第127話 新劇場公開!


 そして四ヶ月後。


 改修工事のために一時期休館していたワーズワース劇場は、再オープンの日を迎えた。


 多額の改修費用を集めることができたおかげで、劇場は見違えるほど美しく華やかに生まれ変わったんだ。


 黒ずんでいたカーペットはふかふかとした明るく鮮やかな赤い色のものに全面張り替えられ、はげかけていた壁は白亜の輝きを取り戻していた。


 壁の装飾の補修作業には、フランツも喜んで参加していたんだ。


 彼が十五歳まで住んでいた母方の祖父母の家は、人から依頼を受けて壁へ様々な絵を描く壁画屋さんだったそうで、小さい頃からよく祖父の仕事を手伝っていたんだって。そんなこともあって空き時間を見つけては、積極的に劇場に足を運んでは壁の装飾を直していたフランツ。私もその横で筆を洗ったり道具を手渡したりと手伝いながら、彼が楽しそうに壁に絵を描くのを見るひとときはとても幸せな時間だった。


 ほかの職人さんたちからすっかり壁画屋夫婦だと思われていたこともあったっけ。


 そんなこんなで初めは半年以上かかる予定だった改修工事も、思いのほかたくさんの職人さんが集まってくれたおかげで、ほんの三ヶ月ほどで完了したんだ。


 おかげで、私たちが次の遠征に出てしまう前に再オープンの日を迎えることができた。


 そして今日は再オープンの日。私もフランツやエリックさんとともに劇場を訪れたの。


 二階に設けられた貴賓席からは、一般席にどんどん入ってくるたくさんのお客さんたちの姿が見えた。席を埋め尽くすほど多くのお客さんが訪れてくれて、立ち見も出るほどの大盛況ぶり。貴賓席もすぐに完売したんだって。


 こんなにたくさんの人を劇場に呼び戻すことができて本当によかったと万感の思いで私はお客さんたちを眺めていた。


 彼らのお目当ては、ワーズワース劇団の素晴らしい公演とターニャさんの情熱的な歌声。それももちろんあるけど、それだけじゃない。


 お客さんたちは観客席の間をうろうろ移動しては何かを探している様子。そして、目当てのものをみつけると歓声をあげた。彼らが見ているのは、観客席の木製ベンチの背もたれの裏につけられた木製プレートだった。


 これは、再オープンにあたって新たに取り付けられたものだ。


 そしてこの木製プレートこそが、劇場改修資金を集めるための秘策だったんだ。

 ポスターで募集していたのは、このプレートを設置する権利を販売するというお知らせだったの。


 このプレートは、払ってくれた値段ごとに大きさが決まっていて、規定文字数の範囲内で好きな文字を刻めることになっている。


 だから、家族の記念に「わが愛するカスパーニャ家の繁栄を願って」なんて刻む人もいれば、「一人前の家具職人になりたい」なんて夢を刻む人もいた。


 永遠の愛を刻むカップルがいたり、商店の宣伝を刻む露天商もいた。


 みんな、この歴史あるワーズワース劇場に自分の名前や想いを残せると聞いて、その権利を買うためにお金を出してくれたんだ。さしずめ、これもクラウドファンディングといえるのかもしれない。


 街のあちこちにポスターを貼れるようになってからというもの応募してくる人が殺到して、あっという間に募集枠は埋まってしまったんだ。


 そして、今日。自分のプレートを見たくて、家族や大切な人に見せたくて、たくさんの人が劇場を訪れてくれている。


 彼らは劇場の中に自分のプレートをみつけると、声をあげて喜び合った。


 嬉しそうに微笑みあっているカップル。じっと一人で見入っている人。どんなプレートがあるのか読み歩いて楽しんでいる人。いろいろな様子が来賓席から見下ろせた。


 でも一つ言えることは、どの人たちの顔も喜びに溢れているということ。


 これで、この劇場が街の人々にさらに愛着をもって愛してもらえるきっかけの一つになればいいなと心の中で願っている。


 もちろん私とフランツも他のお客さんと同じようにプレートの権利を購入して、一緒に言葉を刻んだんだ。


 この貴賓席にも私たちのプレートもみつけたよ。


 フランツと一緒に考えてプレートに刻んでもらった言葉は、『どんな困難があっても、これからもずっと一緒に歩んでいこう フランツ・ハノーヴァー カエデ・クボタ・トゥーリ』だった。


 私の名前が変わっているのは、ついにすべての手続きが済んで、私がトゥーリ家に正式に養子として迎え入れられたからなんだ。


 そのうえサブリナ様は、私の元々の名字であるクボタの字もミドルネームとして残すことを快く許してくださったの。


 実はプレートに何を刻もうか、何度も悩んだんだ。もっとこう、愛を叫ぶ感じにしようかとも思ったこともあったけど、いやそれ年取ったときに見たら恥ずかしいでしょと二人で我に返って、あれこれ迷ったあげくこの形に落ち着いたんだ。


「うん。愛を叫ばなくて良かった。恥ずかしくて、もう劇場に来れなくなっちゃう」


 照れ笑いする私に、フランツは穏やかな目をこちらに向けてくれる。


「俺はそれでもよかったけどな。いくつになっても、また一緒に見に来ようよ」

「う、うん」


 嬉しいけれどちょっと恥ずかしくて、私は照れ隠しに再び観客席に目を落とした。


 そうそう、ベルナードやクロード。テオ、アキちゃん、それに西方騎士団の面々もプレートの権利を購入してくれたんだよ。


 テオは、『立派な正騎士になる!』って決意表明していたし、アキちゃんは『剣が強くなりますように』って願いを刻んでいた。


 クロードは古代語で何やら難しい故事成語を刻んでいたっけ。なんでも、なせばなる、的な意味らしい。なんでもずっと心に留めている座右の銘なんだって。


 ベルナードは、なぜか私の素晴らしさをとうとうと歌いあげる詩を刻もうとしていて、事前にそれを察知した私は断固反対したんだけど彼は「カエデがすごいのは本当なんだから」と譲らず、結局そのままプレートになって別の貴賓席に飾るられている。


 うん、あれは、フランツと一緒に作ったプレートとは別の意味で恥ずかしい……。


 エリックさんの作ったプレートも、この同じ来賓席のブースの中にあるんだけど……おっと、公演の始まる鐘の音だ。


 すぐに場内の照明が落とされ、それとともにあんなにざわざわしていた場内がしんと静まりかえった。


 幕があがると、煌びやかな衣装に身をまとったターニャさんや役者さんが現れる。

 さあ、公演の始まりだ!


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