第115話 フランツからの申し出
夕方、ベルナードへ教えることが一段落したところで、ちょうどフランツが迎えにきてくれた。迎えといっても、一緒に行けるのは玄関ホールまでなんだけどね。団本部からは私はサブリナ様の使いの馬車で、フランツはラーゴに乗ってそれぞれの屋敷に帰るから。
それでも、ほんの少しの時間でもフランツと二人でいれるのは嬉しいから、いつもなら疲れもふっとんで弾んだ気持ちになるはずだった。
でも、今日はいまいち心は沈んだまま。それをフランツにも悟られて、
「どうした? ベルナードに教えるの、大変だったのか?」
と気遣われてしまう。私はゆるゆると首を横に振った。
「ううん。そっちはそんなに大変でもなかったんだ。ベルナード、覚えるの早いし。……それより」
ベルナードから聞いた『王弟の呪い』の話をフランツに聞かせると、彼は顎に手を置いて「ああ、それか」と声を曇らせた。
「その話なら俺も知ってる。王城でもしばらく話題になってた。王弟って
「そっか……もうそんなに経つなら、やっぱり単なる恨み言だったのかな……」
少し安心してほうっと息を吐き出したところで、フランツが衝撃的なことを口にする。
「それに、もし呪いをかけられているとしたら、ハノーヴァー家のやつらも絶対無事じゃ済まないと思うだよね。俺も含めて」
「えええええっ!? な、なんで……!?」
向こうから歩いてくる東方騎士団の団員さんたちに怪訝な目を向けられてしまうけれど、そんなこと気にならないくらい動揺してしまう。
フランツは、
「恨まれる覚えがあるから、かな……」
と言葉を濁しかけたけれど、
「でも、そうだよな。カエデにはちゃんと話しておいた方が良いよな。……立ち話じゃなんだから、二人で話せるところに行こう」
というわけで私たちは玄関ホールで別れることはせずに、西方騎士団の金庫番室に戻ってきた。ここならドアを閉めてしまえば他の人に話を聞かれる心配も無いもの。
フランツがソファに腰を下ろしたので、私もその隣に座る。
しんと静まりかえった室内。自分から話すといっておきながら、フランツはなかなか口を開こうとしない。座ったまま膝の上に組んだ自分の手をジッと見るばかり。
窓の外からは、まだ訓練をしている団員さんたちの声が遠くに聞こえていた。それが余計に、室内の静けさを深くする。
「……話しづらいことなら無理に話さなくても」
そう伝えたのだけど、フランツはゆるゆると首を横に振った。
「どうせあとでどっかから噂とかで聞くだろうし。だったら、俺から話した方がいい。五十年前に王弟フレデリックを捕えたのは、当時将軍職にあった俺の祖父なんだ。でも王弟は捕えたあとに王城の牢から脱獄してしまって、長らく行方不明になってたんだけどさ」
「そうなんだ……。え、でも、それでハノーヴァー家を呪うって大雑把すぎない!?」
それならお祖父様だけ呪えばいいじゃない。って一瞬思ったけれど、そっかお祖父様はもうとっくに亡くなっているて言ったっけ。その恨みの気持ちが、子孫に向くだろうことは想像がついた。
「うちだけじゃなく、王弟が呪いたい相手はいま生き残ってる王侯貴族全体だろうけどな。……五十年前、この国を二分する内乱があったんだ」
フランツの話によると、王弟フレデリックは一人の女性と恋仲にあったのだという。だけど父親の前王は、兄の現王にその女性を無理矢理嫁がせることを決めてしまう。怒った王弟は兄と反目しだす。
普通の家なら単なる兄弟喧嘩で済む話だったんだろうけど、彼らは国を担う現王とその弟だ。権力掌握を狙う貴族たちがその対立を利用したのだという。国の勢力が二分され、ついには王弟を担ぎ上げた勢力は軍部の一部を掌握してクーデターを起こした。
そのクーデターを納めて王弟フレデリックほか反対勢力一派を捕えたのが、当時将軍として軍部のトップにあったフランツのお祖父様と彼が率いる近衛軍だったのだという。
「そのあと軍に権力が集中しないようにってんで、祖父が軍を分割することを王に進言したんだ。それで軍を解体してできたのが、現在の東西南北の四騎士団なんだよ」
フランツのお祖父様って、騎士団創設に関わるような偉い人だったんだね。
「でも……それが本当なら、王弟さんは単に利用されただけじゃないの……?」
好きな人と無理矢理引き裂かれ、国の内乱の旗印として利用され、あげく五十年におよぶ逃亡生活の末に遠い東の地で非業の死を遂げるなんて……。
「そうだな。だから悲劇の王弟とか言われてたりするんだ。結局、現王に嫁いだ前王妃も若くして亡くなって、現王はその後再婚してるし。それで、王弟と前王妃の話は劇場の有名な演目にもなってたりするんだ。でもだからといって、俺も生まれる前の出来事で呪われるのも嫌だけどな」
うんざりした様子でフランツは呟いた。
「うん。それはそうだよね。あれ? もしかして、私がフランツと結婚したりしたら私も呪われちゃうのかな」
いままでどこか自分には関係ない話のように感じていたけど、そこでぐっとこの話題が身近に思えてきた。
それでなくてもフランツのお父様のこととか、貴族社会のこととかいろいろ面倒ごとが多そうなのに、そのうえ呪いまで付いて来ちゃうの!?
前途多難すぎて、しょぼんと肩を落としていると優しく頭を撫でられた。
じっとこちらを見るフランツの瞳が、不安そうにわずかに揺らいでる。
「俺と一緒になるの、嫌になっちゃった?」
そうか。王弟の呪いの話をすると私が心変わりしてしまうかもって不安だったから、言いにくそうにしていたのね。
私はフランツを安心させようと、にっこりと笑顔をつくる。
「今のところ実害はないんでしょ? だったら、これからもきっと害なんてないよ。そんな不確かなものを心配して私が心変わりすると思った?」
私の言葉に、フランツの目元もホッと和らいだ。
「ううん。思ってはなかったけど心配ではあった。……ああ、そうだ。その、昨日の晩、父さんにカエデのことを話してみたんだ」
んんん? あのフランツととことん仲の悪いお父様に私のことを!?
昨日、川の畔で約束したことをフランツはもう進めてくれていたんだと思うと、さっきまで呪いだなんだで暗くなっていた気持ちが明るくなる。と、同時にお父様は私のことをどう思っているんだろうと新たな不安も沸いてきた。
「そ、それで、お父様は何て……」
一応、いまサブリナ様が養女に迎えてくれる準備をしてくださっているけれど、こんなどこの馬の骨ともわからない娘をハノーヴァー家に迎えるわけにはいかん! なんて反対されたらどうしよう。
森の中に突然あらわれた娘って、どう考えても貴族の名家が積極的に迎えたい相手なわけないものね。
膝の上においた拳をぎゅっと結んでフランツの次の言葉を待ったけれど。
「父さんはもうカエデのことは知ってるみたいだった。カエデと一度話してみたいと思ってたんだってさ。それで、来週の週末に君をうちの屋敷に招待したいんだけど。どうかな?」
突然のお誘いに一瞬呆然としてしまう。頭の中が真っ白。ハノーヴァー家の別邸なら行ったことがあるけれど、あのときは彼の妹のリーレシアちゃんに会いにいっただけだったから気が楽だった。でも、今回のお誘いはハノーヴァー家の本邸。
それも、結婚を認めてもらうために彼のお父様に気に入られる必要がある。
でも、これからもフランツと一緒にいたいと願うのなら乗り越えなきゃいけない壁の一つだものね。
「うん。……頑張ってみる」
強く頷くと、フランツは感極まった様子で目を潤ませ、
「ありがとう」
と、抱きしめてくれた。ううう、フランツに抱きしめられるのは嬉しいけど、来週の週末のことを思うと、いまから不安と緊張で胃に穴が空きそうだよ。
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