幕間3 アンデッド・ドラゴン

 フランツが強く睨み付ける先にいるのは、アンデッド・ドラゴンと呼ばれる魔物だ。討伐等級最上位に位置づけられる魔物の一つ。目撃すれば即、討伐と焼却をしなければならない相手だった。


 小山のような巨大な背中に、破れかけたコウモリのような翼を畳んでいる。その目は黄色く濁っていて見えているのかどうかもわからないが、的確にこちらを察知しているようでもあった。


 たしか奴らは、生き物の生命力そのものを捉えて襲ってくるんだっけか。

 目前の腐りかけたドラゴンはこちらを見据えたまま、威嚇のような唸りを発している。


 ドラゴン種は本来、大半の個体が高度な知性を持っており、大部分は人との接触を避けて山奥の洞窟などに住んでいる。

 そのため、人間とドラゴンが接触して被害が出ることはあまりない。


 しかし唯一の例外が、これだった。


 ドラゴン種の中に突如、アンデッド化して人里に降りてくるものがいるのだ。何らかの病気に脳が犯されてアンデッド化するのではないかと言われているが、詳細はわかっていない。


 アンデッド化すると、肉体は腐りだし、知性は失われる。そして生命のあるものに対して異様な執着で襲いかかってくる、危険極まりない存在と化すのだ。

 歴史上、アンテッド化したドラゴンに襲われて壊滅した街や村は多数存在している。それゆえ、『厄災やくさい』などとも呼ばれることもあった。


 今回、この遠征地が襲撃を受けたのも、近辺で最も生命の気配が感じられた場所だったからにほかならない。やつらはただ生命の輝きにのみ惹かれてやってくる。それが多ければ多いほど、強ければ強いほど惹かれるのだという。


 だから、もしここで食い止められなければ、このアンデッド・ドラゴンは次の地へと移っていくだろう。身体が完全に腐って動かなくなるまで、この死の行進は止まることはない。


 この先には自由都市ヴィラスがある。この地方でもっとも大きな都市だ。そこをアンデッド・ドラゴンに襲われでもしたら、どれだけ被害が出るかわからない。

 だから、ここから先へ行かせるわけにはいかなかった。


 フランツは自分のロング・ソードを前に構えて、ドラゴンを見据えた。別に怖くはない。そんな感情は、とっくに鈍ってしまっている。


 それでも心の中にずっと気に掛かっているのはカエデたちのことだ。

 必ず守るといったのに、剣をとりにいったときにすれ違ったアキに彼女たちのことを頼むことくらいしかできなかった。

 正騎士であり、前衛担当である自分は魔物を真っ正面から叩くのが役割。それゆえこの場を離れることができないが、今日ほどそれを歯がゆく思ったことはなかった。


 どうしても気になって一瞬振り向いたとき、馬で逃げる彼女の姿を見えた気がした。彼女の無事な様子を見て、心がほっと落ち着く。どうか、あのまま遠くまで逃げてくれ。ドラゴンの行かない遠方まで。

 それに、


(これで、心置きなく戦える)


 フランツはドラゴンに向けた剣を、ぐっと構え直す。つかを握る手を通して剣に魔力を注ぎ込むと、刀身が根元からしだいに赤いオーラで包まれていく。これが、フランツの使える力。魔力で武器を強化し、その威力を飛躍的に上げることができる能力だ。


 将軍職を務めたという父方の祖父と似た能力らしいが、フランツが引き取られる前に亡くなってしまったのでよくは知らない。


 魔法を使える団員たちの声が一斉にそれぞれの呪文を唱え始めた。

 ドラゴンの背に火球が落ち、その後ろ脚が凍り付き、首に太いツタが絡みついた。騎士団の魔術要員たちが一斉に攻撃を開始したのだ。ついでその他の攻撃要員たちもそれぞれの武器で攻撃を仕掛ける。


 こういうとき、フランツの役目は敵を引きつけること。もっとも死にやすいポジションだが、迷いはなかった。剣を手にしたまま真っ直ぐにドラゴンの口へと走っていく。


 ドラゴンは前脚を踏ん張り、一瞬伸び上がったかと思うとその大きな口を開けてフランツを噛み砕こうとしてきた。

 後ろ脚を覆っていた氷をものともせず、首に絡んでいたツタも引きちぎって迫ってくる。


 フランツはギリギリのところで横に転がってそれを避ける。ほんの数瞬前まで自分がいた地面を、ドラゴンの巨大な口が噛み潰した。そして土ごと咀嚼する。


 ドラゴンは地面に勢いよく口をぶつけたことで、口の先の部分が少し変形して赤黒くなり、体液が飛び散っていた。それでも、ドラゴンにひるんだ様子はまったくない。


(痛みを感じないのか……こいつ……)


 防御の姿勢をとることもなく、痛みを恐れることもなく、この巨大なアンデッドはただ生命を壊そうと全力でぶつかってくる。厄介このうえない。


 ドラゴンは大地に噛みついたと同時に、その太く長い尻尾で樹木ごと辺り一帯をなぎ払っていた。

 その被害を確認する間もなく、今度はドラゴンの口がフランツたちに向けられて肩があがる。息を吸い込む、ブレスを吐く前の動作だ。


 すぐに騎士達はブレスを避けるために馬で散開した。フランツも、走り寄ってきたラーゴの手綱を掴んですぐに乗り込むと、一旦、ブレスの射程の外まで離れる。


 そのすぐ背後で、森が赤く光った。焦げた匂いが漂ってきてあたりに充満する。逃げ遅れたやつはいないか心配している暇もなく、炎が止むとすぐにドラゴンの元へとラーゴで戻った。


 ドラゴンの武器は炎などのブレスを吐く口と、その太い尻尾だ。その二つを壊してしまえば、あとは踏み潰されないよう気をつけてジワジワ体力を削っていけばいい。


 しかし口をやるのは困難を極めた。なんせ近づけば簡単にその巨大な口の餌食になってしまう。だからフランツがドラゴンを引きつけ、魔術要員はじめ団員たちが一斉に攻撃を仕掛けている隙に、団長が尻尾を切る手順だった。


 しかし、尻尾はまだ健在。切り損なったらしい。そのとき、ドラゴンの後方にいたはずの団長が馬でこちらに戻ってきたので合流する。彼は苦み虫を噛み潰したような顔で言い捨てた。


「尻尾を斬り落とそうとしたが、落とし切る前に傷跡が再生した。これは、厄介だな」


 団長の右手には、彼の背丈よりも柄の長い大鎌おおがまが握られている。ゆるく弧を描く長い刃には、今はべっとりとドラゴンの赤黒い体液がついていた。


 これが彼の武器。それゆえ、彼は『死神』とも呼ばれる。その見た目のせいもあるが、ひとたび彼が鎌を振るえば大量の死骸を生み出すからだ。

 そんな団長をしても、厄介だと言わせるのがこの目の前の魔物だ。


 すぐに各種の魔法が飛び、弓や槍、剣などで正騎士、従騎士問わず一斉に攻撃をかけるものの、ドラゴンは痛みを感じていないようでひるんだ様子はまったくなかった。

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