第20話 イモ、イモ、イモ!

「フランツ! テオ! 何か手伝おうか?」


 ようやく組みあがって火が付き始めた焚き火のそばに立っていた二人が、こちらを振り向いた。


「ああ。そっちはもう終わったの?」


 フランツに聞かれて、大きくうなずく。


「レインがね。あっという間に済ませちゃったの」


 そう答えると、彼はアハハと笑う。


「あの人は遠征回数多いからなぁ。手際が違うよね」


「そっちはどうなの?」


「うん。俺たちのテントとかはもう組みあがったよ。ここのカマドももうそろそろできあがるんじゃないかな」


 カマドの方に目をやると、あれ? 数人の従騎士さんたちに交じって一人背の高い背中が見えるなぁ。と思ったら、あの銀髪はクロードだ。


 そばに見に行くと彼は、どうやったらそんなことできるんですか?と思うほど、きっちりと隙間なく石をくみ上げていた。神経質そうな見た目どおり、正確さを好む性格なんだろう。ちょっとした歪みすら許さない、っていう雰囲気が漂ってくる。

 これは、私が手を出したら余計に崩しちゃいそう。


「クロードは、従騎士やってたときは調理班にいたんだ。そのころからカマド組みはずっとこいつの担当だったの。いまはもう違う班なんだけどさ、こいつほど精工にカマド組めるやついないからついつい手を出しちまうんだとさ」


 フランツに言われて、クロードは顔を上げるとクイッと指で眼鏡を持ち上げてこちらを見た。


「どうせほかの人が作ったところで、粗が気になって私が組みなおしてしまうからな。初めから手を出した方が、無駄がなくていい」


 そういいつつも、全部自分でやっているわけではないようで、傍にいる小さな従騎士さんたちにあれこれ実演を交えながら教えてあげているようだった。


「それが組み上がったら、あとは荷馬車から食材を下ろして保管庫に移せばいいか?」


 フランツの言葉にテオは頷く。


「はい」


「よし、じゃあそっち手伝うか」


 調理班の荷馬車は焚き火から少し離れたところにとめてあった。食料保管庫のテントもそちらにあるみたい。そっか。火に近い暖かなところに置いておいたら、食材がいたみやすくなっちゃうものね。


 荷馬車には、イモ類や根菜類。それに前に仕留めた魔物の肉。パンなどがそれぞれ大きな麻袋に入れられて積まれていた。さらにその隙間を埋めるように木製カップやシチュー皿もいっぱい。


 最初に手に取ったのは、一番手前に置かれていた肉の入った袋だった。手に取って驚いたんだけど、袋全体がヒンヤリと冷たい。中を見てみると、袋の中の肉はすべてカチカチに凍っていた。


「え……え? これ、凍ってるの!?」


 冷蔵庫どころか電化製品もなさそうなのに、なんでお肉がこんなにカチカチになってるの? 

 驚いていると、フランツが教えてくれた。


「ああ、それ。クロードが凍らせたんだよ。あいつ、氷魔法が使えるんだ」


 なるほど! 魔法か! そんな便利なものがあるのね!?

 その魔法で、生ものが腐らないように凍らせて保存してるんだ。


「魔法かぁ。どうやって使うんだろう。使ってるところ、いつか見てみたいなぁ」


 つい願望が口をついて出てしまうと、フランツがクスリと笑った。


「気が向いたら見せてくれるんじゃないかな。あいつが空に向かって氷魔法を放つと、キラキラしてキレイなんだよ。めったにやってくんないけど」


 それは是非とも見てみたい。今度、暇そうなときに頼んでみよう。迷惑そうに眉間へ皺を寄せられるのが関の山かもだけど。


「そういえば、フランツも何か魔法を使えたりするの?」


 この世界に魔法というものがどの程度一般的なものなのかはわからない。でも、サブリナ様のヒーリングの力も魔法みたいだし、テオが呼び出したあの半透明の小さな少女もそういった不思議な力の一つらしい。そう考えると、この騎士団には魔法が使える人は多いのかもしれない。


 つい期待を込めた目で彼を見ていると、フランツはどこか照れ臭そうに頬を指でかいた。


「俺の場合は、戦いにしか使えないものなんだ」


「そうなの?」


「うん。俺のは、前衛に向いた力なんだよ。剣に魔力で力を付与して、それで斬り込んでいく。そうすると、普通に斬るよりも攻撃力が何倍にもなるんだ。でも……クロードみたいに派手な力じゃないんだよな」


 フランツはクロードの魔法と比べて地味なことを気にしているようだったけど、彼の話を聞いて一番最初に感じたことは『危なそう』だった。それって、魔物の一番近くにいかなきゃいけない役目ってことだよね。


 前に草原で馬のレースをしてたのを見た時も思ったけど、フランツはほかの騎士さんたちと比べても一際高い身体能力を持っているみたい。


 だからこそ、前線で真っ先に切り込んでいく役割は彼にあっているんだろうし、彼の能力が一番活かせるポジションなのだろう。でも、それは危険と一番隣り合わせになる仕事でもある。だから心配にもなるけど、その一方で、純粋にかっこいいなとも感じた。


 きっと彼はとても強いのだろう。


 私がグレイトベアーに襲われたとき、最初にそばにきて助けてくれたのは彼だった。あんなに狂暴そうな熊の胸に深々と刺さったロングソード。あの魔物に襲われたとき、一番近くで助けてくれたのは彼なのだ。


「すごいなぁ」


 肉の袋を降ろしおえて、今度は根菜の袋をフランツと一緒に持ち上げながらポツリとそんな言葉が漏れた。


「……え?」


 聞き返してくる彼に、今度は彼の顔を見ながらもう一度言う。


「危なそうだけど……。かっこいいなぁって。最初に会ったとき、真っ先に私を助けてくれたのもフランツだったものね。あのときのお礼、まだちゃんと言えてなかったのを思い出したの。ありがとう、フランツ」


 そう言って微笑みかけると、彼はびっくりして固まったかのようにジッとこちらを見た後、急にドギマギしたように目を反らせた。


「……騎士だから。助けるのは、当たり前だよ」


 ぼそぼそっとどこか照れくさそうに返してくれた。

 そんな反応されるとは思わなかったので、こちらもどう返していいのやら戸惑ってしまう。


 でも、かっこいいなって思ったのは本当のことなんだよ。不謹慎かもしれないけど、彼が戦っているところ、見てみたいなって思ったんだ。私は魔物討伐には同行できないから、見る機会はないだろうけど。きっとすごくかっこよくて素敵なんだろうなって。


 すべての荷下ろしが終わると、今度は食糧庫として使っているテントに運び込む。そうやって作業をしていると、ふとあることに気づいた。


「イモ……多いよね」


 なんていう名前なんだろう、このおイモ。ちょっとジャガイモに似ている。こぶし大の大きさで、まだ土もついているものも多い。それが、何袋もあった。数えるまでもなく、食材の中で明らかに多い。ううん。食材の全量の半分以上がイモじゃない?


「え……? ああ、たしかに。遠征中はイモ料理多いから、イモ嫌いになるやつも多いんだよな」


 遠征中って、そんなにイモ料理多いんだ。

 イモを一つ手に取って眺める。確かに、ここのところ夕飯はずっとイモのシチューが続いている。シチュー自体は、ブラウンとミルク、野菜を煮込んだコンソメ風が交互にくるんだけど、中の具材がほとんど同じイモ、イモ、イモ。たまに魔物の肉。またイモ。


 遠征生活だから、日持ちするイモが多いのは仕方ないんだろうなぁとは思っていたけど、遠征中ずっと続くと思うと気が滅入ってくる。それに、こんなに同じ食材ばかりだと栄養の偏りも心配になるし。


「こんなにおイモが多いのは、やっぱり保存がきいて安いから?」


 イモの袋を運んでいたテオに尋ねてみると、彼は手を止めて小首をかしげた。その拍子に、金糸のような彼の髪がさらさらと揺れる。

 まごう事なき美少年。改めて思うけど、この騎士団ってイケメン多いのよね。フランツやクロードだけでなく、その下の世代のテオたち従騎士さんも、上の世代のレインや幹部の人たちにも整った顔立ちの人が多い。

 団長は、イケメンというよりはやんちゃな少年がそのまま大きくなったようなおじさんだけど。


 テオも、こうやって傍で見ていると、まるでお人形さんか天使のよう。もう少し年齢がいくともっと男性的なイケメンに成長するんだろうな。いまはまだあどけなさの残ったその顔立ちはこの時期特有の中性的な美しさを保っている。手に持ってるのがイモ袋なのが、なんとも風情がないけれどね。

 それはさておき、テオは私の質問にウーンと考え込む。


「……そうですね。先輩の騎士様たちからそういう風に教わったから、なんとなく僕たちも買い出しのときはイモを買うことが多いんです。でも、安いかっていうと……街によって色々です。この前の街はそんなに安くなかったような」


 彼の話によると、買い出しにいくのは週に一度くらいの頻度らしい。同じキャンプ地には数週間滞在するから、買い物の機会は各キャンプ地で数回はある。

 そのうえ、クロードの氷魔法もあるのだから、保存性を重視してイモにこだわる必要もない気もしてくる。


「遠征って、大体毎年同じようなルートを通ってるんだよね?」


「はい。そうです。だいたい毎年同じような場所を拠点にしています」


 となると、だ。

 毎年、そこに騎士団が来ることは近くの街や村の人たちはよく知っているわけだよね。これだけの人数が移動してくるとなると、買出しする量も半端じゃない。

 そうなると……もしかして、ぼられてる可能性もあるんじゃない?

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