっしゃるので、その棚卸しの仕事を買って出ることにしたのだ。


 物品の実数を調べる棚卸しの仕事は、経理でも大切なものだった。これをしっかりやっておかないと、買い物なんてできないものね。そもそも経理担当として、在庫数を把握していないのはなんとも気持ち悪いもの。


 とまぁ、そんな経理OLの悲しいサガは置いて置いて、今私は、ポーションの棚の前で途方に暮れていた。


 ポーションは、用途によって色が違う。

青っぽいものが治療用ポーション。紫のものが毒用ポーション。黄色いものが疲労回復用で、緑のものが食中毒用。


 ううん。じゃあ、この薄赤いものはなんだろう。


 小瓶に貼られたラベルにはちゃんと用途が書いてあるらしいのだけど、正直言ってどれも同じに見えてしまう。こちらの文字は英語の続け文字のように、さらさらとまるで一筆書きで書かれているよう。だから、慣れていないと何とも判別しづらい。


 とりあえずよく分からない色のものは、あとに置いておいて。


 手に持った紙にポーションごとの数を正の字で書いていき、最後にこちらの数字で記しておくことにする。


こちらの数字はアラビア数字と同じように10個の数字を使って十進法で現す書き方なので、これは案外すんなり覚えられたんだ。まだ、サブリナ様に書いて貰ったお手本の数字表が手放せないけどね。


「よし。だいたい終わり」


 あとは判別できないポーションをサブリナ様に確認してもらえば、お終いだ。一つ、二つ、三つ……全部で七本もあった。どれも透明度が強く、うっすらと赤かったり、ぼんやり青かったりする。


 それらの小瓶を手に持って、救護テントに戻る。


 テントではサブリナ様が一人で書き物をしていた。誰かに手紙を書いているのかな。簡易ベッドにはいまはもう誰も寝ていない。重傷人だった騎士さんたちも動けるまでに回復して、今朝からもう魔物討伐にでかけてしまった。本当にタフだなぁ。


「あら。どうしたの? そのポーション」


 サブリナ様は書き物の手を止めて、鼻の上にかけていた小さな丸眼鏡を文机の上に置くと、私の持っているポーションを不思議そうに見ている。


「ああ、えっと。なんだか他のものと色が違うので、何のポーションかわからなくて。持って来ちゃいました」


 文机の上に一本一本小瓶をおくと、サブリナ様はもう一度眼鏡をかけて、どれどれと瓶のラベルを読んでくれた。


「あら。これは毒のポーションね」


 うっすらと赤っぽいポーションの小瓶を手に、サブリナ様が言う。


「え? これも毒用なんですか。他のはもっと濃い紫をしていたから、同じものだと思わなかったです」


「これはね。おそらく前回の遠征で購入したものね。ポーションは時間が経つと少しずつ効果が薄れていくの。ここまで色が抜けてしまっては効力が薄まりすぎて、もうポーションとしては使えないわ」


 そっか。ポーションって使用期限があるのね。でも、使い切れずに駄目にしてしまうのはなんだか勿体ないなぁ。


 他のポーションもみてもらったら、うっすらと青いものは治療用ポーションだった。これもやっぱり購入してから随分日が経ってしまって使えなくなったみたい。

 じゃあ、これは在庫リストには入れられないわね。


 そうそう。在庫リストを見せたら、サブリナ様は喜んでくださった。一目で何がいくつあるのかわかりやすい、って。

 役に立てて嬉しい反面、課題も少し見えてきた。ポーションをちゃんと管理しようと思うと、購入年月日を把握して、古いものから使っていくようにしなきゃ駄目なのかも。


 それにしても、使えなくなったポーションはどうすればいいのかな。捨てちゃうのかしら? そう思ってサブリナ様に聞いたところ、


「みんなが帰ってきたら大焚き火の方にもっていってごらんなさい。きっと、大喜びよ」


 そう朗らかに笑いながらおっしゃった。

 どういうことなんだろう。


 言われたとおり、騎士の皆さんが魔物討伐から帰ってきたあと、古くて使えなくなったポーションの小瓶を一抱えにして焚き火の方へ持っていった。


焚き火自体はキャンプのあちこちでも行われているのだが、いわゆる『大焚き火』という場合はキャンプ中央で焚かれている一際大きな焚き火を指す。そこは炊事場にもなっているし、多くの団員たちが集まってくる憩いの場にもなっている。


 ポーションを抱えて大焚き火のところまで行くと、倒木に腰掛けて他の団員とトランプみたいなカードで遊んでいたフランツがすぐにこちらに気付いて駆けてきた。


「どうしたの? そのポーション」


「うん。あのね。サブリナ様が、古くなって使えないから、みなさんにって」


 その言葉を聞いて、フランツの顔がパッと輝く。


「え、ほんとう!?」


 さらに、話を聞いていたのかわらわらと周りに沢山の団員たちが寄ってくる。うわ、なんだ? なんだ?


「おおー、すげぇ! 毒に、回復に、いろいろあるぞ」


「俺にもくれよ!」


「ちょ、押すなって。早い者勝ちじゃないだろ?」


 なんだか、押し合いへし合いのてんやわんやになっちゃったよ? ポーションを持った私の周りにはすっかり人だかりができて、みんな我先にと手を伸ばす。

 そこに、フランツがよく通る声で制した。


「ちょ、待ってください! 数が限りあるんだから、ここは公平にしましょうよ」


 その言葉に、そばにいた中年の団員がにやっと笑って返す。


「ここは、やっぱあれだろうな」


「そうです。俺ら騎士団員なんだから。アレで決着つけましょう」


 へ? アレってなに? 騎士団員だから、アレで決着ってなに!?

 まさか……決闘!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る