4-15その1
15日の午後、いつもの様にログインして日課をこなしていました。
テロン!
――――フレンドメッセージが一通届きました。――――
おや、誰でしょうか。ハヅチや時雨なら、クランチャットとか、口頭とか、方法はいくらでもあるのですが。
ふむふむ、リコリスですね。何でも今日の夜に付き合って欲しいそうで、予定を聞いてきました。予定は未定なので、暇だと返信しておきましょう。
その後直ぐに返事が来たので、リコリスに付き合うことになりました。どこに行くのか気になりますが、目的地は夜に伝えるとしか教えてくれなかったので、怪しいですが、楽しみですね。
日課も終わったので、特殊施設である光輪殿へ向かいます。一般施設と共通のクエストはわかっている限り全部終わったはずなので、後は城ごとに攻略するだけです。
「たのもー」
「おや、あんたかい。随分と久しぶりだねぇ」
きっと偉いであろう女中のNPCが出てきました。早速本題に入りましょう。
「お手伝いに来ました」
「そうかい。まぁ、あんたは来なくても、城の仕事をしてくれてたって話は聞いてるから、今日から二階に行っとくれ」
「あ、はい」
何と言うか、苦労したかいがあったと言うべきなのか、こんな簡単に行けるのかというべきなのか、何とも言えない感覚に襲われています。
ですが、行っていいと言われたのですから、大人しく向かいましょう。
光輪殿の二階はこの特殊施設である程度の地位にいるNPC達の部屋があるようです。そんなところで発生するクエストなんて、大体決まっていますよね。
「あら、新しいお手伝いさんかい。ここまで来れるなら、大丈夫さね。早速仕事をするかい?」
「はい、お願いします」
ピコン!
――――クエスト【光輪殿・二階】が開始されました――――
御殿の掃除をしよう
――――――――――――――――――――――――
そりゃそうですよね。偉い人は自分の部屋を掃除するわけありませんから。いえ、部下に自分の部屋を掃除させるから偉い人なのでしょう。クエストを開始すると、強制的に割烹着姿になるので、どんな装備でも邪魔になることはありません。
まずは他のNPCと一緒に外廊下で雑巾がけをします。拭いた場所が少し明るくなりますし、画面に掃除した範囲がパーセントで表示されるので、ゲームらしい親切設計です。ちなみに、指定された範囲から出ようとすると――。
「こら、そっちは違うわよ」
こうして一緒に掃除をしているNPCに怒られます。ある種の業界ではご褒美になりかねませんね。掃除をする場所は全部で5ヵ所で、外廊下の次は広間、内廊下、内廊下、偉い人の部屋です。この順番で掃除をするわけですが、後半になるにつれ、一緒に掃除をするNPCの数が減り、最後の偉い人の部屋を掃除する時は私とNPCの二人だけでした。必要な時間も増える一方でしたが、何とか掃除しきり、1ヵ所につき小判5枚を入手しました。
む、殺気。
「おや、気付かれたでござるか」
二階でのクエストを終え、散歩していると妙な気配を感じたので振り返ってみると、忍者のNPCがいました。頭の上に【守り人の里】という表記があるので、例の陣営のNPCなのでしょう。
「何奴」
何となく言ってみたかったので言ってみました。すると、一瞬で距離を詰められ、顔を覆っている布を取りました。
「拙者でござる」
「いや、素顔なんて知りませんよ」
「そうでござったな。守り人の里の忍びでござる。今回は伝達があって来たでござる」
「そうですか。それで、内容はなんですか?」
「ふむ、この階でも信用を得たようなので、他の御殿にいる手の者に連絡しておくでござる。そうすれば、他の御殿でも次の階へ立ち入ることが出来るでござるよ」
なんと。ありがたいことに特殊施設のクエスト進行状況を他の特殊施設と共有してくれるようです。正直、またやるのが面倒だと思っていたのですが、楽が出来そうです。
さて、きりがいいのでログアウトです。
夜のログインの時間です。ログイン早々に滅多にしないフレンドリストの確認です。リコリスがログインしていれば連絡をするのですが……、おや、もういますね。では早速メッセージを送りま――。
テロン!
――――フレンドメッセージが一通届きました。――――
驚くべき速さです。これはきっとデフォルトでオフになっていると思われるフレンドがログインしたら知らせる機能を使っているようですね。リコリスからのメッセージには、予定が入っていないのならセンファストの冒険者ギルドに来て欲しいと書かれています。リコリスに付き合うという予定しかないので、今から行くと返信し、クランハウスを後にします。
最近はクランハウスのポータルを使っていたので、冒険者ギルドへと繋がる扉を使っていませんでした。そのため、懐かしい気持ちにかられていました。
冒険者ギルドの広間には用途に分かれたカウンターがありますが、売店の方だと書いてあったので、探してみると、いました。長く伸びた金色の前髪で目元を隠した小柄なプレイヤー、リコリスです。ついこの前、ブシドーレムのフィールドの前まで送ったばかりですが、一体何に付き合わせる気なのでしょうか。
「ごめん、待った?」
「いえ、私もいま来たところですから」
いつの間にかリコリスとのデートが始まりそうになっていました。
「それで、どこいくの?」
「まずは、これ、お願いします」
そういってリコリスが送って来たのはパーティー申請です。あまり周囲に聞かせたくない話題なのでしょう。それではパーティーを組んでからヤタと信楽を召喚します。
ちなみに、信楽は前に私の頭の上に登って以来、気に入ったのか頭と帽子の間に潜り込もうとしてきます。座っている時なら問題ないのですが、立っている時に登られると危ないので、捕まえて抱きかかえましょう。
「それで、どこいくの?」
「えーと、まずは打ち合わせをしたいので、ついてきてください」
ふむ、とことん秘密主義ですねぇ。打ち合わせが必要な場所のようですが、私はリコリスがどんな戦い方をするのか知りませんし、リコリスも私が発動の早い魔法使いということくらいしか知らないでしょう。
リコリスに連れて行かれた場所は、冒険者ギルドからすぐの場所にある大きな建物です。入り口には【MAKING&CREATE】と書かれた看板が付いています。
「生産クランだよね」
「そうなんです。ここも関係あるので……」
「嬢ちゃん達、早かったのう」
突如、首筋に冷たいものを感じ、抱きかかえていた信楽を少し上にして盾代わりにしてしまいました。この気配は、前にも感じた覚えがあります。
「大丈夫じゃよ。そう何度も首を落とすことはせんわい」
ええ、覚えていますよ。この着流しの老人、源爺さんです。おのれリコリス、私の命を狙っていたわけですか。
「源爺さん、こんにちは。早速ですが、部屋、借りていいですか?」
「ああ、こっちじゃ。連絡もこっちでしとくぞ」
「リーゼロッテさん、こっちです」
源爺さんの一挙手一投足に警戒しながらリコリスに付いていくことになりました。まぁ、武器をしまっているので、突然首を落とされることはないでしょう。
案内された部屋は会議室のようですが、そもそもこの建物は何でしょう。
「リコリス、ここも生産クランのクランハウス?」
「そうですよ。冒険者ギルドのクランハウスとはどこかで繋がっているらしいんですけど、別で用意したみたいです。クラン外の人でも使える設備が必要らしく、こちらの方が自由度が高いそうなので」
ふむ、フルダイブゲームで街中に自分の家を建てるというのも楽しいですからね。決まった増築と多少のアレンジもいいですが、自分で間取りを決めたり出来るというのも、楽しいですからね。
ちなみに、冒険者ギルドと繋がっているクランハウスが本店、街から入れるのが支店と呼ばれているそうです。
用意されていた椅子に腰掛けると、信楽が頭の上に登ろうともがくので、帽子を非表示にしました。その結果、頭の上の信楽を支えるために行儀が悪い姿勢になりますが、私のせいではありません。
「それで、どこいくの?」
この台詞、何度目ですかね。
「えっと……」
「もう来たぞ」
リコリスの視線を向けられた源爺さんが視線を向けた先の扉から見知らぬ白衣の女性プレイヤーが入ってきました。さて、誰でしょう。
「いやーいやー、遅くなって面目ない。私はエステル。このMAKING&CREATEで調合部門のサブリーダーをやっている者だ」
白衣に怪しく光りそうな丸メガネで白と黒に分けられた髪の女性が入ってくるなり自己紹介を始めたので、私も名乗っておくべきですね。
「初めまして、リーゼロッテです」
「あーうんうん、聞いてるよ。リコリスちゃんがリーゼロッテさんなら協力してくれるかもしれないってね。それで、早速話をしてもいいかい?」
「引き受けるかどうかは別ですが、どうぞ」
話を聞かないことには何も判断出来ませんから。ここで決めてからじゃないと話せない様な身の危険を感じる案件ならすぐに逃げますが。
「そうかいそうかい。じゃあ、まずは蘇生薬について、何か聞いたことあるかい?」
話を聞く前にこちらが質問に答える必要があるようです。まぁ、前提を確認しておかないと、こんがらがったり話が通じなかったり、手間が増えますからね。
「見つかったけど、バカ高いとか聞いてますよ」
「うんうん、そうなんだよ。簡単に説明すると、うちと敵対してるクランが蘇生薬を作り上げたんだ。まぁ、レシピの秘匿は当然の権利だから文句はないけど、1個1,000,000Gだよ、1,000,000G。しかも、基本値のがだよ。それで買っちゃうプレイヤーもいるから、責め辛いけどね。あ、ちなみに、基本値にいかないのは、数値にかかわらず、一律で500,000Gで、効果が高いのは1,500,000Gくらいなんだよ。でね、私達も基本のレシピは入手してるんだよ。でも、中々に制作難易度が高くてね。とある素材の入手方法がネックになってて、気軽に試せないんだ。それで、何とか入手した素材を選りすぐんだプレイヤーに渡したの。それで、基本値の蘇生薬を見事に作り上げたのが、そこにいるリコリスちゃんなわけ」
一旦ここで止まってくれました。流石に捲し立てられると困ってしまいます。情報を整理する時間も欲しいので、もう少しゆっくりと話して欲しいです。
「そうですか。でも、ぼったくるのも最初に作った人の権利ですよ」
何かを作るにしても、材料以外にも様々な経費がかかります。それを回収するために高値を設定する。それを否定することはありませんし、法外な高値を付けて他のプレイヤーの不満を買うのもその人の自由です。それがプレイスタイルでしょうから。それに、独占状態なんてすぐに崩れるんですから、その他諸々の面倒な不利益を受け入れる覚悟もあるはずです。
「あーうん。まぁ、それが君の考えなら、否定はしないよ」
エステルさんが急にトーンダウンしましたね。もしかして同調してくれると思っていたのでしょうか。私としては、私を巻き込まない限り、人のプレイスタイルに口を出す気はありません。
「それでね。とある素材の入手に協力して欲しいんだ。協力してくれるのであれば、ある程度の情報は渡すんだけど、どう?」
「んー、素材の入手って言っても、何をするんですか?」
私の質問に対し、やると明言する前なので、どこまで話していいのか考えているようです。
「……その素材自体は、採取する物だから、戦闘はない。ただ、場所が遠くてね。往復に時間を取られるんだ。君は一度に多くのアイテムを持ち運べるらしいから、頼りにしたいんだが」
少し、横目でリコリスの方を見てみました。
「えっと、その……私は協力してもらえれば素材不足が解消出来ると言っただけで……、スキルに関しては口外していませんよ」
「そっかそっか。つまり、テレポートを使って素材を取りに行かせたいと、そういうことかー」
リコリスが人のスキルレベルについてうっかり口にしていたらどんなお仕置きをしようか考えていたのですが、残念です。
「おやおや、テレポートか。魔法かな? 名前とリコリスちゃんが君の名を挙げた理由を考えると、好きな場所へ行けるタイプの魔法だね。確かに、それは助かる。制限にもよるが、問題ないはずだ。リーゼロッテちゃん、是非とも私達に協力して欲しい」
恐らく、ポータルはないけれど、セイフティゾーンかその近くと言ったところでしょう。さて、結局、素材の場所も対価もわからないので、返答のしようがありませんね。折角一つ口を滑らせたというのに。
「エステル、貴重な時間を割いてもらっておるんじゃ、もうちと詳しく話さんかい」
「で、ですが……」
「そもそもリコリスの推薦じゃし、シェリスの知り合いじゃぞ。そんな嬢ちゃんが情報の持ち逃げをするとでも思っとるのか?」
突然の源爺さんからの援護射撃です。リコリスの推薦でシェリスさんの知り合いでも、条件の折り合いが付かなければ堂々と拒否するのが私です。なので、信用してはだめですよ。
まぁ、重要な情報だから、慎重に進めたいと思うのは当然でしょう。その結果、情報を隠されては何も答えられませんが。さて、頭の上で退屈をしている信楽を降ろし、もふもふして待ちながら援護射撃です。
「あ、時間がかかればその分、買取額に上乗せしてもらいますね」
蘇生薬は消耗品ですから、一度で終わるはずがありません。それを考えると、予定価格に上乗せされるのは痛いはずですから、話も早くなるはずです。
「むむむ、それは……」
もしかして前もって蘇生薬の売値を決めているんですかね。その素材もいくらで買うか決めていそうですね。
「あれ、エステルさんって蘇生薬について一任されてるんじゃないんですか? 違うんなら――」
「私が! ……責任者よ」
「では、どこに何を取りに行って、1個いくらで買い取るのか、説明をお願いします」
煽るつもりはなかったんですけどねぇ。急に大声を出されたら驚いてしまいますよ。信楽をモフモフしていなかったら、表に出してしまうくらいに。
もうしばらく待ってみましたが、エステルさんは何かを決めかねているようです。そして、痺れを切らしたのか源爺さんが小さく首を振りながら一歩、踏み出しました。
「待って、……ください。……リーゼロッテさん、貴女への依頼は、西の中間ポータル【砂漠のオアシス】より北にあるセイフティゾーンで取れる【不滅の水】の納品です。価格は1個1,000Gを予定してるわ」
「急に畏まられてもやりにくいので、戻ってください」
私もモフモフしていた信楽を頭の上へと戻しました。
「そ、そう。それで、私達からの依頼は受けてくれるの? 受けてくれるなら、数を増やせるように採取用のアイテム貸すわよ。あ、価格が不満なら、上乗せしてもいいけど、その分採取用のアイテムのレンタル料とるわよ」
ふ、油断してたら先手を取られてしまいました。予定価格を言われた段階で、実際に行ってから決めるとしておくべきでしたね。まぁ、何を言おうと、伝家の宝刀、なかったことに、があるんですけどね。
「価格交渉は試しに行ってからにしましょうよ。どのくらい採取できるかもわからないんですから」
先手を取られても全てを後回しにしてしまうという方法もあります。これは一見すると上手く進んでいる様に見えますから。
「ちなみに、採取用のアイテムって何ですか?」
「ええ、これよこれ」
そう言ってエステルさんが取り出したのは樽です。テレビとかで見る物よりも小さい気がしますね。30cmくらいでしょうか。
「それがあると、どうなるんですか?」
「この樽は液体系素材20個をアイテム1個の扱いで入れられるのよ。もっと大きいのもあるけど、そっちはアイテム20個として扱われるけど、そっちがいいなら用意するわよ。樽に500個入れられるから、確実に得だし」
「私の鞄、インベントリの大なので、余裕で入りますね」
ええ、1マスに999個入れられて、999マスあります。クランショップで売っているのは素材の都合上、1マス99個で、99マスなので、大多数の人も使えそうですよね。
「……そうね。貴女は隠れ家所属だったわね。流石に大きい樽以上の樽は作ってないけどいいかしら?」
「いいですけど、大きい樽は何個あるんですか?」
大きい樽は1マス49個まで入れられますね。まぁ、あくまでも1マスなので余っている場所に入れればもっと入りますけど。
「今貸せるのは20個よ。でも、受けてくれるなら量産しとくわ」
さて、それでは大前提を話しましょう。
「ところで、そこには行ったことないんですけど、私で行けるんですか?」
この話、そもそも私がそのセイフティゾーンに行けなければ何の意味もありません。今ここで条件を話していても、信楽の皮の数を数えるようなものですね。
「それに関してはワシから答えよう。嬢ちゃんが問題ないなら、これからワシらで連れて行くつもりじゃ。急ぎで進めとるから、協力してもらう必要はあるがな」
「護衛してくれるなら戦いますよ。行ったことない場所で戦えるか確かめられるのは助かりますし」
「そりゃ助かるわい。今すぐ行けるのは、ワシとエステルとリコリスじゃな。他に誰か呼ぶかの?」
えーと、後は私とヤタと信楽でちょうどですね。
「源爺さんが行けると思うなら、いいんじゃないんですか?」
「あそこはそこまで強くないからのう。ただ、前衛がワシだけじゃから、群れに出くわすと苦労するがの」
問題ないのなら、さっさと話を進めて出発しましょう。
「それじゃあ大丈夫ですね。樽を借りたら出発しましょ」
それが合図となり、全員が動き始めました。私は大きな樽20個と小さな樽40個を受け取りました。源爺さんとエステルさんもイベントリの鞄を持っているようなので、詰め込んでいるのを見てしまいました。
「あれ? リコリスはいいの?」
「えっと、その……、争奪戦に勝てなくて」
あー、そういうことですか。毎週土曜に在庫の補充をしていますが、未だに売り切れるんですよね。ちなみに、ウェストポーチの方には樽が入っているようです。
……そういえば。
「リーコリース」
「ひゃっ、な、何ですか?」
後ろから思いっきり抱きついたのですが、こういう反応をしてくれるから、リコリスは可愛いんですよ。たまに甘やかしたくなるくらいに。
「私に大きな借りを作る気ない? それはもう返す方法がわからなくて、リコリス自身を対価にしようと思っちゃうくらい大きな借り」
耳元で囁いてはいますが、内緒話モードではないので、源爺さんとエステルさんには聞こえています。それぞれ困った顔と興味津々な顔をしていますが、リコリスはどうするのでしょうか。
「えっと、後が怖いので遠慮します」
「チッ」
リコリスを解放し、インベントリをあさります。目的の物が二つあり、それぞれ別のインベントリですが上の方にあったので、そこまで時間はかかりませんでした。
刻印はしてあるので魔石融合をして、リコリスにいろいろと制限を付けたトレード申請を出しました。
「あ、あの、これって……」
「私のとお揃いだよ。一個余ってたから。ほら、あそこの人とかすっごい欲しそうにしてるよー」
実際、私がお揃いと言いながら鞄を叩いた瞬間、エステルさんが私の鞄をじっと見つめています。現物を出していればそちらに目が行ったと思いますが、トレード申請なので、ウィンドウは他の人には見えません。
「いや……その、でも……」
「これで稼いで、代金を払ってもいいんだよ。この鞄だけは、ゴールドでの支払いを認めてあげる」
リコリスの手がゆっくりと動き始めました。さあ、早く鞄を受け取るのです。そうすればリコリスは今以上に私に頭が上がらなくなります。そこに付け込んで過剰なスキンシップを楽しみましょう。
けれど、結果は思い通りにはなりませんでした。
トレード申請が拒否されたのです。
「その……申し出は、嬉しいのですが、流石にこれは甘えすぎになってしまいますし」
「ぐすん、リコリスは私の気持ちを受け取ってくれないんだね……。しくしく」
「いえ、その……、そういう訳ではないんです……」
泣き落としも通じませんか。そうすると、チラリ。
「な、なんだいなんだい、まさか私にそれを売ってくれるのかい?」
視線を向けただけですが、エステルさんの食いつき様は凄いですね。ただ、私は何も言っていないので、知らんぷりをしましょう。
しかたないので鞄のインベントリにしまっておきましょう。このままでは完全にインベントリの肥やし確定ですね。
「リコリス、代金が用意出来たら売ってあげるよ」
「ちなみに、いくらですか?」
「……」
これ、いくらでしょう。
「リーゼロッテさん?」
さて、ここは全てを誤魔化すために源爺さんへと視線を向けました。すると、何かを察してくれたようで、ため息をつきながら動き始めました。
「嬢ちゃん達、遊ぶにしても、出発せんと時間がなくなるぞ」
「そ、そうですよね。早速出発しましょう」
リコリスとエステルさんからは訝しむような視線を向けられていますが、気にしなければいいんです。
源爺さんが新しく作ったパーティーに入り、センファストのポータルから中間ポータルの【砂漠のオアシス】へと移動しました。
源爺さんは刀や脇差を差しており、年老いた武士といった感じですね。エステルさんは、白衣に袖を通しているので、ブラウスとキュロットパンツに、二つの太いベルトくらいしか見えませんね。その太いベルトにはいくつもの試験管を下げるためのホルダーが付いており、色とりどりの液体が入った試験管を下げています。ポーション瓶とは違うようですが、自作ですかね。
リコリスは、緑を基調とした森の妖精風の服を着ています。背中には羽ではなく、短弓と矢筒を装備していますが、主武装は片手杖のようですね。
私は見ての通り、極々普通の純粋な魔法使いなので、何かを言う必要はありません。
「前衛をやっとるのがワシだけじゃが、何とかなるじゃろ」
「私は格闘スキルを持ってるけど、基本は投擲だから。これでバフ・デバフを撒いたり、インベントリにしまってる爆弾とかで攻撃するよ」
なるほど、道具使いとか言われるタイプですね。試験管がシステム的にどう扱われるのかはわかりませんが、あれはあれで楽しそうです。
「私は魔法主体ですけど、状況に応じて弓も使えます。ただ、ここに出るモンスターは弓だとあまりダメージを与えられないので、あまり使わないと思います」
てっきりブラウンキャメルとサボテン系だと思っていたのですが、北へ行くと違うMOBが出るようになるようです。まぁ、それは道すがら聞いておきましょう。
最後に私の自己紹介です。
「私は純粋な魔法使いです」
「それだけかの?」
「それだけです」
「……戦闘を見ればわかるかのう」
気を取り直して出発することになりました。
「嬢ちゃん、そっちじゃないぞ」
「あ、すみません」
意気揚々と出発するつもりが道を間違えていたようです。それでは正しい道を教えてもらいましょう。
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