第109話 迫力の団長戦!

 さて、フランツ戦が終わると、次はいよいよ大トリの団長戦だ。


 司会の紹介のあと、いままでで最高に湧き上がる場内に登場したゲルハルト団長と、東方騎士団のアイザック団長。二人は自分の愛馬に乗っている。それにゲルハルト団長はいつもの長く大きな鎌を手にしているけれど、アイザック団長は何の武器も持っていない。


「え? 団長さんたちは馬ありなの?」


 思わずそんなことを呟いたら、タオルで汗を拭きつつ戻ってきたばかりのフランツが「ああ」と笑った。


「あのおっさんたちは特別なんだって。間合いを狭めすぎると、ゲルハルト団長があの長い鎌でアイザック団長を斬っちまうし、間合いを広めすぎると今度はゲルハルト団長の鎌が届く前にアイザック団長の魔法でゲルハルト団長がやられちまう。その調整が難しいから団長戦は馬ありなんだ。普通は前衛は前衛同士、魔法士は魔法士同士当たるように組まれてんだけど、団長戦だけはどうにもなんないから」


 そっか。ゲルハルト団長はフランツと同じ前衛職。あの死神みたいな大きな鎌での攻撃を得意としているけれど、アイザック団長は魔法士さんだから魔法攻撃のために武器は手にしていないのね。


 二人は互いににらみ合ったまま……いや、ゲルハルト団長は相変わらず不適な笑みを浮かべているし、アイザック団長は遠目で見ても分かるほどのしかめっ面。


 この二人が幼なじみで、元は同じ騎士団で相棒として活躍してたなんてちょっと信じられなかった。でも、


「今日こそは、そのヘラヘラとした不愉快な面を叩き潰してやる」


 と、アイザック団長が忌々しそうに言うと、ゲルハルト団長はにやりと笑って、


「へっ。始終しかめっ面のお前が泣きっ面になるとこを拝めると思って楽しみにしてんだがな」


 容赦なくあおり返している。


 遠慮無くポンポン言い合う感じが、なんだかフランツとクロードのやりとりを見ているようでもあって、つい私の隣で観覧している二人の方に目をやってしまう。

 フランツとクロードは、


「ん?」

「どうした?」


 と不思議そうにしてたけど、「ううん、なんでもない」とブンブン頭をふってすぐに団長戦に視線を戻した。


 団長たちを見てるとちょっとだけフランツとクロードの二十年後を見ているような気がして、面白いなって思ったの。


 そんなことをしているうちに、ピーッという笛の合図とともに試合が始まった。

 すぐさまアイザック団長がゲルハルト団長に向かって容赦なく魔法を放つ。

 しかも、無詠唱で大きな火球を三発撃ち込んできた。


 一方のゲルハルト団長は、自馬を見事に操って無駄の無い動きで火球を避ける。

 馬の方も数々の戦いを乗り越えてきただけあって、これだけの攻撃にもおびえる様子一つ無く、まるでゲルハルト団長の手足のように動いている。


 観客席の誰もが歓声を上げるのも忘れて、二人の試合に見入っていた。


 ゲルハルト団長が上手く火球の攻勢を避けたと思ったところに、今度はゲルハルト団長の馬が立つ地面ごと急にむくむくとせり上がった。


 土柱のように持ち上げられて、馬はどこにも逃げ場が無い。

 そうやってゲルハルト団長の馬の動きを封じたところで、アイザック団長はさらに特大の火球を撃つ。


 あれじゃ逃げられない! と思ったけれど、ゲルハルト団長は大鎌を振ってその火球を真っ二つにした。二つに割れた火球が彼の背後に轟音を立てて落下する。


 その爆風を利用するかのようにゲルハルト団長の馬は土柱を強く踏み込んでジャンプし、いっきにアイザック団長に迫った。


 ゲルハルト団長は勢いをそのままに大鎌を振り上げてアイザック団長を上段から斬り倒そうとしたが、一瞬早く、アイザック団長の周りに発生した突風で鎌をはじき返されてしまう。


 瞬きする暇も無いくらい、二人の人間離れした攻防はつづく。

 これは、たしかに会場が壊れるわ……。

 ゲルハルト団長の機動力と攻撃もすごいけど、アイザック団長の無詠唱で次々に繰り出される三属性の魔法の威力もすごい。


 アイザック団長は吹き荒れる風を自馬の周りに展開させていた。


「風の盾だ。あれは触れた相手を一瞬で細切れにする、攻守どちらにも使える盾なんだ。以前、あれを魔獣の大群の真ん中に投げ込んで、一度に数十という魔獣を狩ったことがあるらしい。あそこまで強い風魔法を操れるのはアイザック団長しかいない」


 と、クロードは自身も魔法士だからか、アイザック団長の一挙手一投足から目を離さないようにしながらもどこか興奮した声で教えてくれた。

 ゲルハルト団長は風の盾を避けて、いったん距離をとる。


「ったく、らちがあかねぇな」


 憎々しげに吐き捨てるゲルハルト団長に、アイザック団長の嘲るような笑い声が答えた。


「ハハハッ。風魔法はいまいち人気に劣るが、使いこなせば攻守ともに優れた武器となるのだよ。近寄ることもできまい」


「だったら、近寄らなきゃいいんだ、よっと」


 ゲルハルト団長は自分の大鎌を頭上に掲げると、プロペラみたいにブンブンと回しだした。

 それを見てフランツが唸る。


「やばいな、アレ、こっちに飛んでくるぞ」

「わかってる」


 クロードは短く言い返すと、前方に両手をつき出した。控え席を見回すと他にも詠唱をはじめている団員さんが何人かいる。


 ゲルハルト団長が鎌を大きく振り下ろそうとしたのが見えたと同時に、控え席の前にクロードの作り出した氷の壁や、ほかの魔法士さんたちが作った火や土の壁がそそり立った。


 幸い、私たちの目の前にはクロードが作る透明度の高い氷の壁があるだけだったので、壁の向こうの景色がずっと見えていた。


 ゲルハルト団長が大鎌を振り下ろした瞬間、何か青く光る弓型の刃のようなものが鎌から放たれる。その青い刃のようなものは風の盾をアイザック団長をすれすれ避けるようにして削り取り、しかもそれだけでは勢いは収まらずクロードたちがつくった壁の上部を破壊し、さらにその後ろにあった騎士団本部の建物の屋根のはじっこを削り取った。


 アイザック団長は呆然とこちらを見て立ち尽くす。その向こうで「やっちまった」的に苦笑を浮かべるゲルハルト団長。


「貴様ぁ! よくもやりやがったな!」


 アイザック団長がいままでにない怒りをあらわにして叫んだ。

 その声とともに彼の身体を取り巻くように炎でできた巨大な龍が生まれ、ゲルハルト団長に向けて咆哮をあげる。


 しかし、ゲルハルト団長はあんまりすまないとも思ってなさそうな調子で、


「いやあ、すまんすまん。威力を出し過ぎた。団員たちの壁で止まると思ったんだけどな」


 と笑うのだった。

 そこにフランツがぽつりと、


「……いや、あれわざとだろ」


 と呟くのが聞こえる。


「え? わざと団本部を壊したってこと???」


「だってさ。壊れたあそこ。東方騎士団の団長室じゃね?」


「あ……ほんとだ」


 ちょうど、団長室のある場所の屋根だけが壊れている。


「ええええっ、じゃあゲルハルト団長。あれを狙ってやったってこと?」


「たぶんそうだと思うよ。あの人、斬撃に魔力を乗せてああやって衝撃波を起こせるんだ。鎌の刃そのものが飛んでくるみたいで、おっかねぇの。でも、俺もアレできるようになりたいなぁ……。あれができるようになったら攻撃の幅がぐっと広がるのになぁ」


 フランツは羨ましそうに、壊れた屋根を見上げていた。


 そこへ、ピピーッと笛が鳴り響く。

 試合中止の合図だ。こうして、今年もまた団長戦は『これ以上やると会場が修理不能になるくらいまで壊れるから』という理由で、引き分けとなったのだった。


 ちなみに、交流試合の翌日から東方騎士団の団長室の屋根は西方騎士団の修理班が修理することになったのは言うまでもない。それに東方騎士団の修理班の人たちも、アイザック団長が土魔法でボコボコにしてしまった練習場を整備しなきゃならないので大変そうだ。


 でもどちらの修理班の人たちも『いつものことだから』と言って黙々と作業していたから、両団長はちゃんと彼らに謝っておいた方がいいんじゃなかろうか。


 なんて思ってたら、よく見ると両団長とも修理班に混ざって修理に参加していた。

 きっとここまで含めて毎年恒例のことなんだろうなぁ。







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