第8章 ハノーヴァー家本邸にご招待!?
第110話 ストーカー!?
今年は例年より暑い日が続くと団員さんたちはぼやいていたけれど、それでも交流試合が終わってしばらくするとぐっと気温も和らいできて、いよいよ本格的に秋がやってきつつあった。
私も騎士団本部での金庫番の仕事にも慣れてきたなぁと思い始めてきたころのこと。
最近なんだか、妙に人の視線を感じることが多くなっていた。
騎士団本部の中を歩いているときや、食堂でフランツと一緒にご飯を食べてるとき、それに金庫番室で一人帳簿付けをしてるときとか。
なんだか誰かの視線を感じる気がしてきょろきょろと辺りを見回すんだけど、誰の姿もそこにはない。それで、気のせいかなぁと思って仕事に戻るんだけど、またしばらくするとまた視線を感じる、というように。
確かに東方騎士団の人に「あれが、フローズンドリンクを作ったっていう西方騎士団の金庫番か」「あれはマジでうまかった。また売ってくんないかな」「遠征中にもうまいものいろいろ作ってたらしいぜ。西方のやつが自慢してた」「マジで!? いいなぁ、うちの金庫番と交換してほしい」とか噂されてるのは何度か耳に入ってきたけど、そういう好奇な視線とはちがう。なんていうかもっとベトッとした気持ち悪さを感じるんだよね。
ううん。やっぱり、気のせいなのかな。ずっと気を張って仕事してきたから、疲れが出てきてるのかもなんて考えてやりすごしていた。
そんなある日。その日も自分の執務デスクで伝票の整理をしていたら、背後に人の気配のようなものを感じた。でも金庫番室にいるのは私ただ一人。すぐに窓へ駆け寄って開けてみるけど、辺りを探しても誰の姿も見えなかった。
「おかしいなぁ……」
首を傾げるものの、もう練習場には夕焼けの赤い陽が差し込んでいる。
いけないいけない。夢中になってたらこんな時間になっちゃった。そろそろサブリナ様の屋敷の馬車が迎えにくるはず。帰り支度をしなきゃ。
パタパタとデスクの上を片付けると、金庫番室をあとにした。
帰りにフランツに一言挨拶してから帰ろうと思ったんだけど、よく騎士さんたちが休憩している食堂に彼の姿はなかった。
その代わり、テオとアキちゃん。それに数人の従騎士さんたちがクロードを囲んで熱心に勉強しているのが見える。正騎士になるには実技の試験だけじゃなくて、筆記試験もクリアする必要があるんだって。だから、ときどきこうやって勉強会を開いているのを見かける。大変だなぁ。
邪魔しちゃ悪いから、彼らには言葉をかけずそっと食堂をあとにする。
騎士団本部の玄関から出たところで馬車を待っていると、しばらくして木立の間をぬうように一頭の白馬がこちらへやってくるのが目に入った。
その白馬は、騎士団本部の横に併設されている厩舎へ向かおうとしていたようだったけれど、私に気がつくと軌道を変えてこちらに駆け足でやってくる。
手を振ると、白馬に乗るその人も元気に手を振り返してくれた。
フランツだ。もちろん、白馬はラーゴ。
ラーゴのたてがみは木立の間からそそぐ夕日を受けてキラキラと黄金色に輝いている。幻想的で神々しくすらある光景に思わず見惚れていたら、彼は私の方へまっすぐやってくるとトンとラーゴから降りた。
「これから、帰り? サブリナ様の馬車待ってたの?」
「うん、そうなんだ。フランツは、警備に行ってたの?」
「ああ。今日は王城警備の当番だったんだ」
そこまで言ってから、フランツは「あれ?」と小首を傾げた。
「俺、王城から直接こっちに戻ってきたんだけど、そういえばあそこの車寄せにサブリナ様んちの馬車がずっと止まってたの見たよ。城を巡廻する前にも見かけたから、小一時間あそこに止まってたと思う」
「え……そうなんだ。どおりでなかなかお迎えの馬車が来ないなぁと思った。きっと急患が出てまだ帰れそうにないのかもね」
いつもならとっくに馬車が来ている時間なのに、おかしいと思ってたんだ。
「だったら、俺がサブリナ様の屋敷まで送っていこうか? 王城にいる馬車の御者に一言いっておけば大丈夫だろうし」
「うん。そうだね……」
ここでずっと待ってると、サブリナ様に余計な心配をかけてしまうかもしれないし、伝言して先に帰っておく方がいいだろう。
「お言葉に甘えちゃおうかなっ」
傍らにおいていた手提げ鞄を手に取ってフランツに笑顔を向けると、彼も嬉しそうに頬を緩ませた。
「そうだ。俺の仕事ももう今日はこれで上がりだからさ。一緒に街にでも行ってみないか?」
「え、街に!?」
意外な申し出に、嬉しさが滲んでついうわずった声が出てしまう。
「王都での仕事が始まってから、なかなか二人でいられる時間もなかったからさ。その……」
もごもごっと後半、恥ずかしそうに口ごもるフランツ。
「う、うん……」
それって、デートのお誘いってことだよね。
王城のテラスでお互いの気持ちを確かめ合って以降、騎士団本部でほとんど毎日顔は合わせていたものの、二人でゆっくり会う機会もなくて特に進展らしいものもなかった。
だから嬉しさの一方で、改めてあのテラスでの告白を思い出してしまい、急に気恥ずかしくなってしまう。ひゃー、顔が赤くなってたらどうしよう。
「じゃあ、決まり。暗くなる前に行こうぜ」
フランツはひょいっとラーゴにまたがると、こちらに手を差し出してくれた。
その手を取って視線をあげると、自然とフランツと目が合う。優しく見つめる彼の緑の瞳。その瞳に自分だけが映っているのが、なんだかむしょうに嬉しかった。
笑顔を交わすと、彼がぐいっと手を引いてくれる。その勢いにあわせて
ずいぶん馬に乗るの上手くなったよ! 一人じゃまだ乗られないけど!
そしてフランツの前に跨がるとすぐに、ラーゴはとことこと歩き始める。
きらきらと降り注ぐ夕日色の木漏れ日が、あたたかく私たちを照らしてくれていた。
だけど、騎士団本部から去る私たちの姿を物陰からジトッと見つめる人物がいることにまだ気づいてはいなかったんだ。
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