1-17 その1

 日曜日、お昼過ぎにログインした私は、トーナメントの本戦を観戦するために闘技場へと向かいました。ハヅチは既に控室にいるらしいので、観客席にいるのは昨日と同じ面々です。


「お待たせー」

「待たされていませんよ、お姉様」

「そ……そう」


 いの一番に返事をくれたのは花火ですが、どうにも生き生きとお姉様と呼ばれてしまうと戸惑ってしまいます。やはり、悔しそうな顔をして、呼びたくないけど呼ばないといけない、そんな空気を纏って呼んで欲しいものです。


「本戦はトトカルチョあるけど、賭ける?」


 時雨の隣が空いているのでそこへ腰掛けると、早速メニューを表示しながら操作説明をしてくれます。そういう気の利くところはとても助かります。賭けられるのは第1試合の開始前までということで、残りの時間はあまりありません。配当に関しては、スキルレベルや実績などから総合的に判断するそうです。ちなみに、最前線のトッププレイヤーであるザインさんは1.1倍ということで、面白みのない数字です。まぁ、ハヅチの1.9倍というのも微妙ですが。


「そんじゃ、ハヅチに一点賭けするかな。手持ち全部はきついから半分の3Mくらい」

「……リーゼロッテって、稼ぐ方法あるのに稼いでないんだね」


 何でしょう、全員から哀れみの視線を向けられている気がします。誰も行ったこと無い場所への行き方を見つけたり、誰も持ってない素材を持ってきたりしているわけですが、情報は何かの対価にし、素材は自分で使うだけではお金が貯まるはずありません。まぁ、困ってないので気にしていませんでしたが。


「ふん、私は自由気ままにプレイしてるの。それに、ツケじゃなければもっとあったはずだもん」


 まったく、お金があると使ってしまうから、ツケやら何かの対価にしているのです。それをわかっているのにからかうとは。もう、むくれるしかありません。

 この場にいる全員はハヅチに賭けているようなので、負けたら袋叩きですね。まぁ、圧倒的な人気を誇るザインさんがいる以上、勝てないと思われているようで、全員から3Mでいいやと言われています。これ、私がもっと低くしたら賭ける金額も下がった気がします。


「さー、とうとうこの日がやって来たにゃー。実況は私、自称ネットアイドル候補生、ネコにゃんにゃー。そして、あまり解説してくれない解説は、運営の人、GM177こと、お天気さんにゃー」

「どうも、GM177です。私はそんなことが出来るのかという動きをした時に、スキル構成しだいで出来るかどうかしか言えないので、期待しないでください」

「さー、お硬い答えが帰ってきたにゃー。運営がネタバレしたらいけにゃいから、しかたにゃいにゃー。それでは早速一回戦の組み合わせを発表するにゃ」


 そういうと、この晴れ空の下、強い光が入場門を照らしました。


「ご存知、最前線のトッププレイヤーにして、トーナメント中なのに次の街に続くダンジョンをクリアしたザインさんにゃー」


 ザインさんが眩しそうな素振りを見せずに入場してきます。観客席に大きく手を振っているので、何だか慣れている雰囲気です。


「お次は、前線の荒くれ者、バルディオスにゃー」


 反対側の入場門が照らされ、一人のプレイヤーが入ってきました。観客席からは何とも言えない声援らしきものが飛んでいます。荒くれ者言われるだけのことはあるようです。それに対し、何か叫んでいるようですが、私には聞こえないので放っておきましょう。


「それでは、一回戦、始めにゃ!」


 ネコにゃんの合図によって試合が開始されました。片手剣のアタッカーらしきザインさんと、両手剣で派手に動くバルディオス。ザインさんは身軽ということもあり、動き回って翻弄しながら一方的な試合運びをしています。ザインさんの技量には目を見張るものがありますが、見ごたえのある試合とはいえませんでした。今回はトーナメントということもあり、勝者へのインタビューはないようです。


「一方的な試合、ありがとうにゃー。ちなみにお天気さん、今のは問題にゃいのかにゃ?」

「問題ありません、というか、ビルドの問題でしょう。相性を覆す技量や奥の手がなかったのが敗因だと思われます」

「そうかにゃ。これは荒くれ者が益々荒れそうにゃー。では、続いて二回戦の選手の入場にゃ。まずはマスタークンフーにゃー。なんと、数少ない格闘戦を行うプレイヤーにゃ。何を見せてくれるのか楽しみにゃ」


 呼ばれて入場したマスタークンフーですが、上半身裸で、数珠のようなものを首から下げています。恐らくは服の変わりだと思うのですが、破戒僧か何かのつもりでしょうか。全体から如何にも武道家という風格が滲み出ているので、ああいう設定にそったキャラメイクは見習いたいです。


「続いて、対戦あいては全身鎧の重装備、斑目にゃー」

 呼ばれて出てきたのは、銀色に黒い斑目模様の全身鎧とバケツヘルムのプレイヤーです。動く度に金属がぶつかる音が聞こえますが、あれ相手に素手だときつそうです。


「それでは、開始にゃ」


 身軽なマスタークンフーが軽快なフットワークで翻弄し、打撃を加えますが、全身鎧と盾に防がれ、ダメージを与えているようには見えません。手元のモニターではHPも確認出来ますが、やはりほとんど減っていません。まぁ、動きが遅いので、手にした剣は空振っていますが。これ、終わるのでしょうか……。


「おーっと、ここでマスタークンフーが距離を取ったにゃ。にゃにをする気にゃ」

「フハハハハ、ここまで相性の悪い相手に当たるとはな。ワシは魔法を使えん。しかし、これを見せてしんぜよう」


 そういうとマスタークンフーは両手を向かい合わせ、何かを溜め始めました。何かよくわからないので、魔力視を意識すると、MPに似た何かが手の間に集まっています。


「おっと、マスタークンフーのHPが勝手に減っているにゃ!」

「くらえ、【気功砲】」


 マスタークンフーのHPと思われるものが球状に圧縮され、斑目へと向かっていきます。速度はボルト系と同じくらいのようですが、重装備の斑目が回避行動を取れるはずがなく、直撃を受け、吹き飛ばされています。


「今のはにゃんにゃー。お天気さん、教えて欲しいにゃ」

「今のはとあるスキルによるものです。所持スキルを説明することになるので、これ以上は本人の許可が必要です」

「残念にゃがらにゃにもわからにゃかったにゃ」


 倒れている斑目に対し、マスタークンフーは距離を詰め、HPと思われるものを拳へと集め、殴りつけています。その一撃は、斑目のHP以外も削っているようです。


「【発剄】」


 なんと、何発か防いでいた盾がアーツによって止めを刺され、光るエフェクトを残し破壊されました。


「もう一度、【発剄】」


 今度は鎧を破壊しています。バケツヘルムを被っているので表情はわかりませんが、とても驚いているはずです。そこからはがら空きの体を殴られ続け、斑目のHPが尽きて試合終了です。ちなみに、終了のブザーが鳴ると、装備が戻っているので、ロストはしないようです。


「勝者、マスタークンフーにゃ」

「只今マスタークンフー選手からスキルの開示許可が出ました。あれは、ヒドゥンスキルの一つ、気功操作に関するもので、HPを攻撃力へと変換させたようです」

「にゃ、にゃんとー、先日の生放送で存在が公にされたヒドゥンスキルの一つだったにゃー。今のところ、二つのスキルに取得者がいると言われているけれど、こんにゃところにいたにゃ」


 ほうほう、魔力操作と違いHPを使うスキルですか。前衛向けではあると思いますが、プレイスタイルによっては邪魔になりそうです。まぁ、PTで回復専門の後衛がいるなら、問題は少なそうですが。

 簡単な解説をしている間に次の試合の準備が出来たようです。


「さー、次へ行くにゃー。まずは、GGGにゃー。あちきはにゃんの略か聞いたけど、教えてくれにゃかったにゃ」


 先に出てきたプレイヤーは筋骨隆々の肉体に大きな鎚を持っています。見るからにパワーファイターだとわかります。ゲーム内のステータスは見かけと関係ありませんが、どうしても力持ちに見えてしまいます。


「対戦相手は、今回の本戦出場者の紅一点、ブゥードゥーにゃ」


 反対から現れたのは紅いビキニアーマーに大剣を装備した女性です。防御力に装備がどの程度覆っているかは関係ありませんが、どうしても見た目から脆そうに見えてしまいます。ただ、どんなゲームでもあの手の装備は性能がいいと言われているので用心するべきです。


「大きな武器同士の戦い、始めにゃ」


 先に動いたのはブゥードゥーです。身を低くし、大剣を横薙ぎに振るおうとしています。それに対し、GGGは真っ向から叩き潰すように大きな鎚を上段に構えています。大鎚が振り下ろされ、土埃を起こしました。大剣を振るおうとしていたブゥードゥーは、体を無理やり動かし、その一撃を何とか回避したようで、土埃から勢いに乗ったまま飛び出してきました。あんな重そうな大剣を持ちながらも走れるとは、かなりSTRが高いようです。まぁ、大鎚でクレーターを作るGGGも同じようですが。最初の激突が空振りに終わり、今度は慎重に近付いているようです。そして、お互いの間合いに入ると壮絶な打ち合いになりました。時折、大剣で大鎚による振り下ろしを受け止めているのですが、あの大剣はどれだけ耐久力があるのでしょうか。そう思ってみていると、次第に回避行動が増えていきました。耐久力が気になったのでしょうか。ただ、ダメージを受けながらもそれ以上のダメージを与え始めたため、段々とHPに差がつき始めています。それに変化は訪れず、パワーファイター同士にあるまじき地味な決着となりました。


「勝者、ブゥードゥー。思いがけず地味にゃ決着ににゃったにゃー」


 どうやらネコにゃんも同じことを思っていたようです。まぁ、派手な演出があるのはスキルのお陰なので、多少のアーツを使ったとしても、動きが少なければこんなものでしょう。

 そして、次はハヅチの出番です。


「お次は知る人ぞ知る、持ち物職人、ハヅチにゃ」


 呼ばれて飛び出たのは忍者風の衣装と、左腕に包帯を巻いたハヅチです。まったく、あんな中二病をどこで覚えたのでしょうか。それと、知る人ぞ知るって、ほとんど知らないって意味ですよね。


「お次は、一部で黄色い声を上げられている、ジークハルトにゃ」


 その声に導かれてジークハルトの出現と共に黄色い声がそこらじゅうから聞こえてきます。これは、騒がしいを通り越して五月蝿いと言うほどです。まったく、騎士風の装備も含めて客観的に見ればイケメンなのかもしれませんが、うちのハヅチの方がいいに決まっています。ええ、身内贔屓ですとも。


「それでは、知る人ぞ知る人対決、始めにゃ」

「行くぞ、ハヅチ君」


 そう言って正々堂々と動き始めました。それに対してハヅチは。


「ダークウェイブ」


 いきなりの闇魔法です。それも、ある程度の範囲が闇に包まれる魔法です。基本スキルなので育っているプレイヤー相手ではあまり威力はありませんが、これにはとある副産物があります。そう、辺りが闇に包まれるため、視界を奪うことが出来ます。


「な、何をするんだ」


 そう言って闇の中で闇雲に剣を振るう音が聞こえますが、ハヅチは近づく気配を見せず、懐や腰周りから何かを取り出しています。闇が晴れる直前、ジークハルトの姿が見えると、手にした手裏剣を投げつけました。一説によれば、護身用で積極的な攻撃に使うものではないと聞いたことがありますが、そんな本来の使用用途は完全に無視しています。このための投擲スキルのようですが、元々の攻撃力が低いようで、態勢を崩す程度の効き目しかないようです。私は、あれの供給元と思わしき人物へと視線を向けました。


「ん? ああ、あれ作ったの私だよ。一個作った後は、スキルで量産したから性能はお察しだけどね」


 やはりですか。あそこまでハヅチの趣味に付き合える暇な職人がいるわけありません。まぁ、時雨はハヅチの趣味を理解して付き合っているので問題ないでしょうが。


「流石忍者にゃ。卑怯にゃ。イケメンが一方的にやられてるにゃ」


 動き回りながら手裏剣を投げつけ、自分が使える闇魔法を混ぜ、騎士風の格好をしているジークハルトと同じ土俵に上がるのを拒んでいます。そのせいか黄色い声の発生源からはブーイングの嵐ですが、逆に野太い声の声援が聞こえてきます。やはり、イケメンと呼ばれる人が一方的にやられるのは見ていて楽しいのでしょう。

 そして、そのまま一方的に決着がつきました。


「勝者、ハヅチにゃ。見ていて楽しい試合だったにゃ」


 どうやらネコにゃんはファンに迎合することにしたようです。まぁ、黄色い声を上げる相手は最初から相手にする気はないのでしょう。その辺りの判断は出来ているようで、本気度が垣間見えました。


「次からは準決勝だから、その前に休憩を挟むにゃ。所用で席を外すなら、今のうちにゃ」


 ネコにゃんがそういうと、隣りにいる運営の人が何かを操作し、モニターに今までの試合のハイライトが流れ始めました。こんな短時間でどうやって編集したのかは知りませんが、かなり上手くまとめているようです。特に、ハヅチの手裏剣を投げる場面はアングルに気を使って、卑怯さが滲み出ないようにしています。


「次からは準決勝か。ところで、今の相手、何で上がってこれたの?」


 出場者のオッズが見えるのですが、ハヅチが1.9倍なのに対して、対戦相手のジークハルトは5.4倍という大穴です。もし賭けて優勝すればそれだけで大金が入ることになります。流石に今流れているハイライトでは、予選で何があったのかよくわかりません。


「何でも、他の優勝候補が共倒れしたらしくて、偶然勝ち上がったらしいよ」

「それは何とも……」


 そのまま談笑していると休憩時間が終わり、ネコにゃんがマイクの準備をしています。


「あー、あー、テステス、本日は晴天にゃ。さーみんな席に戻っているかにゃ? 戻ってにゃくとも待たにゃいにゃ。準決勝第一試合、最前線の優勝候補、ザイン対、ヒドゥンスキルの使い手、マスタークンフーにゃ」


 それぞれの入場口からザインさんとマスタークンフーが入場してきました。


「ここからはそれぞれにインタビューするにゃ。まずはザインさん、にゃにか一言お願いするにゃ」

「まずは今までの応援感謝する。俺自身、優勝するつもりではあったが、それが必ずしも叶わないということはわかっている。何せ、今目の前に強敵と言って差し支えない相手がいる。だからこそ、マスタークンフー、君を打ち破ってみせよう」


 最後にかっこよくポーズを決めています。優勝しようと思っている人が全員優勝できるわけではありませんが、優勝候補と呼ばれるにふさわしい人だと感じ取ることが出来ました。


「ザインさんでしたにゃ。次はマスタークンフーさんにゃ」

「何であれ、この拳で打ち砕くのみ。故に、その自信も打ち砕いてみせよう」


 こちらも何やらかっこいいことを言っています。まぁ、お互いにあとで聞くと恥ずかしさで悶えそうですが。


「ありがとうにゃー。それでは、準決勝第一試合、開始にゃ」


 ネコにゃんの合図で試合が始まりました。ザインさんはマスタークンフーの攻撃を装備で受ければ破壊されると考え、回避に主軸を置いています。ただ、元々そういうスキル構成なのか、動きが自然です。ただ、マスタークンフーは対人戦に慣れているのか、自然な動きをしているザインさんに対し、きちんと対応して見せています。このゲームの人型のMOBはゴブリン系とゴーレム系くらいしか知りませんが、あれの中身はAIなので人とは違います。けれど、素人の私でもわかるくらいに慣れた動きを見せているということは、現実の方で何かやっているのでしょうか。


「【発剄】!」


 回避しきれなかったザインさんが重たい一撃を受け、壁まで吹き飛ばされています。前の試合とは違い、防具は壊されていませんが、かなり痛そうで、復帰に時間がかかっています。ですが、時間がかかるからと待ってくれるものではありません。勝負を決めるつもりなのか、一気に近付いたマスタークンフーが無駄のない動きでトドメと言わんばかりの攻撃をしかけます。

 けれど、攻撃の瞬間は隙だらけという人もいます。それはマスタークンフーも同じようで、復帰に時間がかかると見せかけていたザインさんの策略に嵌り、手にした剣によるカウンターを受け、腕を飛ばされています。運の悪いことに、部位欠損の状態異常がついたようで、すぐには復帰できないようです。格闘をするプレイヤーがその腕をなくしてしまえば、追い込まれるのは目に見えています。そこから試合の決着が着くまで、大した時間はかかりませんでした。


「勝者、ザインにゃ。決勝戦と言っていいほどの激戦で、思わず解説を忘れていたにゃー」


 試合が終わり、試合前の状態に戻った二人が固い握手を交わしています。


「とてもいい勝負だった。これ以上の言葉は必要ない」

「ふっ、流石は最前線のプレイヤーだ。では、腹いせに気功操作で第三の街の門が破壊できるか試すとしよう」

「ちょっ……」

「なーに、このスキルは破壊に特化しているからな」


 ザインさんはかなり慌てています。何せ、あの人達は第二の街への扉を開けた方法を知っています。そして、それがヒドゥンスキルだと考えているはずです。状況証拠でしかありませんが、共通点の多いスキルなので、間違っていないと思います。


「……まったく、ダンジョンを最初に突破したのに、二度も街の解放を持っていかれることになるのか」

「街の解放が終われば、気功操作を教えてやるわい。それまで大人しく待ってるんだな」


 そう言いながらマスタークンフーは戻っていきます。ああ言っていますが、この後は表彰式もあるので、ダンジョンに行くのはイベントが終わってからでしょう。それにしても、街に繋がるダンジョンを突破し、その後のクエストで毎回ヒドゥンスキルが必要になるとは、運営も酷い罠をしかけているものです。


「いい試合と大人げにゃい腹いせ宣言の後は、準決勝第二試合にゃ。ビキニアーマーの女傑、ブゥードゥー対、思ったより忍者寄りだったハヅチにゃー」


 ハヅチに対しては黄色いブーイングが聞こえますが、ブゥードゥーに対しては普通の声援が飛んでいます。これが試合で見せた人徳の差でしょうか。相性だけで考えればハヅチが有利ですが、そこまで都合良くはいかないでしょう。


「それでは、試合前のインタビューにゃ」

「ハヅチ、私は一回戦のようにはいかないよ」

「……いや、あれは隙しかなかったら出来たわけで、普通以上の相手なら無理ですよ」


 何とも締まらない返しです。ここはもう少し調子に乗った返事をして欲しいものです。


「それでは、準決勝第二試合、開始にゃ」


 大剣を手に猛スピードで近付くブゥードゥーに対し、ハヅチは短刀を逆手に持ち、待ち構えています。魔法を準備している様子もないので、何を狙っているのかはわかりません。


「オラ!」


 ブゥードゥーが女性にあるまじき声を上げ、大剣を斜めに振り下ろしました。大鎚とは違いクレーターを作ることはありませんでしたが、それなりの土埃が舞っています。それに対し、ハヅチは後ろに下がることでギリギリ躱し、そのまま一気に近付いていきました。

 ブゥードゥーの武器は大剣ということもあり、懐に入られると弱いです。それに対し、ハヅチの武器は短刀なので、懐の中という場所は苦になりません。

 短刀が大剣を握る腕を狙いますが、お互いに直前の試合を確認しているため、ブゥードゥーは武器から狙われた方の手を離し、部位欠損の状態異常を回避しました。完全に腕を切り飛ばされない限り、部位欠損の状態異常は付かないので、動きに支障は出ませんが、深く斬られればその分ダメージが増します。そういった意味では、斬った時点で、ハヅチの有利というのは変わらないはずです。


「ダークボルト」


 ハヅチがブゥードゥーの顔めがけて魔法を放ちました。ボルト系は詠唱が短く、詠唱短縮のスキルレベル次第ではほぼ無詠唱で発動出来ます。闇魔法を顔面にくらい、一瞬視界を奪われたブゥードゥーは瞬間的に動きを止めてしまい、無防備な姿を晒しています。視界を奪われるというのはわかっていても不利なのに違いはないようです。動きを止めた後に、思い出したかのように大剣を振っていますが、その頃にはハヅチは懐の中です。さらに、短刀のアーツを発動するだけの時間があったようで。


「【一閃】」


 何とも強そうではなく、早そうなアーツですが、覚えるレベルが高いのでしょうか、ブゥードゥーのHPをかなり減らしています。一度HPに大きな差が着いてしまえば、後は焦りを生みます。そのため、身軽にヒット・アンド・アウェイを繰り返すハヅチに決定打を与えることは出来ませんでした。


「勝者、ハヅチにゃ。一回戦とは違い、見応えのある勝負だったにゃー」

「しぶとくて大変でしたよ」

「ハン、慰めはいらないよ。私が弱かっただけなんだからね」


 短い言葉の後に握手を交わしています。ビキニアーマーの女傑、男前です。


「さて、残すは決勝にゃ。だけど、ここでまた休憩にゃ」


 ハヅチが戦ったばかりだからでしょう。短時間で連戦となれば、ハヅチは大変でしょうから。ですが、二度目の休憩となると、暇ですね。


「ねぇ、飽きてるでしょ」

「知らない人ばっかりだし、休憩も多いからねぇー。こんなことなら焼き鳥買い込んどけばよかったよ」


 時雨には悟られているようです。まぁ、飽きたことを隠す気はなかったので構いませんが。


「焼き鳥?」

「私が闘技場の周りを散歩してたら、屋台があってね。結構美味しかったよ。そういえば、満腹度実装されるんだよね。取得条件公開するらしいから、自分で取らなくて済みそうだよ」

「……料理スキルの取得条件、知ってるの?」

「ん? ああ、時雨も取れると思うけど、MOBからのドロップ品の料理アイテムを食べることだってさ」


 その瞬間、時が止まりました。話していた時雨だけでなく、私達の会話を聞き流していた皆の時がです。そういえば、取得条件は不明ということになっているのでした。


「どしたの?」

「念のために聞くけど、最初っから知ってた?」

「最初がいつかは知らないけど、知ったのは今日だよ」

「はぁ。詳しく聞いていい?」

 溜息をつかれてしまいました。その理由はわかりませんが、時雨には隠す気はありませんし、聞くことが出来る範囲にいるのは時雨とハヅチのPTメンバーなので、問題はありません。ただ。


「取得条件は言ったけど、これ以上何を吐けと?」

「とりあえず、取得条件を知ったあたりを」


 取得条件を知ったのは昨日なので、時間はかかりそうにないですね。


「えーと、屋台のおっちゃんが、取得条件を隠してて、私のお陰でわかったから、公開する許可を欲しがってたってところかな」

「ごめん、意味わかんない」


 これでわかりませんか。ですと、もう少し詳しく話す必要がありそうです。


「んっと、結構前に東の草原で狩りしてて、時雨とハヅチにもあげた料理アイテムと同じのがドロップしてて、インベントリがいっぱいになって邪魔だったから、近くにいたプレイヤーに押し付けてたの。そんで、その内の一人が料理スキル欲しがってて、食べた直後に取得可能になったから、条件がわかったんだってさ」


 このくらいでしょうか。あのおっちゃんの事情は右から左に抜けてますし、屋台でも大したやり取りはしていません。それに、時雨ならその辺りのことは察してくれるはずです。


「うん、これ以上は何も出てこないことがよーくわかった。ちなみに、その料理アイテムのドロップ方法、覚えてる?」

「魔法で倒してたことくらいしか覚えてないよ」

「あーそうだよね。ま、その頃に出来る範囲だろうから、ある程度は絞れそうだね」

「お姉様……、ハヅチ君から聞いていましたし、鞄に関しても見たのでわかったつもりでいましたが、唐突に情報が出てくるのですね」


 はて、私としては情報を出しているつもりはなかったのですが、周りからすればそう取れるということですか。時雨やらハヅチやらがその情報を有効活用してくれるのであれば、気にする必要はありませんね。

 後は決勝戦だけですが、ハヅチは勝てるのでしょうか。

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