第107話 ひんやり冷たい

 さっき思いついたアイデアを、水まきを終えて戻ってきたクロードに相談してみる。ハンカチで汗を拭きながら暑そうにしていている彼からは、


「それは、私もぜひ試してみたいものだ」


 と、思いのほか好意的な反応が返ってきた。

 ついでにずっとそばで話を聞いていたダンヴィーノさんも興味津々で、


「なるほどなぁ。それはたしかに売れそうだ。んじゃ、材料調達は俺たちの方ですればいいんだろう?」


 最初から乗り気でいてくれる。行商人ギルドが協力してくれるなら、これほど心強いこともない。


「ぜひ、お願いしますっ!」


 一応、団長にも西方騎士団の厨房を貸してもらえるよう頼んでみると、「お。今度は何をおっぱじめたんだ?」と面白がっていたっけ。


 そして、ありがたいことに材料自体はダンヴィーノさんの手配であっという間に手に入れることができた。


 彼に頼んだのは、この地方で良くとれるというオレンジみたいな果物を山盛りたくさん! 

 騎士団の食堂でもときどきデザートとして出てくるから、私も何度か食べたことがある、フレッシュな酸味とよく熟れた甘みが美味しい果汁たっぷりの果物なんだ。


 ついでに、ダンヴィーノさんはギルドで持っているという圧搾機まで貸してくれた。

 やる気になると本当に仕事の早い人だ、この人……。


 さて、材料がそろえば早速作業開始!


 果物の皮を剥くと、ニ十個くらいまとめて圧搾機の中に入れて蓋をする。蓋には螺旋状に溝のある太い棒が刺さっていて、その先に円形のハンドルがついていた。


 この圧搾機、普段は大人二人がかりでハンドルを回して使うらしいんだけど、フランツは「え? これくらい俺一人で充分だよ?」とくるくる一人でハンドルを回して圧搾してくれた。


 絞られて出てきた果汁が、圧搾機の下にある容器にどんどんたまっていく。

 それに水を足して味と量を調整したら、今度はクロードに果汁を凍らしてもらうんだ。


 そうすると大きなシャーベットの塊みたいなものができあがる。

 でも水を凍らせた氷とは違って、果汁が混じっている分、凍らせてもカチンコチンにはならないの。フォークだけでもザクザクと崩せるから、その崩したものをコップに入れて手伝ってくれたフランツとクロード、それにダンヴィーノさんの三人に味見してもらった。


「うおっ、なんだこれ。こんなの初めて食べた」


 ダンヴィーノさんは初めて食べた新触感に目を丸くし、


「まさに、こういう暑い日にほしくなる食べ物だな。そうか、氷魔法にはこんな使い方もあるのか……」


 と、クロードはメガネの奥の目をキランとさせ、


「うわぁ! これ、冷たくて美味ぇ! ……お代わりもらっちゃ、だめかな」


 フランツはいっきに食べ終わって、お代わりを欲しがった。


「一度に食べるとお腹壊すから、気を付けてね。これを、観客席で売ろうと思うんだけど、どうかな?」


 今は作り立てだからシャーベットみたいになってるけど、外の炎天下だと段々溶けて、フローズンドリンクみたいになると思うんだ。冷たいうちは涼を楽しめるし、完全に溶けちゃえばごくごく飲める。こんな暑い日はぴったりだと思うんだけど。

 味見してくれた三人に聞いてみると、


「これ、絶対売れる。ここに王都中の人間が集まってんだ。こうしちゃいられねぇ、材料買い占めてくるわ」


「今日は出場予定もないから、いくらでも氷魔法を出せるぞ」


「じゃあ、さっそく量産して、じゃんじゃん売ろうぜ!」


 三人とも俄然乗り気になってくれた。やった! これで熱中症になる人が出なくなるといいな。


 そのころには、噂を聞きつけて他の団員さんたちも厨房にぱらぱらと集まってきていた。彼らにも味見をしてもらうと、みんなすぐにこのフローズンドリンクを気に入ってくれて、手伝いを申し出てくれる人もたくさん集まったんだ。


 もうすぐ出場予定のある人まで手伝いたいと言ってくれて、それは丁重にお断りしたけれどね。

 そうしてみんなの協力もあって、すぐにフローズンドリンクの第一弾ができあがった。


***


「冷たいお飲み物をどうぞ! フローズンドリンク、一杯、三百イオですー!」


 さっそくフローズンドリンクを小分けのカップに入れてお盆に乗せて一般席で売ってみた。でも期待に反して、観客の皆さんは不思議なものを見る目でこちらを見るだけで誰も手を出そうとはしてこない。


 やっぱり、見慣れないものには警戒しちゃうのかな……。


 騎士団の人たちはいつも私が作った新作料理を美味しそうに食べてくれる。だから今回もすぐに味見してくれたけど、普通は警戒の方が先に立って、目新しいものは受け入れられにくいということに今更ながら気づかされた。


 ぐすん。せっかくキンキンに冷えてて美味しいのになぁ。このままじゃ、どんどん溶けちゃうよ。


 仕方ない。売れなかったら溶ける前に団員さんに配っちゃおうかな、そう思ったときだった。


「ああ、なんでもいい。喉が渇いて死にそうだ」


 奥の方にいたおじさんが人をかき分けてやってくると、お盆にポンと三百イオを置いてカップを一つ手に取った。

 そして、目の前でそのままぐいっとカップをあおる。次の瞬間、おじさんは目を白黒させたあと、ごくんと飲み込んでからしみじみとカップを眺めた。


「なんだこれ。本当に冷たいぞ!? それに甘くて、生き返るみたいだ。も、もう一杯くれ! いや、向こうにいる家族の分もだ! 五杯くれ!」


 すると、それを見ていた他の観客たちも次々にコインを握ってお盆に手を出してきた。


「俺も一杯!」

「こっちにも!」

「私もちょうだい!」


 どんどん手が伸びてお盆のカップはあっという間になくなり、コインに変わった。

 しかもフローズンドリンクを飲んだ人たちが、あちこちで驚きの声をあげている。それを聞いて、さらに多くの人が私の周りに押し寄せてきた。


「あれはなんだ? もうないのか!?」

「いま、作っている最中です。すぐに次をお持ちします!」


 フローズンドリンクはまたたく間に評判を呼び、作るそばから完売していった。

 そのうえ、その人気を聞きつけた貴賓席の王族や貴族の皆さんからもお声がかかって、そちらにも提供することになったんだ。


 こうして、ダンヴィーノさんがかき集めてきた果物はすべて絞りつくし、儲かったお金はダンヴィーノさんへの支払いに回した残りを、お手伝いしてくれた団員さんたちにも分けたんだ。もちろん、一番活躍してくれたクロードには一番多くね!

 分け前を受け取ったクロードは、


「……これで、新しい魔導書が買える」


 と、いつもクールな彼にしては珍しく嬉しさに顔を上気させていた。


「お前、金入るとすぐに魔導書に散財しちまうよな」


 からかうフランツにクロードは、


「食い物と画材に使い果たすお前に、とやかく言われる筋合いはない」


 って、ぴしゃっと言い返していたっけ。そうやってポンポン言い合えるのも、仲のいい証拠だよね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る