第67話 ついに追いついた!

 深い森に深い闇。

 それでもラーゴたちは危なげなく、しっかりとした足取りで森の中をリズミカルに歩いていく。

 どれくらい歩いたんだろう。

 暗闇の中に月の光がポツポツと頻繁に差し込むようになったころ、突然フランツが手綱を引いてラーゴを止めた。すぐにクロードの馬も足を止める。


「ど……」


 どうしたの?と尋ねようとしたら、すぐさまフランツに手で口を塞がれてしまった。


 え? え? 何? どうしたの? 


 訳が分からないでいると、私の耳元で彼が囁いた。


「ここからずっと右手の前方。森が途切れたあたりに、何かの明かりが見える」


 明かり? はじめはよく分からなかったけれど、確かによく見ると視界の右端にぼんやりと赤い円形の光が見えた。ランタンか焚き火の明かりかな。


「ラーゴはまっすぐあそこに向かおうとしてる。なるべく気づかれないように、近くまで行ってみよう」


 囁くフランツに、私は黙ってこくこくと頷いた。

 あの明かりが見えるあたりはムーアの森が途切れているようで、月の光が広く降り注いでいる。赤い明かりのすぐ後ろには大きな壁のようなものがそびえているのも見えた。だから余計に壁に反射した赤い明かりは一際明るく見えたんだ。


 森の端まで近づくと、その壁のようなものの全貌が見えた。ううん。全体が見えたわけじゃない。でも月夜に浮かびあがるその長い壁のようなものの正体が何かはわかった。あれは、倒木したムーアの木。いつ倒れたものかはわからないけれど、倒れたときに周りのムーアの枝葉を巻き込んで折ってしまったせいなのか、そこだけ月の光がよく差し込んでいた。


 そしてムーアの倒木の前に、灯る小さな明かり。月の光と違うその強い明るさは、人工のものに違いない。ということは、そこに誰かいるということになる。


 そびえ立つムーアに隠れるようにしながら、フランツはラーゴをその赤い明りの方へと近づけさせた。極力足音を立てさせないようにゆっくりと近づいていくと、次第にあの赤い明かりがランタンの光だとわかる。それを手に持つ背の高い人物のシルエットまで確認できた。


 やっぱりあれは副団長なのかな。そう思うと、心臓がドクドクと嫌な鼓動を刻み始める。

 でも、相手はまだこちらに気づいた様子はなかった。ムーアの倒木に背を預けてうつむいているように見える。


「どうしよう。声をかけてみる? それともラーゴで一気に傍まで行ってみる?」


「ううん、どうしようか」


 小声で後ろにいるフランツと相談していたら、クロードが、


「しっ。誰かくるぞ」


 小さく鋭い声で知らせてくれる。

 本当だ。ムーアの倒木に沿うようにして、ランタンを頭に掲げた馬が一頭駆け寄ってきていた。初めからいる人影も、それに気づいて顔を上げるとその馬を迎えるように立つ。月の光に照らされたその顔は、間違いなくナッシュ副団長だった。


 馬は副団長の前まで来ると足を止め、その背から誰かが下りてくる。下りてきたひょろっとした男性は副団長の前までいくと何か会話をしはじめた。聞こえてくる二人の言葉はとぎれとぎれでその会話の内容まではわからないけれど、どうやら二人は顔見知りのようだった。


 そうか。副団長はここであの人を待っていたのね。でも、何のために?

 ううん。私も、たぶんフランツもクロードもその理由にはとっくに気づいていた。そして私の想像通りのことがすぐ目の前で行われようとしていた。


 副団長はランタンを足元に置くと、代わりに足元に置いていた袋を手に取る。それはずっしりとした重みをもっているよう。それを両手で持ち上げると、ひょろっとした男性に渡そうとした。

 もう、これ以上は待ってなんかいられない。

 あの袋の中身を確かめなきゃ!


「フランツ……!」


「うん。わかってる。いくぞ、クロード」


「ああ」


 二人は声をかけあうと、ムーアの木陰から一斉に馬を走らせた。

 走り寄ってくる二頭の馬に、副団長もすぐに気づいたようだった。


「ナッシュ副団長!」


 私が声をかけると、副団長はぎょっとしたような目で私を見る。

 でもその隙に、あのひょろっとした男性が副団長から受け取った袋を抱えて転がるように逃げ出すと、自分が乗ってきた馬の手綱を掴んでよじ登った。彼の馬は慌てて方向を返え、ようやく背にしがみついたばかりの男を乗せて走り出す。


 あのまま逃げられたら大変!


 その馬をすぐさまクロードが追いかける。彼が凛とした声で呪文を唱えると、逃げる馬の前に突然巨大な氷の壁が現れた。


 男はすぐさま手綱を引いて壁を避け、別方向に馬を走らせようとする。けれど、その行く先もすぐにクロードが氷の壁で塞いだ。そんなやり取りを繰り返しているうちに、男の馬は氷の壁でできた檻にすっかり閉じ込められてしまった。

 ほっとしたのもつかの間。今度は副団長が声をあげる。


「くそっ。炎矢ファイア・アロー!」


 副団長が氷の檻に向けて片手を突き出し叫んだと同時に、彼の指先から三本の炎の矢が放たれた。

 あ! と思った瞬間、フランツが副団長の放った炎矢の軌道へとラーゴを駆け寄らせた。そして、いつの間にか抜いていたロングソードで炎矢を一振りで叩き落す。


 激しい火花が辺りに散った。


 まぶしさに目をぎゅっとつぶる。目を開けたときには、フランツが副団長の前までラーゴを寄せると、彼の首元にロングソードを突き付けていた。

 ロングソードは、赤いオーラを纏うように輝いている。


「ナッシュ副団長。いくらあなたでも、俺とクロードを一人で相手できるとお思いですか。……観念してください」


 フランツの声は、私が聞いたことがないほど低く冷たい。

 副団長はフランツと私、そしてクロードを交互に見ると、視線を俯かせて弱い声音でぽつりとつぶやく。


「君たちは……気づいていたんだな」


 もう抵抗する意思も気力もなさそうだった。

 フランツがロングソードを下げると同時に、副団長は地面に崩れ落ちるようにガクッと両膝をついた。

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