第30話 みんなで、レッツ・クッキング!
「いやぁ、びっくりしたよな。いきなり、フランツの奴が走り出すから」
「そうそう。カエデが呼ぶ声がする!って言ってな」
あのあと。少し遅れて合流した騎士団のみなさんが口々にそんなことを教えてくれた。
正騎士さんたちを中心に、団員の三分の一くらいの人数がいるのかな。街の酒場に向かっている途中だったんだそうだ。
全員で街に出てしまうとキャンプ地が空っぽになってしまって良くないとかで、交代で街に繰り出すことにしているのだという。
すると、フランツが突然走り出して人混みの中を行ってしまい、ほかの団員たちも慌てて追いついてみたときには、フランツとクロードでゴロツキを始末してしまったあとだったというわけ。
ゴロツキたちは全員気を失っていたので、騎士団の人たちが担いで、街の衛兵のところに突き出してくれた。
衛兵さんたちの話によると、このゴロツキたちは街でも有名な小悪党だったみたい。
それはいいとして。衛兵の詰所に行くときも、そのあとも。
ずっとフランツが私の手を握ったままだった。
「フランツ。大丈夫だよ。もう迷子にならないから」
そう言うんだけど、フランツは、
「ごめん。でも、心配だから。街はたくさんの人がいるし」
と言って、手を離してはくれなかった。
信用されてないのは仕方ない。それで、フランツやクロードをはじめたくさんの人に迷惑と心配をかけちゃったんだし。
でも、いくら雑踏の中とはいえ、ぎゅっと手を握られるのはなんとも照れ臭い。
つい顔が赤くなりそうになるのを、俯いて隠した。
そのあと、予定通り飲み屋さんに行くらしいほかの騎士団の人と別れ、クロードたちと買い出しの続きを再開することになった。それなのに、なぜかフランツも一緒にいる。手も繋がれたままだ。
「ねえ。フランツは、ほかの人たちと一緒に行かなくてもいいの?」
そう尋ねてみるものの、彼は朗らかに笑顔を返してくる。
「いいよ。もともと、ちょっと飲んだら帰ろうと思ってたから」
「そうなの?」
「お金貯めなきゃいけないしね」
「……ああ!」
そういえば、フランツはリーレシアちゃんへのお土産を買うためにお金を貯めているんだった。
それで彼にも手伝って貰って今日買う予定だった食材を全部購入しおえると、荷馬車に積み込み、五人で西方騎士団のキャンプ地へと戻ってくる。
青の台地に着くと、もう日が暮れはじめる時間になっていた。なので、着いて早々、夕飯の準備をはじめることにする。
今回は私とクロードも手伝うんだ。街に飲みに行った人たちの夕飯は作らなくていいということなので、人数が少ない分、今日は少し凝ったものがつくれるかも。
かつて調理班にいたというクロードは、料理のことにも詳しくてメニューを考えるのも手伝ってもらった。あんまり食べ物とかに興味なさそうな感じなのに、意外。
まずは、カマドの横のテーブルでクロードと二人で野菜を切り分ける。テオは小麦粉とバター、水を混ぜて練ってもらうことにした。アキちゃんにはカマドにかけた小鍋でベリーを煮てもらっている。
キャンプ地に戻ってきたら、レインが沢山のベリーを摘んできてくれていたの。なんでも、薬草を採りに辺りを散策していたら、沢山のベリーがなっている場所をみつけたんだって。
砂糖は貴重なので、あまり入れられないけど、ベリーはよく熟していたから果実そのものの甘みだけでも充分美味しいと思う。本当は砂糖が少ないとあまり保存には適さないんだけど、これだけ大所帯だとあっと言う間に食べ切っちゃいそう。
それにしても、クロードの包丁捌きは……なんていうか、いままでちょくちょく自炊していた私よりも遥かに手際がいい。
「……もしかして、クロードって料理好きなの……?」
「従騎士やってたときは、ずっと調理班だったからな。それに、私の実家は宿屋だ。料理なら子どものころからしている」
「え……あ、そうなんだ」
てっきりクロードも、フランツと同じ貴族の出身なのだとばっかり思っていた。むしろ、フランツよりもずっと貴族っぽいなとも思っていたんだ。だから、つい、そんな間の抜けた感想を返してしまった。
それなのに、クロードは私の驚きを受け止めて、律儀に返してくる。
「私は元々、田舎の庶民の出だ。本来なら騎士団なんて入れる身分じゃないが、たまたま地元の領主に学問の出来と魔法が気に入られて書生として取り上げてもらった。それで、貴族たちが通う上流学校に入ることも出来たんだ。フランツとはそのときから寮で同室だった」
「そんな昔からの付き合いなのね」
「ほぼ腐れ縁に近いな」
一見、性格は正反対なのに仲が良いのはそんな理由があったんだね。
フランツもクロードも、元々庶民の生活をしていたのに、それぞれ理由は違うけれど貴族たちの仲間入りをさせられるという似た苦労を背負っている。お互い通じ合うものもあるのだろう。クロードの口ぶりからしても、そういう人はきっと少数派のようだし。
そのとき、一生懸命、生地をこねていたテオが声をかけてきた。
「こんな感じでいいんでしょうか」
「ちょっと待ってね」
生地を指で確認してみると、うん、良い感じの弾力。
「ありがとう。ばっちりだよ」
そう笑顔で返すと、テオも小麦粉を頬につけたまま嬉しそうに笑顔になる。
アキちゃんの煮ていたベリーも、いい香りがしてきた。そろそろ深皿に移して冷ますことにしよう。
「さて。どんどん作ってっちゃいましょう!」
今日のメニューは、ほうれん草みたいな野菜とベーコンのキッシュ。それに、買ってきたばかりの白パン(ベリーの手作りジャムつき)、鶏肉と野菜たっぷりのポトフだよ。
オーブンがないからキッシュはカマドのフライパンで作ることにしたけれど、注意して火加減を見ていた甲斐あって、焦げ付きもなく上手く焼けた。
料理ができあがる頃には、匂いに釣られて団員の人たちが大焚き火の周りに集まってくる。
カマド横のテーブルの上を片付けて、人数分のお皿をのせ、そこに切り分けたキッシュをのせていった。それにパンを乗せて、ジャムを添える。
パンは買ってきたばかりの白パンだから、手ですぐにちぎれるくらい柔らかいの。
スープ皿にはポトフ。肉と野菜がゴロゴロしていて、食欲をそそるいい香りを漂わせている。
「すげぇ……ちゃんとした食事だ。い、いや、いつのも美味しいけどねっ」
皿を見てそんな感想を漏らしたフランツは、テオたち調理班の人たちに気を遣ってか慌てて言い直す。そんなフランツに、テオは首を横にふった。
「いえ。仕方ないです。いろんな食材買えたのは、カエデ様のおかげですから。しかも、これでもまだお金は沢山残っているんですよ。今日だけ特別豪華というわけじゃなく、この調子なら明日からもイモだらけのシチューにならずに済みそうです」
旬の野菜を多く使ったからね。ぼったくりイモを沢山買うよりも、ずっと安くで色々なものを買うことができた。
これで芋ざんまいの毎日から解放されそう。調理班のお手伝いをさせてもらって、本当に良かった。
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