第14話 お礼のお小遣い帳
「ここに、何て書いたの?」
フランツが書いた文字のようなものを指さす。
「カーバンクル、だよ。リスよりもうちょっと大きな魔物の名前。ほら、ここに石みたいなものが埋まってるだろ?」
フランツは、そのリスのようでリスじゃないカーバンクルとやらの絵の、
たしかに、そこにはリスにはないアーモンド型の石のようなものがくっついていた。
「これ、実物はルビーみたいな赤い色なんだ。何度かみかけたことがあるけど、可愛いよ。大人しいし」
可愛いのなら是非見てみたいなぁ。この森にも住んでたりするのかしら。
と、それはさておき。
「お金の管理の仕方、だったわよね。フランツは、お金の管理をするためにメモとか帳簿とかつけてたりするの?」
私の質問に、フランツはきょとんとした目で小首をかしげた。
「チョーボ?」
「うん。そう。あの……会計士さんとかが、つけてるような、こんなやつ」
私は紙に黒チョークで簡単な表を描いてみた。縦に六本線を引くと、その線と線の間に列が五本できる。一番上を横線で閉じると、ほら、簡単な表のできあがり。
「…………なにこれ。この線がどうしたの?」
うむ。表というもの自体を見たことがないらしい。まずは、そこからなのね。
表は慣れると使いやすいんだけどなぁ。
まさかこの世界に帳簿や表といったものがまったく存在しないとは思わないけれど、もしかしたら学校とかで習ったりするような一般的なものではないのかもね。
「お金を貰ったときや使ったときに、ここに逐一記録していくの。そうすると、今自分がどれだけお金をもっているのか、いつ何に使ったのかがすぐにわかるようになるんだ。そうすると、使い過ぎちゃったときはセーブすることができるし、逆にあまり使わないときは、今はこれだけ余裕があるなってわかって安心できたりするでしょ?」
お金の管理で一番大切なことは、現状把握。いまいくら持っているかがわかれば、これからいくら使えるのかもわかるし、過去にどれだけ使ったのかわかれば自分の消費傾向も見えてくる。
「へぇ……なんだか難しそうだね」
と、若干引き気味な顔でフランツはいう。
ごめんなさい。慣れないと、難しそうに見えるよね。
だから、彼が慣れるまでは記入を手伝ってあげるつもり。
「まずは日付ね。今日って何日なの?」
こちらの
「えっとね。たぶん、5月21日」
「じゃあ、その日付を一番左の列の一番上に小さく書いてみて」
そう言って列の左上端を指さすと、フランツはそこに日付を書き込んでくれた。
ふーん。これがこの世界の数字なんた。どことなくアラビア数字に似ている。
「それから、その隣の列には『お金をどうしたか?』を書くの。お酒飲んで使ったんだったら『飲み代』とか、買い物だったら『パンを購入』とか。とりあえず、いまは何したわけでもないから『お小遣い』って書いておこうかな。そのさらに右隣の列には金額を書きたいんだけど、ええっと……フランツは今いくら持っているの?」
「へ? ああ、ちょっとまって」
彼は腰ベルトに下げた小さな皮袋を手に取ると、岩の上に置いて紐でとじられた口をあける。そこには金色の大きめのコインが一枚と、もう少し小さな銀色のコインが数枚、それに小さな銅色のコインが沢山はいっていた。
そっか、それがお財布なんだね。それにしても、全財産を常に持ち歩いてるのかな。そんなにじゃらじゃら持ち歩くのも大変そう。
「これでいくらあるの?」
「えっとね。金貨1枚と銀貨5枚と銅貨が3241イオ」
たぶん、金貨が一番高価で銀貨が次、銅貨は普段使う小銭みたいなものよね、きっと。
「じゃあ、その金額を左から三列目のところに書いておいて。そう、上手上手」
うん。だいぶ帳簿っぽくなってきた。
「最後に、一番右端にも、同じ金額を書いておいて。ほら、これでお小遣い帳の第一段階は終了。あとは、お金が増えたら左から三列目に、お金が減ったら左から四列目にそれぞれ記入していって、一番右端には残額……いま、どれだけ持っているかを書くの。もう、いま持っているお金の残額は書き込んであるから、あとは足し引きしていくだけで、いちいちお財布の中身を数えなくても、今どれだけもっているかが一目でわかるのよ」
今書いたものを簡単にまとめると、縦線六本を引いて、その間の列がそれぞれ左端から『日付』『お金が増減した理由』『増えた金額』『減った金額』『残額』と記入することになる。
「へぇ……すごいな! なんか難しそうだけど、慣れたらなんとかなる……かな? ちょっと面白いね!」
そう言ってフランツは、少年のようにキラキラと目を輝かせた。私にとっては子どものときにつけたお小遣い帳と同じようなモノで目新しくはないけれど、彼は始めて見るみたいに興味津々といったようすで眺めている。
「さて。最後に一工夫。フランツは、リーレシアちゃんにいくらぐらいのお誕生日プレゼントを買ってあげたいの?」
「えっとね……そうだなぁ。去年遠征したときにアクラシオンの工房へ立ち寄ったら、すごくリーレシアに似合いそうな髪留めが売ってたんだ。細かい銀細工で、真ん中に綺麗な翡翠が埋められてるやつ。でも、それは銀貨5枚分くらいしたから高くて買えなかった。あれはさすがにもう売れちゃってるだろうから、似たようなやつがあったら買ってあげたいな。だから、銀貨5枚分くらい」
なるほどなるほど。となると、リーレシアちゃんのプレゼントに回せる予算は、銀貨5枚ということになる。
帳簿をつけながら銀貨5枚分を常に残すように意識しておくというやりかたもあるけれど、たぶんそれだとフランツは途中でお小遣いを使いすぎてしまいそう。
だから、もう一工夫することにしたの。
さっきフランツに書いて貰った行のさらに一つ下の段に、もう一つ書き足してもらうことにした。そこの『何に使うか』の欄を指さす。
「ここに、リーレシアちゃんへのプレゼント代、って書いてみて」
「うん。わかった」
言われたとおりにフランツはサラサラと書き付けていく。さらに『減った金額』のところに銀貨5枚と書いてもらって、『残額』の欄には現在の持ち金額から銀貨5枚分を引いた金額を書いてもらった。
「はい。これでリーレシアちゃんへのプレゼント代銀貨5枚は別にとっておいて、ここに書かれた残りのお金の範囲内で飲み食いしたり絵の具を買ったりすれば、プレゼントはしっかり買えるってわけ」
残りは、金貨1枚と銅貨が3241イオだね。
実際の財布の中身とは銀貨5枚分食い違ってしまうけれど、お小遣い帳の残額欄を見ながらあとどれだけ使っていいのかを把握しつつお金を使えば、使いすぎてしまうということも防げると思う。
「ありがとう。うわぁ、まだよくわからなくて上手くできるか自信ないけど……とりあえず、やってみる」
「うん。慣れればサササッてすぐできるけど、慣れないと大変かも。だから、しばらくは書くの手伝うよ」
「すっごい助かる」
そう言ってフランツはアハハと笑ったあと、すっと真顔になって、しんみりした様子で紙の帳簿に視線を落とした。
「これで、ようやくリーレシアにプレゼント買えるな」
「うん。買えるよ、きっと。リーレシアちゃんが喜びそうな、可愛いの買って帰ろうね」
そう私が言うと、ほっとしたようにフランツの相貌が緩んだ。本当に妹さん思いなんだなぁ。彼が大事に想うリーレシアちゃん。あの肖像画の可愛らしい彼の天使に、いつかお会いできたらいいなぁ。
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