第19話 新たなキャンプ地

 西方せいほう騎士団の一団は何日もかけて移動していく。

 荷台の外に広がる景色は少しずつ少しずつ変わっていった。

 広い湖の横を通り過ぎ、森を抜け、見晴らしのいい丘を越えて。


 しだいに周りに見えていた木々が低くなり、気温も低くなってくる。

 石の多いごつごつした地面に、のぼったりくだったりと傾斜が続く大地。周りにはさらに高い山々が取り囲むようにそびえている。

 前にいたキャンプ地は森林地帯だったけれど、ここらへんは山岳地帯なのかな。


 荷台の上でじっとしていると肌寒くて、鳥肌がたってしまう。身体を温めようと思って両手で腕をこすっていたら、ふわっと肩に温かなものがかぶさった。

 手に取ると、それは手編みのショールだった。とても細やかな模様が描かれている、厚手のショール。


 顔を上げると、いつの間にかすぐ傍にサブリナ様の姿があった。さっきまで荷台の少し離れた所に座ってらしたはずだけど、わざわざこちらまで来てくれたみたい。彼女の穏やかな眼差しが私のことを気遣ってくれているのがわかる。


「だいぶ気温が下がってきたわね。でも、いつも駐屯ちゅうとんしている場所はもうすぐのはずよ」


「はい。このショールも、あったかい……あ、でも、お借りしちゃったらサブリナさ……んが!」


 つい、様と言ってしまいそうになって、慌てて言い直した。

 すぐにショールを返そうとすると、その手をサブリナ様が制する。


「私は何枚ももっているから、大丈夫よ。ほら」


 彼女はこちらにくるっと背中を向けて見せた。たしかに、彼女の肩にも温かそうなショールがかかっている。でも私がかけてもらったものの方が厚そう。だからせめて交換しましょうと言うと、彼女はウフフと笑った。


「私は北方の生まれだから、寒さには強いの。このくらい、なんともないわ。それよりも、ほら、ようやく着いたみたいよ」


 サブリナ様が列の前方を指さす。前をいく馬や荷馬車たちが次々に立ち止まっているのが見えた。

 そっか、ここが次のキャンプ地なのね。


 周りには高い山々がそびえ、硬そうな岩の大地には背の低い草が覆い繁っている。その間を、岩を削るようにして細い小川が幾筋も流れていた。


「ここはね。ロロア台地。別名、青の台地というの。西方騎士団の担当地域の中でもっとも北にある場所なのよ」


「青の台地……」


 空と、大地と、山。それが視界いっぱいに広がっていた。






 キャンプ地につくと、休む間もなくすぐに作業開始だ。

 そりゃそうだよね。テントを張らないと、休む場所もないもの。


 やり方は、前のキャンプ地で荷造りをしたときとは逆の行程になる。レインと協力して荷馬車からすべての荷物を下ろしたら、いよいよテント設営!

 救護テントの他に、倉庫用と寝泊まり用の小さなテントも張らなきゃならない。


 寝泊まり用のテントは一個しかなくて、いままではいつ急患がきてもいいようにと、サブリナ様とレインのどちらかは救護テントで寝るようにしていたみたい。

 私はサブリナ様と一緒のテントで寝るようにしている。彼女が救護テントで寝る日は私もそちらに、彼女が寝泊まり用のテントで寝るときは簡易ベッドを持ち込んで一緒にという風に。

 いくら既婚者とはいえ、成人男性のレインとは一緒に寝泊まりできないものね。


「こっち持っててくれるかな」

「は、はいっ」


 レインに渡されたとおりに数本の支柱を組み合わせて持っていると、彼はロープで手際よく支柱同士を固定してしまった。そうやって骨組みを作った後、他の人たちにも手伝ってもらって骨組みを地面に立てて、そこにロウで防水加工されたテント用の布を被せる。さらにロープを四方に張って地面に固定するとテントのできあがり!


 何度も遠征しているというだけあって慣れているんだろうな。あっという間にテントが組みあがっていく。

 周りを見渡すと、あちらこちらで騎士さんや従騎士さんたちが自分たちの使うテントをくみ上げていた。何もなかった台地に、どんどんキャンプが組み立てられていく様子は見ていて何とも面白い。


 そんな風に皆さんの設営スキルに目を見張っていたら、サブリナ様が簡易ベッドを一人で組み上げはじめていた。


「あ、お手伝いします!」


 急病人や怪我人が沢山出たときのために、簡易ベッドはいつも多めに用意してあるんだ。

 簡易ベッドの構造は至ってシンプル。四方を細い棒で囲ってその中に皮が張ってあるものが床板で、これはそのまま前のキャンプ地から重ねて運んできた。その四方に脚をつけてロープで固定すれば簡易ベッドはできあがり!なのだけど、これがなかなか難しい。サブリナ様の手元を観察して見よう見まねでやってみるのだけれど、ロープがすぐに緩んでしまってうまく固定することができない。


「私も、最初のころはなかなか上手く結べなくてね。でも、すぐに慣れてできるようになると思うわよ」


「はい。頑張ってみます」


 と、威勢良く返事を返したものの、結局私は一台もまともに組み立てることができなかった。慣れるしかないとわかっていても、あまりにお役に立てなくて申し訳なさでいっぱいになる。


 テントと簡易ベッドが組みあがったら、あとは前のキャンプ地のときと同じように棚がわりの木箱を積み重ねて、そこへ分類ごとにポーションや薬、治療用の器具類をしまっていけば救護班の設営はできあがり。


「ふぅ。一息入れますか。お茶でも淹れたいところですが、あっちの方はまだ時間がかかりそうですね」


 レインが額の汗を拭いながら、キャンプ地の中央へと目をやる。

 大焚き火は組み上がったようだけれど、カマドなどは設営に戸惑っているのかまだ終わっていないみたい。

 大焚き火のそばに見える金色の髪の少年と背の高い騎士さんは、きっとテオとフランツね。何の作業をしているんだろう。


「私、あっち手伝ってきます。終わったら、お湯、もらってきますね」


「え? あ、少し休んでてもいいんだよ?」


 レインが驚いたように言うけれど、サブリナ様はころころと笑う。


「好きなようにさせておあげなさい」


「はぁ……」


 そんなやりとりをあとに、私はテオとフランツの方に向かった。

 あちこちにテントが立っている。その景色自体は前のキャンプ地と変わらないのに、周りの風景が違うだけで、こんなにも違って見えるのが不思議。


 ここは『青の台地』というらしいけれど、別に地面が青いわけでもない。地面も、周りにそびえる山肌もこげ茶色で、見上げる山のてっ辺には白い雪がかぶっていた。

 何が『青い』んだろう? 青いものなんて、見当たらないけどなぁ。

 そんなことを思いながら、大焚き火の方へと歩いて行った。


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