第28話 さて、買出しだ!


 クロードたちにくっついて大通りの人混みの中を歩いて行く。

 大通りを行き交う人は思ったより多いけれど、人が多いぶん歩みも遅いのでついていくのはそれほど難しくはない。


 ただ通りの両側に色々な露店やお店が並んでいるので、ついついじっくり眺めてみたくなってしまう。


 いろんな形の穀物をかめに入れて店頭に並べているお店や、色とりどりの野菜を山にして置いている店。可愛いヤギが数頭つながれている店もあった。


 ほかにも、飲み物らしきものを売っていたり、綺麗な布が並べてあったり。女性モノの服を売っている店もある。


 あああ、見てみたい。立ち止まって、ひとつひとつ心ゆくまで手に取って眺めたい!


 でも、今日はそんなことしにきたんじゃないからじっくり見てもいられない。いつかお手伝いとか抜きで遊びにきたいなぁ。そんなことをあれこれ考えながらクロードたちの後ろにくっついて歩いてたら、突然クロードが足を止めた。


「うわっ……っと、ごめんなさい!」


 つい、クレープのようなものを焼いているお店に視線が釘付けになっていて気づくのが遅れ、うっかり彼の背中にぶつかりそうになる。

 いや、実際、ちょっとぶつかってしまった。


 クロードたちが立ち止まったのは、数多い露天の中でも一際沢山の野菜を売っているお店だった。


 そっか。騎士団は大所帯だから買う量も当然多い。自然と、買い物をするのは沢山の量を扱っている大きなお店になるよね。


 実はここに来る前にクロードたちと、今回買うものについて相談はしておいた。

 昨日棚卸しをした紙を見せて、北部イモと南部イモはもう沢山あるから買わなくていいんじゃないかと提案すると、クロードはしげしげとその紙を見つめた後、あっさりそのことを了承してくれたから良かった。


 そして、彼とどんなメニューなら作れるか話し合った結果、今回の買い出しで買いたいものを決めたの。今回は、いままでもよく購入していたというソーセージやハムやチーズ、パンといったものの他に、いままであまり買わなかったという葉物野菜などの野菜類、それに鶏肉やブロック肉、卵、果物なんかを買うことにしたんだ。


 私たちが店の前にくると、すぐに店員らしき中年男性が寄ってきた。


「ようこそ、いらっしゃい。待ってましたよ」


 そう、揉み手しそうな勢いで愛想良く喋りかけてくる店員さん。

 彼とのやりとりはクロードに任せて、私は店の品揃えを眺める。


 そして、すぐにあることに気がついた。


 野菜や根菜、果物などにはちゃんと木札に値段が書かれている。

 それなのに、イモ類にはどこにも値段が書いてなかった。そう、イモ類とかタマネギとか、そういう日持ちしそうな野菜だけ値段が書かれてない!


 おかしくない? なんで、一部のものだけ値札がないの?

 それを見ていて、なんだか嫌な予感がしていた。


 店員さんはさっき、「待ってました」って言ったよね。ということは、私たちが何者かはわかっているんだ。それもそうだよね。クロードは西方騎士団の紺色のシャツを、テオとアキちゃんは従騎士用の薄青いシャツを着ているもの。


 きっとこの露天の店員さんには、私たちが騎士団の人間だということがわかっているんだ。


 クロードはすり寄ってくる店員さんに、淡々と今回買いたい物を告げている。ほうれん草みたいなやつと、トマトみたいなやつ。それに、果物と柑橘類を二種類。


 それを聞いて、揉み手をしていた店員が驚いたように固まった。

 そして、


「は?」


 と、間抜けな声を出すので、クロードはまったく同じ口調で同じ注文を繰り返した。そして最後に、


「なにしてるんだ。売る気はないのか?」


 と、あの冷たい口調で言うものだから、店員さんはビクッと一瞬飛び上がって、


「は、はいっ。ただいま」


 あたふたと、テオとアキちゃんがもっていたカゴの中にオレンジみたいな果物を詰め始めた。

 さらに、


「あ、あの。今回、北部イモは……」


 なんて聞くもんだから、クロードにギロリと睨まれてしまう。


「北部イモが欲しいと言ったつもりはないが?」


「は、はいっ。そうですよね!」


 店員さんはそれ以上イモを薦めてくることはなかったけれど、私は気になってちょっと尋ねてみることにした。


「今日は買う予定ないんですけど。参考に教えていただけませんか。北部イモって、いくらなんですか?」


 店員さんは手を止めて、一瞬何か考えているような間を置いたあと、


「えっと、200イオだね」


「そうですか。ありがとうございます」


「いえいえ」


 注文したものをそろえて貰うと、皆で手分けしてもつことにする。四人とも、腕一杯に野菜を抱える形になった。


「ありがとうございました」


 どことなく元気なさげな店員さんの声を背に、私たちはその露天をあとにする。店員さんは最後まで、どこか腑に落ちないような顔をしていたな。


 きっと、イモをいっぱい買ってもらえると思ったんだろうな。生憎……イモはもういいんだ、イモは。それにしても、一つ200イオか。まだこちらの貨幣感覚になれていなくて、それが高いのか安いのかよくわからない。


「一旦荷馬車に帰って荷物を置いてから、次はパンを買いに行こう」


 クロードの提案で、ルークが留守番してくれている荷馬車へ荷物を置きにかえった。荷馬車に戻ると買ったものを積み込んで、再び大通りへとやってくる。今度は、パンを買うんだっけ?


 その道すがらどうしても気になって、他の八百屋さんを覗いてみたの。騎士団の人たちが普段立ち寄らなさそうな小さなところを中心に。


 そうしたらね。店先に積まれたイモのところには『50』と書かれている。他の店を見てみても、多少の差はあるけれど、だいたいその程度の値段みたい。


 じゃあ、さっきの店の200イオってなんなの!?

 4倍だよ!? 他の店の4倍!


 イモ類の値札が外されていた理由が納得できた。普段、他の人に売っているのよりも高い値段をふっかけるために、騎士団の人たちがきたとわかったときにこそっと値札を外したにちがいない。


 やっぱり、ぼったくられてたー!

 ああ、もう。むかむかしてる。すっかりカモにされちゃってるのが腹立たしい。


 でも、今日は冷たい迫力のあるクロードがいるから店員さんもたじたじだったけど、普段はテオのような従騎士さんだけで買い物に来ているんだもんね。


 そりゃ……海千山千の商人さんたちに丸め込まれて、言い値で買い物しちゃうこともあるだろう。でも、適正価格で買うことができれば、もっと色んなモノが買えるに違いない。


 だから、また買い物に同行させてもらおうと決めた。こう見えても、私、お店で値切るのは得意……と頭の中で息巻いていて、ふと気付く。


 あ、あれ? いままで目の前にあると思っていたクロードの背中が見えない。

 雑踏の中、足を止めてきょろきょろと辺りを見回すけれど、アキちゃんやテオの姿もない。


 みんな、どこいっちゃったの? あれ? ここってさっき通った道だよね? ……違うのかな。見たことあるような気もするけど、全然知らない場所にも思える。

 もしかして……迷っちゃった……?

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