4-15その2

 源爺さん曰く、不滅の泉へ行くにはまず、オアシスへと流れ込む川を逆上るわけですが、東側ではなく、西側を行くようです。流れ込む辺りは川幅が比較的狭くなっているのですが、北上するにつれ、段々と広くなっていきました。今更ながら砂漠に川というのもよくわかりませんが、水量がとてつもなく多いと思っておきましょう。

 道中、懐かしのブラウンキャメルとサボガンマンの出現区域を抜ける間にこの先に出現するMOBの情報を聞きました。名前はサンドスコーピオンで土属性だと聞きました。砂漠では保護色になっている頑丈な甲羅に覆われており、とても見つけずらいそうです。

 移動速度も中々あり、基本的に砂の中から奇襲してくるそうなので、生命感知とか、ある程度上位の索敵スキルがないと、先制攻撃を許してしまうそうです。

 ……あれ?

 まぁ、思いつきは後回しですね。

 攻撃方法は両手の鋏と尻尾で、尻尾の射程距離は長めの槍くらいあるそうです。

 途中で出現するMOBは普通に詠唱しながら戦うことにしました。少しくらいは詠唱系のスキルも上げたいですから。

 源爺さんの見ただけで達人級だと思えてしまう動きに圧倒されながらも進んでいると、向こう岸を見るのが大変になった頃に、突如足を止めました。


「ここらからサンドスコーピオンが出るから、注意するように」

「わかりました」


 それではここからはとあるスキルを発動しましょう。

 ブラウンキャメルはもう出現せず、サボガンマンも北上するにつれ数が減っていきます。

 あ。


「源爺さん、あの辺りにいますよ」

「ほう……、確かにいるな」


 さて、ここからは本気でいきましょう。サンドスコーピオンは動きが早いそうなので、ブラスト系は使えません。やはり、私はランス系を使い続けなければいけないようです。

 それでは【閃き】を使い、魔法陣を4つ描きます。

 サンドスコーピオンが顔を出し、源爺さんへその大きな鋏を振りかぶりました。けれど、滑るように動いた源爺さんが刀を振ると、鋏が支える腕ごとずり落ちました。


「【エアーランス】」


 源爺さんが動いたことにより射線が空いたので、何の問題もなく4本の槍を叩き込むことが出来ました。

 それでも倒し切ることは出来ず、リコリスとエステルさんも続いて攻撃し始めました。


「……まずった」


 やらかしました。つい、いつもの癖で攻撃したため、ダメージを与えすぎ、サンドスコーピオンのタゲを奪ってしまいました。


「驚きじゃのう」


 サンドスコーピオンの体がポリゴンとなり、その向こうには源爺さんが見えました。その前には尻尾が斬り落とされるのが見えたので私にタゲが移った後に攻撃したのでしょう。

 何なんですかね、あの人。甲羅は硬いと聞いていたのですが、楽に斬り落としていますよ。

 とりあえず、出現しているリザルトウィンドウを確認しながら一つ聞いてみましょう。


「源爺さん、その刀は硬い甲羅も切れるんですか?」

「ふぉっふぉっ、流石にそれは無理じゃよ。ちゃんと甲羅の隙間を狙っとるわい」


 ……十分に人間離れしていました。ゲームとはいえフルダイブですから、現実でも似たようなことが出来ないと、狙って斬るのは無理でしょう。


「嬢ちゃんも、驚きじゃのう。魔法を4発も同時に放つとは」

「まぁ、クールタイムもディレイも4発分ですけどね」

「とりあえず、もうちと詳しく共有しとくかのう」


 まぁ、そうですよね。即席パーティーですし、源爺さんがすぐに倒してくれたとはいえ、ついタゲを奪ってしまいましたから。

 周囲の安全を確認し、源爺さんが自らの手の内を晒し始めました。


「ワシは前衛じゃが、壁役はあまりむかんくてのう。やる時は確か……回避盾、と言われたわい」


 簡単に言えば攻撃をひたすら避けて、攻撃する人ですかね。ヘイト操作系スキルの有無はわかりませんが、見ていた限りでは何も使っていない様にしか見えなかったので、ヘイト管理が難しそうです。

 次はエステルさんです。


「私はデバッファーだから、補助がメインなんだけど、源爺さんはクリティカル連発するし、甲羅の隙間を狙うから、あんまり役に立たないんだよ。MDEF下げるのは研究中だから用意出来てないし。今回はスリップダメージを狙うつもりだったけど、その前に終わりそうだから、爆発系でいこうかな」


 ……そういうことらしいです。

 次はリコリスが手を上げています。


「はい。私はリーゼロッテさんと違って、本当に普通の魔法使いです。弓は……、そこまでピンポイントで狙えるわけではないので、今回は役に立ちません」


 おかしいですね。私は普通の純粋な魔法使いだというのに。まぁ、私の狩りの仕方を聞けば納得してくれるでしょう。


「えーと、基本的に魔法陣での発動なので、発動が早いらしいです。同じ魔法なら4個、違う魔法なら3個まで同時に発動出来ます。剣と格闘スキルは護身用なんですけど、使った記憶がほとんどありません。まぁ、普通の魔法使いですよね」


 何でしょうこの空気。三人がそれぞれの訝しみ方をしています。


「……普通じゃないのう」

「普通じゃないね。最前線でも知られてるのは無詠唱だけど、あれはクールタイムながいらしいし、同時発動もスキル次第では無理じゃないけど、連発は無理って聞いてるよ」

「えっと……、流石に……」


 ひどいですね。そういうスキルがあって、システム的に出来る以上、これはこのゲームにおいて普通のことです。普通じゃないというのであれば、そもそもに運営も想定していないはずですから、スキルの用意がされているはずありません。

 ところで、エステルさんは最前線の人の情報を漏らしましたけど、大丈夫なんですかね。まぁ、知られていると言っているので、問題はないと思いましょう。


「ヤタ、信楽、みんなが疑うよー」


 ここはモフモフして癒やされましょう。羽や毛の間に砂が入り込んでいるのか少しザラザラしますが、そこはぐっと我慢です。


「さて、嬢ちゃんの魔法で敵の狙いが変わるのであれば、それを織り込んで動けばいいだけじゃ。なあに、不用意に背中を晒してくれるんじゃから、倒しやすいわい」

「それもそうだね。なら、私は足止めをメインにしようかな。二人共、ブラスト系を使えるなら、トリモチで位置を固定すればやりやすいでしょ。それに、動けない相手なら、源爺さんもリスクが減るし」

「ワシのことは気にせんでいいわい。あんな大ぶり、受ける方が難しいからの」


 結局、エステルさんが何を使うかは自分で判断してもらうことになりました。先程使った薬品もダメージはあくまでも補助的なものらしく、リコリスの追撃で終わっていただろうとのことです。ただ、一つ気になることがあるので、それだけは確認しておきましょう。


「【閃き】はクールタイムが長いですし、4発放つとクールタイムも4倍なので、間に合わなかった場合はいいますね」


 その際は源爺さんが何とかしてくれるらしいので、任せてしまいましょう。どのみち、攻撃した後はディレイで何も出来そうにありませんし。

 またしばらく進んでいると、今度は横からやってきました。まぁ、砂から顔をだす前に居場所がわかるのですから、不意打ちなんてされません。あ、背後からは勘弁です。

 閃きのクールタイムもとっくに終わっているため、今回も何の問題もなく終わりました。ただ、一つ問題があります。


「源爺さん、向こうから一体来ます。それと、両方共クールタイムが終わってません」


 クールタイムが4倍でなければ出てくるまでにはおわりそうですが、そこは諦めるしかありませんね。とりあえず、属性の関係ない無魔法で何とかしましょう。

 魔法陣を4つ描き始めます。やることは閃きを使わず、属性が違うだけで何も変わりません。源爺さんが尻尾を斬り落とした後にリコリスとエステルさんの追撃で終わるはず……でした。まだ辛うじてHPが残っているようで、唯一残っている左の鋏を振り回していますが、その攻撃範囲には誰もいません。


「足掻くか」


 そう呟いた源爺さんが尻尾の切断面へと刀を突き刺しました。……いや、硬い敵に対して内部への攻撃は基本ですけど、それって目とか口とかからやるもので、自分で切断面を作ってからやるものじゃないと思うんですけど。

 まぁ、それがとどめとなり、サンドスコーピオンがポリゴンとなりました。

 これで三体目ですが、毎回ドロップが違いますね。話してみると、どうやらドロップは三種類のようです。

 まずは属性持ちのMOBが共通して落とす【茶色の結晶】、後は素材の【砂色の甲羅】と【砂色の毒針】です。毒針に関しては、それ単体でも刺した対象を毒状態にする消耗品でもあります。その毒性は小ということで、シルクガの鱗粉よりも強力ですね。

 甲羅は私が使うことはなさそうなので、終わりに毒針か結晶と交換してもらいましょう。


「リーゼロッテさん、結構距離があってもわかる?」


 しばらく歩いているとエステルさんが声をかけてきました。サンドスコーピオンのことだと思いますが、どうでしょう。


「魔力視の射程測ったことないんですよね。まぁ、結構遠くまで見えてるとは思いますけど」

「そっかそっか。源爺さん、一個実験したいから、次のは斬らないでください」

「いいぞい」

「それじゃ、なるべく遠い段階で教えてちょうだい」

「わかりました」


 それでは気合をいれて見ましょう。まぁ、そんなことをしても射程はかわらないんですけどね。

 そして、次の個体を見付けました。


「あっちにいます。近付いてくるので、気付かれていると思いますよ」

「わかった、ありがとう」


 エステルさんがそれだけ言うと丸メガネを外し、投げ……、いえ、どこからともなく取り出したハンカチで拭いて掛け直しました。フルダイブなので現実の視力は関係ありませんが、実際に目が悪い人が眼鏡を投げ捨てたら戦力ダウンですよね。

 次に、大きめのフラスコを取り出し、色とりどりの液体を混ぜていきます。今ここで準備をしている理由はわかりませんが、怪しく光りそうな眼鏡が怪しく光っている気がしてかっこいいですね。最後に緑色の小さな石、……鑑定の結果【緑色の欠片】でした。それをフラスコの中に入れ、栓をしています。

 エステルさんの準備が終わる頃にはサンドスコーピオンも顔を出しており、源爺さんが射線を遮らないような位置取りをしています。


「行くよ」


 源爺さんへの合図と共にそのフラスコを投げつけました。具体的な効果はわかりませんが、放物線を描いているフラスコの内部で液体が渦巻いている様に見えます。フラスコがサンドスコーピオンの体へとぶつかる頃には力強く輝いていました。

 そして、フラスコが割れると同時に渦巻きながら輝いている何かが一気に広がり、サンドスコーピオンの体を削り取りました。

 この一撃だけでサンドスコーピオンのHPを削りきったようで、すぐにポリゴンへと変化しました。


「おーおー、一撃だよ。これは大成功だ」

「危なかったわい」


 あ、源爺さんはとっさに下がって事なきを得たようです。いくら同じパーティーだからといって、あんな削り取られるような攻撃は受けたくありませんよね。


「……今の、何ですか?」

「凄いですね」

「ふっふー、ダメージポーションの改良型でね、属性を持った魔法攻撃をするんだよ。後、威力上昇系のも混ぜて見たんだけど、中々なものだね。威力も経費もすっごいよ」


 あ、経費も凄いんですね。この場で作ったのは、経費が凄いから常備していなかったのかと思いきや、混ぜてから一定時間後に効果を発揮するそうで、作りおきが出来ないそうです。この後エステルさんはしばらくの間、二つのポーションを頭上に投げてぶつけ、バフ系のポーションの雨を振らせて範囲支援に徹していました。随分と多彩な戦い方をするようで、これはこれで楽しそうです。

 そうこうしながら源爺さんの強さ頼りに北上を続けていると、砂の色が少し濃く、少し低くなっている場所が目に入りました。まるで、別の方向から水が川へと注ぎ込んでいたように見えます。

 おや、向こう岸はもう見えませんが、遠くに中洲の様な場所が……。


「リーゼロッテさん、ここから進む方向が変わりますよ」

「え、あ、ごめんごめん」

「この色の違う砂は枯れた川の跡じゃないかって言われてます」


 ふむふむ、目的のアイテムは不滅の水ですが、とうに滅んでませんかね。

 とりあえず、枯れた川の跡を砂の色を頼りに進んでいますが、サンドスコーピオンの出現頻度はあまり変わらず、たまにクールタイムが終わる前に襲われるくらいです。ただ、途中で背後から奇襲された時には終わったと思いましたが、体の一部を出す瞬間に源爺さんが気付いてくれたお陰で逃げることが出来ました。索敵のスキルレベルの問題なのか、地下なのか、原因はわかりませんが、マップに光点が表示されない形での不意打ちはだめですよ。そういえば、気配察知はあまり取得条件が知られていないらしいのですが、源爺さんが言っていた生命察知とかはどうやって取ったんでしょうか。


「源爺さん、生命察知の取得条件って聞いても大丈夫ですか?」

「ああ、看破と探索の複合じゃよ。そこから更に所持スキル次第で、複合が増えるがの」


 なるほど。看破がまったく育っていない私にはまだ無理ですね。それではお礼をしますか。


「背後からの不意打ちとかに気付けると気配察知ってスキルを取れるのは知ってますか?」

「ああ、そんな噂あったのう。じゃが、本当とはのう。もうちと詳しい条件、わかるか?」

「時間があれば状況を説明出来ますけど、条件は知りません」


 条件というか、状況が限定されているんですかね。流石にトレント戦でないと取れないわけではないと思うので、源爺さんに存在するスキルだと教えておけば、きっと見つけてくれると思っておきましょう。

 途中、休憩を挟んではいますが、警戒しながらの休憩なので休んだ気がしませんね。しかも、魔力視を発動し続けているのですから、尚更です。


「目が疲れた」

「リーゼロッテさん、大丈夫ですか?」

「いやー、魔力視が……。そういえばさ、リコリスって魔力制御までいってる?」

「……いってますよ。調合の時に使うので、少しずつ上ってましたから」


 ふむふむ、そういうことですか。


「リコリス、魔力操作との複合スキル、取ってないの?」


 よく考えれば生産スキルを持っている人が鑑定スキルを取らない理由がありません。それに、分担すれば精神的に目が疲れることもないでしょう。


「えっと、実は黙ってたんですけど、持ってます」

「まぁ、聞かなかったしね。それじゃあ、分担しよっか」

「はい」


 黙ってた理由は聞くと長くなる可能性があるので、触れずにおきましょう。私はこの精神的に目が疲れる状態を何とか出来ればいいんですから。

 そこから更にしばらく歩くと、大きな窪地に遭遇しました。周囲の一部には枯れ木やサボテンに大きな岩があるので、滅んだオアシスでしょうか。


「ここだここだ。ここが目的地の不滅の泉だよ。ちなみに、セイフティゾーンはあの枯れ木やら岩やら石版がある一部分だけだから、注意してね。サンドスコーピオンの出現率は低いけど、出ないわけじゃないから」

「既に滅んで……、あ、もう滅んでるから、これ以上は滅ばないと、そういうことですね」


 滅んだものはこれ以上滅びようがないから不滅ということですか。とりあえず、テレポートの移動先を確保するためにセイフティゾーンへと足を踏み入れました。これでいつでもここへ来ることが出来ます。


「リーゼロッテさん、それでは採取場所に案内しますね」


 リコリスが既に窪地の底へと向かっていました。何かしらの手段で水を復活させるわけですかね。ありがちなのは魔石を使うと水が湧いてくるとかでしょうか。

 滅んだ泉の底へと降りて辺りを見回すと、斜面の一部から何かが突き出していることに気が付きました。リコリスもそこへ向かっているので、あの石で出来た鋭角に尖った屋根の端のようなものが不滅の水と関係しているのでしょう。

 ところで、源爺さんとエステルさんが降りてこないのには何かわけがあるのでしょうか。


「リーゼロッテさん、ここですよ」

「これは……」


 鋭角に尖った屋根の端らしき物の下側には、それを逆さまにして小さくしたものがありました。うむ、何でしょうこれ。何かの一部かも知れませんが、大半が砂に埋れているので、何もわかりませんね。


「何かはわかりませんが、ここにMPを流し込むと、量に応じて不滅の水でこの窪地が満たされます。後は持ってきた樽に入れればいいだけです」

「なるほどね。そりゃ、テレポートと魔力操作が使える私を推薦するわけだ」

「迷惑でしたか?」


 リコリスが小さく首を傾げながら申し訳なさそうにしています。まったく、こんな仕草をするなんて卑怯ですよ。


「まぁ、金策になるからいいけど、毎日は面倒かな」

「MAKING&CREATEとしては一週間単位で買取上限を付けるつもりらしいんですけど、私はクランメンバーではないので、これ以上は聞かされてないです」

「それはこっちで交渉するけど、どこにMP注ぎ込めば?」


 それがわからないと一人で来ても何も出来ませんから。


「この石に流せばいいんですけど、上のは届かないので、私は下側の石に入れてます」

「それじゃ、ちょっとやってみるね」


 試しにやって見るために手を触れると、一枚のウィンドウが出現しました。そこには流し込んだ量がわかるようになっており、それと同時に不滅の水が出現する量と時間が表示されています。採取にかかる時間にもよりますが、魔石を使う場合は手早くやらないと損しそうですね。

 この窪地を満杯にしたい欲望にかられますが、まずは魔石(小)を使うのと同じ量にしましょう。基準が表示されているので、わかりやすいですし。

 そして、注ぎ終わり手を離すと――。


「リーゼロッテさん、走ってください」


 そう告げたリコリスは既に窪地をよじ登っています。全てが砂で出来ているのでかなりゆっくりですが、何故でしょう。

 この新しく出現したカウントダウンをしているウィンドウと関係があるのでしょうか。

 ゴゴゴゴ

 そんな音が響き渡り、上下の石の間から水が噴き出しました。ああ、そういうことですか。既に水に流されている私には手遅れですが、この水から逃げろということだったんですね。ちなみに、結局リコリスも流されています。

 おのれ、源爺さんとエステルさんは知っているから降りなかったんですね。


「これが目的の水ですけど、ここでは潜っていてもHPは減りませんし、息苦しさも感じないんですよ」


 流石は蘇生薬の素材である不滅の水です。危ない場所ですが、被害はありませんし、プカプカ浮いているのも気持ちいいので今回は許しましょう。


「それで、どうやって樽に入れるんですか?」

「インベントリから出して水に沈めればいいんだよ。満杯になったらしまえばいいから、全部出してもいいよ。長時間放置しない限り所有権も消えないから取られる心配もないし。後、不滅の水の採取は水を出したプレイヤーと同じパーティーじゃないと出来ないから、順番待ちがいたら交代してね」


 なるほど、樽がいっぱいある場合は、MPを多めに使えばいいわけですね。水に浮かんだまま樽を一気に放出したところ、水の採取速度を表したウィンドウも出現しました。大きい樽を20個ですが、全部浮かべても余裕がありますね。ちなみに、ヤタと信楽も水で遊んでいます。あそこに混ざりたいという誘惑にかられますが、のんびり浮かんでいるのも気持ちいいので、今回はやめておきましょう。


「あ゛ーーー、極楽極楽」

「リーゼロッテさん、疲れてるんですか?」

「いやー、この水が気持ちよくてね」


 そろそろ樽がいっぱいになりそうです。ちなみに、ウィンドウからインベントリにしまえますし、個別に触れてもいいそうです。

 半分くらいは終わりましたが、外側に近い樽ほど入る速度が遅いので、もう少し時間がかかりそうです。


「リコリス、こんなのどうやって見つけたの?」

「えっと、セイフティゾーンの石版に書いてあったそうです」

「へー」


 試しに見てみると、確かに文字が書いてあります。けれど、私では所々しか読めないので、言語学のスキルレベルが足りないようです。街中の看板を読んでもレベルが上がらなくなったので、放置していましたが、ここに来るたびにこの石版と睨めっこをしてスキルレベルを上げるとしましょう。


「ほう、先客がいると思ったら、MAKING&CREATEの方々ですか」


 どこからか言葉が聞こえると同時に源爺さんとエステルさんが警戒態勢を取りました。その二人はセイフティゾーンにいますが、私とリコリスがいる場所は外になるので、プレイヤー同士で戦うことが出来ます。警戒をしているということは、プレイヤーキラーか何かということでしょうか。


「やっぱり、【悪徳組合】のディート」


 エステルさんはあのフードを目深に被った怪しい人を知っているようです。クラン名と見た目からして、ロールプレイ系のクランですかね。


「くくく、俺達の後追いをするだけのクランが、少量を市場に流したところで、この高騰は終わらないぜ」

「エステルさん、このやり取り、長引きます?」


 生産クランとぼったくりクランの争いは私のいない所でお願いしたいわけで、場合によっては置いて帰ることもやぶさかではありません。


「そこの魔法使いは、帰還要員だな」


 ものすごく悪役ぶってはいますが、何故でしょうか、小物臭がプンプンします。これがこの人のロールプレイなら何も言いませんが、大物ぶるなら、手下を連れてくるべきでしょう。


「えっと……、向こうも不滅の水の採取が目的だから、ここで長く会話する必要はないよ。ただ、悪徳組合は名前の通りのクランだから、こうやって絡んでくるんだよ。こっちが話を打ち切れば、その時は絡んでこないけど」

「とりあえず、クラン同士の対立を示す会話を続けるのなら、先に帰りますけど、どうします?」


 不滅の水の採取が終わっていないのでまだ帰れませんが、私に関わりのない話が早く終わるように手伝います。


「いやいや、置いてかれても困るよ。よし、帰ろう。でも、ディートに言っときたいことがあるから、少し待って」


 ちなみに、そのディートという人はハチの様なMOBを召喚し出しました。やっぱり虫型のMOBもいるんですねぇ。森では見ていないのですが、蜜とか塗ったりすれば出てくるんでしょうか。


「ディート、こっちは量産化の目処がついた。そっちの独占もすぐに終わるよ」

「ほう、量産化の一番の問題であるこの不滅の泉での採取をどうにか出来ると? 面白い、やってもらおうじゃないか。……そうだ。そこの魔法使い、今採取した不滅の水、そっちの倍の値段で買ってもいいぞ」

「……詳しく」

「え、……お、おう」


 エステルさんとはまだ価格交渉をしていませんし、不滅の水を出すためのMPを出したのは私です。樽の使用料を取るというのなら、それも織り込んで売ればいいだけです。向こうも何かしらの容器を持っているはずなので、次からはそれを借りるというのも手でしょう。


「ちょ、ちょっと待って待って。こっちに売ってくれる約束でしょ」

「いやー、全部後回しにしましたから」

「でもでも、相手はボッタクリクランだよ。今後のことも考えると蘇生薬の普及が遅れるのは困るよ。それなのにあっちに売るなんて、何考えてるの」

「いやー、代金に蘇生薬を貰うのも手だなーと」

「では、詳しく話そうか」

「あ、その前に一つだけ。生産クランが量産の準備を整えたので、蘇生薬は確実に値下がりします。その後はどう動くつもりですか? 悪徳組合がどれだけの暴利を貪っていたのかも知れ渡りますから、今度何を出そうともそちらから買わないという選択肢を選ぶ人も出るかも知れませんよ」


 他人が儲けるのを嫌う人は多く、その儲けが目に見える様になれば、それが嫉妬へと変わるのは時間の問題でしょう。人は感情で動くのですから、それを理由に悪徳組合から買い控える人が出てきてもおかしくはありません。悪徳組合から買わないという空気が出来てしまえば、それを覆すのは大変でしょう。

 これ自体は穴だらけの考えですが、悪徳組合につくのなら、考えを聞いておく必要があります。


「ふっ、アンタの言うような空気が出来たとしても、大抵の奴は自分だけは別だと考えるものだ。なら、次の手に影響はない」

「次の手ですか」

「ああ、蘇生薬の改良型は基本として、まだ出してない新型ポーションもあるからな。一つ潰されたところで何の問題もない」


 ふーむ、悪徳組合はしっかりと次を考えているようですね。何も考えていない行き当たりばったりなクランだったら、話をここで打ち切るつもりでしたが、これは本腰を入れる必要がありそうですね。

 そう思い、一歩踏み出すと、何かに後ろから引っ張られた感覚がありました。


「だめですよ、リーゼロッテさん」


 声のする方を見ると、リコリスがしがみついていました。前髪で目が隠れているので表情はよくわかりませんが、必死に引き止めている気がします。


「だめ?」

「だめです」

「何で?」

「確かにMAKING&CREATEとはまだちゃんとした話し合いをしていません。でも、悪徳組合につけば、MAKING&CREATEと対立することになります。それは、リーゼロッテさんにとって大きな損になります」


 うーん、他人を説得するのであれば、損益をもう少し具体的に提示して欲しいですね。でも――。


「頼んだリコリスの顔を立てろとは言わないんだね」

「リーゼロッテさんはそういうこと、気にしなさそうですから」


 おやおや、知られていましたか。確かに、私の損益ではなく、誰かの顔を潰すからという理由を主軸にされても、そうですか、としか言えませんからね。


「ディートさん、不滅の水の納品先は決まっているので、お断りします」

「そうか。気が変わったら……、いや、やめておこう。それじゃあ、邪魔したな」


 そう言ってディートさんはセイフティゾーンの隅に陣取りました。私達の採取が終わっていないので、手持ち無沙汰なのでしょう。

 私以外にとって居心地の悪そうな時間が過ぎ、採取が終わりました。樽を回収してしばらくすると、不滅の泉がまた滅びました。

 それでは帰りましょうか。


「エステルさん私の用は終わりました。交渉は戻ってからですね」

「そ、そう。じゃあ、全員準備出来てるから、戻ろう」

「【リターン】」


 ここで手の内を晒す気はありませんから、テレポートは使いません。暗転の後、砂漠のオアシスへと戻ってきました。そういえば、最後に立ち寄ったポータルはここでしたね。面倒なのでそのままテレポートを使ってセンファストまで戻りました。

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