2-5
週の始まりである月曜日、いつものように食後の時間を教室で過ごしていると、スマホを弄っていた伊織が声をかけてきました。
「茜ー、HTOのアップデートの告知が来てるよ」
「へー、オチールのコラボでも発表してるの?」
昨日買ったオチールにはそんなことが書いてありました。そして、今日公式HPで発表があったのなら、それについても触れているはずです。
「それもあるね、アイテムがオチールキャンペーンだってさ。シリアル入れるとゲーム内アイテムのオチールが貰えるってさ。食べると、ゲーム内時間60分の間、食材アイテムのドロップ率が上がるのと、満腹度が微増だって」
「食材アイテムって、料理関連のアップデートでもあんの?」
自分で見ればすぐですが、せっかく伊織が見ているのですから、任せてしまいましょう。
「えーとね、あー、料理関連というよりも、あのスキル関連だね。茜はHTOの正式サービス開始が遅れたってこと知ってる?」
ふーむ、何か聞いたことがある気もしますが、ちゃんとした理由は知らないので、知らないことにしましょう。
「知らないよ」
「そっか。αテストの段階でね、結構致命的な不具合があったんだって。まぁ、問題を見付けるためにテストしてる面もあるから、そこはいいんだけど、修正に時間がかかるとかで、その原因のスキルを外してたら、βテストが遅れて、そのまま正式サービスが延期になったの。それで、そのスキルの修正が終わったから、6月のアップデートで実装するってさ」
なんとも面倒なことがあったんですねぇ。それにしても、致命的な不具合を抱えたスキルですか。いったいどんなスキルなのでしょう。
「どんなスキル?」
「調教スキルだよ。MOBをテイムするやつ。基本的に料理アイテムを上げて、テイムするから」
「あー、あのスキルまだなかったんだ」
MMOではよくあるスキルです。従えたいMOBを見なかったので気にしていませんでしたが、プレイスタイル・魔女を目指す身としては、取っておきたいスキルですね。まぁ、優先度は低いので、急ぎませんが。
「あ、調教スキルと従魔システムの実装に伴い、確率UPなどのキャンペーンを行います。だってさ」
「など?」
「うん、など」
具体的に何をするのでしょう。調教スキルと従魔システムということはMOBを餌付けして従えるということだとは思いますが、成功率UPとか餌付けにもっていくまでの確率UPとかでしょうか。伊織がなどと言ったということは、そう書かれているので、詳しくは当日の発表を待ちましょう。
「従魔かー、茜はどんなMOBを従魔にしたい?」
「烏か黒猫」
即答しておきました。魔女の従魔であれば、烏か黒猫と決まっています。それ以外の選択肢は、まぁ、その時次第です。
「ブレないねぇ。茜なら、何だかんだで従魔にしそうだし」
「そういう伊織は何がいい?」
「うーん、今見たことあるMOBだと、特にないかな。小動物系は見たこと無いし。しいて言うなら、エスカンデの東の奥にいる狼かな」
なんということでしょう。従魔を従えてのモフモフライフは見果てぬ先ということです。せっかくなら、期間限定で遠くに出現するMOBも出してくれればいいのに。まぁ、そんなMOBが出てきても戦えないとは思いますが。
「まぁ、食材は集めておこうかな」
「やぁ、御手洗さん、東波さん。HTOのアップデートの話かな?」
「誰だっけ」
おっと、口に出してしまいました。そういえば、最近クラスメイトが話しかけてくることが多いですが、この人は何人目でしょう。
「ハハハ、きっついな……。池田晴人だよ、御手洗茜さん」
どうやら向こうは私の名前を覚えているようです。それなら早く顔と名前を一致させなければいけませんね。面倒くさい。
「それで、池田君は茜に何か用なの?」
「用というより、アップデートの話が聞こえたから、気になったってところかな」
「公式HPに載ってるよ」
「そうみたいだね。せっかくだしさ、何人かで知らないMOBを見に行こうよ。そうすれば、従魔にしたいMOBが見つかるかもよ」
確かに一人では行けない場所は多いです。けれど、知らない相手とPTを組んだとしても、一人で行けない場所へ行けるとは限りません。連携も何も出来ませんし、目的地で争うかもしれません。なら、一緒に行く必要はありません。
「私は知らない場所はいつものPTで行くって決めてるけど、茜は?」
「一人でふらつく」
「だってさ。池田君、ごめんね」
「……そ、そう。じゃあさ、フレンド登録だけでもしようよ」
そういって、えーと、池田君はスマホを取り出しました。そういえば、サービス開始前にフレンド登録が出来たので、公式HPにログインすれば現実でも出来るのでしょう。私はその辺りには疎いので、伊織を見つめることにしました。
「あー、はいはい、公式HPにログインすればフレンド登録出来るよ。受信は出来ないけど、メッセージの送信は出来るの知ってるでしょ」
「あー」
そういえばそうでした。機能制限はされていますが、ある程度は使えるわけですね。さて、どうしましょうか。まぁ、登録したところで、何かをするわけでもありませんし、それくらいな――。
「はーるーとー、なーにしてんの?」
「か、薫か。ちょっと御手洗さん達と話をしてたんだよ」
「ふーん、またあのゲーム?」
「そうだよ。薫もせっかく買えたのに全然プレイしないから」
あ、予鈴が鳴りました。ゆっくりするのもここまでにして、授業の準備をしなければいけません。
「御手洗さん、フレンド登録だけでも……」
二人が何か話していましたが、予鈴に気付いて会話を打ち切ったようです。
「予鈴鳴ったよ。い、池……田、君」
「そ、そうだね。じゃあ、今度にするよ」
予鈴が鳴ったことを伝えただけなのに何故か声が弾んでいました。それに、フレンド登録をするとは言っていないのに、何が嬉しいのでしょうか。まぁ、気にしてもしかたありませんね。
去り際にもう一人の女子から何やら睨まれた気がするのですが、気のせいだと願いましょう。
夜になり、いつものようにログインしました。夕方はログイン出来なかったので、一先ずクランハウスへ向かうのですが、いっそのこと、クランにポータルが欲しくなります。そうすれば、この移動時間がなくなりますから。クランハウスに入ると、メニューのクラン倉庫の欄が何やら光っています。えーと、私用の場所に鞄と魔石の代金が入っており、刻印を頼むというメッセージが入っていました。それ自体に文句はないのですが、前もって言っておいて欲しいです。私は魔石を常備していないので、買いに行く必要がありますから。魔石代はクランの資金から出ていますし、このクランの収入源なので、いっその事常備しておきましょうかね。まぁ勝手に使うのも問題なので、後でハヅチに確認しておきましょう。
「オババオババー」
「何じゃ小娘、騒がしいのう」
そんなわけでオババの店です。商品の一覧から魔石(小)を探しながらも一つの疑問がわきました。
「ねぇオババ、調合とか錬金の道具って自作出来るの?」
時雨が用意した包丁には料理に対するボーナスがありました。それはつまり、他の生産スキルにおいても、道具の自作が可能だということです。ただ、私が持っているスキルでは作れそうな物がないため、オババに確認する必要があります。
「小娘がいっちょまえのことを言うでないわい。その腕前で、自分だけの道具を用意しても、結果なんぞたかが知れとるわい」
ふむ、スキルレベルが足りないということですね。まぁ、自分で道具を作れるようなスキルもないので、今は諦めましょう。一応、目的である自作できるかどうかの確認は出来ましたから。
それでは、鞄を作る分と自分で持っておく分を確保しましょう。
えーと、自分の分の小と中を100個ずつ確保するには、まず魔石(小)を100個、そして、小が10個で中が1個なので、小を1,000個ですね。ただ、この鞄に刻印してある大型インベントリの一マスに入るアイテムは999個までなので、500ずつにして入れておきましょう。昇華してしまえば入りますが、何となくこの入り切らない感じを味わいたいのでこうします。
魔石を確保し、クランハウスへと戻ってきました。それでは早速昇華です。
メニューから昇華を選び、素材を指定すると、おや、魔石(小)を1,000個消費することで、魔石(大)が作れるそうです。魔石(中)で換算すると100個ですか。思いがけず判明しましたが、利便性を鑑みると安いですね。とりあえず今は魔石(大)にする必要はないので、魔石(中)を100個にします。
後は、鞄の方ですね。必要分の昇華を先に行い、刻印をしていきます。時折、MPの回復に時間を使うので、その間にアップデートの告知を確認しておきましょう。時雨に聞きはしましたが、口頭なので省略とかもありますから。
えーと、シリアルの入力は6月1日15時からで、シリアル1個につき、オチールが9個ですか。まぁ、通常のインベントリは9個までですから、不思議はありませんね。
おや、従魔イベントの詳細が追記されています。基本的には料理アイテムを所持していると発生する可能性があるそうですが、所持しているのがMOBの好物とは限らないそうです。どうせなら好物アイテムを持っている時だけにして欲しいですね。無駄な期待をさせるとは。
手持ちの料理アイテムはラビトットとコケッコーとブラウンキャメルの物です。知っているMOBで食材アイテムを落としそうなのは、スコッピーとイエローサンショギョでしょうか。後は、想像したくはありませんが、エスカンデ付近のゴブリンですね。……狼はカウントしません。倒せそうにありませんから。
今日の分の刻印を終わらせ、まずはスコッピー狩りです。それに、せっかくなので剣スキルも上げましょう。というか、MOBの強さと使うスキルのレベルによって経験値が変わるらしいので、下級スキルではなく基本スキルで相手をします。何せ、スコッピーのいる北側は、フルダイブに慣れたこのゲームの初心者向けですから。
そう思い、北の岩場へと足を踏み入れました。
そこで早くも現実の無慈悲さに直面しました。ええ、私は完全な後衛型の魔法使いです。そういうスキルを取っている理由も前衛が苦手だからです。スキルのお陰で最低限の動きはできますが、どうにも上手く行きません。具体的に言えば、通常攻撃で距離を間違え空振りすることですね。回避に関しては跳躍スキルのお陰で大きく回避出来るので、攻撃をくらうことはほぼありません。こんなことなら短刀ではなくちゃんと剣を貰うべきでした。まぁ、せめてもの救いは、魔力付与をしているので、一撃で与えるダメージが予想よりも高いことです。かすったとしても、当たっている以上、それなりのダメージが出ます。魔力付与の減った数値も魔力制御で供給すれば回復するので、何ら問題はありません。
そして、ようやく剣スキルがLV10になりました。ええ、長い時間でした。途中で薄っすらと気付いていたのですが、サソリは虫です。つまり、肉は落としません。ついでに言えば、流石に昆虫食は実装していないようなので、食材アイテムのドロップはありませんでした。落ちたのは固い殻(小)だけなので、間違いないはずです。とりあえず、剣LV10で覚えた【突き】を試してログアウトです。
翌日の夜はイエローサンショギョの時間です。ハヅチや時雨にイエローサンショギョのドロップについて聞きましたが、誰も知らないとのことで、実際に確認することにしました。その時、ついでに聞いたのですが、料理スキルを持っていると、食材アイテムのドロップ率が上がるそうなので、スキルレベルを上げずに1だけ取って料理人プレイヤーに食材を卸しているプレイヤーもいるそうです。伊織は、「なんなら生産クランにドロップ場所聞いてくるよ」なんて言っていましたが、貸しても借りないを信条にしているので、丁重にお断りしました。生産クランに借りなんて作ったら、鞄やらスクロールやらを要求されかねませんから。自分の所属するクランならよくても、人のクランのためというのは面倒です。
私としては狩りに行くき満々だったのですが、今日の分の刻印がまだでした。ちなみに、魔石の買いだめ許可を貰ったので、大量に買っておきます。
手早く今日の刻印を終え、狩りに行きましょう。
イエローサンショギョに対しても短刀で挑みました。ただ、スキルレベルが低いのか、中々刃が通りません。ほぼ魔力付与のお陰で削りきりましたが、1体倒すのにも相当の時間がかかります。途中で何度魔法で焼き払おうと思ったことか。
ちなみに、我慢の限界といいつつ格闘スキルで何度か殴りつけたのは秘密です。八つ当たり気味に【パンチ】や【キック】をお見舞いしましたが、硬い岩を相手にしているような感覚でした。ええ、手や足が痺れて、反動のダメージを受けていますから。さらに、魔力付与もしていないので、追加ダメージもありません。
それでは、憂さ晴らしと実験を兼ねましょう。
「【魔力制御】ーーーー」
特に意味はありませんが、叫びながらMPを両手に纏って【パンチ】をお見舞いしました。その結果、纏った分のMPがごっそりと消費され、イエローサンショギョが砕け散りました。
ピコン!
――――System Message・アビリティを習得しました―――――――――
【魔拳】を習得しました。
格闘スキルで攻撃時にMPを使用することで、威力を上げることが出来ます。
―――――――――――――――――――――――――――――
へ?
意味がわかりません。何ですかこれは。いや、意味はわかります。けれど、こんなことで習得出来るのですか。ほぼ八つ当たりの偶然なのですが、格闘スキルを手軽に上げる方法が出来てしまったようです。ただ、魔力付与と違い、拳に纏わせることを意識しなければいけないようです。鉄甲でもあれば違うのでしょうが、手袋を装備している魔法使いとしてはそんなものを装備するわけにはいきません。
とりあえず格闘がLV10になるまで殴り続けたのですが、山椒魚がイモリの仲間だと気付いても、気付かないふりをしました。当然、食材アイテムのドロップはありませんでしたが、黄色い鱗が落ちたのでよしとしましょう。
5月31日、アップデートを翌日に控えたこの日は、とうとうゴブリン狩りです。夕方の内に刻印は済ませ、エスカンデに移動してあるので、すぐに狩りに行けます。エスカンデ付近の西以外は森になっており、奥へ進まない限り全域でゴブリンが出るそうなので、警戒して進みましょう。
エスカンデのフィールドに出るのは初なので、南から反時計回りでふらつくことにしました。奥に行くと難易度が一気に上ると聞いていたので、てっきり人もいないと思っていましたが、案外人がいるようです。ゴブリンは身長が1メートルくらいとはいえ、人型なので対人の練習でもしているのでしょうか。まぁ、人型でも緑色の体をしているので、心理的な難易度は下がると思いますし。
まぁ、属性がないので遠距離から【アースランス】を叩き込んでいる私が言えることはありませんね。
どうにもゴブリンは個体差が大きいようで、双魔陣を使い2発のアースランスを叩き込んでも僅かにHPが残る場合があり、追加で【アイスランス】を放つこともあります。また、群れを作っていることが多いので、冥魔法の【シャドウ】を2発同時に放つと、いい感じに数を減らし、杖持ちだけが残ったりします。草原の門にいたゴブリンは弱かったのですが、フィールドのゴブリンは中々強いので、手応えがありますね。しかも、手にしている武器も多種多様なので、弓を持ったゴブリンに遠くから射られることもあるので、油断禁物です。今まで歩き回ったフィールドでは、ワタワタ以外は単独行動しているMOBが多かったので、一対多の練習にはちょうどいいですね。
あ、まずいです、弓持ちと杖持ちが大量にいます。弓持ちだけならシャドウを2発で十分なのですが、向こうの方が攻撃速度が早いので、ダメージを受けてしまいます。逆に、杖持ちだけだと魔法防御が高いのか、シャドウ2発でもまだ魔法を撃ってくることがあります。その結果、魔法に追われることになるのですが。そんなやりたくない相手の混成PTなんて、私にとって天敵以外の何者でもありません。さて、どうするべきでしょうか。
実際は考える間もなく逃げるのですが。
ソロというのはこういう時に便利です。周囲の警戒は一人でしなければいけませんが、即決して行動に移れますから。
ところで、ゴブリンから薬草が落ちるのは何かのお約束でしょうか。それに胃石(小)も落ちるので、回復薬の素材を集めるのにはいいのですが、ゴブリンのドロップと考えると、遠慮したい部分があります。他には、ゴブリン肉という食材アイテムがドロップしているのですが、この肉少し怖いです。
いえ、説明文も見た目も普通のお肉なのですが、何故にわざわざ肉ではなくゴブリン肉という名称にしたのか、その一点だけが気になり、恐怖を覚えました。
エスカンデの南側から東へ移動していたのですが、条件の悪い集団は避けていたので、いつの間にかエスカンデの東側へ来ていました。奥に行かないための行動でしたが、これ以上行くと、東の奥へ行ってしまいます。この先にいる狼のMOBにも興味はありますが、見つかり次第、死に戻りが確定しそうなので、その点に関しては注意しなければいけません。それでは、見付からないように注意しながら東へ進みましょう。
何度か射程ギリギリから魔法を使っていて思い出したのですが、魔力陣に遠隔展開というアビリティがありました。一度試しただけなので忘れていましたが、条件の悪い集団相手でも射程を伸ばすことが出来れば、一方的に倒せるはずです。
そう思っていました。
条件の悪い集団を発見したので実験しようと思い、下がりながらスキルの準備をしていました。けれど、射程が伸びても、森の中なので、安全な位置からでは対象がよく見えません。こんなに見通しが悪くては、他のプレイヤーが戦闘中の場所に魔法を使ってしまう可能性があるので、これはダメですね。しいて言うなら、屋内の十字路などで、見えない方向へ魔法を撃ち込むことくらいでしょうか。
「あ……」
しばらく進んでいると、遭遇してはいけないものと遭遇してしまいました。いえ、少しは期待していましたが、流石にこれはまずいです。向こうはまだ気付いていないはずなので、相手の方を見たままゆっくりと下りましょう。そう、死んだふりはダメですから……ってこれは熊の対処法です。熊のMOBはいるのか知りませんし、今は遠くに見える黒い狼のMOBから逃げることが先決です。
さっさと逃げ――。
「いっつ」
肩に衝撃を受け、痺れる感覚がありました。そして、HPバーを確認すると、少し減っています。後ろには弓持ちと杖持ちゴブリンの混成部隊です。つまり、門前の狼、後門のゴブリンです。厄介度としては前の方が圧倒的に高いので、動きながら後ろを突破します。
「【シャドウ】」
大きく横に跳びながら双魔陣による二重発動です。ディレイが終わり次第、結果を見ずに同じように動きながら別の魔法を発動します。
「【シャイン】」
小範囲ですが、下級スキルを四回分受ければいかなゴブリンであろうとも、倒しきれるはずです。
魔法が収まるとリザルトウィンドウが出たので、どうやら倒しきったようです。さて、狼の位置を確認すると……、あ。
「【リターン】」
最後に見た光景は走り出していた狼が口を広げた瞬間でした。
エスカンデのポータルに戻った私は、リターンの仕様について詳しく確認することにしました。今回はしっかりと発動しましたが、仕様次第では逃げられない可能性もあります。えーと、MOBとの戦闘中は使用不可とのことですが、タゲられているだけなら問題ないようで、どちらかが攻撃を受けると、使用不可となるようです。ふむ、ここの確認はしっかりとしておかないと、今回の様な事態でHPが全損しかねません。それでは、精神的に疲れたのでログアウトです。
6月1日、今日はHTOのアップデートの日ですが、平日なので学校にいます。ついでに言えば、今日になった瞬間からやっているメンテが終わらないとアップデート内容の詳細が発表されないので、お昼はのんびりとすごしました。
放課後になり、伊織と教室でHTOの公式HPを見ています。どうせクライアントのアップデートで夕方はログイン出来そうにありませんから。
「ほとんど事前発表と変わらないね」
「うーむ、この各種リストの利便性向上ってなんだろ」
「リストって言うと、生産スキルのレシピと関係あるのかな?」
それならリストではなくレシピと言いそうですね。かと言って、フレンドリストだとも思えませんし。
「そういえば、MOBのデータ、メニューのマップからしか見えないよね。モンスター図鑑とか増えるのかな?」
それならリストでも納得がいきます。現在の仕様では、マップを開いて、大まかな出現位置のマップから遭遇したモンスターの一覧を見なければいけません。モンスター図鑑があれば、逆に生息地を調べられますから。
「その辺かな? 後、アイテムリストでもあると便利かな」
「あー、落とすMOBが分かるといいよね」
今のところ必要はありませんが、誰かからレシピ系のマル秘メモを貰った時に落とすMOBがわからないと困りますから。まぁ、そのマル秘メモも買えばいい話ですが。
「あ、茜、オチールのシリアルどうした?」
「ちゃんと残してあるよ。……そういえば、葵には言ってなかったかも」
「葵なら、発表があった後に、茜から貰えばいいって言ってたから、話したと思ってたけど」
つまり、オチールだから私が持っていると推測したわけですね。まったく、正解です。仕方ありません、態度次第では分けてあげましょう。
「……御手柔らかにしてあげてね」
「まったく、伊織にこれだけ想われてるとは。まったく」
「それはそうと、クランの皆が食材アイテム集めてるから、料理して欲しいって言ってたよ。ある程度は提供するしってさ」
露骨に話をそらしましたね。まぁ、今回は見逃してあげましょう。
「私も食材集めの旅してたんだけど、新しいのはゴブリン肉くらいだよ」
「なんでそんなゲテモノを……。とりあえず、街で買えるのとか、茜が知らなそうな食材アイテム集めたから、お願いね」
「りょーかい」
金策にするのか自分で使うのかは決めていませんが、せっかくの機会なのでイベントには乗っかっておきましょう。
「御手洗さん、料理スキル持ってるの?」
まったく、伊織との会話に割り込んでくるのは誰でしょう。最近こんなことがよくある気がしますが、そんなことしてると伊織に嫌われますよ。
不機嫌そうな表情を向け、えーと。
「……池田、君?」
「そうだよ。ごめんね、割り込んじゃって」
正解でしたか。これでこのクラスメイトの名前と顔は大丈夫のようです。いいかげん顔と名前を一致させていかないと伊織に本気で怒られてしまいますから。ちなみに、私が名前を正解したので伊織も満足げな顔をしています。
それで、えーと、池田君は何のようでしょうか。特に接点のないクラスメイトなので用はないと思いますが。
「料理スキルは持ってるよ」
「HTOの料理スキル持ってるんだね。結構前に取得方法が見つかったらしいんだけど、まだ持ってる人少ないって聞いてたんだけど」
そういえばMOBからドロップする料理アイテムを食べないと取得可能リスト一覧に出ないんでした。まぁ、取れるからといって全員が取るわけではありませんね。
「茜の場合、買うのが面倒だから自分で作れるようにしたんだよね」
「取得者が少ないなら、出回るのも遅れそうだから。それで、用はそれだけ?」
用がないならアップデートの内容確認も終わったのでそろそろ帰ろうと思います。これ以上残る理由もありませんし。
「い、いや、もう一件あるんだけど、俺とフレンド登録してくれないか?」
するのは構いませんが、狩りに行くわけでもないのにする意味があるのでしょうか。まぁ、意味がなくてもしている人もいますし、一応は顔と名前の一致しているクラスメイトですけど。
「まぁ、それくらいな――」
「ちょっと晴人、早く帰ろうよ」
教室の入口から声が聞こえ、池田君が声のする方を振り向いています。どうやらお迎えのようですね。
「さようなら」
引き止めても悪いので、送り出しましょう。
「え、いや、ちょっと待ってて。薫、僕は用事があるって言ったじゃん」
「だーかーらー、私は待ってるって言ったし。それに、学校内の用事なら、すぐでしょ。それとも何、私とは帰れないって言うの!」
あらら、犬も食わないことを始めましたよ。私は空気が読める人なので、ちゃんと言ってあげましょう。読んでもその通りに行動することは稀ですよ。
「彼女も待ってるんだから、早く行った方がいいよ」
何故だか池田君はショックを受けた顔をしていますが、嬉しさが込み上げている彼女に腕を掴まれてしまいました。
「御手洗、あんた良い奴だったんだ」
「はぁ、それはどうも」
誰だか知りませんが、一応は褒められたはずなので、お礼を言っておきましょう。
私と伊織は仲睦まじく帰る二人を見送ってから帰ることにしました。
夜になり、いつものようにログインしました。
テロン!
――――運営からのメッセージが一通届きました。――――
おや、何でしょう。慎重に中身を確認すると、オチールが届いていました。なるほど、公式HPでシリアルを入力すると、メッセージで送られてくるわけですか。入力した数に関わらず、一通のメッセージで送ってきてくれるのはありがたいですね。
オチールをインベントリに移し、早速クランハウスへ行くと、ハヅチや時雨を筆頭に、数人のクランメンバーが待ち構えていました。
「こんー」
こういう時は、挨拶の定型文です。
「おっす」
そんな返事が帰ってきたところで、ハヅチが何かの準備をしています。
「さて、今いないメンバーには前もって確認してあるが、クランショップの最初の売上で、何を増設するか。希望があるやつはいるか?」
ハヅチの問に、誰もが首を振っています。私も工房に困っていないので、希望はありません。そもそも、利益としていくらになっているかも……、いえ、作った数と素材の買取額を計算すればわかりますね。計算しませんが。
「今のところ、第一候補は台所だ。今はリーゼロッテの簡易料理セットに頼っているが、クランの施設として確保しておいた方がいいだろ。他のメンバーも料理を取るかもしれないし」
ハヅチはクランマスターとしてしっかりと考えているようです。私個人としては困っていないので、気になりませんし、あれはあれで使い勝手がいいのです。
「それじゃ、増設すっぞー」
ハヅチがメニューを操作すると、広間の横に台所らしきものが出現しました。ドットやらポリゴンやらが現れ、形になるのは見ていて楽しいですね。
流しやら作業台やらコンロやら、一般家庭によくある台所ですが、収納がありませんね。まぁ、お皿や調理道具やらはメニュー経由でシステムが保持してくれるので、必要ないということでしょう。
「それじゃ、リーゼロッテ、早速頼みがある」
代表してハヅチが言いましたが、他のクランメンバーがメニューを表示していろいろと取り出しています。その結果、作業台が肉やら野菜やらで埋まっていきました。ただ、どうしても気になるのは、野菜が、個別のアイテムではなく、【野菜】となっていることです。試しに包丁を取り出し選択すると、いろいろな切り方をして【サラダ】を作れるようです。後は、他の料理の付け合せにも出来るようですが、内包されている野菜であれば、どれにでも変化するようで、ゲームらしいというより、手抜きが酷いですね。これも、通常のインベントリがあの仕様の弊害なのでしょうか。
「えーと、何作るの?」
「作れるものを」
「大成功も狙った方がいい?」
一応確認しましたが、どうやら調教用なので、大成功は狙わなくていいそうです。その場合ですと、レシピ再現が使えるので楽ですね。
今までは串焼きしか作っていませんでしたが、野菜もあるなら作れるものは増えますね。主に付け合せ的な意味で。まずは【野菜】に内包されているものの確認ですが……、結構ありますね。とりあえず、【サラダ】を作りましょう。あ、キャベツは千切りが選択出来ますね。えっ、レタスも出来る。どうやらそこまで細かい分け方はしていないようです。
【サラダ】と【串焼き】各種に……、バターがあるので、【野菜】の中からジャガイモを選択してジャガバターを作り……、く……、切り方の種類が開放されていないので、作れません。
「とりあえず、【サラダ】と【串焼き】各種作ったよ」
ちなみに、数をこなしたお陰か、料理がLV20になったので、LV15の時に焼き加減が調節出来るようになりました。ただ、焼く前に狙う焼き方を指定するので、メーターの大成功やら成功やらが増えるわけではありません。そしてLV20では【みじん切り】が追加されました。それにしても、何でこうも小刻みというか、一つずつなのでしょうか。切り方各種やコンロ周り各種にでもしてくればいいのに。
私が料理をしている間にも、クランメンバーがあちらこちらから食材アイテムを補充してきたので、明日も料理をすることになりました。
翌日も料理をしていると、LV25になり【飾り切り】が追加されました。これは、切りきらないもの全般のようなので、切込みを入れることも可能になりました。これでジャガバターを……、いえ、蒸すとか出来ませんし、鍋も使えません。基本スキルでは切るか焼くしか出来ないってどういうことでしょうか。
しかたないので同じような料理ばかり作っていると、料理がLV30になりました。そのままSP3を消費し料理人を取ったのですが、火周り各種と調理道具が開放されました。火周り各種とは、焼くやら蒸すやらそういった火を使うもの全般が出来るようになったようです。調理道具については台所が内包している調理道具全般が使えるようになりました。
「それじゃあ、これ、しまっといてね」
料理人を取ったことを告げると、時雨が何やら取り出してきました。そこには、鍋やらフライパンやら包丁各種といった調理道具が2個ずつならんでいます。識別すると、ほとんどのものに【成功率上昇】や【大成功率微上昇】が付いています。
「ここと、私用?」
「そう」
なるほど、それでは金属製の調理道具に魔力付与を……。
「我も手を貸そう」
「あー、じゃあこっちに置いとく分、お願い」
グリモアも魔力付与を取ったので、手伝ってくれました。スキルレベル的には一人でやった方がいいのですが、数が多いので面倒です。それに、独り占めはよくありませんね。
「お姉様、何ですの、それ」
「……言ってなかったっけ?」
「何も聞いてませんわ」
「……時雨、任せた」
てっきり教えていたと思ったのですが、時雨も忘れていたという顔をしています。生産クランに情報を売りつけるはずだったので、そちらに気を取られていたのでしょう。というか、ヒツジと花火は金属装備をもっていませんでしたね。ハヅチのPTメンバーも、金属装備を時雨が担当していないのかもしれませんし。
それに、時雨が作っている物を詳しく知っているのはハヅチだけかも知れません。
魔力付与も終わったので、試しに丸焼きを作ってみることにしました。ラビトットやコケッコーなら見た目もいいのですが、ゴブリンの丸焼きは見た目がよくありませんね。ちなみに、ブラウンキャメルは大きいので丸焼きは出来ませんでした。そもそも、ドロップした時点で、丸々ではありませんし。ああ、ゴブリンは何故か形はそのままに小さくなっていますから。
「そういや、各地にMOBが追加されたらしいぞ。出現率は低いけど、犬型とか猫型とか見つかったってさ」
……これがなどに含まれる内容ですか。く、悔しいでも、取らずには……。
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