第18話 かわいいお客様

 そこでさらに三日を過ごしたあと、西方せいほう騎士団はいよいよこのキャンプ地を離れて、別の場所へと移動することになった。この世界に来てからずっとこの森で暮らしてきたから、他の場所に移るのは不安もあるけど楽しみでもある。

 この森の外には、どんな景色が広がっているんだろう。


 移動のための荷造りは早朝、いつもより早めの朝ご飯を食べてから始まった。

 私はもちろん、救護班の荷造りのお手伝い。


 簡易ベッドは畳んで重ねる。棚代わりに使っていた木箱には薬類を入れ直してしっかり蓋をした。食器やランプも木箱にしまって。最後に、救護テントを騎士さんたちにも手伝ってもらいながら解体した。

 あんなに大きなテントも、解体してしまうと支柱と布の束だけになってしまう。


「よし。これでなんとか一通り終わりましたね。ご苦労様」


 テントの布を紐で結びながら心地の良いバリトンボイスでねぎらってくれたのは、この騎士団に同行しているもう一人のヒーラー、レイン。


 三十代後半だという彼は、綺麗に切りそろえた茶色い髭が印象的なおじさまなんだ。その茶色い瞳はいつも優しげで、ふるまいも紳士的。でも騎士団の遠征に毎年同行してるだけあって、ゆったりと上品に着こなしたシャツから伸びる腕はほどよく引き締まっている。きっと若い頃はすごくモテたんだろうなぁ。


 ヒーラーとしても、サブリナ様ほどではないにしろ、かなり力のある人らしい。でも、王都に奥さんと子どもを置いてきている単身赴任なので、二人の肖像画を胸のペンダントに入れてこっそり眺めているのをよく見かける。半年会えないって、つらいだろうな。


「さあ。あと一息です。さっさと積み込んでしまいましょうか」


「はい!」


 二人で手分けして救護班の荷物を荷台に積み込んでしまえば、救護班の荷造りは完了!

 ちょうどすべてを片付け終わったところに、団長たちとの幹部集会に出ていたサブリナ様が戻ってきた。


「あら、もう終わってしまったのね。手伝おうと思っていたのに」


「力仕事は、私だけで充分ですよ。マダム。それに今回はカエデも手伝ってくれたので、あっという間に終わりました」


「そう。カエデもありがとう」


 サブリナ様にも労われて、私はブンブンと首を横に振った。そんな滅相もないです。ここに置いてもらってるんだから、手伝えることはなんでも手伝いたいんです! って言いたいけれど、そういう伝えたい事に限って素直に口から出て来てくれない。


 でもサブリナ様はそんな私の心も知っているのか、ますます目尻を細めて、


「無理しなくてもいいのよ。あなたは、ここにいるだけでいいんだから」


 そう優しく言葉をかけてくださった。

 そのあと荷馬車を牽く馬に水を飲ませたりしていると、ピーッと笛の音が聞こえてきた。団長の笛の音だ。それを合図に、出発を待っていた皆が一斉に動き出す。


「さぁ。マダムもカエデも乗ってください。そろそろ移動が始まりますよ」


 もうレインは御者席に腰掛けて馬の手綱に手をかけている。

 サブリナ様に手を貸して先に荷台に載ってもらい、私もあとについて登った。荷台のあちこちにモノが積まれているので、荷物と荷物の間の隙間に入り込むようにして座る。


「さぁ、行きますよ」


 かけ声とともにレインが手綱を引くと、荷馬車がごとごとと揺れ始めた。


「う……」


 木のタイヤは衝撃なんてまったく吸収しないようで、地面のゴツゴツがダイレクトにお尻に響いてくるみたい。これは、お尻痛くなりそうな予感。


 他の騎士団の人たちや後方支援の人たちも、もうすっかり支度を終えて、みんな一斉に移動を始めている。


 はじめは馬たちはバラバラと広がりながら同じ方向に歩いていたけれど、次第に一本の列になっていく。列が整ったくらいから、前の馬に逢わせて少しずつ馬の走るスピードが速くなってきた。やがて駆け足に変わる。


 結構なスピードだ。地響きのような沢山の馬の蹄の音と振動。それが一斉に森の中を移動していた。こんな迫力のある移動は初めて。


 そうやって、しばらく森の中を列を作って走っていたけれど、前の方から一頭の馬が速度を緩めてこちらの荷馬車に近寄ってくるのが見えた。

 フランツと、彼の馬のラーゴだ。

 フランツはこちらの荷台の傍に馬をつけると、並んで走りながら声をかけてくる。


「どう? お尻痛くない?」


「う……すでに、もうちょっと痛いかも」


 そう答えると、彼はハハハと笑った。


「そうだよね。俺も、馬に乗るより荷台に乗る方がこたえるもん。森の中は足場が悪いから揺れるけど、森を抜けたら揺れも少なくなるからそれまでの我慢だよ。それより、ほら、見て」


 フランツが荷馬車の向こう側を指さす。そちらにはいつもと変わらない森の木々が続いている。フランツが何を指し示しているのか、よくわからなかった。

 そのとき、御者席のレインが手綱を少し引いた。馬の速度が緩まる。併走しているラーゴも同じくゆっくりとした走りになった。


「よく見てごらん。なんか翠色のが見えるだろ?」


「え?」


 フランツが指さす方向にじっと目を凝らしていると、一瞬、ひゅっと翠色のものが視界を横切った。


 え? なにアレ? 


 よく見ると、こちらの馬車に併走するように、ひゅんひゅんと翠色の小さなものが騎士団が進むのと同じ方向に跳んでいく。まるで、木々の間を縫うように何か翠色の小さなものが見えていた。

 ふいに、その一つが木の枝の上でピタッと止まった。


「……わぁ!」


 な、なにあれ!? すぐに通り過ぎちゃったけど、大きなリスみたいな生き物が、クルッとした黒いアーモンド型の瞳でこちらを見ていたのがわかった。


「カーバンクルの群れだよ。あいつら好奇心旺盛だから、わざわざ俺らを見に来たんだ」


「あれが……カーバンクル! カーバンクルってたしか、この前、フランツが描いてくれた」


「うん。そう。実物は、もっとかわいいだろ? 好奇心が強いだけで、襲ってきたりはしないよ」


 緑のカーバンクルたちが、こちらの列と併走するように木々の間をぴょんぴょん跳んでついてきていた。

 そのうち一匹が、ぴょんとこちらの荷台に跳び乗ってくる。続いて、二匹、三匹と乗ってきた。


 後ろ足で荷物の上に乗って、きょとんとしたように小首を傾げる様は、まるでぬいぐるみのよう。翠色の体毛に、モフモフした大きな尻尾。額のところには、赤いルビーのようなものがついている。


 手を伸ばしてそっと尻尾に触れると、その子はゆらんゆらんと尻尾を振ってこちらの手に擦り付けてきた。なんて人なつっこいんだろう!

 手に触れたその感触は、綿菓子のようだった。ふわっふわ。

 

 カーバンクルたちは荷台の荷物や私たちの匂いをクンクンと嗅いだ後、来た時と同じように一斉にピョンピョンと森の木々の方へと戻っていった。


 カーバンクルの群れと別れて、西方騎士団の一団はさらに森の中を走って行く。

 そうこうしているうちに、突然景色が一変した。


 森の木々が途切れ、目の前に大きな平原が姿を現す。

 遠くには高い山が連なっていて、頭は雪で白くなっていた。

 平原の左手には、大きな湖も見える。風が吹くと湖面がキラキラと輝き、白い水鳥の群れが一斉に飛び上がった。


 そんな雄大な景色の中を、一つの筋のように西方騎士団の列が続いている。

 次に行くところは、どんな場所なんだろう。どんな街や村に立ち寄るんだろう。

 わくわくと胸が高まってくるのを抑えられなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る