第132話 共同戦線
騎士団本部にたどり着くと、いつもは静かな建物の中がいまは蜂の巣をつついたような騒がしさだった。
それもそのはず、西方騎士団の建物と東方騎士団の建物の真ん中に挟まれた中央ホール。
そこにいくつもテーブルが引っ張り出され、合同本部がつくられていたのだ。
こういうときのためにこの中央ホールは広く作られているのかもしれない。
ホールには西方、東方両騎士団の団員さんたちの制服が入り乱れる。
いつもは何かと対抗意識をもつ両騎士団だけど、今日ばかりはひとつの騎士団として事態の収拾にあたっていた。
真ん中に置かれたひときわ大きなテーブルにはゲルハルト団長と、東方騎士団のアイザック団長が並んでテーブルに広げた地図を見ながら話し込んでいた。
ゲルハルト団長は私とフランツの姿を見かけると、「よぉ。無事だったか?」と軽い調子で聞いてくる。
「はい。あの、うちの家族たちも一緒にこっちに避難させてきちゃったんですが、部屋を借りても良いですか」
フランツがそう申し出ると、ゲルハルト団長はもちろんだと即答する。
「空いてるとこを好きにつかうといい。フランツ、お前にはすぐに王城の方に行ってもらいたいんだが、いいか?」
フランツは騎士団の中でも団長たちに次ぐ実力者なんだから、戦力を期待されるのも当然だろう。でも、フランツはまだ私たちのことが心配で迷っているようだった。
「大丈夫、フランツはもう行って。あとは私がみなさんを案内するから」
フランツの腕を掴んで、そう伝える。
リーレシアちゃんたちは金庫番室に案内しようと思うんだ。あそこなら、ソファもあるからゆっくりくつろげると思うの。
フランツは一瞬申し訳なさそうな目をしたけれど、大きく頷いた。
「ありがとう、カエデ。みんなをよろしく頼む」
「うんっ」
しかし、フランツが団長たちの方へ行こうとしたところで、それまでハノーヴァー婦人にしがみついていたリーレシアちゃんがパッと走ってきてフランツの腕を掴んだ。
「フランツお兄様、行っちゃ嫌!」
可愛らしい緑の瞳が、不安そうに揺れてフランツを見上げる。
「ごめんな、リーレシア。ここにいれば安全だから」
フランツは宥めようとするが、リーレシアちゃんは駄々をこねていやいやと金糸のような髪を振る。
無理もない。突然こんなことになって、怖くて仕方ないのだろう。
すると、ハノーヴァー婦人がリーレシアちゃんの元にやってくると、背中からふわりと抱きとめた。
「駄目よ、リーレシア。お兄様はいま、大事なお役目があるの」
そこにエリックさんもやってきて、しゃがんでリーレシアちゃんの頭を優しく撫でる。
「向こうで、楽しいお話を聞かせてあげよう。リーレシアはどんなお話しが好きかな?」
ターニャさんもエリックさんの隣で微笑む。
「歌もいかがかしら。陰気な死者たちは陽気な歌が嫌いだと聞いたことがあるから、きっと亡霊除けにもなるわよ」
そこまで言われてはリーレシアちゃんも、それ以上わがままは言えないと思ったのだろう。みんなの顔をひとりひとり見上げたあと、こくんと小さく頷いた。
「良い子だ。リーレシア。それじゃあ、行ってきます」
フランツが団長たちの方へ行くのを見送ったあと、
「さあ、こちらへどうぞ」
私はリーレシアちゃんたちを西方騎士団の建物の方へと案内しようとした。
そのとき、玄関ホールに数人の騎士団員さんたちが急いだ様子で戻ってくるのとすれ違う。足早に団長たちの方へ近寄っていくその中に、私は見慣れた銀髪をみつける。クロードだ。
クロードは頭を付き合わせて作戦会議をしていた中に割って入り「すみません、ちょっと良いですか」と声をかけた。
団員さんたちの視線がクロードに集まる。
「どうした?」
ゲルハルト団長に促されると、クロードは「はい」と姿勢を正して報告する。
「さきほど、私たちは屋敷街を警備していました。そこに悲鳴が聞こえたため声のした方へ急行したところ、ミシュラン家から屋敷の人間たちが逃げてくるのに出くわしました。そこで、亡霊五体と遭遇。すべて討伐しましたが屋敷の一人が応接室から亡霊が出てきたというので急いでその現場へ行ってみたところ、たしかにその部屋から何らかの禍々しい魔力を感じました。ただ、その魔力はすぐに時間と共に消えてしまったため、何が魔力を放っていたのかまでは特定できませんでした」
クロードがよどみなく話す報告を、ゲルハルト団長は真剣な目で聞いていた。
「それで、お前の結論は?」
「はい。今回の亡霊発生事件においては何らかの『物』を介在させて魔法を発動させているんではないかと考えられます。物に施されていた術が何らかの条件で発動し、亡霊を召喚したのではないでしょうか」
「亡霊たちはどこかで召喚されて屋敷を襲ったのではなく、屋敷の中から物を介して発生した……ってことか、それは厄介だな」
団長は、ふむと唸る。
「それで、介在している『物』ってやつは特定できそうか?」
そう団長に尋ねられ、クロードは口ごもる。
「いえ……私が部屋に入ったときに感じた魔力は、その後すぐに消えてしまい特定までには至りませんでした。それと、ミシュラン家の当主は魔法士です。彼も、いままでその部屋で何らかの不審な魔力を感じたことはなかったと申しておりました。そもそも
「つまり、亡霊を呼び出すときだけ魔力を放つが、亡霊を放ったあとしばらくすると魔力そのものが消えてしまう、ってことか。そりゃ、やっかいだ。介在している物を特定しようにも、亡霊を呼び出す瞬間をみつけなきゃだめってことか」
どうすればそんなもの探し出せるんだ、という悲嘆した空気が場に漂いだしたところで、私の隣にいた男性が声をあげた。
「あ、あの……」
躊躇いがちに団長に声をかけたのは、エリックさんだった。
「ああ、えっと、あなたは……」
誰だっけ、と団長の顔に書いてある。すかさずフランツが、
「俺の兄です」
と紹介し、エリックさんも、
「エリック・ハノーヴァーです」
と名乗った。
「僕は脚本などを書く仕事をしています。そんな僕がお声をかけるのは場違いかもしれないですが、ちょっと気になったので……」
団員さんたちの中には「この緊急事態に、部外者が何の用だ?」と露骨に嫌悪を顔に表すものもいたが、団長は快くエリックさんの話を促した。
「どんな些細なことでもいい。いまは情報があまりに足りないんだ。なんでもいいから気づいたことがあれば、教えてほしい」
そう団長に言われて、エリックさんはこくりと頷くと話し始めた。
「僕は、以前、王弟陛下の事件をもとに脚本を書いたことがあります。そのときに、王弟陛下のことをその生い立ちから徹底的に調べました。それで、なんとなくこの術の正体が見えそうな気がするんです」
「
そうクロードは反論するも、エリックはそれをにこやかに受け流す。
「たしかに死霊使いの術に、いままでこんな術は存在していなかったでしょう。なぜなら、おそらくこれは天才と言われた彼が発明した術だからです」
団員さんたちの間から、どよめきが起こる。
構わずエリックさんは続けた。
「彼は人付き合いの苦手なタイプでした。でも、こと魔術に関してだけは違いました。興味を持った魔術の使い手を呼び出しては教えを請うていたそうです。死霊使いの術に惹かれたのは、早くに亡くなった母の魂を呼び寄せたかったからとも言われています。やがて、自分と同じように死者の魂との再会を望む人が多くあることを知ると、誰にでも死霊を呼び出す術がつかえるようにする方法を研究していました。その中に、呪文を詠唱する代わりに魔力を混ぜたインクで文字を書いて『呪物』とし、魔法を発動させるものもありました。十代後半の若かりしころ、彼は椅子に魔力を込めた文字を書いて死人の魂をその椅子に呼び出そうと実験を行ったこともあります。しかし、術は失敗して椅子は燃え上がったというエピソードがとある文献に載っていました。でも、もし彼がその後何十年もかけて、その術を完成させていただとしたら……」
しん、とホールが静まりかえる。
いつしか、ホールにいる誰もがエリックさんの言葉に耳を傾け、そして押し黙っていた。
その沈黙をやぶったのは、フランツだった。
「でも、魔力のこもった文字が書きつけてあるモノなんて怪しくてすぐわかると思うんだけど……」
「ミシュラン家でも、そんなものはみつからなかった。ただ、もし乾けば色が薄くなる樹液などで書かれていれば、容易にはみつからないかもしれないが……」
と、クロードは唸る。
「それだってさ。多少なりとも魔力を帯びてるってことはだよ」
フランツは自分が腰に差していたロングソードを抜いて掲げる。その全体が、すぐに赤く光り出す。それは彼の魔力でロングソードが覆われた証。
「多かれ少なかれ、こんな風に魔力独特の光を放つはずだろ? そもそも魔法士であるミシュラン男爵がそれに気づかないわけないと思うんだが」
「それは、たしかに……」
私が腕にはめているブレスレットも、リーレシアちゃんが胸につけているフランツがあげたブローチも、暗いところで見るとわずかだけど白い光を帯びているのがわかる。魔力を強く帯びている青の台地は、夜になると地面が青く光っていた。
そんなふうに、魔力を帯びたものは大なり小なり光りを放つのだ。
もし、何らかの家具なり道具なり本来魔力を帯びているはずのないものが夜におぼろげに光ったりしていれば、不審に思う人も多いだろう。
「そんな報告はいままであがってきたことがない……」
呪物捜索に一瞬、一条の光が差した気がした。しかし、掴んだかに思えた手がかりは、すぐに消えてしまって再び捜索の手がかりは暗礁にのりあげてしまう。
亡霊の被害は王都のあちらこちらで広がっていた。でも、人々を避難させようにも現時点ではどこに避難させていいのかすらわからないのだ。
そのとき、躊躇いがちに小さな声がした。
「あの……」
声をあげたのは、いままでエリックさんたちの話にじっと耳を傾けていたターニャさんだった。
「もとから魔力を帯びているものなら誰も不審には思わないんじゃないかしら。たとえば、東方布とか」
「なるほど、東方布か」
と、ゲルハルト団長も顎に手を当てて唸る。
「はい。東方布は魔蛾の繭から生まれる絹織物です。様々な模様が織り込まれた美しい柄が特徴で、敷物やテーブルクロス、壁飾りなどにつかわれています。あれなら、糸自体が魔力をおびえているから暗いところではつねに淡く光りをまとっています。魔法の文字を隠すならうってつけじゃないかと思うんです。東方でしか作られないとても高価な工芸品なので、私のような庶民に手が出せる品物じゃありませんが、古布の切れ端くらいなら手に入ることがあるので、幕が下りて真っ暗な状態でも立ち位置がわかるように、舞台の床に小さな切れ端を貼っておいたりするんです」
「王弟が見つかったのも東方だったしな。貴族やら大商人やらの屋敷ばかり狙われているのも説明がつく。その線は大いにありそうだ。クロード。もう一度、ミシュラン邸に戻ってそれらしいものがないかどうか調査してきてくれないか」
「はい」
そのあと団長をはじめ、フランツやクロード、そしてほとんどの団員さんたちは街での亡霊討伐に出むくことになった。外はすっかり夜の帳が落ち、ますます亡霊の出現が多くなっているようだ。
団員さんたちは騎士団本部を出る前に、サブリナ様とレインの前に列を作る。
亡霊は普通の武器では攻撃できないため、フランツのように自分で武器に魔力を纏わせられる人や、クロードのように魔法で攻撃できる人以外はサブリナ様に武器へ加護の魔法を付与してもらう必要があるのだという。
一方、私たちはリーレシアちゃんたちを金庫番室へと案内することにした。
お茶くらい煎れてあげたかったけれど、あいにく今日はもう厨房係さんたちも帰宅してしまったあとだったようで厨房にもお湯はなかった。遠征のときみたいに一日中大焚き火を焚いているわけじゃないから、常にお湯が用意されてるわけではないのだ。
かわりになにかリーレシアちゃんの気持ちをほぐしてあげられるようなものはないかなと考えて、私はあることを思いついた。
「ちょっと待っててね」
そう断って部屋をでると、日が暮れ始めた薄闇の中を騎士団本部を出て王城の裏へと駆けて行った。
まだ起きてるかな。もう寝ちゃってるかもしれないなと思いながら
「いたいた。ちょっと一緒にきてもらってもいいかな」
干し草の中から掘り起こすようにして抱き上げたのは、黄金の毛並みを持つ仔羊のモモ。モモは私の顔をみると挨拶でもするようにメェエエと鳴いた。
そのままモモを抱っこして、ついでに近くに転がっていたバケツに干し草を山盛り入れて私は金庫番室へと戻った。
「お待たせ! この子もつれてきちゃった」
モモを見て、それまでソファに座ってハノーヴァー婦人にしがみついてたリーレシアちゃんの顔がパッと輝く。
「小さな羊さん!?」
「あら、かわいい」
と、ターニャさんもモモを見て頬を緩めた。
「金色の毛並み。もしかして、これって、噂で聞いたバロメッツの仔羊かい!?」
エリックさんまで、興味ありげに食いついてくる。
「はい。このまえの遠征で西方騎士団が連れ帰ったバロメッツの仔羊です」
モモをリーレシアちゃんの膝のうえにそっと降ろすと、リーレシアちゃんは目をきらきらさせて私とモモとハノーヴァー婦人を交互に見る。
モモを見ると、どんな子でもにこにこ顔になるんだよね。西辺境のミュレ村でも、村の子どもたちがよくモモのところに遊びにきていた。モモと遊んでいると、不安な気持ちが安らぐって言っていた子もいたっけ。
だからもしかしてって思ったんだけど、リーレシアちゃんもモモのことが気に入ってくれたみたい。
私がモモの背を撫でながら、
「名前はモモっていうの。とっても食いしん坊なんだよ」
と教えてあげるとリーレシアちゃんも真似してモモを撫で始めた。
「うわぁ、ふわっふわ。とってもやわらか」
隣に座るハノーヴァー婦人もそんなリーレシアちゃんとモモを見て目元を和らげる。
外は亡霊たちが彷徨う恐ろしい状況になっているけれど、今この瞬間、金庫番室の中はモモのおかげで穏やかな空気が流れていた。
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