第27話 フランツの家庭事情

「普段のあいつは、そんなこともないがな」


 クロードが淡々とした抑揚の薄い声で返してくる。


「え?」


「テオに対する態度をみていればわかる。基本的に好きにやらせて、困っているときだけ手を貸す。フランツは元々そういうタイプだ」


「そうなの……かな」


 クロードから見たフランツの印象は、私が抱いているものとは違うらしい。その齟齬に戸惑っていると、再び彼のため息が聞こえて来た。


「キミのことは、例外だろう。アイツ、キミが現れてからしばらくは、気になって仕方ないという様子で始終そわそわしていたからな」


「え?」


 そんなに気にしてくれていたなんて、全然知らなかった。


「おそらくだが。キミのことを自分の境遇と重ねたのかもしれん。それはアイツの事情だから。迷惑ならば迷惑だとはっきり言ってやればいい」


「い、いえ。そんな……迷惑だなんて」


そんな風に思ったことは一度もない。むしろ、彼がいつも傍にいてくれたことがどれだけありがたかったか。でも、クロードが言った言葉がひっかかる。


「自分を重ねた、って?」


「ああ。アイツの家庭環境が複雑だって言うのは、前にも言ったが……アイツは正妻の子じゃないんだ。アイツの母親はハノーヴァー家に勤めていたメイドだったと聞いている。だから、アイツ自身、十五歳までは母親の実家で庶民の子として育っている

んだ」


「そうだったんだ……」


 フランツは、あまり自分の家のことを話したがらない。なんとなくだが、あまり家族関係が上手く行ってないのかなという印象を持っていたけれど、そんな事情があったなんて。


「でも、そんな個人的なこと、私に話しちゃって大丈夫なの?」


そう疑問を口にすると、クロードは肩をすくめた。


「どうせ、みんな知っていることだ。貴族のゴシップなんてすぐに広まるからな。ハノーヴァー家は伯爵の位をもつ有力貴族だから、なおさらだ」


 自分の知らないフランツの話がドンドンでてきて、自分でもわかるほど心臓がドキドキしてくる。なんだか、本人が隠している部分をこっそり盗み見しているような気もして、後ろめたくもあった。でも、それ以上に彼が何を考えていたのか知りたかった。


「だが、現当主と正妻との間にできた長男は病弱だった。だから、跡取りのスペアとして、アイツはハノーヴァー家に引き取られたんだ。田舎で庶民の子として育ってきたのに、いきなり大貴族の一員に加えられたんだから色々と苦労もあっただろうな。その時の自分とカエデを重ねて、放っておけなかったんだろう」


 そっか……そうだったんだ。

 そのときの、フランツのことを思うといたたまれなくて胸が苦しくなってくる。たった十五歳で、知り合いもまったくいない全然違う環境に押し込まれて。どれだけ不安で、どれだけ心細かったことだろう。


 何もかもが違う環境の中、たった一人で苦労してきたんだろうな。フランツは私よりも二つ年下だけど、人生経験でいえばきっと彼の方が遥かに濃くて大変な人生を送ってきたに違いない。でも、そこで卑屈になったり変にひねくれたりすることもなく、今の彼へと成長したんだ。


 そして、状況は違うけれどかつての彼と同じように一人で知らない環境に放り出された私が心細くならないようにと、ずっと支えてくれていた。彼が私のために、どれだけ心を砕いて見守ってくれていたか。それを思って、胸の芯がジンと温かくなる。

 でも、クロードの話はそれだけではなかった。


「そのうえ、フランツが引き取られて数年後、妹が生まれている。だから、跡取りのスペアとしての価値も曖昧なまま、それでもハノーヴァー家は貴族の体裁上一度引き取った子を再び放り出すこともできずに、アイツは今もハノーヴァー家の一員でいつづけなきゃならないわけだ」


 その妹というのが、フランツが前に話してくれたリーレシアちゃんのことだとはすぐにピンときた。彼自身はあんなに妹さんのことを可愛がっているのに、その二人の間にもそんな複雑な事情があっただなんて。


 もしかしたら、フランツは貴族になんてなりたくなかったのかもしれない。大好きな絵を描くことも貴族としての振る舞いに相応しくないからと禁じられているといっていた。家にいるときは監視が厳しくて描けないのかな。だから、騎士団にいる間だけ好きに書いて、王都に戻るときは燃やしてしまうのだろう。


 それはきっと、強いられた環境の中で自分らしさを失わないための精一杯の妥協なのかもしれなかった。

 自分で描いた絵を燃やす彼のことを思うと、何ともいたたまれない。

 彼のために、何か力になれることはないかな。彼が彼らしく笑っていられるように何か私にできることはないかな。


 そんなことを考えながら歩いていると、路地は途切れ、目の前に沢山の人々が行き交っているのが目に飛び込んできた。

 大通りについたんだ。


 物思いに沈みかけていた頭を無理矢理切り替える。そうだ。今日はここに、買出しに来たんだもの。ちゃんと目的を果たさなきゃ。

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