第68話 すべて自分のせいなんだ!

 ナッシュ副団長は地面に両膝をついて、がっくりと項垂うなだれている。

 そちらも気になったけれど、私が一番気になったのは彼があの男性に渡した袋の中身だった。副団長の方は、ロングソードを持ったままのフランツがそばで睨みを利かせているので、逃げられたりする心配もないだろう。


 フランツにラーゴから降ろしてもらうと、私はつまづきそうになりながらもクロードがつくった氷の檻の方へと駆けていった。


 氷の檻の中では、逃げようとしたあの男性が馬とともに閉じ込められている。助けを請うような目をこちらに向けているのが、分厚い氷越しに歪んで見えた。

 指で氷に触れると、思っていた以上の冷たさにびっくりして手を引っ込める。


「ああ。触らない方がいい。いま、解除する」


 そう言いながら、クロードも馬から降りると私の隣に歩いてくる。彼が小声で何かを呟くと、氷の一部がみるみる溶けていって入り口のようになった。あの男性はそこから出ようとしたけれど、それを制するようにクロードが右手をすっと前に突き出す。


「動くな」


 その一言だけで、男性は怯えを目いっぱいにたたえてヒッと身体を小さくした。

 それでも胸に大事そうにあの袋を抱えている。

 それはもう、とても、大事そうに。

 私は一歩その男性のほうへ歩み寄ると、怖がらせないように精いっぱい穏やかな声で尋ねた。それでも、実際出せた声は自分でも驚くほど弱くてかすれていた。


「その袋の中身を……見せていただけませんか?」


 そうお願いする。でも、彼は袋をぎゅっと抱きかかえたまま離してはくれない。

 今度はもう少し頑張って、はっきりとした声で頼む。


「お願いします。私は西方騎士団で金庫番補佐をしています。とある不明金を追って、ここまで辿り着きました。だから、どうしてもその袋の中身を確かめないといけないんです」


 何度か同じ言葉を繰り返して、ようやく彼も諦めたのかその袋を私の方に差し出してくれた。両手で受け取ったそれは、想像以上にずっしりと重かった。


「お、オラは、あのナッシュと同郷の、オットーってんだ」


 名乗ってくれた彼に、私は頭を下げる。


「ありがとう、オットーさん。私はカエデと申します」


 袋を一旦地面に置いて、袋の口を閉じている紐をほどいてみる。想像通りであってほしいという気持ちと、間違いであってほしいという気持ち。相反する思いが心の中で絡み合って、胃が痛くなりそう。

 紐をほどいて袋を開く。クロードがランタンを掲げてくれた。

 その光を受けて、袋の中に入っていたものがキラキラと輝いた。

 予想通り、袋の中に入っていたのは大量の金貨だった。


「ああ、やっぱり……」


 口をついて、そんな言葉がひとりでに漏れた。どこかでまだナッシュ副団長のことを信じていたかったのに、目の前の現物はそんなささやかな信頼をも粉々にしてしまう。唇を噛むと、その袋を両腕で抱きかかえて副団長のところへと持っていった。

 そしてそれを、未だ項垂れたままの副団長の前へと置く。そっと置いたつもりだったのに大量の金貨はジャラッと大きく鳴った。


「騎士団の帳簿を読んでいて、実際には存在しない買い物をいくつもみつけました。それらを調べているうちに、ここまで辿り着いたんです。ナッシュ副団長。それらの存在しない売買の記帳の訳と、この金貨の出所を教えていただけませんか?」


 それでも、副団長は俯いたまま。まるで固まってしまったかのように動かない。

 フランツも、もう剣こそつきつけてはいないものの、副団長のことを厳しい目でじっと見つめている。

 もう一度同じ言葉を繰り返そうと息を吸い込んだとき、


「あ、ちょっ……!」


 慌てたクロードの声が後ろから聞こえてきて、私とフランツは弾かれたようにそちらへ視線を向ける。


 見ると、オットーさんが転がるようにこちらへ駆け寄ってこようとして、慌てたクロードに首根っこを掴まれ地面に押し倒されたところだった。

 オットーさんは倒れながらも、必死に大きな声で叫んでくる。


「ナッシュを責めないでやってくだせぇ! オラたちが頼んだことなんだ! ずっとナッシュに甘えて、いけないことをさせてきたのはオラたちなんだ……!」


 オットーさんの必死の訴えに、それまで凍ったように地面を見つめて動かなくなっていた副団長もハッとした様子で顔を上げた。


「違うっ。あいつらは関係ないんだ。私が勝手に……したことだから」


 両こぶしで土を握って、くぐもった声で副団長は痛みをこらえるように言葉を絞り出す。


 私とフランツ、それにクロードは互いに顔を見合わせた。

 いつの間にか空が白み始めて、お互いの表情もよく見える。フランツとクロードの顔には明らかな困惑が浮かんでいた。きっと私も似たような表情になっていたに違いない。


 お互いに罪を擦り付け合うなら、まだわかる。でも、副団長とオットーさんはお互いに自分のせいで相手は関係ないと言う。相手をかばう様子に、深い事情が伺えた。


 もうすぐ夜明け。ということは、そろそろ私たち四人がキャンプ地にいないことに騎士団の人たちも気づいて、騒ぎになっているかもしれない。

 でも、いまここできちんと事情を聞いておきたかった。自分の耳で、副団長に疑問を問いただしたかった。


 だから、私は副団長の前でスカートを折って、正座をするようにぺたんと座った。事情を聴いて納得できるまでは、絶対ここを動かないからね、って意気込みを瞳にたたえて副団長を見る。


「とにかく。お二人とも、事情を話してもらえますか?」


 私に見つめられて、副団長はジッとこちらの目を見つめ返したあと、「ああ、わかった」と頷いた。


 彼の目にはもうさっきまでの憔悴した色はなく、どこか腹をくくったような落ち着いた光が浮かんでいた。

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