第22話 フランツの絵

 お茶休憩のあとカップを川の水で洗ったら、フランツが寝起きしているテントへと行ってみることにした。


 キャンプ地の中でも、何がどこに設置されるかはだいたい決まっているの。

 まず真ん中に大焚き火があって、そこに近い場所は従騎士さんたちや、後方支援の人たちのテントが設置されている。私たちの救護テントも、そのあたり。

 騎士さんたちが寝泊まりに使うテントは、そこを同心円に囲むようにさらに外側に設置される。

 これは、もしキャンプ地が魔物に襲われたときに、非戦闘員を守るためなんだって。


 だから、正騎士の中でも前衛担当のフランツのテントはキャンプ地の一番端っこにある。

 といっても、テントに名札とかついているわけじゃないから、その辺を歩いている騎士さんを捕まえて「フランツ・ハノーヴァーさんのテントはどこですか?」って聞かなきゃわからない。一度わかれば、ここに駐留している間は基本的にテントの場所は動かさないから次からは聞かなくても済むんだけどね。


 …………のはずなのに、騎士さんたちが溜まっている場所に近づいていくとすぐに、「ああ。フランツのテントなら、あっちだよ」とそのうちの一人が教えてくれた。むぅ。なんで、私がフランツを探しに来たって、すぐに分かったんだろう。とにかく。


「ありがとうございます!」


 と礼を言うと、教えてもらったテントの方に歩いて行った。すると、そのテントの前で見覚えのある金髪の男性が剣の手入れをしているのが見えた。フランツだ。


 私が近づくとすぐに、彼はこちらに気がつく。顔を上げると優しげなエメラルド色の瞳でニコッと笑顔を浮べた。


「どうしたの? こっちまでくるなんて、珍しいね」


「うん。うわぁ………それ、フランツの剣、だよね……?」


「ああ。そうだよ。俺の相棒。ラーゴも相棒だけどね」


 フランツは剣を掲げて見せてくれた。刃が長い両刃のロング・ソード。柄の部分には、立派な紋章が掘られている。もしかして、フランツの家の紋章なのかな? 


 騎士さん達は、それぞれ自分の得意な武器を持ってきているらしい。弓を持っている人もいれば、ランスとかいう長い槍みたいなものを持っている人もいる。魔法を使う人は、自分の身体自身が武器っていえるのかな。


 その中でも、ロング・ソードを持っている人はちょくちょく見かけるのだけど、フランツの持っている剣は他の人の誰よりも長くて大きいように思う。

 こんな大きくて重そうな剣を自在に操れるんだから、そりゃ、私くらい軽々とお姫様だっこできちゃうよね。

 フランツの剣に見取れていたら、彼はクスリと笑みを漏らした。


「なんか、俺に用事があったんでしょ?」


 そうだったそうだった。こくこくと頷く。


「フランツ。もし余った紙があったら分けてもらえないかな」


「いいけど。何に使うの?」


「うん。あのね。ちょっと考えたんだけど、食材庫の在庫整理をしてみようと思うんだ」


 まずは、いまどの食材がどれだけあるのかを調べてみようと思ったんだ。そうすれば、街であとどんな食材を買い足せばいいのか目安になるでしょ? のこりの食料費とにらめっこすれば、他の食材を買う余地もできると思うんだ。 

 そうじゃないと……たぶん、従騎士さんたちまたイモばっかり買ってきちゃうにちがいないから。


「ん? ああ……よくわかんないけど、紙ならいいよ。ちょっと待ってて」


 フランツは剣を手にテントの中に戻ると、しばらくごそごそしたあと、手に紙の束を持って出て来た。


「はい。これ、使って良いよ」


「ありがと……て、えええ!? これ、作品じゃない!?」


 日に当たって裏側が透けて見えたからわかった。どの紙も裏側に、綺麗な絵が描かれている。


 風景を書いたモノ。花や草木、鳥などの小動物を書いたモノ。キャンプの何気ない一コマを書いたモノ。どれも、生き生きとしたタッチの素敵な絵ばかりだった。デッサン風のものもあれば、色をつけたものもある。


 誰が描いたの!?

 そんなの決まってるよね。フランツが描いたんだ。

 彼は、困ったような恥ずかしそうな苦笑を浮べて頭を掻いた。


「どうせ、王都に戻る前に燃やしちゃうものだからさ。カエデが使ってくれるなら嬉しいし」


「え……燃やしちゃう……の……?」


 こんなに素敵な絵なのに? 私なら、額に入れてリビングや玄関とかに飾りたい。

 信じられない思いでフランツを見ると、彼は益々困ったように苦笑を深める。


「実家に戻る前に、全部燃やしちゃうんだ。本家の父親に絵なんて描いてるの知られたら大変なことになるからさ」


「お父さんは、絵を描くことに反対なの……?」


「ああ。お前も貴族になったのだから、貴族としてのたしなみを身につけろ。いつまでも下々のやからみたいな真似をするのはやめろ、だってさ。貴族にとっては、絵は描いてもらうものであって自分で描くものじゃないからな」


 フランツの瞳に一瞬、哀しそうな光が過ぎる。

 でもそれは一瞬で、すぐにこちらへいつもの柔らかい眼差しを向けてくる。


「だからさ。カエデが使ってくれるなら、俺としてはすごく嬉しいんだ」


「うん……」


 受け取った紙の束を胸に抱いて、ぎゅっと抱きしめた。彼の描いた絵を裏紙として使うのはすごく気が引けるけれど。そうすることで、彼の大事な絵を燃やさなくて済むのなら大切に使わせてもらおう。

 私も彼に笑みを返す。精一杯、明るく。


「ありがとう。フランツ。大事に使うね」


「ああ」


 目を細める彼は、どこか嬉しそうだった。

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