第138話 結婚式!
うららかな春の良き日。
私は、ついにこの日を迎えてしまった。
そう結婚式当日!
一週間後には西方騎士団は再び半年間に及ぶ遠征に出かけることになっている。だから、今がギリギリのタイミングだったんだ。わかってる。それは重々わかってる。昨日も騎士団本部で夕方まで準備に明け暮れていたもんね。
三日間休みをもらったから、休みが明けたらもう遠征出発直前だもの。
だから昨日のうちにやれることはやってしまおうと金庫番の仕事に励んでいたら、気がついたらすっかり日も暮れちゃって。
「明日は大事な日なんだろう。今日はもうとっとと帰って休め」
と団長に呆れられて、迎えに来ていたサブリナ様の屋敷の馬車に押し込められた。
その後ろで、フランツがハラハラしながら見てたけど彼も団長に、
「お前も準備やら何やらあるんだろ。おら、とっとと帰れ」
と団長に言われていたから、きっとあのあとすぐ帰されたんだろうな。
遠ざかる馬車から覗く私に、フランツは小さく手をふってくれた。その口が、「また、明日ね」と言っていた。
そのあとサブリナ様の屋敷に帰って、サブリナ様と静かな夕飯を楽しんだんだ。いつもと同じ景色。いつもと同じあたたかな笑みをたたえたサブリナ様。
でも、こうやって二人で夕飯をとるのももうしばらくないのかもと思うと、なんだか急に目頭があつくなってフォークを持つ手が止まってしまった。
サブリナ様は、「あらあら。心配しなくても大丈夫。いつでもここに帰ってきていいのよ。ここはあなたの家でもあるんだから」といって優しく背中を撫でてくださった。
夕食後は早めに自室のベッドにもぐりこんだんだけど、全然寝れなくて結局一睡もできないまま朝を迎えたんだ。
そんなこともあって、準備のために朝早くから大聖堂の控え室に入って着替えさせられたあと世話係さんにメイクや髪をやってもらっているうちに、ついうとうとしてしまった。
「できましたよ」
その声に、はっと意識がもどる。いけないいけない、うたた寝しちゃってた。
顔を上げて目の前にある鏡台の鏡を見ると、そこには純白のドレスに身を包んだ私がいた。髪にも白い花が可愛らしく添えられ、そこに薄いベールがかけられている。
「お綺麗ですよ」
「あ、ありがとうございます……」
なんだか気恥ずかしくてうつむいたら、左手にしているブレスレットがシャラリと揺れた。
フランツにもらったブレスレット。この前、亡霊に襲われたときに魔石が砕けてしまったけれど、あのあとすぐにフランツが知り合いの工房に頼んで魔石の部分だけ作り直してくれたんだ。
「さあ、みなさんお待ちですよ」
「は、はいっ」
手を支えてもらって立ち上がる。
渡された真っ白の花のブーケを手に、控え室を出て大理石の廊下に敷かれた真っ赤な絨毯の上を歩いて行く。
裾の長いドレスは歩きにくいため転けないようにゆっくりと進みながらも、どんどん緊張は高まってくる。どきどきと心臓が大きく鳴っていた。
大聖堂の扉の前で私を待ってらっしゃる黒のフォーマルドレスをお召しになったサブリナ様の姿が見えた。
サブリナ様は私を見て、やわらかく目元を緩める。
「とても綺麗よ」
「ありがとうございます」
足を折ってレディの挨拶をしたあと、二人で目を合わせどちらともなく微笑みあう。
サブリナ様のあたたかな笑顔に触れたおかげで、ガチガチに緊張していた心の中がふわりと春風にふかれたようにあたたかくなった。
「行きましょう」
「はい」
サブリナ様の横に並ぶと、大聖堂の扉が開かれた。
見上げるほど天井が高く、広い大聖堂。そこに、たくさんの人が集まっていた。
入り口からまっすぐ敷かれた赤い絨毯の先の階段下。窓から射し込むあたたかな光に包まれた中に、白いフォーマルスーツに身を包んだ男性が見える。
金色の髪に緑の瞳をした彼は緊張した面持ちで私を待っていた。
私はサブリナ様と共に彼へと続く道を一歩一歩歩き出す。
その私たちをたくさんの拍手が迎えてくれた。道の両側にみんなの顔が見える。
道の右側には西方騎士団の面々。
テオとアキちゃんは、今日は制服じゃなくて素敵なスーツとドレス姿。二人はやっぱり今日も可愛らしい。
レインは奥様や子どもたちと一緒に見守ってくれている。もうすぐ遠征でまたしばらく家族と会えなくなるから、ペンダント用の新しい肖像画を描いてもらったんだと目を細めていた姿を思い出す。
バッケンさんもお弟子さんたちと来てくれていた。その後ろの方にひっそりと参列してくれているのはナッシュ元副団長。
ゲルハルト団長はもうハンカチで顔を拭っていて、隣にいる奥様に宥められていた。
道の左側には東方騎士団のアイザック団長やベルナードの姿も見える。あれ? ベルナードの隣にいるあの人は、もしかしてお父様の財務大臣!?
その奥には、ダンヴィーノさんがこっちに向かって両手を振っている。たぶん、あの周りにいる一団は行商人ギルドの人たちだ。騎士団債の償還に来たときに見たことある顔がたくさんあるもの。
さらに参列席の先頭にはフランツのお父様、ジェラルド・ハノーヴァーさんとエリックさん、それにターニャさんの姿も見える。可愛らしいピンクのドレスを着たリーレシアちゃんが抱っこしているのはモモだ。あの亡霊事件以来、リーレシアちゃんはすっかりモモが気に入ったみたい。その傍らには嬉しそうに微笑むフローリア・ハノーヴァー婦人も見える。
そのとき、シュバッという音ともに天井に白い花が無数に舞った。花はくるくると回りながら落ちる間に細かな氷の粒に変わって消えてしまう。美しく幻想的な景色。
もちろんそれを放ったのはクロードだ。彼は、大聖堂の壁際にあるキャットウォークからもう一度、氷の花を放ってくれる。
氷の粒がキラキラと舞う中で、私は階段下で待っていた彼のもとにたどり着いた。
「フランツ。カエデのことを頼むわね」
サブリナ様にフランツは、
「はい」
と小さく頷く。いつもより緊張で強ばるフランツの顔。きっと私もいまよく似た表情をしているにちがいない。
「いってらっしゃい、カエデ」
あたたかな言葉とともに、サブリナ様は足を止める。サブリナ様の付き添いはここまでだ。私は小さく足を折って彼女に礼をすると、隣に並んだフランツを見上げる。
「行こう」
「うん」
フランツの腕に手を回し、二人で深呼吸してから一緒に階段を上り始めた。
十段ほどある階段の上は舞台のようになっていて、そこに結婚式を取り仕切りる教会長が待っている。
私たちは同時に階段の上に着くと教会長の前まで歩いて行って、そして式は始まった。教会長の祝いの言葉があり、次いで宣誓を交わす。
「新郎フランツ。あなたはカエデを妻とし、いついかなるときも彼女を愛して敬い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
教会長の言葉に、フランツはよく通る声で応えた。
「はい。誓います」
笑顔で頷く教会長は次に私に向き直る。
「では、新婦カエデ。あなたはフランツを夫とし、いついかなるときも彼を愛して敬い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
フランツと同じように、私も応えようとした。
でも、唇が震えてしまって、言葉が上手く喉の奥から出てきてくれない。
こんなときなのに、……ううん。こんなときだからかな。
一年近く前。彼と初めて出会ったときのことが頭に浮かんでいた。
たった一人で見知らぬ世界に放り出されたあのとき、私をグレイトベアーから救ってくれたのは彼だった。それからというもの、ずっとそばで支えてくれた彼の存在がどれだけ心強かったことだろう。
彼のその明るい笑顔に、やさしい心に、どれだけ助けられてきたかわからない。
ううん。彼だけじゃない。
私のことをあたたかく包み込むように見守ってくれたサブリナ様。
快く受け入れてくれた西方騎士団のみんな。
私は、たくさんの人に支えられてここまでくることができた。
いつしかみんながいるこの場所が、自分の場所になっていた。
これからも、ここで生きてこう。
彼と共に。
私を心配そうに見つめるフランツの瞳を見返して、精一杯微笑んだ。
涙がにじみそうになりながらも教会長に視線を戻すと、今度はしっかりと声が出た。
「はい。誓います」
うんうん、と教会長は再び微笑んで頷く。
「それでは誓いのキスを」
向かい合った私たち。フランツが私のベールをあげて、見つめ合う。
なんだか照れくさくて二人で小さく笑い合ったあと、彼がすっと表情を引き締めたから私も目を閉じた。
唇に触れるやわらかな感触。
とたんに、わっと割れるような拍手が大聖堂を包み込んだ。
目を開けて、参列者のみなさんに向かうと私は足を折って、フランツは軽くお辞儀をして二人で夫婦として初めての挨拶をする。フランツはぎゅっとかたく、私の手を握りしめてくれていた。
私たちは、王都のどこかに新居を構えるつもりでいる。
ハノーヴァー家はエリックさんが継ぐことになったので、本来ならフランツには伯爵家としての地位はなくなってしまうのだけど、彼の数々の武勲により近々何らかの爵位を与えられるだろうと噂されている。
とはいえ、それもこれも遠征から戻ってからの話!
だって数日後には、私たちは西方騎士団の一員として遠征に出ることになるんだもん。
だから、しばらくはハノーヴァー伯爵家の屋敷に間借りさせてもらうことになっている。今日もこのあとも、ハノーヴァー家の屋敷の庭で披露パーティがあるんだ。
めまぐるしくいろいろなことが過ぎていくけれど、フランツと一緒ならきっとこれからも大丈夫だと信じてる。
握られた手を握り返して彼を見上げると、彼は式が無事に済んだ安堵感からかホッと表情を緩め、私の額にやわらかなキスを落とした。
それでさらに会場からは大きな拍手と、「おめでとう!」「末永くお幸せにね」の歓声が沸き上がるのだった。
【完】
騎士団の金庫番 〜元経理OLの私、騎士団のお財布を握ることになりました〜 飛野猶 @tobinoyuu
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