1-8

 私達が辿り着いた部屋、そこは、誰が見ても、最後に相応しい扉のある部屋でした。


「着いたな。この扉の先がボス部屋だ。全員休んで回復しよう」


 HPに関してはライトヒールを使っているのでメインはMPなわけです。自然回復速度は行動中と座っている時の二通りがあり、座っている時の方が回復速度が早くなります。ちなみに、座っているという解釈の幅が広いのか、しゃがんで移動していても、座っている判定です。


「座ったままで聞いて欲しい。ここのボスだが、情報によると5体のガーゴイルだ。……いろいろと言いたげな目を向けないでくれ。私のせいじゃないんだ。ゴホン……、もちろん飛行能力がある。そこで、モニカにタゲを取ってもらい、私と時雨とリッカで1体づつ倒していくことになる。二人には申し訳ないが、モニカへのヒールをメインにして欲しい」


 ガーゴイルといえば、空を飛んで、速度が速く、固いというイメージがあります。モニカは盾系のスキルを多く取得しているらしいが、5体から攻撃され続ければHPが保ちません。だからこそ、私達でヒールをする必要があります。


「もちろんガーゴイルの数が減ってきたら、リッカもタゲを取るので、二人にも攻撃してもらう」


 なるほど、リッカは回避盾も兼任していると。随分と多忙ですが、そういうスキル構成ならしかたありません。私とグリモアにもしっかりと攻撃する機会を与えるとは、よく出来たリーダーです。


「はい、隊長。バフはどうしますか?」

「た、隊長? ゴホン、モニカへのロックエンチャント、リッカへのウィンドエンチャントを頼む。火力系はどちらでもいい」


 打ち合わせが終わると、私を含め数人の視線が部屋の中央にあるスライドパズルへと向かいました。縦7・横5マスとなっており、スライドパズルを囲むように5つの台があります。


「アイリス、このスライドパズルに関しては情報あったの?」

「いくつかあったが、これを完成させてもボスに変化はなかったそうだ。ちなみに、ガーゴイルがそこの台に乗せるような物を落としたという報告もない。やるだけ無駄だが……やりたいんだな」


 回復しきったと思われるモニカがスライドパズルを見て目を輝かせています。その行動にポーニーテイルが揺れ、そこはかとなく犬っぽさを感じました。


「やるぞー」

「……やる」


 いつの間にかモニカの横に移動していたリッカもやる気のようです。私も回復しきっているので、手伝いましょう。それにしても、横線のあるパネルに描かれている模様、どこかで見た記憶があります。


「回復しきってるなら、好きにしてくれ」


 ここで無理に抑えてもこの後のボス戦に響きます。それなら、好きにさせた方がいいと判断したのでしょう。

 まぁ、許可が出たのですから、思う存分やるだけです。

「な、汝、空間を操る負荷を持ちながら、何故、力を取り戻している」


 えーと、インベントリで自然回復量が下がっているのに、何で回復しきってるのか。ですね。


「魔法系のスキルが多いから、INTが高いはずだし、再精もカンストしたからかな?」

「再精……だと?」


 おや? 知らないようです。まぁ、あのスキルはシステムメッセージで流れず、スキル一覧を眺めて発見した物ですから。


「スキル一覧に検索機能あるから、調べてみれば?」


 私がそう言うと、すぐにメニューを開いて検索しています。すぐに見つかって取得するでしょう。さぁ、今日のメインであるスライドパズルです。


「……リーゼロッテ、……そこ」


 ええ、こっちですか。


「……モニカ、……そっち」


 今度はモニカの方ですか。


「……そっち」


 えーと。ここですね。


「……モニカ、逆」

「あ、ごめん」

「ふはは、我はより多くの魔力を扱えるぞ」

「取ったんだ」

「……リーゼロッテ、……まだ」


 つい反応したら怒られてしまいました。


「あ、はい」


 あれ? リッカの目が本気です。どうやら指示に従う選択肢しかないようです。


「……完成」


 リッカとモニカが満足しています。これは結構大変でしたが、完成したのですから、よしとしましょう。


「でもさでもさでもさ、これ、何なんだろね。まぁ、あたしには考えてもわからないけどね」

「……満足」


 あの二人はスライドパズルが完成したことで満足して、それ以上の追求をする気はないようです。まぁ、私も面倒なことをする気は……、あれ?


「この陣を完成させた者に警告する。これは蜃気楼の悪魔を閉じ込めし扉。決して陣を起動してはならぬ。警告に従わぬ者に外を見ることは叶わぬ」

「リーゼロッテ?」

「汝、どうした?」


 ああ、見覚えのある模様だと思ったら、このゲーム内の文字でしたか。


「……文字?」

「私、言語スキル持ってるから」


 どうやら全員納得したようです。あ、言語スキルがLV15になっていました。街を歩いているだけで上がるのですが、その分上がりが遅いです。


「そういえばそうだったね。でも、文字の上の図は何だろ。鑑定対象じゃないし」


 文字の上の図……。◯に星と逆位置の星……、この組み合わせは……。


――――――――――――――――

【時空封印の陣】

 時空魔法の陣

 対象を別時空に封印する魔法陣

――――――――――――――――


 おや、鑑定出来ました。ただ、使っていないのでリストには載りませんし、写そうにもスキルの恩恵を得られそうにないので時間がかかりそうですね。


「時空封印の陣だってさ。空間魔法の上位スキルかな」


 少しMPを流してみたくもありますが、勝手にやるわけにはいきま――。


 ピコン!

 ――――System Message・【蜃気楼の塔】の封印が解放できます――――

 魔法陣に魔力供給することで、封印された悪魔と戦うことが出来ます。

 魔法陣への魔力供給 【0/1】

 ――――――――――――――――――――――――――――――


 魔法陣に足を踏み入れた瞬間、システムメッセージが流れました。流石にこれは予想していなかったので、私は一歩も動けずにいます。


「えっと、みんなも出てる?」


 そっと振り向き問いかけると、静かな頷きが返ってきました。そうですか、出てますか。これ、MPを流すと、この魔法陣から出てくるわけですよね。


「どうするべきか……」

「よーし、真ボスだー」

「……情報、ある?」

「無い。というか、封印された悪魔なんて単語、掲示板に出てきたことすらない。条件がスライドパズルの完成以外にもあるはずだが……」


 何故でしょう。皆の視線が私に集まっています。魔法陣から足を引っ込めてもいいのでしょうか。


「こういうときは多数決だ。真ボスへ行きたい者は挙手を」


 アイリスの言葉に対し、モニカがしっかりと手を上げ、グリモアとリッカが控えめに上げています。私としては興味はあるのですが、この位置だとどう考えても私が初撃をもらいかねないので遠慮したいです。


「意見が割れたか……」

「リーゼロッテ、一回戻ってきて」


 時雨に言われたので魔法陣から足をどけると、表示されていたメッセージが消えました。試しにもう一度足を乗せると表示されたので、そういう仕組なのでしょう。


「私としては、あそこにMPを注ぐのを代わってもらえるなら、挑戦したいな。流石にボスの初撃で死亡とか嫌なので」


 あの文章が伊達でないのなら、魔法陣に魔力供給を担当したプレイヤーはボスの初撃を食らって死にそうです。私は紙装甲なので、ほぼ確実だとは思いますが、モニカ達鎧を身にまとった前衛陣なら何とかなると思います。


「そうか。なら……」

「ちょっと試してくるね」


 出発前に魔力操作を伝授した時雨が魔法陣へと足を踏み入れました。けれど、メッセージが出ません。


「条件は言語スキルか?」


 可能性としてはありえますが、時雨はあの陣を鑑定出来ないと言っていました。なら。


「魔法陣スキルの方かな、両方かもしれないけど」


 魔力操作は確定として、その二つが怪しいですね。設定としては、あの魔法陣が何かわかっていてMPを流し込むといったところでしょうか。そして、警告に従わなかったから死ねと。

 く……、えげつない設定です。


「我がその二つの力を手にし、悪魔を呼び出す儀式を執り行なおうぞ」


 グリモアが名案と言わんばかりに胸を張っています。ですが、必要なスキルは二つではありません。3つです。まぁ、消費SPは2で間違っていませんが。

 それは置いといて、自分が嫌だからと言って私と同じ後衛であるグリモアに押し付けるのは違います。


「モニカ、ボスから来るであろう初撃、何とか出来る?」

「私は盾だ。仲間のためならやってみせる」


 安心しました。時雨の仲間はいい人達です。それなら、やりましょうか。


「それじゃ、お願い」


 少し下準備をしましょう。鞄に入っている【ライトヒールのスクロール】140枚中、40枚を空間魔法のインベントリに移し替えます。これで、アイテムの共有が出来ます。使い方を簡単に説明し、鞄の整理をして、スクロールの束を取り出しやすくします。


「私はいつでもいいよ」


 魔法陣へ足を踏み入れると再びメッセージが現れました。さらに、モニカが私の横で盾を構えています。何とも心強い状況ですね。

 他の皆も準備が出来たようです。


「頼む」

「はーい。【ロックエンチャント】」


 モニカに対し、VITのバフをかけ、魔法陣にMPを流しました。すると――。

 扉が開き、5体のガーゴイルが現れました。ですが、私達は動けません。ということは、これは演出ということです。

 ガーゴイルがそれぞれ5つの台の上に座ると、光がガーゴイルから魔法陣へと移り、魔法陣全体が大きく光りました。

 そして。


「GUAAAAAA」


 赤い悪魔が現れました。その爪はまっすぐ私へと向かってきます。すぐに後ろに下がろうとしていますが、まだ動けません。まったく、死ぬまでこのイベントが続くということですか。

 私が動くのを諦め、力を抜くと。


「【シールドカバー】」


 赤い悪魔の爪が私の目の前で止まっていました。よく見れば、モニカの盾を起点として、障壁のような物が発生しています。


「ボス戦だよ」


 その声に動けることを気付かされ、私は後ろへと大きく跳びました。そんな私と入れ替わるように時雨とアイリスが前へでます。


「【ファイアエンチャント】……、【ファイアエンチャント】」


 エンチャント系はクールタイムが短いので連射が利きます。視界の左上にあるPTをリストへ視線を向け、モニカのロックエンチャントの残り時間を確認しました。どうやら演出の最中は時間が止まるようで、まだ十分時間が残っています。


「【ファイアエンチャント】……、【ウィンドエンチャント】……、【ウォーターエンチャント】」


 次はリッカです。弓を構えているので三種類という大盤振る舞いです。そして、忘れ去っていた【ライトエンチャントのスクロール】を2枚取り出し、私とグリモアに使います。

 その間に皆はアーツを使い、赤い悪魔……、いえ、ミラージュレッサーデーモンを集中攻撃しています。グリモアも上位魔法で最初の魔法を回しています。作戦なんてない、ただの力押しですが、それぞれの動きを理解しているためか、上手く噛み合っています。

 なら、私も出来ることをしましょう。

 火・水・土・風・光のボール系を使い、ミラージュレッサーデーモンの反応を見ます。この手のボスには属性があるはずなので、ある程度弱い魔法の方が、MOBの反応は確認し易いからです。悪魔なので光が弱点かと思ったのですが、違うようです。ですが、何度か繰り返したお陰でよくわかりました。


「属性は火、だから水魔法で」


 グリモアは私の言葉を聞いてアイスランスとウォーターボールを交互に使い始めました。弱点を突いたお陰で、一発ごとの反応が大きくなっており、前衛が攻撃する隙が多くなっています。全ての魔法を魔法陣で発動しているため、攻撃だけではクールタイムで待ち時間が出来てしまいますが、エンチャントの管理をしながらライトヒールをスクロールで発動しているため、クールタイムに引っかかることはありません。

 僅かなディレイが命取りになりかねないので、出し惜しみはなしです。

 ミラージュレッサーデーモンのHPが残り30%を切った頃、敵の行動に変化が起こりました。高いダメージを出し続けていたグリモアがヘイトを稼ぎすぎたのか、モニカ達前衛を無視し、私達の方へと向かってきました。ミラージュレッサーデーモンの視線からグリモアを狙っているようです。とにかく魔法を連発し、倒すことを優先していたため、グリモアは魔法を発動させようとしてる真っ最中です。このタイミングでは動けず、モニカも後ろからアーツを放っていますが、振り向きそうにありません。


「【ウィンドエンチャント】……、【ウォーターウォール】」


 モニカへAGIのバフ、そして、ミラージュレッサーデーモンの前に水の壁を出しました。モニカは水の壁に怯んだミラージュレッサーデーモンを尻目に、水の壁を突破し、正面へと回り込みます。


「【シールドバッシュ】」


 盾が光りながらミラージュレッサーデーモンを元居た位置へと押し戻そうとしています。グリモアは魔法を発動した後、ミラージュレッサーデーモンから距離を取り、魔法を連射します。きっとモニカを信頼しているのでしょう。私が手を出したとは言え、間に合ったのですから。

 そして、次の変化はHPが10%を切った時です。

 赤い体から熱を放出し、湯気のようなものを纏いました。そして、少しづつですが、体が隠れていきます。


「蜃気楼じゃないのか」


 もう少しそれらしい演出をして欲しいのですが、攻撃の動作がわかりにくいだけで、位置はわかるのでよしとしましょう。蜃気楼とか言って姿を隠されるよりはましですから。


「あっつい」


 どうやらあの湯気はかなりの温度のようです。ここにきて前衛が近付けなくなるようなギミックがあるとは……。


「後衛、少しペースを落としてくれ」


 モニカがヘイトを稼げない以上、そうするしかありませんね。前衛の三人は射程の長いアーツを中心に攻撃していますが、ミラージュレッサーデーモンが纏う湯気が原因でダメージを負ってしまうようです。微々たるものですが、積もり積もれば大ダメージです。そこで、軽いリジェネ効果のあるファイアヒールを混ぜることにしました。


「【ハウル】」


 モニカが何度目かのハウルを使いました。ですが、私達後衛にタゲが向かう間隔が短くなってきました。

 このままでは、かなりの時間がかかってしまいます。しかたありませんね、少し悪い気もしますが、在庫処分です。

 私は走りながら【ウォーターボールのスクロール】42枚を取り出しました。


「ごめん、大量に行くよ」

「構わないが、大丈夫か?」

「ダメなら私が死ぬだけだから。【ウォーターボール】」


 なるべく近くで42枚、全てを発動しました。

 ミラージュレッサーデーモンの近くに居た私達は全員、突如現れた大量の水に流されています。そのまま部屋の壁に叩きつけられると、水はどこかへ消えました。そして、目の前にはリザルトが出ています。

 部屋の中央を視界に修めると。


 ――――Congratulation ――――

 

 の文字が浮かんでいます。


「いてて……」


 水の勢いが強く、背中を強打していたので、少し痺れています。


「勝ったぞ」

「やったー」

「我らの勝利」

「よかった」

「……勝ち」


 皆も結果に気付いたのか、それぞれが喜びを口にしています。


 ピコン!

 ――――インスタントダンジョン【蜃気楼の塔】の封印されし悪魔を倒しました―――

 ワールド初討伐報酬【魔石(大)】×1 【下級悪魔の皮膜】×1

 初回討伐報酬【蜃気楼の腕輪】

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――


 ピコン!

 ――World Message・インスタントダンジョン【蜃気楼の塔】の謎が解かれました――

  プレイヤー・【アイリス】率いるパーティー【ゆっくりし隊】によって、蜃気楼の塔の封印されし下級悪魔が倒されました。

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 あ、やってしまったようです。ただ、これは私の責任ではないので、知らんぷりしましょう。


 ピコン!

 ――――System Message・所持スキルがLVMAXになりました――――

 【水魔法】がLV30MAXになったため、上位スキルが開放されました。

 【氷魔法】 SP3


 【土魔法】がLV30MAXになったため、上位スキルが開放されました。

 【地魔法】 SP3

 

 【風魔法】がLV30MAXになったため、上位スキルが開放されました。

 【嵐魔法】 SP3

 【水魔法】【風魔法】がLV30MAXになったため、複合スキルが開放されました。

 【雷魔法】 SP3


 【火魔法】【土魔法】がLV30MAXになったため、複合スキルが開放されました。

 【鉄魔法】 SP3

 これらのスキルが取得出来ます。

 ――――――――――――――――――――――――――――――


 どうやら皆もスキルのレベルアップ通知に追われているため、先程のワールドメッセージを気にしている暇がないようです。これ以外にも、杖がLV22になり、【マジックスイング】というMATKで攻撃するアーツを覚え、魔力陣がLV11になり、刻印という機能が解放されました。他にもいくつかのスキルがSPを貰えるレベルになり、【残りSP65】となっています。まぁ、開放されたスキルを全て取ったので、【残りSP50】ですが。

 後で魔法陣のリストに載せるために試し撃ちをしておきましょう。

 魔力陣の刻印という機能は、魔力を使い、対象に魔法陣を焼き付けるとなっています。つまり、手書きから解放されるということです。流石に上位スキルとなると、陣が複雑なので描くのに時間がかかりますし、スキル補正があるといっても難易度が高くなるので、そのための機能でしょう。

 ただ、描くではなく、焼き付けるということなので、ペンで描けないものにも使えそうですね。

 最後は、ドロップ品ですね。

 私が手に入れたのは、【下級悪魔の皮膜】を2個と【下級悪魔の爪】を1個です。皮膜は外套に使えるかと思ったのですが、新調したばかりですし、赤いので趣味ではありません。別の使いみちを考えましょう。

 全員が確認を終えたため、部屋の中央に集まりました。視界の隅に10分というカウントが表れました。そこには、ダンジョン消滅までのカウントダウンと書かれているので、このインスタントダンジョンはクリア後10分で消えるようです。


「手短に行こう。ドロップだが、私は爪が2個と皮膜が1個、討伐報酬は魔石(大)と皮膜が1個づつと、蜃気楼の腕輪だ」


 他の面々の自己申告を聞く限り、ドロップは爪と皮膜が計3個で、討伐報酬は同じようです。それぞれに欲しい数があるとは思いますが、交換は後でということになりました。そして、アイリスが神妙な顔をしています。


「リーゼロッテ、ワールドメッセージだが、どうすればいい……」

「私の場合、名前を知ってる人がいなかったから、何もなかったよ」


 よく考えれば、あの後で知っていると思わしき人は驚いていましたが、知らないと思わしき人は何の反応も見せませんでした。当たり前のことですが、名前を全体に公開していない限り、大した問題はありません。私の返答で少し安心したようです。実際にどうこうというより、経験者からの話が聞きたかったのでしょう。


「それじゃあ、街に戻ったら精算しようか。リーゼロッテが使っていたアイテムのこともあるから、冒険者ギルドの個室を借りよう」


 在庫処分も兼ねていたのでお金を取る気はありませんが、残り時間も少ないのでそれは後にしましょう。


「リターン使いましょうか?」


 ダンジョン攻略ということでかなりの時間がかかっています。普段のログアウト時間まではまだ余裕がありますが、ここから歩いて戻るのは精神的にきついです。


「大丈夫なら頼む」


 時間とMPに余裕があったので、新規取得した魔法スキルの試し撃ちだけはこの場で済ませました。

 そして、ダンジョンから外へ出る扉まで来ると。


「出たら話しかけてくる奴もいると思うが、無視してリターンを頼む」

「了解」


 そして、全員で外へ出ました。日も暮れ始めており夕方といった方がいいでしょうか。


「ア、アイリスだ」

「じゃあ、あのPTが……」

「なぁ、あんたら――」

「【リターン】」


 魔法陣を使い、すぐに発動させました。この際、話題が増えた所で気にしてもしかたありませんから。それに、面倒な人達に絡まれるのが、面倒です。





 センファストのポータルへ飛んできました。流石にいろんなPTが出入りしているので、知り合いにでも会わない限り、私達がしてきたことはわからないはずです。


「それじゃあ、冒険者ギルドへ行こうか」


 アイリスに着いていきます。今更ですが、冒険者ギルドで個室を借りることが出来たんですね。今までは、ちょっとした納品クエストと倉庫くらいしか使っていなかったので知りませんでした。冒険者ギルドでアイリスが手続きし、個室へと案内されました。


「この個室は、ランクEからで、1回1,000Gかかるから」

「そっか。私じゃ借りれないな」


 作業に丁度いいと思ったのですが、やはりオババの店で奥を借りるのがいいようです。


「それでは、精算を始めよう。一応、このPTでは装備の消耗は個人負担としているが、いいか?」

「いいですよ。いい杖が見つからなくて、耐久無限の初心者用杖使ってるので」


 本当にいい杖が欲しいです。驚かれていますが、見ればわかる外見をしているので、そこまで気にしていなかったのでしょう。


「精算のために聞きたいんだが、あのスクロールというのは1枚いくらなんだ?」


 普通の消耗品であれば個人の負担です。けれど、連打……いえ、同時発動が可能なアイテムですから、高いと判断したのでしょう。


「1枚作るのに1Gと魔法を使うのに必要なMPだけ。だから、考えなくていいよ」

「い、1G?」


 私はインベントリに入れたままのライトヒールのスクロールを取り出しました。


「これ、ギルドで売ってる紙に魔法陣を描いただけだよ。ある程度のスキルレベルは必要だけど」


 材料に関しては時雨にも言っていませんでした。そのせいもあって、全員が驚いています。衝撃のあまり、何も言えなくなってるため、私が話を進める必要がありそうです。


「基本スキルの魔法なら、ただの紙で十分だけど、上位魔法だとダメみたいなんだよね。上位魔法取って手持ちのスクロールは不良在庫になるから、ちょうど良かったし」


 ええ、本当に不良在庫です。基本魔法では下級魔法の経験値としてはかなり低いです。そのため、積極的に使うことはありません。


「……ゴホン、考えなくていいというなら、その通りにさせてもらう。ドロップ品は人数割り、討伐報酬は各自でいいか?」

「それでいいっていうか、それが基本じゃ?」


 前もっての説明がない限りはこういうものだと思っていました。恐らくですが、スクロールが高いと思ってこの場を借りたのでしょう。前もって説明しておくべきでした。


「そうなんだが、ちょっと予想外のことがあってな」


 そういう訳で、共有している空間魔法のインベントリから各自が均等にアイテムを持っていきました。種類としては【黄色の鱗】【固い殻(小)】【胃石(小)】の3種類です。ダンジョンということで、MOBの出現頻度も、ドロップ率もよく、かなりの数が手に入りました。結果、【黄色の鱗】68個、【固い殻(小)】54個、【胃石(小)】73個となりました。そんなに居たとも思えませんが、モンスターハウスが効いたのでしょう。

 固い殻は納品クエスト行きでしょうかね。


「最後に、今回のボスの情報の取扱についてだが、何か意見はあるか?」


 アイリスの問いに対して、他の面々は視線を私に向けました。確かに、きっかけというか、原因というか、とにかく、私のスキルが理由でしたが、私一人ならあそこにはいかなかったはずなので、見られても困ります。ただ、このまま黙っていても、話は進まないので意見は口にしておきましょう。


「私はどうでもいいかな。検証家でもないから発生条件を調べる気もないし、独占する気もないし、私から詳細を伝える気もないから」


 そう、要するに放置です。何にしても面倒ですから。


「えっと、それはつまり?」

「お任せします。私は一切の口出しをしません」


 何故でしょう、アイリスさんが頭を抱えています。好きにしていいのに、何を悩んでいるのでしょうか。


「そうか……。では、こちらに任せてもらう。他に、何かあるか?」

「はい、はい、はい。我に魔力を操る術の伝授を」

「そういえば、そうだったね。やろうか」

「……な、汝、悪魔の微笑みが」


 何故でしょう、ゴシック系の服に身を包んでいるグリモアが悶える姿を想像していただけなのに、どこが悪魔なのでしょうか。私が手を伸ばすと、手をつかむためにおずおずと手を伸ばしてきました。これからどうなるかわかっているので、楽しみです。


「汝、優しく、頼む」

「ええ、もちろん」


 手を掴み、MPを流しながらです。さぁ、存分に悶えてください。


「……く、我は……、この、程度、……では、ああ」


 楽しく鑑賞しましたが、残念ながら時間がやってきました。


 ピコン!

 ――――System Message・スキルを伝授しました―――――――――

 【魔力操作】を伝授しました。

 SPを1入手しました。

 ―――――――――――――――――――――――――――――


 それが終わると今度は時雨が近づいてきました。


「リーゼロッテ、殻を何かと交換してくれない?」


 金属ではありませんが、鍛冶でつかうのでしょうか。


「鱗と胃石、どっちでもいいよ」


 両方を27個つづ交換し、これで鱗95個、胃石100個です。鞄に入れると重いのでインベントリを発動したままですが、ログアウトすると消えてしまうので、倉庫に預けました。





 少し時間が出来たので南側にある露店巡りをすることにしました。そこで猫耳さんの行列を見つけました。前回、木工を取っているシェリスさんはその行列が見える場所にいたので、少し探してみましょう。


「あ……」


 何か声が聞こえたので、振り返ってみると、シェリスという名前が表示されていました。私は名前が見える人がすくないので、はじめからそれを目印にすればよかったです。


「シェリスさん、ここにいたんですね」

「い、いやー、リーゼロッテさん、お久しぶりですね」


 何だか顔が引き攣っており、言葉遣いも前とは違います。どうかしたんでしょうか。


「体調でも悪いんですか?」

「い、いや……。ごめん、殆どの人が見たこと無い有名人だから、前回覚悟を決めたはずなんだけどね」


 殆どの人が見たこと無い有名人って、有名なんでしょうか。まぁ、ワールドメッセージで名前が出たからだと思いますが。


「ふつーでいいですよ」

「そ、そうかい? なら、頑張ってそうするよ。よし、それで、杖かい?」

「そうです、杖です」

「一応、実用に耐える範囲のは、ここに出てるよ」


 鑑定してみると、 今のとは段違いです。魔法攻撃力が設定してあるだけの杖と比べるのは失礼かもしれませんが、比較対象がこれしかないので許して欲しいです。


「なるほど」

「現状の素材だと、特殊効果を付けるのが難しくてね。いろいろ試してるんだけど、どうにもこうにも」


 正しくやれやれと言ったところでしょうか。そうだ。


「これ、使えませんか?」

「……何これ」


 見せたのは下級悪魔の爪です。悪魔というくらいなのですから、装備に対して魔法系の効果がついてもいいはずです。そういえば、蜃気楼の腕輪を確認していませんでした。


「これは使えるよ。というか、レアアイテムは経験値の入りがいいから、私からお願いしたいくらいだよ」

「そうですか。蜃気楼の塔のボ――」

「ちょっと待った!」


 シェリスさんが血相を変えて私の口を塞いできました。しかし、このゲームはここまでしてもハラスメント警告を出さないとは、脳波で感情でも読み取っているのでしょうか。


「もがもが」

「いい、これは一般的には入手方法不明のアイテムなの。だから、軽々しく口にだしちゃ駄目。わかった?」

「ふが」


 ブランクがあるとはいえ、忘れすぎですね。とりあえず了承の意を示したので、口は解放されました。


「ちなみに、これは知ってます?」


 そう言って取り出したのは蜃気楼の腕輪です。説明を見れば何となくはわかりますが、お礼にヒントくらいはいいでしょう。


「え……、腕輪? 指輪じゃなくて?」


 おや、どういうことでしょうか。


「すごく聞きたいけど、それはしまって。……それで、蜃気楼の指輪っていうのは、蜃気楼の塔のガーゴイルが落とすアイテムで、1度だけ姿を変えられる消耗品だよ」


 なるほど。ですが、これは装備アイテムです。つまり――。


「あー、なるほど。とりあえず、それの入手先も同じですよ」


 小声で伝えておきました。何もしないといいましたが、ちょっとした話のタネくらいにはします。情報提供ほどのしっかりしたものではないので、気楽ですから。


「その爪、預けてくれるなら、杖作る時に使わせてもらうけど、どうする?」

「それは構いませんが、いくらかかりますか?」

「んー、なるべくいいの作りたいけど、目指す性能や杖の形によっても上下するから、何ともいえないかな」


 形ですか……。そういえばグリモアは指揮棒のような杖でしたね。


「両手杖で、いかにも杖ってのをお願いします」

「んー、そうなると一番いい材料なら、100,000Gくらいかな。そこまでの木材も見つかってないし」

「それじゃそれで」

「了解。じゃあ、注文契約するから」


 そういってシェリスさんはメニューを操作し始めました。すると、ウィンドウが表示されました。そこには、作る武器と使う素材、期間、価格などの契約内容が書かれています。注文の際には実際に会う必要がありますが、システムにお金を預けておくことで、注文品の受け渡しまで出来るようです。事前の確認も出来るので、注文と違うものを送られることもないとか。ハヅチには口頭で任せていたので、存在を知りませんでした。

 とりあえず、内容に異存がないので、契約します。

 この機能を使った場合、フレンド登録していなくても、メッセージを送れるそうです。もっとも、契約が終わると、送れなくなるらしいのですが。


「今後も頼むと思うので、フレンド登録してもいいですか?」

「そりゃありがたい。いい素材持ち込んでくれそうだし」


 何とも言い難い利害関係で結ばれたフレンドです。まぁ、こういうのは持ちつ持たれつですから。

 これにて今日はログアウトです。

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