第25話 初めての街!

 翌日、テオをはじめ数人の従騎士さんたちとともに西方せいほう騎士団の副団長、ナッシュさんのテントへと出向いた。


 そのあたりの一角は、この騎士団の幹部の人たちのテントが集まっている。それらのテントに囲まれるようにして、一際大きなテーブルと椅子が置かれていた。ここでよく幹部の人たちが地図を広げて作戦会議をしたりしているのを見かけるんだ。


 今日はそこでゲルハルト団長とナッシュ副団長が、温かい飲み物の入ったカップ片手にテーブルを挟んで何やら話しこんでいた。


 ゲルハルト団長は五十代半ばといったところ。焦げ茶色の短めの髪と、同じ色の瞳。この団の中で一番偉い人なのに、気さくで偉ぶったところがまるでない。だけど、頬には大きな切り傷のあとが残っていて、彼が歴戦の騎士であることを物語っている。フランツの話では、戦闘になるとグレイトベアーみたいに強いんだって。


 ナッシュ副団長は明るい黄土色の髪をした、四十代の男性。豪快で声の大きなゲルハルト団長と違って、こちらは穏やかでおっとりした知性派といった感じ。

 二人の元に私たちが近づいていったので、団長がこちらに気付いて声をかけてくる。


「どうした?」


「はい。今日、街へ行きたいのですが」


 テオが手に持った小袋を胸に抱きしめながらそう話したところで、ナッシュ副団長がガタッと椅子を引いて立ちあがった。


「ああ。買出しだね。ちょっとまってて」


 そう言うと、彼はテオから小袋を受け取って傍のテントの中へ入っていった。しばらくして出て来たときには、ぺしゃんこだった小袋がぎっしり膨らんでいる。副団長はテーブルの上に小袋の中身をあけてみせた。中から、ジャラジャラとコインが出てくる。金貨に銀貨、それに銅色のコイン。それを一枚一枚目の前で確認するように数えると、もう一度小袋にすべてしまってテオへ手渡した。


「はい。ここに駐屯している間の分ね」


「ありがとうございます」


 テオはしっかりと小袋を胸に抱くと、ペコリとお辞儀をする。

 ほかの従騎士さんたちも同じようにお辞儀をした。


「あ、あの。……私も、買出しに付き添ってもいいでしょうか?」


 私が団長たちにそう尋ねると、ゲルハルト団長は不思議そうな顔をした。


「そりゃ別に構わんが……」


 何しに行くんだ?と、その表情が物語っている。そうだよね。調理や買出しはあくまで調理班の人たちの仕事であって、私の担当ではないもの。でも、どうしてもついていきたかった。


「昨日、食材庫を見てみて、とても偏りがある気がしたんです。特にその、おイモがやたらと多いですし。でも、上手く買い物できれば、もっと色んな食材を購入できるんじゃないかと思って。そのお手伝いができないかなと……」


 私の言葉に、ナッシュ副団長は怪訝そうに眉をひそめた。


「芋料理は西方騎士団の伝統だよ」


 そんな由緒正しいものだったのか……。じゃあ、メニューや食材を変えるのは無理そうだよね。買出しに付き添うのはやめます……そう口にしようとしたとき、ガハハと豪快な笑い声が聞こえた。

 声の主は、ゲルハルト団長。

 彼はお腹を抱えて、愉快そうに笑っていた。


「そうだよな。芋多いよな。俺もつくづくそう思うよ。だから、王都に戻ると一切、芋食いたくなくなっちまう。いいじゃないか。予算の範囲内で、もっと色んなモノが食えるんなら俺としては大歓迎だ」


 団長にそう言われてしまえば、もう副団長も反対の言葉は何も口にしなかった。


「わかった。行ってくると良い。念のために、クロードも連れて行くといいかもしれないね。彼は調理班のことも料理のことも詳しいから。でも、くれぐれも気をつけていってくるんだよ」


 そう声をかけてくれたナッシュ副団長の瞳は優しかった。


「ありがとうございます」


 私もテオたちと同じように頭を下げる。良かった。これで、堂々と買出しに行ける!






 こちらの世界に来てからというもの、ずっと西方騎士団の人たちとの遠征暮らしだったから、街にいけるっていうのはとても楽しみ。でもその反面、不安もある。


 元々新宿や池袋なんかに行くたびに迷っていた方向音痴だから、こんな知らない土地で迷子になったら一貫の終わりだ。ここには他の人と連絡の取れるスマホもなければ、地図アプリもないものね。はぐれないようにしなきゃ。


 調理班の荷馬車に乗りこむと、私たちはキャンプ地を出て、ロロア台地のごつごつした岩肌を下っていった。御者席にはクロード。束ねた銀髪が台地の上から吹き下ろす強い風にあおられてなびいている。相変わらず、彼はにこりともすることなく淡々と馬を操っていた。


 その荷台には私と、テオ。それからテオと同じくらいの年頃の従騎士さんが二人のっている。一人はひょろっと背が高くて口数の少ない男の子で、ルークという名前。もう一人は、アキちゃんといって赤いショートボブの可愛らしい女の子なんだ。彼らはこれが初めての遠征なんだって。久しぶりに街に出るのが嬉しいのか、声の弾んだ話しぶりにもワクワクしているのが伝わってくる。


 そんな私たちを乗せて馬車はどんどん斜面を下り、やがて街道に出た。

 街道といっても舗装されているわけではなくて、草原の中に横たわる一筋の茶色い蛇のようにどこまでも道が続いていた。


 街道をひたすら走っていくと、次第に反対側からやってくる人や馬車ともすれ違うようになる。大きな荷物を荷台に載せている馬車や、ヒツジの群れを追う少年。小さな子どもの手を引いて歩いているお母さん。

 この世界にきて初めて見る騎士団以外の人たちの姿に、つい目が奪われる。


 そのうち人や馬車とすれ違う頻度が多くなってきたなと感じ始めた頃、道の先に何か大きな岩のようなものが立ち塞がっているのが見えてきた。

 馬車が道なりにそちらに近づいていくと、その全容が見えてくる。それは石を積み上げた大きな石壁だった。


「あれが、ロロアの街です」


 クロードがそう言って石壁を指さす。高さは十メートルくらいありそう。

 ロロアの街はあの石壁に周囲をぐるっと囲まれているんだって。

 石壁には、大きな両開き扉がついていた。その扉は今は開かれていて、人が往来しているのが遠目にも見えてくる。そっか、この道はあの門へと繋がっていたのね。そのまま道なりに進んでいくと、すぐにロロアの街へ到着。


 門の両側には守衛さんらしき人たちが立っていた。その人たちとクロードはひと言二言交わすと、すぐに門の中へと通してもらえた。

 門を通り抜けるとき荷馬車の上から門を見上げてみる。こうやって真下にくると、その大きさがよく実感できた。わー、大きい。人の背丈三人分くらい? ううん。もっとありそう。


 視線を降ろして街の中へと目を向けると。


「うわぁ」


 思わず、声が漏れた。

 門から真っ直ぐに太い道が走っていて、その両側に沢山の露天が並んでいる。

 そして道には数多くの人々がにぎやかに行き交っていた。街の喧騒と、食べ物や香辛料やその他よくわからないけれど色々な香りが顔にぶつかってくる。


「これが、街……」


 久しぶりに見た沢山の人、人、人。すっかりその人の多さに圧倒されてしまっていた。

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