第34話 硝子草の花畑

 フランツに道案内してもらいながら、ちょうど時間の空いていたアキちゃんも連れて、サブリナ様がおっしゃっていたその丘へと行ってみることにした。


「フランツは、そこへは行ったことあるの?」


「ああ。前にここに遠征にきたときにね。静かだし、絵を描くのにちょうどいいから」


 そういうと、彼は肩にかけている小さな皮の鞄をぽんぽんと叩く。


 その中には画材道具一式が入っているんだって。さっきちらっと中を見せてもらったけれど、細い木炭に紙を巻いたものに、小さな小瓶入り粉状の絵の具に、パレット。それとあとよくわからないものがいろいろと小さな鞄にコンパクトに入っていた。さらに、手に持っているのは数枚の紙と画板。これが、彼がいつも絵を描いている道具らしい。


 私たちは花を入れる桶を持って、森の中の小道をフランツの案内で歩いて行った。ゆるやかな傾斜のある坂道を登っていくと、ふいに森が途切れる。

 その先に広がっていたのは。


「うわぁ…………」


 目の前に続くのは、小高い丘が連なる一帯。その丘一面が、まるで薄桃色の絨毯が敷き詰められているのかと錯覚しそうなほど柔らかな色彩に彩られていた。


 足元に目を落とすと、うっすらと色づいた花が無数に咲きほこっている。

 タンポポくらいの大きさのその花には五枚の花びらがあって、一つ一つの花はほとんど透明といっていいほど。なんと、花びらを透けて下の細い茎まで見えているの。

 でも、それらが沢山集まると、丘全体がほんのりと薄桃色に染まって見えていた。


 花に触れてみると、花びらは想像以上に硬くて驚く。透明度の高い色味と逢わせて、本当にガラスみたいに見える。だから、硝子草ガラスソウって言うんだね。


 丘の向こうから吹いてくる風に硝子草が撫でられると、花同士が触れ合ってシャラシャラシャラとなんとも耳心地のいい音を奏でだす。

 香りは、思ったより感じない。それでも、風が吹くと、ふわりとほのかにあのサブリナ様が持っているポプリと同じ香りが鼻をくすぐってくる。


「ほんとうに、ガラスみたい……」


「な。綺麗だろ。硝子草自体は結構どこでも咲いているんだけど、こんなに群生しているのは俺もこの丘ぐらいしか見たことない」


 きっと日本にこんな場所があったら、観光客がどっと押し寄せるんだろうな。でも、ここの世界の人にはそういう風習はないのか、見渡す限り誰も居ない。ここにいるのは、私とフランツ、それにアキちゃんの三人だけ。


 三人だけで、この景色を独り占めできるだなんて、なんて贅沢なんだろう。

 丘の上を歩いて行くと、足が硝子草の花に触れてシャランシャランと何とも涼しげな音をたてる。


「なんか、こんなに綺麗だと摘んじゃうのがもったいないね」


 私がそんなことを言うと、フランツは笑った。


「硝子草は長く花がもつ方だけど、それでもそのうち枯れちゃうからいいんじゃない? 前に遠征に来たときは、もう花が終わったあとだったから残念だった。今年は間に合って良かったな」


 そっか。すぐに枯れちゃうんだね。なら、ポプリにして活用するのもいいよね。


 アキちゃんはさっそくしゃがみ込んでせっせと花を摘んでいる。

 私も良さそうな場所をみつけると、スカートを折ってその場にしゃがみ込んだ。

 手で花を撫でると、シャララララと素敵な音がなるのがなんとも楽しい。その花を指で優しく摘むと、もってきた桶に入れていく。


 摘んだ花を手に取って鼻に近づけたら、ふわんと甘く爽やかな香りが鼻孔をかすめた。思わず香りを深呼吸。うん。やっぱり、サブリナ様のあのポプリの香りだ。ふふふ、これでポプリを作ればサブリナ様みたいに私の女子力アップも間違いなし!


 そうやって夢中で花を摘んでいたら、少し離れたところで同じように花を摘んでいたアキちゃんが、ニコニコしながらこちらへ近寄ってきた。


「うん? どうしたの?」


 首を傾げてそちらを見ると、彼女はニコニコしたまま後ろ手に持っていたものをポサッと私の頭に乗っけた。


「え?」


 アキちゃんは、クスクスと軽やかに楽しげな声で笑う。


「それ、カエデ様にさしあげます」


 頭の上のものを手で触れると、シャランと優しい音がした。これ、花かんむり!?

硝子草で作った花かんむりは、私が頭を揺らすたびにシャラシャラと鳴ってなんとも涼しげな音色がした。


「ありがとう。アキちゃん」


 礼を言うと、彼女は照れくさそうに少しモジモジしながらもニコニコ笑顔で返してくれる。手にはもう一つ花かんむりを持っていた。それを手に、彼女は少し離れた場所に座って絵を描いているフランツに視線を向ける。


「フランツ様にもあげてきますね!」

「うん。いってらっしゃい」

「はいっ」


 元気な返事とともに、シャラシャラと足下の花を鳴らしてアキちゃんはフランツの元へと駆けていく。赤いショートボブの髪が、足取りとともに跳ねる後ろ姿は何とも可愛らしい。私は弟しかいなかったけれど、妹がいたらこんな感じだったのかななんて密かに思った。

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