第23話 大切なのは在庫管理
フランツにもらった紙を手に調理班の方へいくと、ちょうど食材庫の近くでテオを見かける。
「テオ。ちょっと食材を見てみてもいいかな」
「食材ですか?」
「ポーションの方は在庫整理終わったんだ。ついでに、食材の方も棚卸ししてみようと思って」
「タナオロシ?」
不思議そうに小首を傾げるテオ。あどけない仕草が小動物みたいで思わずキュンとなりそうになるけど、今はそんなことしてる場合じゃないぞ。
「うん。在庫を把握するために数を数えることを棚卸しっていうんだ。そうして紙に何がいくつあるか記録しておけば、あとはいちいち数えなくても数が把握できて便利だから。買い物もしやすいでしょ? ほら、紙ならフランツにいっぱいもらってきたんだ」
テオは、一生懸命こちらの話に耳を傾けながらも、いまいちよくわからないという顔をしていた。でも、フランツの名前が出たとたん、ぱあっと花が咲くように笑顔が広がる。
なんというか……かわいいなぁ。フランツもテオのことをすごく大切に思っているのは感じるし、テオの方もフランツのことをとても慕っているのが伝わってくる。もしかしたら、本当の兄弟以上に繋がりが強いのかも。
「いいですよ。僕もお手伝いしましょうか?」
そうして、テオと二人で食材の棚卸しをすることになった。
数を数えるには途中経過を記入しながらだと楽なので、ここは容赦なくフランツからもらった紙を使わせてもらおう。
紙の裏側に明らかにフランツが描いたものと思しき絵を見つけたテオも「これ、本当につかっちゃっていいんですか?」と心配そうにしている。
「うん。私もなんだか勿体ない気もするんだけど……本人が使ってほしいっていうんだから有り難く使わせてもらっちゃおうよ」
紙は、私がもといた世界ほど気軽に使えるものではない。他の人たちやサブリナ様たちを見ていても、紙を使うときはとても大事に大事に使っているもの。そう、心を込めた手紙をしたためて思いを託すみたいに。そういう大事なことにしかつかわない。
絵を描くために沢山の紙を持ってきていて、遠征が終わるときには燃やしてしまうというフランツはかなり特殊な例なのだと思う。彼が遠征に持ってくるお金の大半を、絵の具とかに使ってしまうっていうのは本当なのかもしれない。それだけ絵を描くことが好きなんだろうな。
二人で手分けして食材ごとに数えると、紙に数を書いていった。
それ自体は、二人で協力してやれば小一時間もかからず数え終えることができた。
「ほら。これが今現在、西方騎士団にある食材一覧よ」
紙には今日の日付と、食材ごとに個数が書かれている。一番上に書かれたのはイモ……これは、王国の北部で多く採れるから北部イモって言うんだって。茹でるとほくほくして、触感はじゃがいもに近い。そして、これがやっぱり一番数が多い。全部で532個あった。イモ、持ちすぎだよ!
それ以外にも、南部イモというものもあって、こちらはサツマイモに似ている。皮も赤みがかっていて、茹でると甘みが出るの。こっちは130個。
と、そんな感じで食材ごとに一目で数を確認できる。
「うわぁ! わかりやすいですね」
テオが両手を胸の前であわせて、きらきらした目で紙を見つめている。
これくらいのことで、そんなに感激されるとなんだか申し訳ないけれど。
「うん。でも、これはまだ途中なんだよ。あとはね」
もう一枚別の紙に、今度は表を書いた。
一番上には【北部イモ】と書いて、その下に線を引き、列を4本つくる。
そして左端から順に『日付』『増えた』『減った』『残数』と記す。
ふふふ。文字も多少は書けるようになったんだ。
実はいま、救護班のポーションも種類ごとに同じような表を作って在庫管理してるの。その表をつくるときにサブリナ様に書いて貰った文字を、そのまま丸暗記しただけなんだけどね。
これで表はできあがり。
この表は経理で使う商品有高帳を、ぐっと簡略化したものなんだ。在庫管理表とかって言い方をしたりもする。でもこういったもの自体に慣れていないと、これを書くだけでも大変かもしれない。
やっぱり、テオはこの表を見ただけで目を白黒させている。
「なんですか? これ」
「うんとね。これがあると、いちいち毎回イモの数を数えなくても、今何個あるのかわかりやすくなるんだ。ちょっと書いてみるね」
表の一番上に、今日数えたイモの数を記入してみる。
『日付』は今日の日付。
『増えた』のところに、いま数えた532個。
『減った』のところには、何も書かない。
そして、『残数』のところに、532個と書くと、ほらできあがり。簡単簡単。
「これが、今日北部イモが532個ある、っていう意味。これから街で北部イモを買ったら、『増えた』のところにその数、『残数』のところには前の残数532個に買った分を足した数を書けばいいの。逆に使ったときは『減った』のところに使った数、そして『残数』のところにはその分を引いた数を書くのよ」
いっきに説明しちゃったけど、はじめてだからわかりにくいよね。
これはフランツ同様、テオにもしばらく手取り足取り教えてあげよう。
そう思っていたけれど、テオはじーっと紙をみたあと、感激したように目を潤ませてこちらを見上げた。
「これ、すごいです! 毎回数えなくてもいいんですね! そっか、買ったらこっちに書いて足していって、使ったらこっちで引いていって。一番下の残数のところを見れば、いまある数がすぐにわかるんだ」
お、おお。こんなつたない説明でわかってくれたんだ。聡明なんだなぁ、この子。
じゃあついでに、もうちょっとプラス。
在庫管理表に書く個数の横に買った日付を、532(5/31)みたいに書いておくと、古い食材がいくつあるかわかるんだよね。そして、実際の食材も買った日付ごとに小袋なんかに分けて保管して分かりやすいように日付を書いて対応させれば、間違いなく古いモノからきっちり使い切ることができる。
実はこれも、救護班のポーションで実践していることなんだ。
表に23(5/3)、15(7/11)という風に書いてあると、5月3日に買ったポーションが23個、7月11日に買ったポーションが15個ってすぐ把握できるでしょ? 使うときは、ラベルに5/3と書かれたものから使うようにすると、もう使用期限切れで無駄にしちゃうこともなくなるの。
あの、しゅわっと甘いポーション水が飲めなくなるのは、すこし残念ではあるけれどね。
こういう表を食材ごとに作れば、食材の個数が一目で管理できるようになる。
さらに、前にフランツに渡したお小遣い帳と同じモノを作って併用すれば、いま何の食材がどれくらい足りなくて、そのためにいくら使えるのかが紙を見ただけで把握できちゃうんだ!
いちいち紙に書くのが面倒くさいと言えば面倒くさいけど、私がこの騎士団にいさせてもらっている間は手伝うつもり。美味しいご飯のためだもんね。
テオに聞いたところ、調理班の予算は副団長から新しいキャンプ地に着くごとに貰っているんだって。そして、キャンプ地ごとにほぼ使い切ってしまっているようなの。しかも、予算が残ったらとりあえずイモを買ってたんだって。そりゃイモばかりになるよね。
明日買い物に行く前に副団長にお金を貰いに行くというので、テオに頼んで同行させてもらうことにしたんだ。
よし。明日はお買い物だね。街に行くのもはじめてだから、楽しみ!
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