Hidden Talent Online

ナート

1章 ぶらりソロの旅

1-1

 4月24日、今週を乗り切れば待ちに待った大型連休だというある日。私は幼馴染の東波とうは伊織いおりと昼休みの残りをまったりと過ごしています。窓際の席ということもあり午後の授業は睡魔に負けてしまうかもしれません。


「茜、聞いてる?」

「んー、聞いてない」

「はぁ……」


 正直に言ったら、とても深い溜め息をつかれてしまいました。ですが、これは心地よい陽の光と伊織が机に乗せている2つの塊が悪いのです。


「とにかく、今日学校が終わったら茜の家行くからね」

「それじゃあ、大人しく待ってるよ」


 お互い部活には入っておらず、何が用事があるわけでもなく、よく行き来しているため、今更断る理由はありません。





 学校が終わり伊織とそのまま私の家へ向かいます。ええ、伊織とは家が隣同士なので、別々に帰る必要がないからです。家に着くと、勝手知ったる何とやらという感じで伊織は私の部屋へ向かいました。部屋の主である私は、荷物を任せ、お茶を入れてから部屋へ向かいます。幼馴染ということもあり、昔から入り浸っているため、当然のように伊織の湯呑みも用意してあります。


「それで、宿題でも見せて欲しいの?」


 宿題など出ていませんが、わざわざ来ると言った理由がわからないので、それとなく話題を振ってみました。


「いや、違うってわかってて聞くのやめようよ。まったく。今日はこれを見せに来たの」


 そう言って鞄から出した物は、何かの雑誌です。お互いに最低限の嗜みということでクラスメイトが読んでいるような雑誌の中から一冊は目を通すようにしているので、わざわざ見せに来るということは伊織の趣味に関する物でしょうか。

 ですが、それならわざわざ見せなくても……。


「……ん? ゲーム雑誌?」


 家にはありますが、見るのは久しぶりです。


「そう、春休みにβテストがあってね! これの正式サービスが29日のお昼から始まるの。だから、一緒にやろうよ」


 雑誌を見る限り、新世代のフルダイブシステムを使った物のようで、今までとは一線を画す性能だと書いてあります。

 ですが、フルダイブ型のVRMMOですか……。


「随分と懐かしいものを……」

「まぁ、いろいろあったからね。で、どう?」

「別にいいけど、発売日、過ぎてるよ」


 新システムということでフルダイブマシンも新しい物が発売されたようです。このゲームに関しては、それでないと動かないということで、今から手に入れるのは不可能でしょう。


「……あれ? いいの?」

「まー、断る理由はないかなー」

「……葵ー、何かOK貰っちゃった」


 部屋の外へと伊織の言葉に反応し、ノックが聞こえました。


「はいるぞー」


 返事も聞かずに入ってきたのは私の双子の弟のあおいです。まったく。お茶をすすりながら冷めた眼差しを向けておきます。こうすればたじろぎますから。


「女の子の部屋に勝手に入るなんて。伊織に嫌われるよ」

「今日のことは伊織と相談してあるんだよ」


 この後、二人から簡単な説明を受けました。

 何でも、βテストに当選したときに最新のVRマシンも貰ったそうで、随分と太っ腹な企業です。更に、βテスターの報告に応じてポイントを付与し、それを使って各種特典が貰えるそうです。その中には正式サービス時の招待券もあり、私が気に入りそうな部分が多かったため、引きずり込もうと決め、かなりのポイントを稼いだそうです。

 ちなみに、特典によっては正式サービスでスタートダッシュを決められるようなものもあったらしいのですが、まったり勢を自称する二人には不要なものとのことです。主に、所持スキルのレベルを1つ引き継ぐ権利とか、2つ引き継ぐ権利とか。

 話が終わり、私は渡された新型のVRマシンの初期設定に入ります。昔使っていた物から簡単な設定は引き継げますが、日進月歩のこの時代、数年前の機器は随分と時代遅れの物のようです。身体データの取得が一からやり直しなのはとても面倒でした。

 それが終わればIDの取得やフレンドリストの事前登録やら、要望の多かった便利なものが前もって出来るようになっているそうです。その中には、キャラ名の取得も含まれています。

 つまり、βテスター・招待券を貰った人・一般発売の購入者の順で名前を取れるようで。

 まぁ、キャラ名は昔使っていたのがそのまま使えました。後は、公式HPのスキル説明を見ながら仕様の確認とスキル構成を考えるだけです。





 4月29日、誰とも遊ぶ約束をしなかった大型連休の初日です。

 二人にはテキトーに遊んでるから、放っといていいよといってあります。ですから、今日は一人です。12時ジャスト、正式サービス開始と同時にログインしました。目を瞑っているはずが、0と1で視界が埋め尽くされている気がします。

 それが晴れると、時間加速が始まっている旨が通知され、大昔の電脳空間の様なワイヤーフレームの部屋が現れました。

 フルダイブシステムが現れてから数年経った今、人格への影響を考えて時間の常時加速は3倍までと法律で規制されています。一日の接続時間の制限によっては高倍率にも出来るようですが、大体のフルダイブ型VRMMOでの時間加速は3倍になっています。


「いらっしゃいませ、Hidden Talent Online の世界へようこそ。私は皆様の第一歩をアシストするティエラと申します」


 突然現れたのは白い翼を持った女神のような人です。

 恐らくはこのために作られた対話型インターフェースなのでしょう。何か悩んだときに会話が出来るのはありがたいです。

 何かを読み込んだのか、ほんの少しの間を置いて再び話し始めました。


「リーゼロッテ様ですね。簡単なチュートリアルに入りますが、よろしいでしょうか?」


 私の目の前にウィンドウが現れました。

 事前に決めたこの名前を使うかどうかです。

 名前は決めたけど、後からスキル構成的に違う名前にしたくなった人向けに確認しているのでしょう。

 私は【はい】を押し、チュートリアルに入ります。


「よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします。まずは外見を決めてもらいます。体型に関しては大きく変化させることは出来ませんが、顔に関しては目と口の位置以外は自由に変えられます」


 私の目の前に初期設定で計測したデータを元に構築された私が現れました。毎日鏡で自分の顔を見ているはずですが、鏡に写っている姿を見るのと目の前に現れるのでは、どうも受ける印象が違うようです。つり目の自覚はありましたが、ここまできつかったでしょうか。

 とりあえず、手元にあるウィンドウで項目ごとに変化をつけられるようなので、ある場所は少し大きくしましょう。……おかしいですね。少ししか変えていないはずなのに最大になっています。これでは殆ど変わりません。


「十分変化しています。これ以上の変化はつけられません」

「いや、そんなはずは……」


 認めたくないものです。


「初期と変化後を比べますか?」


 このAI、容赦がないようです。理想を追い求めているだけなのに、現実を突きつけようとするとは……。

 仕方ないので体型リセットを押して顔に移りましょう。第一印象でつり目が気になっていますが、垂れ目にしたらしたで違和感で埋め尽くされるので、このままにします。他の変化については既に決めているので時間はかかりません。

 髪の長さは現実よりも少し伸ばして腰くらいまで、色は白に近い銀、瞳の色は翠色です。私にとってスキル構成に噛み合う外見のイメージなので、他の人がどう思うかなんて知りません。キャラメイクの度にこうしていますが、色合いくらいしか変わっていないのに元と比べると、印象が大きく変わりました。色というのはかなり重要な情報のようですね。

 最後にぐるぐると回しながら全体の確認をし、【OK】ボタンを押して確定します。


「設定完了しました。次にスキルを決めていただきます。全部で10個まで。武器スキルは最低一つ選んでください」

「あ、武器も複数選べるんだ」

「はい。ですが、初めの内は一つの武器スキルに集中することをおすすめしています」


 まあ、そりゃそうか。あれもこれもなんてやってたら全然育ちませんから。

 前もって決めておいたスキルを選んでいきます。


 【棒】【火魔法】【水魔法】【土魔法】【風魔法】【光魔法】【闇魔法】【魔法陣】【錬金】【言語】


 これでよし。調合も欲しかったのですが、調合でも錬金でも初めの内は同じものを作れるということなので、調合は後回しです。流石にレシピが出回る前に試行錯誤で調合する気にはなれません。

 ちなみに、後衛のスキル構成なのに武器が棒なのは、杖が棒からの進化だからです。


「【魔法陣】を本当に取りますか?」

「はい」


 一緒に出たウィンドウでも【はい】を押します。なぜ魔法陣だけ聞かれたのでしょうか。


「本当によろしいですか?」


 ……何でしょう、取られると困るのでしょうか。

 まぁ、前もって決めたスキルですし、今更別のスキルを調べる気はありません。


「大丈夫です」

「……わかりました。では次に進みます。取得した武器スキルのチュートリアルです」


 無機質な空間に案山子が現れ、ティエラさんから棒を渡されました。

 受け取り、じっと見つめるとステータスが表示されました。


――――――――――――――――

【初心者用棒】

 初心者用の棒

 耐久:∞

 攻撃力:▲

――――――――――――――――


 壊れない初心者用装備のようです。性能に関しては現在の装備状態から上がるかどうかしかわかりません。前もって仕入れた情報曰く、自身のステータスの詳細を見る方法すら見つかっていないそうなので、所持スキルから大まかにどれが高いかを推測するしかありません。

 気を取り直して目の前の案山子に集中です。空中に浮かぶ指示の通りに叩いたり突いたり回したりすると、案山子が砕けました。どうやら次の段階に進んだようです。


「最後にアーツを体験してください。メニューを開き、スキルの中から棒をタッチしてください」


 ティエラさんの指示に従っていると今度は大きめの案山子が現れました。棒のアーツは【叩きつけ】というようで、何とも簡単そうな技です。

 まぁ、試してみましょう。言われた通りにすると体が勝手に動き、棒を上段から一気に振り下ろしました。とてつもない違和感を覚えましたが、ブランクが長いのでしかたないでしょう。慣れれば自然とつかえるとは思いますが、どうせ使いません。


「今のが選択発動です。他に、思考発動や音声発動があります」


 他の発動方法についても習いましたが、思考発動には慣れが必要そうです。逆に、音声発動は使える体勢の時に声に出せばいいので簡単ですね。それを何度か繰り返していると。


「今ので棒のレベルが2になりました。他の武器スキルを取得した際にはあちらの世界にある冒険者ギルドで簡単な指導をしてもらえますので、活用してください。他にも冒険者ギルドは様々なサポートをしてくれるので、是非訪れてください」

「わかりました」


 私の返事に満足したのか、ティエラさんが薄っすらと消えようとしています。


「え、ちょ……。他のスキルのチュートリアルはないんですか?」

「ここでは武器スキルのチュートリアルのみ行っています。後は皆様に秘められた才能次第です」


 今度は消えようとする素振りすらなく、一気に消えていきました。代わりに、Welcomeの文字とチュートリアルクリアのウィンドウが現れました。

 どうやら初心者用装備や初期のアイテム入手も兼ねているようで、【OK】を押すと装備が自動的に装備され、世界が一変しました。

 私が降り立った場所は地球儀のようなオブジェクトのある広場です。周囲にも多くの人が現れているので、ここがログイン地点なのでしょう。

 突っ立っている間にも青白い光と共に多くの人がログインしてきます。このままでは邪魔でしょうからさっさと冒険者ギルドに行きましょう。





 冒険者ギルドに行ってみました。

 簡単に言えばクエスト斡旋所のようで、FからはじまりAを経てSといったランクがあり、受けられるクエストに影響があるようです。また、報酬を払えば依頼を出すことが出来るようなので、後々使うかもしれません。

 まずは街を散策して、消耗品を買う場所の確認をしておきましょう。看板を読んでいると、高い武器屋だの、普通の洋服屋だの、ジョージの屋台だの、妙な看板だらけです。やっと見つけた安い道具屋で初心者用ポーションを買おうと思ったのですが、前もって聞いていたこのインベントリの困った仕様を思い出しました。

 インベントリは9マスで、同じアイテムなら1マスに9個まで重ねられるそうです。装備しているアイテムはインベントリとは別扱いなので、配布された初心者用ポーション9個がインベントリに入っているアイテムの数です。MOBを倒したときのドロップのことも考えると、迂闊に買えませんね。

 まぁ、ソロでゆっくり回るので自然回復ですごしましょう。

 街の東門を出て草原を歩いていますが、オープン初日ということもあり、人でごった返しています。MOBの取り合いになっているようで、道から外れるか奥まで行かないと駄目そうです。

 考えようによっては、MOBに襲われる心配がないので、ちょうどいい木陰を探してスキルの確認をします。





 レベル1の魔法スキルで使えるアーツはボルト系で、弾丸のようなものを飛ばす魔法です。基本スキルの場合、属性が違うだけで大きく変わることはないようです。

 錬金はまだ初級錬金セットを買っていないので後回し。何故かスキルレベルが2になっている言語もです。

 問題はティエラさんに確認された魔法陣です。レベル1では魔法陣作成という能力が解放されています。これは、適正な陣を描くと魔法陣になるというものですが、適正な陣って何ですか?

 描ける魔法陣の一覧があるわけでもなく、何かを組み合わせろとも書かれていません。

 とりあえず、初心者用棒で◯を描いていますが、これでは魔法陣ではなく、ただの◯です。

 何度か描いている内に綺麗な◯を描けるようになりましたが、それだけです。


「とりあえず、魔法全種使ってみるかな」


 まだ火魔法のファイアボルトをちょっと試し撃ちしただけでレベル2にすらなっていません。

 周囲を見渡せば、インベントリの仕様のせいで一旦街に戻ったのか人が減っています。これなら魔法スキル全てをレベル2には出来るはずです。

 この辺りにいるMOBはラビトットという白い兎です。ノンアクティブのようで、近付いても襲ってきません。

 まずは火魔法を選択し、ファイアボルトを選択します。すると、MPが徐々に減少し、それが止まると火の弾丸が現れ発射されました。簡単な誘導があるのかラビトットに命中したのですが、少し吹き飛んだだけで、すぐに体勢を整え向かってきます。ファイアボルトはクールタイム中なので、使うことは出来ません。ですが、他の魔法なら問題ありません。そのため。


「【ウォーターボルト】」


 魔法の音声発動を試してみることにしました。どうやら言い終わってからMPの消費が始まるようなので、簡単に使えますが、急いでいる時には向かないようです。ただ、そもそも時間のかかる魔法ではないため、十分間に合いました。ウォーターボルトを受けたラビトットが消え、リザルト画面が表示され、ドロップ品としてラビトットの肉を手に入れました。その上、火魔法と水魔法のレベルが2になりました。どうやら無駄打ちではなく、MOBに使わなくては駄目なようです。ですが、何か物足りません。最初のMOBなので弱いのは当たり前です。なので、強さではなく……。そう、そうです。魔法を使う以上、それに合わせた動きが必要です。今度からは、それにあわせて身振り手振りをしましょう。何事にも遊び心は必要ですから。

 気分にあわせて棒を振り回しながら他の4種類の魔法を使った所、今度は白い毛皮(小)が落ちました。火魔法を使うと毛皮が焼けてしまうのでしょうか。

 とりあえず、もう一度木陰に戻って魔法陣を確認しましょう。





 確認しました。何も変わっていません。

 魔法スキルのアーツを使った時も、魔法陣は出なかったので、使えばわかるというものでもないようです。魔法スキルを調べた所で何かあるわけでも……、あれ?

 変化ではありませんが、よく見るとフレーバーというタブがありました。恐らくはフレーバーテキストが書かれているのでしょうが、案外ヒントというのはこういう所にあるものです。

 えっと、何々、火属性の魔法は――――。

 長いです。精霊の力がどうたら、世界に満ちた魔力がこうたら言っていますが、とにかく長いです。

 ただ、わかったこともあります。△が火の精霊に関わる絵柄のようなので、ここは基本に忠実に行きましょう。

 そう、◯の中に△です。誰もが考えそうな簡単な魔法陣です。これなら、何かしらの反応が……。いや、ダメですね。何回か描いてみてとても綺麗に描けましたがそこまでです。何の魔法陣かわかりませんし、使い方もわかりません。触った所でメニューが出るわけでもありませんから。

 試しに上から棒で突いても何も起こりません。しかたありません、テキトーにレベルを上げて戻りましょう。草原なんですから、何か薬草くらい……、あ、ああ、ああああああ。

 とんでもないミスを犯しました。何故です。何故私は鑑定を取っていないんですか。私を誘った二人と一時的なパーティーを組むことはあっても基本的にはソロです。なのに、何故ソロセットとも言われているスキルを取っていないのでしょうか。

 スキルを取るためのSPはスキルレベルが5の倍数になる度に1貰えます。魔法スキルは全部2なので、時間がかかり……、あれ?

 棒のレベルが5になってアーツ【スイング】を覚えてました。何故でしょう。チュートリアルでレベル2になって、そこからといえば、魔法スキルのアーツを使う時に持っていて、魔法陣を描くのに使って。

 それくらいですが、杖の前提だから魔法スキルで経験値が入って、魔法陣が描けていて経験値が入ったのだとすれば、ありえないことではありません。けれど、魔法スキルはMOBに使わないと駄目だとわかったばかりです。スキル毎に違いでもあるのでしょうか。

 何にしろ、SPがあるのです。鑑定だけでも取ってしまいましょう。

 その結果は言わずもがなです。

 草原の草に薬草が混じっています。群生しているというわけではありませんが、このインベントリの仕様を考えれば十分です。

 ある程度回収して、さっきまで描いていた魔法陣を見てみました。


――――――――――――――――

【ファイアの陣】 

 基本魔法ファイアの魔法陣

 ファイアを発動出来る

――――――――――――――――


 ファイア? ファイアボルトではなく、ファイアですか。

 詳しい説明を見ると、焚き火が出来るだけのようです。とりあえず、魔法陣は描けてい――。


「ウォーターボルト……、ウォーターボルト……、ウォーターボルト……、ウォーターボルト……、ウォーターボルト……」


 MPの尽きるまで連射です。成功失敗問わず、全ての魔法陣に水を掛けて証拠を消します。誰かに気付かれて厄介事になっては面倒です。面倒事を防ぐための面倒事は必要経費なのでしっかりとやります。

 MPが足りない分は足で擦りました。これで完了です。一旦街に戻りましょう。





 街の東門へ戻る途中、ラビトットに襲われたため何度か撃退した所、魔法スキルが3になりました。5で新しい魔法を使えるようになるらしいので、次回からは1個1個集中してあげることにしましょう。


「門番さん、聞きたいことがあるんですがいいですか?」

「どうした嬢ちゃん。何でも聞いてくれ」

「モンスターから取った素材を売りたいんですけど、どこかおすすめのお店はありませんか?」

「んー、そうだな。あっちの方で一本裏に入った所に【オババの店】ってのがあるんだが、そこがいいと思うぞ」

「オババの店ですね。探してみます。ありがとうございました」


 お礼を言ってオババの店へ向かうわけですが、せっかくマップがあるんですから、目印くらい欲しいものです。そんなことを言いながら一本裏に入って看板を読んでいると、ありました。オババの店です。

 中に入って開口一番言う言葉は決まっています。


「オババオババー、オババはいますか?」

「誰じゃ。……なんじゃ嬢ちゃん、見ない顔じゃが、看板を見ればワシがオババじゃとわかるじゃろ」


 どうやらあっていたようです。


「あはは、そりゃそうですよね。ところで、モンスターの素材を売るならここがいいって聞いたんですけど、買い取りお願いできますか?」

「そうかい。さっさと見せな」


 取引ウィンドウが出たのでインベントリを開いて中を確認します。

 薬草9個が4マス、ラビトットの肉が3個、白い毛皮(小)が6枚、これがドロップ品全てです。その中から、肉と毛皮を取引ウィンドウへ移しました。


「うむ。東の草原なら、薬草もあったはずじゃが?」

「私は錬金を持ってるので、自分でポーションを作ろうと思ってます」

「うむ、そうかいそうかい。嬢ちゃんは錬金を使えるのかい。それにしても珍しいのう」

「珍しいですか?」


 わかっている限りだと、ポーションは錬金でも調合でも作れるアイテムです。ですから、錬金を使えるプレイヤーは多いはず。


「調合で作る場合と錬金で作る場合じゃと、調合の方が自由に作れるんじゃよ。じゃが、錬金で作る場合じゃと、同じものしか作れないんじゃ」

「なるほど」


 薬草の潰し方や分量などで効果が変わるということですか。昨今のMMOではよくあるシステムですね。効果が高い方が高値で売れますから、ポーションに限れば、調合の方が多いと。


「錬金で作る場合、薬草とポーション瓶が必要じゃ。瓶は冒険者ギルドや店に売る場合の共通規格があるから、気をつけるんじゃぞ」

「はーい」


 まぁ、こういう場合、専用の瓶しか売ってなかったりするので、気にしなくても大丈夫そうですね。

 オババと話している間に査定が終わっていたようで、900Gゴールドという金額が表示されています。他のプレイヤーに売ればもっと高いかもしれませんが、急がないのでこれで十分です。


「はいよ。それで、錬金入門セットは買うのかい?」

「あー、錬金入門セットっていくらですか?」

「500Gじゃ。ちなみに、ポーション瓶は1本10Gじゃぞ」


 最初に貰った資金1000Gに今手にした900Gを足して1900G。そこから初級錬金セットの代金を引いて、残りは1400G。薬草が36個なので、必要なポーション瓶は36本、360G。

 結果、手元に残ったお金は1040G。

 後は、錬金をするための場所を確保せねばいけません。ただ、初級錬金セットを見た私は描かれているものが気になりました。


「オババオババ、ここに描いてあるのって魔法陣?」

「何じゃ小娘、騒がしいのう。誰でも錬金術を使えるようにするためのものじゃ、魔法陣を描かずに何を描くんじゃ?」


 嬢ちゃんから小娘にランクダウンしました。まぁ、そこはわりとどうでもいいです。


「でも、これは錬金を使うだけでいいんですよね」

「小娘。聞きたい事があるならさっさと言わんか、まどろっこしい」

「は、はい!実は、魔法陣ってスキルを持ってるんですけど、地面に描いた魔法陣の使い方がわからなくて……」

「魔法陣じゃと!」


 オババがとてつもなく驚いています。カウンターから身を乗り出して、それはもう、物凄い驚きようです。入れ歯だったら飛び出しているはずです。


「えっと……、同じ物を考えているかはわかりませんが、◯と△描いてファイアの魔法陣になるアレです」

「……そうか。お主がか」


 怒ったり驚いたり何だか忙しそうなオババです。ですが、魔法陣について何かわかるかもしれません。


「何か知っているなら教えてもらえませんか?」

「うむ、教えてやってもいいが、一つ答えとくれ。お主は何を目指しておる」


 何を目指しているか、ですか。オババが何を聞きたいのかはわかりません。ですが、MMOで何を目指しているかと聞かれれば、一つしかありません。昔やっていたMMOで私は前衛職が向いておらず、スキル構成やプレイスタイルからある呼ばれ方をしていました。


「魔女です」


 どうにも妙な組み合わせでスキルを使っていたせいで、純粋な魔法使いとは呼ばれませんでした。だからといって、何故魔女なのかはわかりません。けれど、そう呼ばれていたのは事実です。


「そうか。それなら手を出すがよい」


 そう言ってオババは私に向かって手を伸ばしてきました。何をするのかわかりませんが、オババの手を取り、握手する形になりました。

 すると、何だか暖かいものが流れ込んできます。


「わかるか?」

「何となくですが……」


 オババから流れ込んでくる暖かいもの。それが通った場所が、むず痒くなってきます。


「自らの中にあるそれを感じるんじゃ」

「ん……、そ、そんな、こと……」


 どうにもむずむずするせいで集中できません。ただ、通った場所がむず痒くなるので、通り道はよくわかります。

 むずむずするのがおへその下辺りに辿り着くと、急に熱くなりました。


 ピコン!

 ――――System Message・スキルを伝授されました――――

 【魔力操作LV1】を取得しました。

 ―――――――――――――――――――――――――


 むずむずしていたのが一気になくなりました。その代わり、熱いものがあるのがわかります。


「どうじゃ? 上手くいったかのう?」

「魔力操作ってスキルを取得したんですが、これで魔力? を魔法陣に流し込むんですか?」

「そうじゃ。昨今の魔法使いでは知らん魔法の基礎じゃ」


 何だか複雑な設定がありそうです。ですが、私は検証マニアではないので、放置します。これで魔女に一歩近付いた。いえ、魔女を目指すスタートラインに立ったというところでしょうか。


「オババ、ありがと!」

「ふん。魔女を目指す物好きへの餞別じゃ。気にするでない」

「そっか。ところでオババ、ここはポーションの買い取りやってる?」


 物語ならここで店を出て旅に立つはずです。ですが、これはゲームです。そして、私の行動は私の自由です。なら、現実的にいきましょう。


「……嬢ちゃん、雰囲気とか大事にしないのかのう?」


 雰囲気からして、お主>嬢ちゃん>小娘、なのでしょう。まぁ、お主とかいう呼ばれ方は性に合わないのでこっちの方がいいですね。


「雰囲気が得になるなら大事にしますよ。それで、ポーションの買い取りはしてるんですか?」

「やっとるよ。冒険者ギルドにも卸しとるから、ワシの代わりに作ってくれるなら、喜んで買い取るさね」

「おいくらで?」

「薬草のままなら10G、初心者用ポーションなら90Gじゃ。じゃが、ポーションは自分で売った方が高いぞい」

「そういえば100Gくらいで売ってたかも。まぁ、90Gなら文句はないですよ。今はスキルを育てたいので」

「そうかいそうかい。それなら奥を貸してやるから試しに作ってみんさい。簡単なことは教えちゃるし、不要分は買い取ったる」


 オババの厚意で他のプレイヤーに見られない場所で錬金を試せることになりました。初級錬金セットの魔法陣は個別で存在していないため鑑定出来ませんでしたが、そこは気にする場所ではありません。

 そして、出来た物は。


――――――――――――――――

【初心者用ポーション】

 初心者用のポーション

 HPを1分かけて10%回復

――――――――――――――――


 36個全て同じものでした。調合なら効果時間や回復量の変化が起こるのでしょうが、これは錬金ですし、NPCに卸すのであれば、統一規格の方がいいはずです。

 ポーションは最初に貰った分があるので、全部買い取ってもらいました。

 これで所持金は4280Gです。


「必要なら場所を貸しちゃるから、好きなときに来るんじゃぞ」

「オババ、ありがとー」


 オババの店を出ると、日がかなり傾いていました。ゲーム内ではもうじき夕方です。ただ、3倍加速しているので、現実ではまだ2時にもなっていません。これから狩りに行けば戻ってくるのは夜になるかもしれませんが、早く魔法陣を使いたいので、行ってしまいましょう。夜になれば難易度が上がるに決まってますが、スキルが上げやすくなると思えばいいのです。

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