2-4

 日曜日、平日と比べれば遅いですが、普段の日曜と比べれば早い時間の起床です。伊織と出かけるわけですが、ある程度は身嗜みを整えないと伊織にどやされてしまいます。あれはおっかないのでキチンとしましょう。そう、ある程度は。

 家を出て向かうのは近くの駅です。隣に住んでいるのにわざわざ駅で待ち合わせの理由は、出かける時はそういうものだという伊織の趣味です。


「お待たせー」


 そして必ず私よりも先に来ています。何度か先について見せようとしましたが、30分前に着いても先にいたので諦めました。


「そうは言っても時間前に来るよね」

「時間厳守だよ。早くとも遅くともダメなの」

「私が待つのは茜だけだよ。葵は待たせるから」


 まったく、本人もいないのに惚気ないで欲しいです。


「それじゃ、行こっか」


 こうして待ち合わせをして出かけるわけですが、そもそもの発端は何でしたっけ。

 そう、確か伊織の体重が増えたと言っていたのが原因です。どうせ胸が大きくなっただけだとは思いますが、フルダイブ中は体は動いていないので、本人は太ったと思っているそうです。そのため少し遠出をすることになったのですが、ウィンドウショッピングにそこまでの効果があるとは思えません。何せ、途中で甘いものを食べるのですから。


「そういえば、PTの方は大丈夫なの?」

「んー、うちのPTは元々自由時間多いし、今日はアイリスがリアルで用事があるから完全フリーなの」

「へー」


 まぁ、葵と同じで伊織は生産を嗜んでいるので、そういうPTを選んだということでしょう。フルメンバーではない理由は気になりますが、伊織以外にも関わってくるので、踏み込むのはやめましょう。





 お昼を食べた後も街をふらついていると、何やら呼ばれた気がします。


「やっぱり、御手洗さんと東波さんだ」


 さて、近くに同じ苗字の人がいたとしても、二人共同じ苗字の確率は低いので、呼ばれているのは私達でしょう。ただ、呼んでいる相手は……、ああ、クラスメイトの誰かですね。二人いますが、顔と名前が一致していないので、伊織に任せてしまいましょう。


「池田君と神宮さん、なになに、デート?」


 ああ、この二人がそうですか。


「いや、デートじゃ――」

「晴人ー、せっかくのデートなんだから、早く行こーよー」


 おや、二人はデート中ですか。まったく、クラスメイトだからといって他の女の子に話しかけてはいけないというマナーがあるでしょうに。


「じゃあ、邪魔しちゃ悪いから、私達は行くね」



 伊織もそう言うので私は目的もなく歩き出しました。


「いや、ちょっと待って。薫、僕は御手洗さんに……、二人に用があるんだ。ちょっと待っててくれ」


 名前を呼ばれたので一応足を止めましたが、何とも居心地の悪い視線を感じます。面倒事は避けたいのですが。さて、どうしたものか。


「はーるーとー」

「ほんと、ちょっとだから、ね」


 そう言うと女子のクラスメイトの方はかなり不貞腐れていますが、一応は了承したようです。


「御手洗さん、今度HTOを一緒にプレイしようよ。薫はあんまりログインしてくれないから、適正な狩場の差が広がる一方でね。良ければ東波さんも一緒に」

「面倒」


 そういえば前にも誰かに誘われて断ったと思うのですが、何故に色好い返事を聞けると思ったのでしょうか。知らない相手との狩りなんて面倒だらけです。

 さて、返事もしたので行きましょうか。

 私が歩き出したのに反応出来たのは私のことをよく知っている伊織だけです。


「ちょっと御手洗、待ちなさいよ」


 またですか。一体何度待てば終わるのでしょう。

 えーと、顔と名前が一致していない相手ですが、怪訝な目を向けても苛ついている相手には効果が薄いようです。


「断っても貴女に不利益はないでしょ」

「そ、それは……」


 確か伊織がデートと言っていたので、こう言っておけば引き下がってくれるはずです。


「それじゃ、二人の邪魔しちゃ悪いから、私達は行くね」


 伊織がそう締めくくってくれたので、私もやっとこの場を離れることが出来ました。さて、散歩の続きですね。あ、一応ウィンドウショッピングでしたっけ。まぁ、運動不足の解消に歩くことに変わりはありませんね。





 帰路の途中、家の近くのスーパーにより、慣れた手つきでオチールを手に取りました。


「それ、チョコだよね」

「私はカロリーが欲しいの」


 前に言ったら本気で怒られた一言です。まぁ、脂肪が付きにくいだけですが。ああ、伊織の笑顔が怖いです。ちなみに、オチールという名称ですが、脂肪が落ちるとか、そういった健康を目的としたものではなく、よくあるチョコレート菓子です。

 そもそも適度な糖分やらカロリーやらは必要なものです。細かいことは言いませんが、気にするほうが体に悪そうです。


「……HTOコラボ?」


 おや、何か聞き覚えのある単語ですね。前にやったことのあるVRMMOでも、食品メーカーとのコラボはありましたし。ですが、こんなドマイナーなお菓子とのコラボなんてあるのでしょうか。

 そんなことを考えていると、私が自然と手を伸ばした場所にあった商品を抱えている伊織が目に写りました。


「体重いいの?」

「……」


 おや、少し棚に戻しています。それではその戻した分を確保しましょう。


「ところで、何貰えるの?」

「公式見る限り、まだ発表されてないね」


 そういう時はパッケージを見ましょう。何かしらの情報が載っているはずです。


「えーと、食べ物アイテム?」

「オチールが貰えるってさ。何か効果がありそうだけど、そこまでは載ってないね」


 表面の情報はそれくらいです。さて、裏面には何かあるのでしょうか。

 ふむふむ。


「裏面はいつもと同じだから、これ以上はわからないね」

「成分表示とかラインナップの紹介とかがメインだからね」


 さて、ここで長居しててもしょうがないのでさっさと会計を済ませてしまいましょう。後で葵に自慢するためにも。


「あ、伊織、中身だけじゃ受け取らないからね」


 体重が増えたと言っていたので、予防線を張っておきましょう。食べ過ぎは体によくないので。

 伊織と店を出た後、微かな話し声が聞こえました。


「あれ、あのドマイナー商品、補充したはずなのに」


 補充した分は私達が全部買いました。それにしても、ドマイナーとわかっているのなら、何故置き続けるのでしょうか。まぁ、私としては助かるのでいいんですが。





 夕方になり、時間があったのでログインすることにしました。

 サボテンの皮を手に入れたので、グリーンポーションでも作りましょうか。基本値の物は作れるので、クランハウスの工房も大丈夫です。あー、いえ、薬草がありませんね。それにポーション瓶もです。やはり私はオババの店に行かなければいけないようです。


「オババオババー」

「何じゃ小娘、騒がしいのう」


 このやり取りを忘れてはいけません。それでは必要な物を買って、奥へと行きましょう。


「リーゼロッテさん、お久しぶりです」

「あーリコリス、久しぶりだね」


 主な原因は私のテスト勉強のせいですね。


「リーゼロッテさんはクランに入ったんですか?」


 おや、何故わかったのでしょう。わざわざ伝えるようなことはしていませんし、ほとんど表に出るようなクランでもありません。あ、なるほど、そういうことですか。


「リコリスもクランに入ったんだね」


 よく見れば頭の上に表示されているキャラネームの横に【なごみ亭】というクラン名が表示されています。初期設定では、フレンドの場合、所属クランとPT名の両方が表示されます。私達はお互いにPTを組んでいないので、キャラネームとクラン名だけですが、設定を弄っていない証拠ですね。


「はい。クランマスターがいい人で、私のようにゆっくりプレイしているプレイヤーを集めているそうです」


 よくある初心者のサポート系のクランでしょうか。まぁ、まだ追加プレイヤーはいないので、エンジョイ勢やらまったり勢やらが多そうですね。


「私はリアフレとクラン作ったからね。まぁ、工房があっても調合はオババに監修してもらってるから、たまに来るつもりだけど」

「私もです。スキルレベルを上げてから詳しく聞くと、性能を上げる方法を教えてくれますから」


 え、何それ、私そんなの知りません。


「オババにそんなの教えてもらったことない……」

「えっと、調薬がLV30超えた辺りからですけど、教えてもらってません?」


 そういうことですか。そうですよね、これはスキル制のゲームですから、そういうこともありますよね。


「レベルの問題だった」

「あ……」

「気にしなくていいんだよ。調薬を上げてない私が悪いんだから。ところで、グリーンポーションの方は素材大丈夫?」

「それは大丈夫です。なごみ亭の魔法使い数人で無理やり突破しましたから。それと、魔力操作については黙ってるので、安心してください」


 別に教えてもいいのですが、本人が黙っていることを選んでいる以上、私からは何も言いません。それにしても、LV30辺りから、オババの口が軽くなるわけですね。場合によっては今でも軽くなっている部分があるかもしれないので、気が向いたら聞いてみましょう。まったく、フラグ管理の調査は面倒です。


「それじゃ、私はグリーンポーションを作るから」

「……あ、あの、リーゼロッテさん、一つ、お願いしたいことがあるのですが」


 おや、あらたまって何でしょう。もじもじしながらも金色の前髪で目が隠れているため、表情はわかりませんが、なんとも保護欲をそそられます。


「えっと、これの使用感も大したことを伝えられてないのに、図々しいとは思うんですが、鞄を一つ、売ってもらえませんか?」


 ここで「貰えませんか?」だった場合、リコリスとの関係に距離を取ったかもしれません。けれど、しっかりと「売ってもらえませんか?」と口にしたのですから、その頼みは真面目に聞いてあげましょう。ええ、聞いてあげますよ。

 まぁ、その前に確認ですね。


「私が前に言ったこと、覚えてる?」

「はい。素材を持ってくれば作ると言ってくれました」

「その素材はあるの?」

「これじゃ、作れませんか?」


 そういってリコリスが取り出したのは見覚えのある茶色い皮です。識別申請すると、許可がでたので、結果が表示されました。そこに書いてある名前は、私がよく知っているものです。


「上質な茶色い皮だね」


 作れることは知っています。けれど、必要枚数を知りません。ハヅチに個別チャットを打っておきましょう。クランシステム実装のメンテの時にクランチャットと同時に各種チャットが追加されましたが、こっそり話をするには便利ですね。


「鞄だけなら、それで作れるよ。でも、魔石はあるの?」

「そ、それは……」


 魔石がオババから買えるようになったのは錬金術を取ってからでした。今から買えるようにするには時間がかかりそうですね。そもそも、クランショップでの買い取り数によっては鞄を買えると思うのですが、何か問題があるのでしょうか。


「確か私の所属してるクランが毎週土曜に売り出すって告知してあるはずだけど、それじゃダメなの?」

「クランの皆でお金を出し合うことにしたんですが、クランショップでの争奪戦が凄くて……、図々しいことを言っているとはわかっているんですが、魔石の入手先を教えてもらえませんか?」


 さて、どうしましょうか。


「情報には対価が必要だよね」

「えっと……」

「オババがスキルレベル次第で詳しく教えてくれるようになるってのは、大事な情報だよね。そのレベルも大体わかってるみたいだし」

「え……」


 鞄をあげるだけの情報ではありませんが、魔石(中)をあげるには十分です。私の知る限り、1,000Gで手に入りますから。

 オババも横にいるので、魔石(小)を10個買って、【昇華】させてしまいましょう。

 はい、完成です。


「はい、魔石の中サイズ。錬金術を持ってると、オババから魔石の小サイズ買えるから、それを10個用意して昇華させれば作れるよ。」


 実際に目の前で作ったのをリコリスに押し付けます。あくまでも、情報の対価として、アイテムを渡すわけですから。


「あ、あの……いいんですか?」

「素材を持ってくれば作るって約束だしね」


 いけませんね、保護欲が湧くとどうにも甘くなってしまいます。ハヅチから個別チャットの返事も来て、4枚あれば作れるそうなので……あ。


「ところで、それ何枚あるの?」

「えっと、何とか頑張って10枚手に入れました」

「それはよかったじゃあ、4枚とその魔石をちょうだい。作ってもらってくるから」

「ありがとうございます」


 それではハヅチのところにいって出来上がってるのと交換してもら……、オババから薬草とポーション瓶を買わなければいけませんね。それが目的でしたから。


「じゃあ、クランハウスに行って作ってもらってくるけど、リコリスはどうする?」

「私も、用意出来そうって伝えに戻ります。クランチャットは全員か一対一だけなので」


 それぞれのクランハウスに戻りますが、お互いにどこかにホームを持っているわけではないので、向かう先は冒険者ギルドです。道中はお互いの近況を話しているのですが、リコリスは私以上にあちらこちらのフィールドを巡っているそうで、エスカンデ付近のことを聞きました。

 情報として調べることも出来ますが、実体験というのは、また違ったありがたみがあります。

 あそこは基本的にゴブリン系統のMOBが出現するらしいのですが、奥へと踏み込むとMOBの種類が変わり、要求されるレベルが急激に上がってほとんど対処不能になるらしいです。運営が進めないようにしているとか、フラグを立てていないだとか言われているそうです。まず、北側へ行った時は気付いたらやられていたそうで、よくわからないそうです。次に、東側は狼系のMOBがいたそうですが、すぐに囲まれてしまったそうです。最後に南側は、状態異常を使ってくるMOBがいて、その攻撃を受けると、状態異常耐性のスキルが取れるようになるそうです。

 状態異常が辛く、検証が進んでいないらしいのですが、取っておいて損はないスキルですね。ただ、最後に気になることを言っていました。


「一度、魔法が使えなかったことがあるんです。MOBの鱗粉を少し浴びただけだったので、効きが薄く、すぐに治ったので詳しくはわかりませんが、多分、沈黙だと思います」


 ええ、沈黙です。沈黙ですよ。魔法使いの天敵です。すぐにでも行こうと思っていたのに、それを聞いて後回しにしたくなってしまいました。

 耐性スキルとしては欲しいですが、剣スキルを鍛えない限り、足を踏み入れるのは危険です。

 リコリスから情報を引き出していると、いつの間にか冒険者ギルドへと着いていました。とりあえず、用意したら連絡すると告げ、クランハウスへ引っ込みます。


「おう、早かったな」

「あれ、待っててくれたの?」

「まぁ、その約束してるのは知ってたからな。素材よこせ」

「別に交換でよかったんじゃないの?」

「……はぁ、そうだよな。リーゼロッテはそうだよな。レシピ登録してあるから、すぐに作れるんだ、さっさと渡せ」

「まぁ、はい」


 ハヅチは受け取った皮を使ってすぐにレシピ再現らしきアビリティを使っています。すぐに鞄となって出てきたのでよくわかりませんが、本当にこの場で作ったようです。


「ほら、鞄だ」

「ありがと」

「それにしても、ドロップ率最悪のゴーレムからよくドロップしたな」


 おや、何のことで……、そういえばそんなことを聞いた記憶がありますね。ドロップ率は知りませんが、そんなに悪かったのですか。

 とりあえず、作ってしまったものはしょうがありません、手早く【刻印】と【魔石融合】を済ませ、リコリスへとメッセージを送りました。予想以上にはやかったので驚いていましたが、すぐに合流するとのことで、冒険者ギルドの中で待つことにしました。


「リーゼロッテさん、早すぎですよ。まだ説明終わってないのに……」

「んー、そりゃ、前もってハヅチに連絡してたから、クランハウスに入ってすぐのところで待機しててね。そんで、素材受け取ってその場で作ったから」

「それじゃあ、これは私達が取ってきた素材なんですか?」

「そだよ」


 鞄を受け取ったリコリスは何やら嬉しそうにしています。まぁ、目元が隠れているのでわかりづらいですが、口元は緩んでいます。このタイミングでもう一つの入手方法を伝える必要もないので、それは今度にしましょう。さて、リコリスとの用事も済んだのでグリーンポーションを作ってログアウトしましょう。





 夜のログインの時間になりました。せっかく魔法使いの天敵である沈黙を使うMOBの情報を手に入れたので、クランハウスで他のメンバーに話を聞くことにしました。


「こんー」

「あ、リーゼロッテ」

「汝、この時に来るとは、運命の導きか」


 え、えーと、ちょうどいいところに、でしょうか。

 この推測があっていれば、何かを聞かれるとは思いますが、一番可能性が高いのは魔力付与でしょう。あれはグリモアにも取ってもらわないと困ります。何故なら、時雨が作った装備に私が全て魔力付与をすることになるので。


「二人しかいないの?」

「そうなんだよね。ハヅチの方は金策って言ってオアシス行ったし、こっちのPTメンバーはそれぞれの知り合いに呼ばれてどっか行ったよ」


 そういえば、皮を持ってくれば少し色を付けて買い取るとか言っていましたね。そのままハヅチに持ち込めば和装の装備を作るとも聞いています。ワタワタの落とす綿とブラウンキャメルの皮で性能が大きく変わるのなら、綿で作ってある部分を皮に変えるのもありですが、次の布が出てからでもいい気がします。


「それでね、リーゼロッテに話とお願いがあるの」

「待て、我が与えられし試練故、我から話そう」


 試練ということは、クエストで間違いなさそうですね。ですが、せっかくなので、グリモアの口から正解を聞きましょう。


「試練って、クエスト?」

「やはり、汝にはわかるか。我は汝が新たに手に入れた御業を学ぶべく鉄の街を訪れた。そこで、御業を持つ者を見付け、試練を与えられた。けれど、我にはそれを達成する術がない。昨日の教に対する対価すら払わぬ内に図々しいとは思うが、どうか、我に汝の力を貸して欲しい」


 やはりですね。魔力付与のクエストのために料理が必要というわけですね。あれは納品クエストなので、料理スキル有無に関係なく発生するはずなので、誰が作っても問題ないはずですから。


「肉、ある?」

「触媒として朝を告げる鳥の体を用意した」

「コケッコーの肉ね。大成功品10個でいいんだよね」

「その通り」


 グリモアからトレード申請が来たので肉を5個受け取りました。1個の肉で3回挑戦出来るので、それで十分でしょう。大成功品が必要なのでレシピ再現は使えませんが、腰を据えて慎重に作れば大丈夫です。

 簡易料理セットを展開して、包丁を選び、取り出します。


「あ、ちょっと待って。これ、試して欲しいんだけど」


 そう言って時雨は包丁を手にしました。


――――――――――――――――

【鋼の包丁】

 料理のために作られた鋼の包丁

 よく研がれているため、よく斬れる

 耐久:100%

 大成功率微上昇

――――――――――――――――


 ふむ、これはありがたいですね。ただ、分類としては何なのでしょう。


「ねぇ、手を挙げなくても刺さないから」

「いやー、鞘に入っているとは言え、包丁を出されたら観念するべきかと思って」


 ちなみに刃物を渡す時にちゃんとした持ち方をしているので、突き付けられているわけではありません。それはそうと、一つ聞かなければいけません。


「その包丁って武器?」

「違うよ。アイテムのジャンルに生産道具って呼ばれてるのがあってね。生産に使う道具を自作すると、出来に応じてボーナスがあるの」

「へー、じゃあちょっと借りるね」


 借りた包丁を鞘から抜き、刃をじっと見詰めます。こうしていると、変な気分になりますね。


「ねぇ、その笑みは怖いからやめてもらっていい? それと、それはリーゼロッテ用に作ったから、好きにしていいよ」


 おっと、変な気分が表に出てたようです。残念ですがサスペンスはお預けですね。それにしても、気前がいいですね。時雨としては、私以外にも魔力付与を使える人が居た方が楽なのはわかります。何せ、私はどこかを彷徨いていることも多いですから。


「それじゃ、せっかくだし、【魔力付与】」


――――――――――――――――

【鋼の包丁】

 料理のために作られた鋼の包丁

 よく研がれているため、よく斬れる

 魔力付与:100%

 耐久:100%

 大成功率微上昇

――――――――――――――――


 成功です。ただ、製作物にどんな変化があるのかはわかりません。ものは試しですし、ダメなら普通の包丁で作りましょう。

 まずは包丁で肉を突き、表示されたメニューからぶつ切りを選びます。料理スキルもLV10になったので、随分と大きさが整ってきました。次は、串を……、おや、ヘルプが光っています。えーと、なになに、生産セットを所持している場合、関連する生産道具を収納することが出来ます。だそうです。このゲームではスキルがアイテムを所持してくれる機能が多いので、必要なものを一括で取り出せるようです。場合によってはドロップ品を持ち帰る以外ではそこまで大きい鞄は必要ないようです。

 では、包丁を簡易料理セットにしまい、道具一覧から串を取り出します。ちなみに、道具一覧にはしっかりと鋼の包丁が表示されていました。

 これは串も作ればボーナスが付くのでしょうか。まぁその場合は数が必要になりますね。使用済みの串を洗って再利用はしたくないので。

 グリモアからは5個の肉を受け取ったので、15回挑戦出来ます。まだあるそうですが、緊張感を保つためにギリギリの数で挑戦します。

 一本目、心なしか最後に作った時と比べて大成功の幅が広い気がします。これが時雨の包丁の力です。ちなみに、普通に成功したので失敗です。スキルレベルが上がれば幅も広がるはずですが、一本目でいきなり成功するわけはありませんね。

 それでは気を取り直して集中しましょう。


「よーし、大成功!」

「流石は汝」


 ふっふっふ、もっと褒めていいよと言いたいのですが、調子に乗ると失敗するので、口には出さないで置きましょう。残り13本中9本成功させればいいので、終わった時にもっと褒めてもらいましょう。


「それじゃ、集中して次いくよ」


 そんなわけで残り13本を料理しました。ええ、13本目までいったのです。つまり。


「ふっ、所詮私にはこの程度が限界だよ」


 何が敗因でしょうか。9本大成功したのなら、まだましです。大成功7本という微妙な数値です。約半数なので成績としてはいい方だとは思いますが、今回に限ってはそうではありません。


「汝、落ち込むでない。元々難易度の高い試練。媒体は十分にある故、何の問題もない」


 グリモアの優しさが身にしみます。優しさに甘えることになりますが、追加の素材を受け取りましょう。

 残り3本なので、3個受け取れば十分です。ええ、9回挑戦出来ますから。

 若干スキルレベルが上がったのか、大成功の幅が大きくなっている気がします。あ、一応包丁を使ったので魔力制御で魔力を補充しておきましょう。魔力視で見る限り、わずかに減っている気がするので、全回復しておいた方が、気分がいいです。ただ、一回目も変化なかったので、ゲージに効果はありませんが、気を取り直す意味もあります。

 そして、7本目。


「大・成・功!」

「我は汝のことを信じていた」

「うんうん、ありがとね。残りの肉は普通に焼く?」

「ああ、それ――」

「ストップ。二人共、これ、ちゃんと鑑定してみて」


 おや、時雨に水をさされてしまいました。ただ、私が大成功させた焼き鳥を持ってどうしたのでしょう。とりあえず、識別しますか。


――――――――――――――――

【魔力を帯びたコケッコーの焼き鳥・タレ】

 魔力を帯びたコケッコーの焼き鳥・タレ味

 満腹度+7%

 MPを7%回復

――――――――――――――――


 はへ? 今まで作った大成功品にはこんな効果はなかったはずです。しかも、これはポーションにある何分かけてという表記がありません。予想にしかなりませんが、即効性のある回復アイテムということでしょうか。


「二人共、しっかり見たよね。さて、リーゼロッテ、一体何をしたの?」


 ああ、尋問が始まってしまいました。私には全く身に覚えのないこ……、あ。


「包丁に、魔力付与したんだけど……」

「グリモア、他の焼き鳥はどうなってる?」

「……成功と大成功で数値は違くとも、魔力を回復する力を持っている」


 あー、決まりですね。まさかこんな盲点があったとは。ただ、成功品でも同じように回復するとわかったのはいいことです。

 そんなことを考えている私を尻目に時雨は頭を抱えました。ただ魔力付与を頼みやすくするためにグリモアに取ってもらおうとしたはずなのに、妙なことを発見してしまったからでしょう。ただ、顔を上げた時雨のジト目がとても怖いです。


「わ、我は、試練を突破してこよう」

「あ、待って。これ、渡しとかないと忘れるから」


 そう言って私はグリモアのために用意した魔力ペンを渡しました。もちろん、魔石(小)を融合してあります。グリモアが錬金を持っているかは知りませんが、あるにこしたことはありませんから。


「我が受け取っていいので?」

「グリモアのために用意したからね」


 本来はもっとちゃんとした時に渡そうと思っていましたが、次がいつになるかわかりませんし、私が忘れないとも限らないので、今のうちに渡してしまいます。


「汝に最大級の感謝を。昨日の分と合わせて、必ずや、恩に報いることを誓おう」


 感謝を示しながらもグリモアは逃げるように出かけていきました。おのれー、恩に報いると言っておきながら私を置いていくとは。まぁ、時雨は話もあると言っていたので、逃げるわけにはいきませんね。


「まずは、最初の用件ね。生産クラン知ってるでしょ。あそこから連絡があって、魔力付与の情報を売って欲しいって言われたの。流石に見つけたの私じゃないから、リーゼロッテに確認しておこうと思って」


 おや、そんなことですか。そういえば、シェリスさんも連絡するかもと言っていましたが、連絡がないので、解決していると思っていました。


「時雨の好きにしていいよ。てか、私の分もやっといて」

「いや、私の分もってリーゼロッテが見つけた情報だからね」

「そんなこと言われても、時雨が武器作ってなかったら、記憶の彼方に消えてる情報だから、半分は時雨のものだよ」


 私の金属製の装備は時雨から貰ったものしか使っていないので、時雨が武器を作っていなければ、不必要なものとして、忘れるか、何かの機会に自分だけで使うだけでした。なら、時雨の取り分があるのは当然です。


「……引かないのわかってるから、ちゃんと交渉して半分貰っとくね」

「わかってくれるから、楽でいいよ。ところで、どこから知られたの?」

「ああ、それは前に魔力付与してもらった武器をクランショップに出してたら、生産クランのシェリスって人から連絡が来たの。何か、生産クランの方で問題があるみたいでね」


 問題ですか。面倒臭そうなので、余計に関わりたくないですね。


「そういえば、シェリスさん、魔力付与の武器見せたら連絡するかもって言ってたけど、時雨の見つけてそっちから攻めたんだね」

「……その人、生産クランの幹部だけど、何で知ってるの?」

「ん? だって、この杖、シェリスさんに頼んだし」


 私が露店巡りをしている時に出会った人で、唯一の知り合いの生産者です。それにしても、幹部とは、凄いですねぇ。


「そ、そうなんだ。それじゃあ、しっかり交渉しとくね。この料理結果についても、補足で売りつけとくから」

「任せた」


 これで楽が出来ます。私がやりたがらないとわかってくれているのはとても助かります。


「それで、次ね」


 何でしょう、気温が一気に下がった気がします。さて、何を言われることやら。とりあえず、着いてくるよう示されたので、大人しく着いて行きました。といっても、時雨の工房なので、そこまでの距離はありません。時雨は近くの台に何やら道具を出し始めました。


「前に装備に魔力付与してもらったけど、今回は道具にお願いしていい? 後、あの金床もね」

「イエスマム」


 私は手早く魔力付与を行いました。一応短刀を装備しているので、時雨の作った装備の質が上がる分には私に問題はありません。

 そして、指定された物全てに魔力付与を行いました。元々のMPが多いので、空っぽになることはありません。そのため、休憩を挟むこともありませんでした。


「ねぇ、リーゼロッテ、これで装備作ったらどうなるんだろうね」

「さ、さぁ……」


 流石にそれはわかりません。そもそも、料理でMPが回復すること自体、想定外なのですから。


「まぁ、試しに武器を作ってから生産クランとの交渉に挑もうかね」

「それじゃ、全部任せたよ」


 今日は精神的に疲れたのでログアウトです。

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