第43話 さあ、倉庫を開けろ!

「ん? 預ける金に上限があるのか?」


 私が変な声を出したものだから、ダンヴィーノさんは怪訝そうに眉を寄せる。

 どうしよう。どうなんだろう。どこまでなら騎士団は利息を払えるんだろう。

 正直言って、いま騎士団に必要なお金が集められれば御の字だと思っていたから、その上限について余り明確な取り決めはしてなかった。

 私が助けを求めて隣の副団長を見ると、彼はダンヴィーノさんを真っ直ぐ見つめたまま柔和な笑顔を彼に向けた。


「いえ。上限はございません。お受けいたします。ありがとうございます」


 彼にそう伝えると、私にこっそりと耳打ちしてくる。


「今後の遠征資金のこともある。だから受けられるだけ受けよう。いよいよ多すぎだとなったときは私の方から合図するから」


 そう言ってもらえると心強い。

 すると、ダンヴィーノさんはさらに言葉を続けた。


「じゃあ、行商人ギルドの連中を叩き起こしてくる。きっと他にもあんたらに金を預けたい連中は、うちのギルドには山ほどいるはずだ」


「え……、そうなんですか?」


 自分から持ちかけておいてなんだけど、山ほどいるという彼の言葉がお世辞や誇張には思えずそう聞き返した。

 ダンヴィーノさんは、ニヒルな苦笑を浮べる。


「こっから動かない他の商人連中には難しい話だろうが、俺らにとっちゃこれほど良い話はない。俺らは金と商品をもって街から街へ、地方から地方へ移動しながら商売をするんだ。王都へも行く奴も多い。でも、どうしても移動中に野盗や山賊に襲われることもある。だからそんなとき、金をそのまま持っていると奪われる危険も大きいんだ。ところがだ」


 彼はテーブルの上におかれた証書のサンプルをぺらっと指でつまみ上げた。


「これなら、服の中にでも身につけておけるし、隠すのも簡単だ。安全性が格段に上がる」


 ……なるほど。そんな需要があるだなんて考えてもみなかった。でも、上手く彼らの需要に嵌まったのなら、これほどラッキーなことはない。


「いままでも、両替商に金を預けて、別の街の両替商で金を引き出す制度はあるんだが、かなりな額の手数料を取られるんでな。よほどのことがないと利用はしなかった。それより傭兵でも雇った方が安くすむしな。でも、あんたらのコレは逆に王都にもっていけば金が増えるという。俺らにとっても願ったりかなったりだ。希望者が少ないはずがない」


 早速彼は行商人ギルドの連中に希望者を募ると言って部屋を出て行った。

 それから、小一時間後。

 部屋には、まだ夜明け前だというのに手に手に金貨の袋を持った沢山の行商人たちが押し寄せた。


「え……こんなに?」


 思わず副団長がそんな言葉を漏らすくらいの人数。テーブルの前に押し寄せてくる彼らをクロードが一列に並べて、私があずかった金貨を数えて、副団長が証書に金額を書き込み下半分を切って相手に渡す、という流れ作業でなんとかさばく。


 ついでに、なぜかダンヴィーノさんが色々と便宜を図ってくれたので助かった。

 たくさん書いてきたはずの証書があっという間になくなってしまうほどで、ダンヴィーノさんのように高額を預けてくれる人もいたけれど、少額の人も多い。なかには、父親に手を引かれてやってきた子どももいた。そして、お小遣いなのか銅貨1000イオを預けてくれたのが、なんだか無性に嬉しかった。


「ここにいる人で全部です」


 ドアから外の廊下を覗くクロードの言葉に、私と副団長はつい疲れの溜まった嘆息を漏らしてしまう。ずっと休みなく預かり金の作業を続けてきて、外はもう白みはじめていた。夜中にはまったく人の往来のなかった向かいの通りも、いまはあちこちから足音や人の声が聞こえてくる。


 集まったお金を集計してみると、当初これくらい集まったら良いなと三人で話した額より遥かに多くの金額になった。

 そして最後に、ダンヴィーノさんが金貨50枚の入った袋を持ってきた。それを預かって、証書の下半分を渡すと、全部の作業が完了!


 やったー!という気持ちでいると、ダンヴィーノさんが腰に手をあてて呆れたようにこちらを見ていた。


「ほら。あんたらの仕事はコレで終わりじゃないんだろ?」


 そうだった。お金を集めるのが目的じゃない。これでポーションやヒーラーさんたちを集めて、一刻も早く西方騎士団のキャンプに戻らなきゃ。

 そう思っていたら、ダンヴィーノさんが一枚の紙をテーブルの上にダンと置いた。


「あんたらが欲しいといっていたもののリストと金額だ。個数を書けば、すぐに用立ててやる。商業ギルドと教会にはもう話を通してあるからな」


 その紙には、各種ポーションやヒーラーのランクと雇用代、荷馬車を借りる値段など私たちが要りそうなものが事細かに書かれていた。

 つい驚いてダンヴィーノさんを見上げる。すると、彼は苦笑を浮べて、


「相手が欲しいものを先周りして、提示していくのが商売の鉄則だ。そうだろ?」


 そう、なんでもないことのように言ってのける。

 きっと彼はとても優秀な商人なのだろう。評議員の中ではかなり若い方に見えたが、彼は行商人ギルドの長なのだという。

 でもそれにしたって。


「……なんで、こんなに私たちによくしてくれるんですか?」


 素朴に思ったことを口にしてみた。

 すると、彼はすっと表情を引き締めると、無精髭を撫でた。


「俺も商売人は長いが、この証書っていうのか? こういうものは初めて見た。これを考え出したのは、誰なんだ?」


 彼の言葉に、クロードと副団長がスッと私の方を見た。その視線を追って、ダンヴィーノさんもこちらを見る。

 え? え? ちょ、みんな視線をこっちに集中させないでよ。

 あたふたしていたら、ダンヴィーノさんは小さく笑った。


「だろうな。そうだと思ってた」


「え? ……そうなんですか?」


「ほとんど説明してたのはアンタだったしな。それに……まぁ、いいや。とにかく、俺にはコレがここだけで終わるものだとは思えないんだ。もしかしたら、これはこれから起こる何か大きな変化のはじまりなんじゃないかって……なんでか、そう思えてな。だからまぁ、協力しときゃ今後なんかうまい話に噛めるんじゃないかって下心さ。あんまり気にしないでくれ」


 彼はそういって、肩をすくめると言葉を続ける。


「さあ、あとは買い物だな。教会の連中に、朝のお祈りを中断してもらわなきゃならねぇぞ」


 そのあとの様子は、まさに壮観だった。

 街の広場に何台もの荷馬車が用意された。

 教会の倉庫の扉が開放されて、たくさんのポーションが次から次へと運び出され、荷馬車にどんどんと積まれていく。

 ヒーラーさんも、いま教会にいる五人全員を雇うことができた。

 そのほかにも、テント道具や、毛布、衣服、食材の他に、街の料理屋さんたちが作ってくれた温かいシチューや焼きたてのパンもある。


 みんな、待ってて。いますぐ持ってかえるから。それまでどうか、無事で。

 そう心の中で祈りながら、積み込み作業を手伝った。

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