幕間5 朝焼けの女神
森の中を差し込んでくる朝日に、フランツは目を細めた。
薄暗かった周りが照らされ、肌寒かった気温もだんだん温かさを帯びてくる。
辺りが明るくなるとともに、西方騎士団遠征地の惨状がしだいに明らかになってきた。
何もかもが壊され、あちこちに焼け跡が残る。その合間に、団員たちが座り込んだり横になったりしていた。
本来なら、アンデッド・ドラゴンが踏み荒らしたこの土地を離れなければいけないはずなのだが、あまりに怪我人が多くて移動すらままならないでいた。
テントも壊されてしまったため休む場所もなく、食材庫も破壊されて食料も尽きている。
それでも、いまのところ一人の死者も出さないで済んでいるのは、サブリナとレインの二人が夜を徹して団員たちの治癒を続けてくれたおかげだった。とはいえ、これだけの人数を二人で診て回るのは厳しいのだろう。なんとか命を繋いでいる状態の団員もまだ少なくない。
それに。
フランツは木の根元に座ったまま、自らの手を眺める。
全員の浄化までは、到底間に合わないだろう。もし感染していたら、あとどれくらいの時間が残されているんだろうか。
そんな事態にも関わらず、フランツの心に浮かぶのは数時間前に見たカエデのことだった。
街にいくと言っていた彼女。泣きそうな顔で、でも無理やり笑うようなぎこちない笑顔でこちらを見ていた彼女のことが忘れられない。
街でつらい思いをしていないといいな。また、泣いたりしていないかな。
(また……会えるかな……)
もう一目でいいから、彼女に会いたい。
そんなことを思っていた、そのときだった。
周りに座り込んでいたほかの団員たちが、ざわめき始めた。同時に、馬の
それも、一つではなく、いくつもの蹄の音がまるで地鳴りのように。
「え……」
フランツは弾かれたように顔をあげる。
遠目に見えたのは、森の中をこちらに向かって駆けてくる馬車だった。
一台ではない。何台あるのかわからないほど、多くの馬車がこちらに向かってきていた。
フランツはふらつきながらも、立ち上がってそちらに目を凝らす。
一番先頭の馬車、御者の横に立つ一人の女性が目に飛び込んできた。こちらに大きく手を振る彼女。
それが待ち焦がれていた相手、カエデだってことはすぐにわかった。
フランツも、すぐに大きく手を振り返す。
「おかえり!」
そう声をあげながらも、まだどこか信じられない思いだった。だって、彼女は本当にたくさんの物資とともに戻ってきたのだから。
あちこちから団員たちの歓声があがる。
「本当に、やりやがった……」
「助かった! 俺たち助かったんだ!」
「なんてことだ……神の奇跡だ……」
そう口々に叫ぶ声が聞こえてくる。
でもフランツにはわかっていた。
これは、奇跡なんかじゃない。
彼女が自分でもぎ取ってきた成果だ。
だけど、朝焼けの中、こちらに嬉しそうに手を振っている彼女の姿は、まるで女神のようにも見えた。
そのとき、人の気配を感じて隣を見るといつの間にか団長がそばに来ていた。
彼は、フランツの背中をバンと叩くと、くしゃっとした笑顔で言う。
「アイツは、本当にすげぇな」
その言葉に、フランツは大きくうなずいた。
「はい。……すごい、やつなんです」
久しぶりに、フランツの顔にも心からの笑顔が浮かぶ。そして、もう押し止められないほどに高鳴る想いを自覚しつつ、彼女の姿を熱く見つめるのだった。
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