1-17 その2

「さーて、休憩も程々にして、決勝戦を始めるにゃ」


 舞台の準備が整い、休憩時間も終わりのようです。まぁ、移動していないため、休憩というより話していただけですが。


「席に戻ってる人はそのままで、戻ってにゃい人は早く戻ってくるにゃ。それでは、優勝候補のザインの入場にゃ」


 先に入場したのは優勝候補です。トトカルチョの倍率も1.1倍という有力候補で、賭ける面白みのない人です。この人には賭けていませんが、きっと勝つのはこの人でしょう。


「次に、ダークホースとも言えない微妙な人気のハヅチにゃ」


 次に姿を現したのは忍者風のコスチュームで左手に包帯を巻いた中二病のハヅチです。最前線とエンジョイ勢という圧倒的なスキル差を前にどう立ち回るのでしょうか。


「ネコにゃんさん、ハヅチ君と話す時間をくれないか?」

「えーと、お天気さん……、あ、OKにゃ? というわけで運営からも許可が出たにゃー」

「マイクの設定権限を一時的に付与したので、個人的な話も出来ますよ」

「それは大丈夫です。この場で内緒話をする気はないので」


 それだけいうと、手元のモニターに現在の音量が表示され、それが段々と上げられていきます。ただ、上げすぎたのかザインさんが何かに驚いた仕草をし、少し下げています。


「あー、あー、テステス。よし、ハヅチ君、せっかくの決勝戦だ。俺達も何か賭けないか?」


 放置されていたハヅチは困った風の仕草をしていますが、内心は楽しそうです。せっかくの決勝戦ですから、盛り上げたいのでしょう。


「何を賭けるんですか?」

「君と、あのウェストポーチを売っていた老婆との関係を知りたい」

「俺、その婆さんの姿、見たことありませんよ。それに、俺と関係があると仮定して、俺が言ったことが正しいと誰が証明するんですか? そして、俺が知らないといったら、貴方はそれを信じるんですか?」


 ふむ、何処かで聞いたことのあるような台詞です。

 ハヅチの言葉を聞いたザインさんは、口元を隠していますが、笑っているのがわかります。


「フフフ、ハハハ、そうかそうか、それもそうだな。俺としては、返したい言葉があるが、答えてもらう必要がなくなった。だから、要求を変えよう。俺のPTメンバー全員に鞄を用立てて欲しい」

「俺の鞄なら商人ギルドの委託販売に出してますよ。それに、持ってますよね」

「ああ、普通の鞄は持っている。だが、俺が欲しいのは、アレと同じ性能の鞄だ」


 そう言ってザインさんが指差した先にあるのは賞品のリストがあります。その中にある鞄は、ハヅチに作ってもらい、私が納品した鞄だけです。つまり、ザインさんは私とハヅチが知り合いだと確信しているのでしょう。


「俺に賞品の製作依頼来てませんよ。それに、俺が勝ったらどうするんですか?」

「賞品のアイテムは詳細が確認出来るんだが、どうみても君の作った鞄と同じ作りだった。つまり、依頼を受けた人物から頼まれたんだろう。そして、君が勝ったら好きなものを要求すればいい」

「いやー、最前線のプレイヤーから欲しいものなんて無いんですけど……」


 ああ、ハヅチが本気で困っています。防具は自分で作っていますし、武器は時雨が作っています。そもそも、和装に拘っているので装備を欲しいとはいわないはずです。消耗品に関しても、きっと特殊なものはないでしょう。ただ、盛り上げるために賭けをしたいという気持ちはあるようです。

 但し、私が表に出ない範囲で、です。


「じゃあ、こうしよう。決勝戦の後、それぞれが持ち込んだアイテムを作ったプレイヤーを交えてエキシビションマッチをしよう。賭けはその時だ」


 その瞬間、テンションが下がり続けていた会場が一気に盛り上がりました。交渉が上手く行っていなかったので、だらけていましたが、もう一戦追加されると聞けば、こうなるものです。


「双方が納得しているのであれば、運営としては歓迎します」


 運営としては、イベントが盛り上がるのならそれでいいようです。融通が利くというより、ある程度の権限がある人なのでしょう。盛り上がれば成績が上がるのでしょうか。


「俺以外に二人いるんですけど、聞いていいですか?」

「それはこちらでやりましょう。但し、人数はあわせてください」


 運営が動き、私の前にウィンドウが現れました。どうやら時雨にも出ているようですが、どうにも仕事が早いです。さて、どうしましょう。


「どうするの?」

「んー、PVPに興味無いんだよね……」


 ただ、この空気に水を差すのは避けたいです。イベントは楽しみたいので、空気を読んでいるわけではありません。ええい、女は度胸です。


「たまにはやりますか」

「珍しい」

「あっちのPTメンバーには面倒事があった際の後始末をお願いしてるから、たまには使わないとね」


 それだけいうと私は承諾のボタンを押しました。もし賭けで鞄を要求してきたら材料をぶんどってやればいいんです。


「双方から参加表明を受けました」

「ここで、決勝戦後のエキシビションマッチが決まったにゃー。ずっと蚊帳の外だったから、寂しかったにゃー。出来れば前もってそれぞれのチームメンバーに取材したいにゃ。時間がにゃいのにゃら、ハヅチチームだけでもいいにゃ。にゃにせ、エンジョイ勢には名前の知られていにゃいプレイヤーが多すぎるにゃ」

「チーム戦用の準備もあるので、休憩を挟むので、ご自身で許可をお願いします」

「わかったにゃ。それでは、予定より時間がかかったけど、決勝戦、開始にゃ」


 唐突に始まった試合ですが、二人の準備は出来ていたため、慌てた様子はありません。何しろ、お互いに武器を構えたまま睨み合っているのですから。


「おっと、いきにゃり膠着状態にゃー。今までの試合を観る限り、どちらもAGI型のプレイヤーにゃ。まぁ、ステータスは見えにゃいから、装備と動きでの判断にゃ」


 ハヅチの防具は全て布製ですし、ザインさんは軽鎧です。防具は金属があるかどうかで性能が変わるので、薄っすらとですがプレイスタイルの判断は出来ます。そもそも、短刀と盾無しの片手剣の時点で、防御重視のはずがありません。

 様子をうかがっていたハヅチが、どこからか取り出した針を投擲し、ザインさんがそれを剣で防いだことで、試合が動き始めました。

 顔めがけて投げられた針を剣で防ぎ、視界が塞がった時点でハヅチは地面を蹴り、距離を詰めました。ですが、ザインさんはそれを予想していたようで、大きく後ろへ跳び、接触までの時間を伸ばしたことで剣を構える時間を稼ぎました。

 ハヅチはザインさんとの距離を詰めるため、一層強く地面を蹴ります。それに対し、ザインさんは剣で短刀を弾くように振るいました。STRの差なのか、短刀が大きく弾かれ、体ががら空きになっています。今度はザインさんが距離を詰めるために踏み出しました。それに対し、ハヅチは後ろへ跳び距離を取っています。何やら同じことをしていますが、違う点もあります。ザインさんが下がった時には見えなかった黒いMPがハヅチには見えます。どうやら後ろへ跳びながら魔法を使おうとしているようです。

 私は基本的に固定砲台なので止まって魔法を使っていますが、ああいった使い方が出来るのなら、やれることが少し増えそうです。


「【ダークボール】」


 魔法の狙いは顔です。よく考えればハヅチはトーナメントになってから相手の視界を奪うことを狙っています。遠距離攻撃の手段があるハヅチからすれば視界を奪われた相手はいい的かもしれません。けれど、同じことを何度もしていれば対策を立てられるものです。


「それはもう見た」


 ザインさんはダークボールを斬り、多少のダメージは気にせず突き進みます。突然暗くなれば隙が出来ますが、わかっていれば無視出来るということでしょう。ザインさんがハヅチを間合いに捉えた時、ハヅチは左手の包帯に手を当てました。


「【スピードダウン】、【スピードアップ】」


 その言葉を合図に二つの魔法が発動しました。薄っすらとした緑色の光に包まれた二人ですが、その変化は対称的です。


「どういうことにゃーー。詠唱も発生せずに魔法が発動したにゃーーー」

「回復以外のアイテムは使えますから、スクロールの使用は問題ありません」

「スクロールってにゃんにゃ?」

「スクロールは、露店での取引記録があるので回答します。特定の魔法を使用するための消費アイテムです。今回は付与魔法のスピードアップとスピードダウンです」

「普通に売ってるらしいにゃー。でもあちきは見たことにゃいにゃー」


 急にデバフを掛けられたザインさんは感覚の変化に戸惑い、動きに精彩を欠いています。ですが、バフを掛けた状態で特訓していたハヅチはすぐに適応し、攻め始めました。


「【一閃】」


 アーツはある程度の動きが決まっているため、PVPで使用される場面は少ないです。その数少ない出番が、絶対に当てられる場面です。何せ、普通に攻撃するよりもダメージを与えることが出来るのですから。

 流石に他のスクロールを使う時間はなかったようですが、ここまで速度の差があれば、試合は決まったものでしょう。

 緑色の光が消えかけると、ハヅチは距離を取りました。性能はアイテムの使用者のスキルレベルによるので、ハヅチでは持続時間が短いのでしょう。


「付与魔法はレベルが低いと効果時間が短いな」

「ええ、ほんと、もう少し長く欲しいですよ」


 どうやらハヅチが左腕に包帯を巻いていたのは中二病からではなく、スクロールを固定するためだったようです。持ち物装備として包帯を作り、装備してしまえばシステムが固定してくれます。その際に、スクロールを仕込んだのでしょう。左手のスクロールに触れる必要はありますが、普通に魔法を使うよりは圧倒的に早く発動出来ます。


「そういえば、そんなアイテムあったな。売り主を考えれば、持っていて不思議はないか」

「……」


 スクロールを使わせないためか、ザインさんは果敢に攻めています。ハヅチも何とか応戦していますが、防戦一方です。


「まったく、彼女は表に出たがらないのに、協力は惜しまないんだな」

「……はぁ、よりによって貴方と交流があるのは考えものですよ」

「おや、関係を認めていいのか?」

「この後のエキシビションでわかることですから。【マジックランス】」


 何度目かの鍔迫り合いになった瞬間、ハヅチは左腕に手を当てずにスクロールを発動させました。至近距離で発動した魔法に対処することは出来ず、ザインさんは魔法に吹き飛ばされました。


「【スピードアップ】、【スピードダウン】、【アタックアップ】、【ディフェンスダウン】」


 吹き飛ばされたザインさんに近付きながらスクロールを連続で発動しました。よく考えてみれば、スクロールを発動するには、アイテムに触れる必要がありますが、そもそもスクロールは左腕に仕込んであるので、既に左手で触れており、改めて右手で触る必要はありません。ただ、どれを発動するのかしっかりと意識する必要はありますが、結構融通が利くようなので、何とかなっているようです。


「それはもう見た」


 ザインさんはデバフを受けながらも下げられていないSTRを活かし、後ろへ大きく跳びました。速度はハヅチの方が上なので追いついて攻撃していますが、不規則に下がりながら最低限の動きで防御するザインさんに手を焼いているようです。そして、それを何度か繰り返し、壁際まで下がりました。


「速度に差が出るんだ。なら、攻撃出来る範囲を狭めればいい」


 ザインさんはHPが危険域である10%に突入しているにもかかわらず、余裕を持っています。それに対し、まだ十分にHPのあるハヅチの方が焦っているように見えます。


「何でハヅチは焦ってるの?」

「多分だけど、与ダメージでザインさんのHPを計算したんじゃないかな? 向こうの方がスキルレベルが高いはずだから、数値に直せばそこまで差がないと思うよ」


 なるほど、HPが実数値ではなくパーセントで表示される弊害ですね。最前線のプレイヤーとハヅチとではステータスにかなりの差があるようです。投擲に魔法、そして、スクロール、事前に準備していた隠し玉に関してはその全てを見せてしまっています。ここからどうするのでしょうか。


「スクロールによる付与魔法をステータスの高さで無理やり突破したにゃ。聞いたことにゃい攻撃魔法もあったけど、奇襲は存在を知らにゃいから効果があるにゃ」


 付与魔法無しでの攻防はハヅチの方が不利のようで、少しずつHPが削られています。どうにかスクロールを使う隙を作りたいようですが、なかなか上手く行かないようです。


「ねぇ、スクロールって使うの難しいの?」

「簡単だよ。使う意思を持って、キーワードを口にすればいいから。ただ、ハヅチみたいに何枚も持ってると、複数枚使っちゃう場合もあるだろうから、慣れないと戦ってる最中は無理じゃないかな?」


 私は雰囲気作りのために束から破り取って発動させるという使い方をしていたので誤爆することはありませんでした。やはり、どんなことでも形は大切です。

 壁際で戦っている二人ですが、距離を空けてしまえばスクロールを発動出来るため、中央へ移動しつつあるハヅチに釣られ、ザインさんも少しずつ壁から離れてきています。ただ、立ち回りの差か、ハヅチは壁の方へと誘導されています。


「どうやら隠し玉はもう無いようだね」


 それを合図にザインさんの攻め方が変化しました。どちらかと言えばハヅチの出方を伺っていたのですが、果敢に攻め始めています。そして、次第にハヅチが合わせられなくなり、体に傷を増や……いえ、増えませんね。少し赤いポリゴンが飛び散るだけです。


「足元がお留守だ」


 剣による攻撃に意識を取られていたハヅチは足元を掬われ、体勢を大きく崩しました。このまま地面へと倒れ込めば、ザインさんの勝利が確定するでしょう。


「……【ショートジャンプ】」


 ハヅチが見せていないスクロールを発動しました。

 倒れこむハヅチに攻撃しようとしていたザインさんは急に目標が消えたため、戸惑っているようです。それに対し、不安定な体勢のままザインさんの後ろに転移したハヅチは両足を地面に着け、無理やり短刀を振るいました。


「【一閃】」


 いかに体勢が不安定だろうとアーツを発動してしまえば後はシステムが動きを補正してくれます。ただ、無理な体勢ということもあり、威力は落ちているようです。


「ハヅチのさらにゃる奥の手……あ、れ?」


 ハヅチのアーツでザインさんを攻撃するはずでした。お互いにHPの残量が少なかったため、これが決まれば倒せる可能性がありました。けれど、手にした武器を相手に届かせたのは、無理やり背後を斬り付けているザインさんです。


「な……」

「言ったはずだ。スクロールはもう見たと」


 モニターにザインさんの勝利が報じられました。


「勝者、ザインにゃー。決勝戦まで隠し通したスクロールを打ち破り、圧倒的な技術の差を見せつけたにゃー」


 HPを失ったハヅチは控室に転移したようで、残っているのはザインさんだけです。ここからはヒーローインタビューのようで、舞台に簡単なお立ち台が出現しました。


「さー、それでは今回のトーナメント優勝者、ザインさんにインタビューするにゃ。早速ですが、今回のトーナメントで一番苦労したのはにゃににゃ?」

「苦労、という意味では最初のバトルロワイヤルでしょうか。何せ、複数のプレイヤーから同時に狙われましたから」

「というと、トーナメントの方は楽だったのかにゃ?」

「いや、そういう意味ではありませんよ。トーナメントの方は、楽しかったという方がしっくりきます。特に、決勝はとんでもない秘策を用意していましたからね」

「あー、スクロールだにゃ。お天気さんは露店での取引記録があるって言っていたけど、知ってたにゃ?」

「リターンのスクロールが売られたことがあるそうです。それに、付与魔法があるなら、他の魔法もあるはずですから、それを頭の隅に置いておきながら動いていました」

「でも、ショートジャンプまで想定してたにゃ?」

「ショートジャンプを、というより、体勢を崩したと見せかけて何かしてくるとは思っていました。そして、姿を消すなら背後を取るだろうと思ったまでです」

「なんと、背後に転移するというよくあるパターンが仇とにゃったにゃ」


 この後もインタビューは続いたようですが、私と時雨はエキシビションマッチに出るため、ハヅチのいる控室へと向かうことになりました。それにしても、隠し玉を用意しておきながらありきたりな方法を使ってしまうとは、まだまだですね。

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