第131話 避難!

『ときは満ちた。いまこそ悲願を遂げるとき。我の死を合図に、王都は亡者の喜びに溢れるだろう』


 そう呪いの言葉を残して、王弟は亡くなったのだといういう。


 稀代の死霊使いネクロマンサーとして類い希な才に恵まれた王弟。しかし、愛する人と引き裂かれ、権力争いに利用され非業な死を遂げたその人。


 亡霊と聞いて、真っ先にその人を思い浮かべたのは私だけじゃないはずだ。

 きっと誰もがそう思ったことだろう。


「それで、被害状況と戦況は」


 素早く問いかけるフランツに、テオははきはきと答える。


「最初に亡霊が現れたのは、貴族や高官の屋敷です。七つの屋敷でほぼ同時期に発生したとみられています。ついで、王都の商家や市場でも亡霊が目撃され、騎士団、衛兵、自警団合同で対処にあたっています。けが人も多数出ているものと思われます。王都の外城門及び内城門は封鎖。騎士団本部で西方東方両騎士団による合同本部がつくられ、事態の収拾にあたっています」


 ついで、テオは被害に遭った貴族や高官の名前を次々と口にした。


「それでいくと、被害の大半は屋敷街と、商家街みたいだな。テオ、報告ありがとう」


 フランツはテオをねぎらったあと、お父様に視線を向ける。


「父さん。俺は騎士団に戻ります」


 と、断言するとフランツ。お父様は困惑した表情のまま唸るように


「あ、ああ……わかった」


 と答えるのが精一杯のようだった。


 リーレシアちゃんを守るように抱きしめているハノーヴァー婦人の顔にも、濃いおびえの色がうかがえる。


 そうだ。生前に王弟を捕らえて投獄したのはフランツのお祖父様だ。

 その子孫であるハノーヴァー家に対して王弟がひときわ強い恨みを感じていてもおかしくはないのだと、前にフランツは言っていた。


 貴族の屋敷が狙われたというのなら、ハノーヴァー家の屋敷だって危ないに違いない。


「フランツ! みなさんをハノーヴァー家の屋敷に戻すのは危険なんじゃ!」


 私の言葉に、フランツは「わかってる」とうなずき返す。


「ここもいつ襲われるかわからない。ハノーヴァーの屋敷に戻るのも危険なので、みんなも騎士団本部にお連れします。いいですね」


 有無を言わせぬフランツの強い口調に、お父様もただ「ああ」と返す。

 しかしそこに、一人の男性が部屋へ駆け込んでくると、お父様の前で片膝をついた。


「ジェラルド・ハノーヴァー様。王より勅令でございます。さきほど、王が現在王都を騒がせている亡霊事件の対応策を話し合うために臨時枢密院を招集いたしました。ただちに参内さんだいするようにと仰せです」


 そんなわけで、お父様は王城が用意した馬車で王城内の枢密院へ、私たちは騎士団本部へと向かうことになったのだった。


 外に出ると既に日は沈みかけており、空には藍と赤が溶けるように混じり合っていた。


 いつもなら美しい黄昏の空に見入ってしまうところだけど、今日ばかりはなんだかその美しさが恐ろしく感じた。夜が空を浸食していく様子が王弟の呪いと重なって、王都を覆い尽くそうとしているかのように思えたのだ。


 守りやすいからという理由で一つの馬車に私とハノーヴァー婦人、それにリーレシアちゃんとエリックさん、ターニャさんが乗り込んだ。


 向かい合わせの座席にそれぞれ三人くらいは座れる広さがあるので余裕はあるはずなのだけど、いつの間にかリーレシアちゃんがちょこんと私の膝の上に乗っていた。


「リーレシア。はしたない。降りなさい」


 そうハノーヴァー婦人はリーレシアちゃんを叱るのだけど、彼女はぶんぶんと首を横に振る。がんとして私の膝の上から降りようとはしなかった


「いや。カエデお姉様のとこにいるの!」


 リーレシアちゃんは十歳といってもとても細身なので、抱っこしててもそんなに負担ではない。それに、気づいてしまったんだ。リーレシアちゃんの小さな身体が小刻みに震えていることに。


 大人でも亡霊が街を襲っているなんて聞いたら恐ろしいのに、小さい彼女にはなおさらだよね。もしかしたら、本当はフランツに抱っこしてもらいたかったのかもしれない。


 でも、フランツとテオは、それぞれ自分たちの乗ってきた馬で馬車を挟むようにして警護してくれている。


 私はリーレシアちゃんの身体に両手を回すと、彼女をしっかり抱きかかえた。


「大丈夫ですよ。騎士団本部はすぐですし。ほら、そこにフランツも見えるでしょ?」


 窓のカーテンを開けると、ちょうど馬車のすぐ隣をラーゴで併走しているフランツの姿が見えた。


「あ、フランツお兄様!」


 リーレシアちゃんは窓ガラスの向こうのフランツに向けて、ぶんぶんと元気に手を振る。それに、フランツも気づいてにこにこと手をふりかえしていた。


 向かいの席でエリックさんがボソッと、「こういうとき僕のところにはきてくれないんだよな。僕も武術習おうかな……」って呟くのが耳をかすめる。リーレシアちゃんに頼られるフランツが羨ましくなったみたい。


 するとリーレシアちゃんが「エリックお兄様はご本を読んでくれる人なの。剣をつかう人じゃないの」ときっぱりと言い返していた。なんとなく、彼女の中でそういう役割分担があるんだろうな。でも、三人とも仲よさそうでほほえましい。


 こんなときだけど三人のきょうだいのやりとりにほっこりしていたら、フランツが急に正面を鋭い視線でにらみつけた。すぐにラーゴを加速させて、前方へ走り去っていく。


 え? どうしたの?


 と思ったと同時に、馬車が急停止した。


「わわわっ……」


 リーレシアちゃんを落とすまいとしっかり握って足を踏ん張ったおかげで、なんとか取り落とさずにすんだ。


 何があったんだろう。


 前がどうなっているのか見たくて馬車の窓を開けて頭を出すと、前方にラーゴとフランツが見えた。馬に乗ったテオの姿もある。


 さらにその二人の前に、ラーゴの二倍くらいありそうなモヤモヤとした黒灰色のモヤのようなものが立ち塞がっていた。


 よく見ると、そのモヤのようなものは人の形をしている。兵士のような甲冑を着た骸骨が、剣を構えていた。


 フランツがすぐさまラーゴを駆って、ロングソードでそのモヤの人影に上段から斜めに斬りつけた。モヤの人影は真っ二つになる。しかし、すぐにモヤは再びくっついて人型を保つと、フランツに剣を振りおろした。


 それをフランツは器用にラーゴを操って寸前で避ける。


「フランツ様! 亡霊に直接攻撃は効きません。魔法か、ヒーラーの加護を付与した武器でないと攻撃を与えられないんです」


 テオが叫ぶのが聞こえる。


 あのモヤみたいな大きな人型が、亡霊……!


 亡霊にはやはり先ほどの攻撃は効いていないようで、フランツに再び襲いかかってきた。そこに、フランツの平然とした声が聞こえてくる。


「なんだ。じゃあ、こうすればいいのか?」


 彼がそう言ってロングソードを真横に振ると、ロングソードの全体がぼんやりと赤い光に包まれる。魔力でロングソード全体を覆ったようだ。


 そのままフランツはそのロングソードを構え、向かってくる亡霊の腹に深く突き刺した。


 オオオオオオオオオオオオ


 亡霊は不気味な断末魔をあげて苦しみだしたかと思うと、そのまま空中に霧散するように消えてしまった。どうやら、倒せたみたいだ。


「甲冑の形からして、ずいぶん古い兵士の亡霊だったみたいですね」


 テオの言葉に、フランツはロングソードを鞘へしまいながら抑揚の薄い声で返す。


「そうだな。兜に王国のエンブレムがついてた。昔の戦場で死んだ王国の兵士なんだろうな。もしかすると王都から戦地に赴いたままそこで死に、いまようやく魂だけ王都に戻ってこれたのかもしれない」


 彼の声にどこか憂いが混じるのは、王都から遠征に赴く騎士たちの境遇と重ね合わせたからかもしれない。


「ふぅ。さあ行こう」


 息をつく間もなく、再び馬車は走り出す。


 馬車は一路、騎士団本部へと向かった。

 いつ、再び亡霊が襲いかかってくるとも限らない薄暗い道。恐ろしくて堪らなかったけれど、フランツが一緒にいてくれるのがこの上なく心強い。


 幸いそれ以上亡霊に出会うことなく、日没が迫る中、私たちは騎士団本部へとたどりつくことができたのだった。

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