第3章 騎士団壊滅の危機!?

第32話 サブリナ様の哀しい思い出

 西方せいほう騎士団に拾われてからはや二ヶ月。

 私たちは王国の西側を南下して、次のキャンプ地へと向かっていた。

 いつものように騎士団の列は長く続く。私たち救護班はその列の中ほど。いつものように、レインの操る荷馬車の荷台で揺られていた。


 その道すがら、急に雨が降り出してくる。急いで荷物の中からテント用の布を引っ張り出すと、荷台全体に布を被せて雨避けにした。荷台に乗っている私とサブリナ様も、すっぽりとその布の下に隠れるように雨宿り。


 布は雨でも平気なようにロウでコーティングされているから、水は染みこんでこないんだ。雨の雫が布にあたるパラパラという音と、馬たちが歩くたびに跳ね上げるピシャピシャという脚音だけが静かな景色の中に聞こえていた。


 荷物の配置の関係で、今回はサブリナ様とくっつくように隣り合って座っている。季節は初夏にあたるらしく、日に日に気温は高くなっているけれど、雨の続く今日は少し肌寒い。雨に濡れないよう気をつけながら、肩のショールをかけ直した。


「次のキャンプ地って、どんなところなんですかね」


 何気なくサブリナ様にそんな言葉をかけると、彼女はコロコロと笑った。


「次もまた、深い森の中ね。ああ、でも、あのあたりはこの時期、面白い花がたくさん咲くのよ。ポプリにすると良い香りがするの」


「ポプリですか! うわぁ、素敵!」


 サブリナ様はお洋服を木箱にしまうとき、いつも一緒にポプリの小袋を入れている。これが、とってもいい香りなんだ。女子力高くて、素敵。私も是非とも見習いたい。よし、次のキャンプ地へ行ったら、ポプリを作ろう。


「ポプリ。懐かしいわねぇ。私も主人にあげたことがあるわ」


 サブリナ様が、そんなことを言いながら昔を思い出すかのように目を細めた。


「サブリナさんのご主人さんって……昔、騎士団にいらしたんですよね?」


 彼女はあまり自分のことを話さない。それでも、お茶をしたときなどぽつりぽつりと話してくれることはあった。それらを総合すると、ご主人はもう他界されていて、子どもたちもみんな独立しているようだった。ときどきとても丁寧に手紙をしたためてらっしゃるのは、子どもたちに当てたもののよう。


 サブリナ様は視線をこちらに戻すと、ふわりと柔らかな笑みを湛えた。


「ええ。主人はこの西方騎士団にいたのよ。あと、三番目の息子もね」


「ここにいらしたんですね。じゃあ、そのときはご主人さんと息子さんもこうやって遠征をしてたんですか?」


「ええ、そうよ。二人ともあまり手紙も寄越さないから、いつも屋敷でハラハラしながら帰りを待っていたわ」


 そうだろうなぁ。この世界にはメールや電話なんていう便利なものもない。唯一、手紙だけが遠く離れた人と交信できる手段。それもなかなか届かないとなると、心配にもなるだろう。


「他の団員さんたちも、あんまり手紙とか書いてないですもんね」


 日々の生活が忙しいのもあるだろうが、他の騎士団の人たちを見ていても、サブリナ様のように細やかに手紙をしたためている様子はあまり見た記憶がない。


「そうなのよ。みんな、王都やあちこちに大事な家族や友人を残してきているんだから、もっと手紙を出しなさい。って私はいつも言っているの」


 そうサブリナ様はほがらかに笑った。だけど、その笑みが急にスッと陰る。再び雨に煙る森の景色を眺めながら、彼女は静かに言葉を続けた。


「だって。いつ何があるかわからないもの。もしかしたらもう二度と、大切な人たちに会えないかもしれないのに。そういう瞬間は突然くるものなの。私の主人と息子もそうだったわ」


 え……。突然の重い言葉に、私の胸はぎゅっと鷲掴みにされたように息が詰まる。


「……お二人は、遠征中に……?」


 私の言葉に、彼女は小さく頷く。その目は、私を見ているようでもあり、その遥か遠くを見ているようでもあった。


「ええ。二人は帰ってこなかったわ。そういうことは時々あるの。何ヶ月も遠征するのに遺体を持ってかえることもできないから、そういうときはその地に埋めていくのよ。戻ってきたのはあの人が使っていた剣と、あの子の使っていた手袋だけだった」


 静かな声。彼女の青い瞳は、いつもと同じく優しげな光を湛えている。でも、その奥にはいつもと違う、いやいつもは隠されている深い悲しみの色があるように思えた。


 半年間、大切な人たちを待ち続けて。ようやく会えると思ったそのとき、その人が思い出の品に変わってしまった事実を突きつけられるだなんて。


 そのときのサブリナ様の心の内を思うと、言葉を返すことすらできない。

 私なんて、フランツが怪我したかもしれないと想像しただけで心配でならなかったのに。


「だからね。私は、みんなを無事に王都へ連れ帰るために、ここにいるのよ。もう誰も、私のような悲しい思いをしなくてもすむように」


 そう言って、さっぱりとした微笑みをこちらに向けるサブリナ様。そこにはもう悲しみの色はなく、強い意思が宿っていた。

 

 もう出会って二ヶ月。ずっと一緒に生活しているのに、今になってようやく、私は彼女がこの騎士団に同行している理由を知った。


 王国一だと言われる彼女は、宮廷での仕事だっていくらでもあっただろう。いや、もう仕事なんてする必要のないご身分だもの。でも、そんな安全な暮らしも地位もなげうって、このお歳で騎士団の遠征に同行なさっている。


 それは、彼女のご主人や、息子さんのような人たちを出さないようにするため。

 魔物討伐が仕事なんだもの。怪我をすることもあるだろう。それが命に関わるような怪我であることもあるだろう。


 それでも、遠征に行ったみんなが、また大切な人の元へ元気に帰れるように。


 彼女のご主人や息子さんのように、恋い焦がれた故郷に戻れなくなる人がいなくなるように。


 彼女のような悲しい思いをする人がいなくなるように。


 そのために、彼女はここにいる。


 それはなんて、すごい決意だろう。

 なんて、壮絶で、そして愛に満ちた決意だろう。


 それを思うと、私はもう我慢できなかった。声を押し殺そうとするのに、漏れる嗚咽。涙が次から次へと溢れて、止まらなかった。


「あらあら。どうしたの?」


 サブリナ様は突然泣きだした私を心配して、その小さくあたたかな手で背中をそっと撫でてくれる。けれど、涙はどんどん流れてきて止まらなかった。

 私は小さく首を横に振る。


「すみません。……ひっく……止まらなくて」


 彼女はいつまでも優しく私の背中を撫でてくれた。そして、ひと言。


「今回の遠征も、全員無事に王都まで戻りましょう」


 そうかけられた言葉に大きく頷いた。何度も何度も頷いた。


 帰ろう。みんな一緒に。一人も欠けることなく。

 大切な人が待っている場所へ。


 私には待ってくれている人なんていないけど、それでも親しくなった騎士団のみんなのことが好き。そしてみんなには帰る場所があるんだから。


 そういえば、フランツは? 彼は一応王都に家はあるけれど、そこは彼にとって帰りたい場所なんだろうか。なんとなく……違う気がしていた。

 私とフランツにとっては、この騎士団こそがかけがえのない大切な居場所なのかもしれない。


 雨はしとしとと、いつまでも降り続いていた。

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