第108話 白熱の二日目!

 そして交流試合二日目。


 二日目はクロードも出場するから、フローズンドリンク作りはやめておこうかなと思ってたんだけど、一日目の終わりにレインが魔力回復ポーションをくれたんだ。


「例年、体調を崩すお客さんがいるから治癒用に各種ポーションを多めに用意しておくんだ。そのうえ、今年は例年になく暑かったからこれは急患がたくさんでるぞと身構えていたんだけど、意外にも予想よりずっと少なかった。あの冷たいドリンクが効いたんだと思うよ。だから、よかったらこれ使って」


 そう言って何本も渡してくれたの。

 あの暑さにもかかわらず体調不良になる人が少なかっただなんて、それがフローズンドリンクのおかげだったら嬉しいよね。

 体調悪くなってから治すよりも、予防する方がいいに決まってるもの。


 そんなわけで、二日目は早朝からフローズンドリンクの準備をすることになった。

 慣れてきたおかげで手際よく、昨日よりもたくさんのフローズンドリンクを作ることができたんだけど、ドリンクの噂が観客の間に広まっていたのか昨日以上にどんどん売れてしまった。


 そうこうしている間に、クロードの試合の番がやってくる。


「クロード! 頑張ってねー!」


 手をメガホンにして控え席から声をかけると、彼はこちらにチラッと目を向けたものの表情一つ変えることなく、すぐに相手へ視線を戻した。緊張した様子もなく、いつもと変わらず落ち着き払っている。さすがだなぁ。私だったら、あんな場に立ったら緊張でがちがちに動けなくなりそうなのに。


「たぶん、一瞬でカタがつくと思うよ」


 隣で見ていたフランツがそう教えてくれた。


「え? そうなの?」

「魔法士同士の戦いって、大体そんなもん。ほとんど詠唱速度で決まるらしいよ」


 へぇ、そうなんだ。


 審判が初めの合図の笛をふくと、対する東方騎士団の相手が手を前に掲げて呪文を詠唱しはじめた。


 一方、クロードは何も唱えることなく素早く右腕を横にはらうと、数本の氷の矢が現れて相手へと放たれた。相手は慌てた様子でその場から逃げだそうとしたものの、逃げた先には既にクロードが作り出した氷柱があり、それに自らぶつかってひっくりかえってしまった。その相手の周りに長く鋭い氷の槍が何本も突き刺さって、檻のように閉じ込める。


 絶え間ない相次ぐ攻撃に敵わないと思ったのか、相手はあっさりと負けを認めた。

 わあ、と湧き上がる歓声。


「やった! クロード! おめでとう!」


 歓声に紛れて私の声は届かないだろうけど、お祝いの言葉を叫ぶ。


「でも、さっきクロード何も詠唱してなかったように見えたんだけど……」


「最近、無詠唱で魔法を発動させる練習してたから、とうとうできるようになってたんだろうな」


 と、フランツ。


「……無詠唱って難しいの?」


「たしか、騎士団全体でも数人しかできるやつはいなかったはず」


「ふわぁ……すごい」


 それをできるようになっちゃうなんて、クロードすごいなぁ。元々才能があるんだろうけど、それ以上にきっと地道な努力が実を結んだ結果なんだろう。


 その後もプログラムは順調に進んでいき、いよいよフランツの番がやってくる。

 司会の人に名前を呼ばれてフランツが控え席から立ち上がると、会場からはワァッと歓声が起こった。それくらい彼の試合をみんな楽しみにしていたみたい。


「フランツ、がんばって! ……でも、その無理はしないでね?」


 彼は前衛という役割なこともあり、普段の討伐でもクロードや他の人たちと比べて怪我をすることが多い。それで心配になって、つい立ち上がって彼を引き留めるように腕を掴んでしまった。

 見上げた彼は優しげに笑うと、ふわりと私の頭を抱き寄せる。


「無理はしないよ」


 私を落ち着かせようと発せられる、穏やかな声。


「……うん」


 フランツの言葉に一瞬安心しかけた私だったけれど、


「それにほら。怪我しても、死にさえしなければサブリナ様やレインが治してくれるし」


 続いた彼の言葉に、私は露骨にぎょっとした顔になる。


「何言ってんの!」


「ハハ。冗談だって。俺だって痛いのは嫌だもん。じゃあ、行ってくる」


 ったく、こんな時に冗談なんて言わないでよ。本気で心配してるんだから。

 でも、その屈託のなさがフランツらしいともいえるから、仕方ないなと彼を見送る。


「うん。ご武運を」

「ああ」


 にっこり笑うと、彼は試合の場へと走っていった。


 フランツの相手は、東方騎士団の実力No.2の人らしい。彼もやっぱり前衛職のようで手にロングソードを持っているのが見える。


 試合開始の合図とともに、フランツと相手は一息に間合いをつめた。

 大きな金属音が響いて、剣同士がぶつかる。二人の剣はつばぜり合いをしたまま、互いに譲らない。至近距離でにらみ合う二人。


 一瞬間を置いたあと、相手が一歩引いたかと思うとすぐに打ち込んできた。それをフランツは片手で持った剣で確実に防いでいく。

 打ち合うたびに小さな火花が飛ぶのが見えた。


 二人とも手にしているのは普段から魔物討伐に使っている真剣だ。ということは一歩間違えば大けがを負いかねないのに、相手は容赦なく打ち込んでくるし、それをフランツは余裕のある様子で打ち返している。


 なんだかフランツ、相手の出方を見ているみたい。

 そして何度か相手が打ち込んできたあと、急にフランツが一歩踏み込んで間合いをつめた。


 相手は慌てて後ろに下がろうとするけれど、それより早くフランツが刃をまっすぐ一直線に相手の顔のすれすれまで突きつける。

 あれ、きっと魔物相手だったら、今の一瞬の攻撃で相手の頭を刃で貫いていたのだろう。


 相手はそれで降参するかに見えた。しかし、彼は「くそっ」とかなんとか叫んだあと、左手を下から上に振り上げる仕草をする。


 その動きにあわせて、練習場の砂が巻き上がった。煙幕のように巻き上がった砂埃に蒔かれてフランツの姿が見えなくなる。

 その隙に、相手は上段から剣を振り下ろしてフランツがいたところに斬り込んだ。


「あっ……!」


 あの砂煙はなんらかの魔法だ。あれじゃ、フランツからは相手がまったく見えなくなっていることだろう。


 フランツが斬られたところを想像して思わずぎゅっと目を閉じてしまったけれど、数秒遅れて、場内からどっと歓声が沸き上がった。


 え、どうなったの!? フランツは!?


 おそるおそる目を開けると、いつの間にか砂埃はすっかり消えて、剣を両手で構えるフランツがそこに立っていた。その剣はうっすらと赤く魔力を帯びている。


 一方相手は、数メートル先で仰向けに倒れていた。

 相手の持っていた剣は、刃がぽっきりと折れている。これではもう戦えないだろう。


「な、何がおこったの?」


 隣にいるクロードの袖を掴んで尋ねると、


「フランツが剣を振った勢いで砂煙を吹き飛ばして、ついでに打ち込んできた対戦相手を返り討ちにした、ってところだな」


 眉一つ動かさずそう分析して話してくれるところをみると、クロードには想定内の結果だったのだろう。


 フランツは、「やりすぎた!」とでも言いたげにバツが悪そうに頭を掻くと、湧き上がった場内に軽く手を上げて応えていた。


 良かった……フランツ、怪我したりはしてなさそう。

 そのことにひとまずホッとしながらも、改めてフランツの強さを実感していた。

 戦闘のあれこれは私にはよくわからないけれど、でも、場内が沸き立つほど誰が見てもフランツの強さは一目瞭然だった。

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