1-9

 大型連休七日目、この休みも終りが近づいています。今日の朝ご飯の時に葵が妙なことを言い出しました。


「茜、前に言ってたこと、覚えてるか?」

「どれのこと?」


 前に言ってたことと言われても、いつのことかわからない以上、何も言えません。それをわかっているでしょうに。


「インベントリの能力を持った鞄のことだ」


 あー、あの仮定に仮定を重ねた机上の空論ですか。よく覚えています。丁度いいアビリティも解放されたので、私の方の準備は出来ています。


「そういえばウェストポーチ頼んだよね」

「試しに売り出したら人気出たよ。ポーション入れとくのに便利だからって」

「他のMMOでもよくあるから作ってる人いると思ったのに……」


 インベントリがクソ仕様でなくとも、すぐに使えるようにショートカット代わりの収納があるのが普通です。けれど、このHTOにそれはありません。まるで、代わりになるものを作れといっているようです。


「まぁ、実験用にいくつか渡すから、結果出たら教えてくれ」

「りょーかい」


 この後、ログインしたらアイテムを受け渡すことになりました。まさか金策をする前に実験をすることになるとは……。





 ほんの僅かな午前のログインの時間です。調合や錬金は午後にやることにしたので、この短い時間は実験あるのみです。

 冒険者ギルドでハヅチと合流しウェストポーチを10個受け取りました。初めは空間魔法のインベントリに入れようと思ったのですが、MPの消費を避けることにしました。ちなみに、1個は私用なので、さっそく持ち物装備として装備しておきました。おっと、忘れていました。ついでなので、蜃気楼の腕輪も装備しておきましょう。しかし、これは面白いですね。持ち物装備専用なのでステータスに影響する効果はありませんが、街中でのみ姿を変えられるようです。ただ、変える姿は1個しか登録出来ないので、しっかりと考えなければいけません。


「オババオババー」

「何じゃ小娘」

「魔力陣の刻印ってのを試してみたいんですよ」

「刻印かのう。ものにもよるが、それに耐えられる物はあるのかのう?」


 やはり、それなりの物が必要ですか。ですが、これで駄目ということがわかるだけでも進歩です。


「実験も含めてるから。大丈夫だよ」


 オババから魔石(小)を10個、魔力紙の束を1個購入したので、準備完了です。奥を借りて、まずは実験です。

 魔力紙にインベントリの魔法陣を――。


「それは出来んぞ。まぁ、無理に試すなとは言わんがのう」


 何でしょう、すごく既視感のある言葉です。


「ちなみに、何でですか?」

「その魔法をスクロールにすることは出来る。じゃが、発動したところで、維持が出来ん」

「魔石を埋め込んでもですか?」

「それは、発動させることは出来ても、形を維持出来ん。魔力紙とは、その程度のものじゃ」


 なるほど、あくまでも使い捨ての消耗品ということですか。つまり、魔力紙じゃなければいいということですね。


「ちなみに、これだとどうですか?」


 私はハヅチから預かったウェストポーチを取り出します。これも持ち物装備専用であるため、耐久が設定されていません。そのあたりは鞄と同じようです。もしかしたら、運営はこういった物を作らせるつもりで、インベントリをあんな仕様にしたのでしょうか。


「どれどれ……。中々丁寧に作られておるのう。使用目的を同じとする魔法であるから、そこまで大きくは出来んが、最低限は使えるじゃろ」

「それはよかった」


 ハヅチが作ったウェストポーチにはポーション系の瓶専用のつもりなのか、仕切りが付いている。これを上手く使えば、使い心地を維持したままインベントリの機能を埋め込めるかもしれません。

 まず、ウェストポーチを開き、魔法陣を刻印する場所を決めます。大きめで、ポーション瓶が10個は入るので、付けた時に体側で一番左側にしましょう。


「【刻印】」


 すると、インベントリの魔法陣がウィンドウに表示されました。どうやら、この大きさを調節して場所を決めるようです。ただ、基本の大きさがあり、それから変化させるにつれ、MPの消費が大きくなるようです。その辺りは、魔力制御と魔力陣、空間魔法のスキルレベル次第で緩和されると書いてあるので、数をこなしてレベルを上げるしかありません。

 むむむ、半分近いMPを消費してしまいました。このくらいになると魔石(小)と同じなので、埋め込んだら魔法陣の半分を覆い尽くしてしまいそうです。ですが、これは実験です。なら、試しましょう。


「【魔石融合】」


 試した結果、魔法陣の一部が魔石に内包されているようで、刻印した魔法陣に魔力が流れているようです。


――――――――――――――――

【ウェストポーチ・インベントリ(小)】

 腰に付ける小型鞄

 ポーション瓶を9本入れられるようになっている

 刻印:インベントリ(小)

――――――――――――――――


 こうなるわけですか。それにしても、魔石でポーションを入れる場所を一つ潰しましたが、それすら説明文に反映されるとは、いい仕事をしていますね。この結果は、実験の成功と言って問題ありません。けれど、気になることがあるので一つ試すことにしました。


「【魔石排出】」


――――――――――――――――

【ウェストポーチ】

 腰に付ける小型鞄

 ポーション瓶を10本入れられるようになっている

 刻印:インベントリ 発動不可

――――――――――――――――


 ふむふむ、刻印は残るけど、発動は出来ないということですね。更に、説明文も刻印欄が増えてはいますが、元に戻っています。まぁ、魔石で潰した場所が空いたので、当然といえば当然ですが。

 今のスキルレベルでは2個が限界です。刻印と魔石融合でMPが半分ほど吹っ飛びますから。何度も行えばスキルレベルが上がるとは思いますが、今は無理ですね。

 とりあえず魔石を埋め込んで、どういう仕様なのかを確認しましょう。

 えーと、まずメニューのインベントリの下にインベントリ(小)という欄が追加されています。つまり、ここから操作出来るということですね。更に、ウェストポーチに埋め込んだ魔石に触れると、同じようにインベントリが表示されました。魔石から手を離しても消えないので。操作のために両手を開ける必要がないのは助かります。魔石以外に触れても開かないので、普通にポーションを使うことは出来ます。とりあえず、思いつくのはこのくらいですね。

 では、後で時雨の分も作りましょう。

 ……そういえば、素材によっては魔石(大)も使えるのでしょうか。例えば、下級悪魔の皮膜とか。

 あれは倉庫に入れたままなので今手元にはありませんが、試してみる価値はあります。問題は、素材のままで実験出来るかどうかです。鞄とインベントリは使用目的が同じだからと、オババは言っていました。なら、皮膜で鞄を作ってもらい、皮膜の部分に刻印し、魔石を埋め込めば、出来るかもしれません。ただ、スクロールの束を放り込みたいので、詳細を決めなければいけませんね。

 では、お昼の準備をするので、もう1個作ってMPをほぼすっからかんにしたらログアウトです。





 今日のお昼はオムライスです。食べながらですが、葵に実験の報告を簡単にしました。驚いていましたが、PTメンバーの分を頼んできました。


「そのつもりだけど、MPの消費が大きいから、時間かかるよ。受注システムあったけど、あれ使えたら、渡すの楽だけど」

「あー、あれか。あれは商人ギルドに登録して、少しランク上げないと使えねーんだ」


 なるほど、冒険者ギルドの個室のようなものですか。何でも、露店での売上によってランクが上がるらしいので、面倒ですね。


「それで、素材渡すから、鞄作って欲しいんだけど」

「あー、すまん、継ぎ接ぎのままだったな」

「下級悪魔の皮膜って言うアイテムなんだけどね」

「あー、伊織の言ってたやつか。でも、装備効果のない鞄で――」

「大きいサイズのインベントリを使えるようにするにはそれ相応の素材を使わないといけないらしいから、実験してみようと思って」

「……ちょっと待て。ウェストポーチに刻印したのは、小サイズのインベントリなんだよな」

「そうだよ。私用に大サイズの刻印しようと思ってね」

「インベントリの大きさは素材次第か?」

「まだやってないけど、素材と魔石の両方じゃない?」

「……皮膜、何枚あるんだ?」


 魔石(大)に関しては葵も持っていますが、皮膜は持っていないので、このままでは手に入らないと考えたようです。目の前に餌をぶら下げられた状態で焦らないとは、流石です。


「私は3枚だよ」


 ああ、葵がとても羨ましそうな顔をしています。何せ、あのインベントリの使用感が大きく変わるのですから、しかたありません。それにしても、いい気分です。


「お、お姉、様……」


 おや、次の言葉が聞こえませんね。さて、フレンドリストには葵と伊織以外に二人いますし……。

 とりあえずにこやかに言葉の続きを待ちましょうか。


「あー、茜、鞄の制作費として皮膜を要求する!」


 おや、キレましたね。ですが、痛いところを突きます。私はハヅチ以外に鞄を作れる人を知りません。探せばいるでしょうが、口が硬く、面倒にならない人は存在しないでしょう。


「残念。とりあえず実験で1個作って、それ次第ね。それと、伊織にも連絡入れといてね。皮膜と魔石1組は残しておいた方がいいよって」

「わかった」


 さて、流石に魔石(大)を集めるのは面倒なので、あるかわからない魔石(中)と真ん中のインベントリが発動出来る素材を探さないといけませんね。エスカンデの方のフィールドなら、何かいるでしょうか。

 葵には鞄の細かい希望を伝えておきました。私はスクロールを簡単に取り出せるようにしたいため、鞄全てがインベントリになってしまうと困るからです。刻印する場所を皮膜の部分にするので、そこも要注意ですね。





 午後のログインの時間です。冒険者ギルドでハヅチと合流し、刻印してあるポーチ1個と、下級悪魔の皮膜を1つづつ渡しました。その際、急がないけど早めに欲しいとだけ伝えておきました。ついでに、追加でウェストポーチをせしめました。ハヅチのPTに後5個、時雨のPTに5個の計10個必要ですが、時雨の方はいらないと言われたら売ればいいので、作れるだけ作っておきます。ちなみに、ハヅチのPTでは、全員が色違いのウェストポーチを使っているらしく、間違えないよう釘を刺され、ウェストポーチのインベントリに分けていれました。

 ハヅチのPTで1マス、時雨のPTで1マス、ハヅチに渡した分も補充して余りの分が9個で1マスです。

 売る許可も貰ったので、作業場へ向かいましょう。


「オババオババー」

「何じゃ小娘」


 斯く斯く然々でいつもの様に作業場を確保しました。今更ながら、普通のプレイヤーは作業場をどうやって確保しているのでしょうか。今度誰かに聞いてみましょう。

 オババから魔石(小)を追加で11個購入し、作業を始めます。

 まず一つ目、半分近いMPを持っていかれました。やはり物凄い消費です。そのまま二つ目を作ると、もうMPがすっからかんです。素寒貧ですよ。そのまま作業台に突っ伏して、MPの回復を計りましょう。

 3割ほど回復した頃。


 テロン!

 ――――フレンドメッセージが一通届きました。――――


 おや、時雨からです。まぁ、中身の予想は出来るので、さっさと確認しましょう。

 はい、予想通りでした。私はメニューに増えた追加インベントリ(小)を操作し、指定の色のウェストポーチを、テキトーに分けた時雨PT用のウェストポーチと入れ替えました。これで間違えることはありません。時雨に返事をし、そのままスキル一覧を眺め始めました。前は再精を見つけたので、面白いのがあるといいのですが。

 おや、再生が増えています。これはHPが全損したからでしょうか。HPが尽きると再生で、MPが尽きると再精が取れるようになるのでしょうか。HPに関してはヒールがあるので取らなくていいでしょう。ふと、料理スキルが目に止まりました。現実では普通に出来るので、ゲーム内でわざわざ取ろうとは思いませんね。このゲームには満腹度がないので、空腹になってペナルティを受けることもありません。どこかの企業とのタイアップで追加されることは多々あるので油断出来ませんが、それはその時でいいでしょう。

 よーし、MPが半分以上回復しました。これでもう1個作れます。そして、また空っぽです。だいたい5分あれば1個作れますが、スキルレベルが上がれば少しずつ短くなるでしょう。

 40分かかって10個作れました。これで二人のPT分は揃いました。後はフレンドリストにある二人の分も作っておきましょうか。価格も、欲しいかもわかりませんが、話のネタくらいにはなります。あ、シェリスさんが売るとしたらいくらで、実際売れるかも確認したいので、少し多めに作っておきましょう。

 MPを回復しながら作り、待ち時間の間にハヅチと時雨にはそれぞれメッセージを送りました。特にハヅチには売ってみていいかの確認もしなければいけませんから。ただ、戦闘中だと受信出来ないので、その内連絡が来るでしょう。

 途中、錬金がLV25になり3点複数作製というアビリティが解放されました。これは3種類のアイテムを使う錬金の時に、複数作れるようになるようです。作るポーションによっては便利そうです。

 その後、45分ほどかけてようやく全部終わりました。MPは尽きていますが、その分関連スキルのレベルが上っていきました。仕上げに、確認の鑑定をし――。


 ピコン!

 ――――System Message・所持スキルがLVMAXになりました――――

 【鑑定】がLV30MAXになったため、上位スキルが開放されました。

 【識別】 SP3


 【鑑定】【魔力操作】がLV30MAXになったため、複合スキルが開放されました。

 【魔力視】 SP3

 これらのスキルが取得出来ます。

 ――――――――――――――――――――――――――――――


 識別に魔力視ですか。識別の方は何となくわかります。それに対し、魔力視は説明を見ないとわかりそうにありませんね。えーと、何々、魔力が属性に応じた色付きで見えるそうです。また、属性がなくとも、魔力があれば見えるそうなので、ダンジョンに魔法系の罠があると便利そうです。ただ、物理的な物と複合されるとこまりますね。……そういえば発見というスキルがありましたね。隠れた採取ポイントやダンジョンの罠などを見つける為のスキルですが、魔力視と組み合わせるといいかもしれません。

 という訳で【識別】と【魔力視】と【発見】を取得し、【残りSP49】になりました。

 フレンドリストを見ると、リコリスはログインしていますが、シェリスさんはいませんね。ですが、何かをしている途中だと迷惑になるので、今度にしましょう。





 私は今、エスカンデに来ています。この街に来るのは久しぶりですが、やることがいくつかあったのを思い出しました。図書館と魔術ギルドです。攻撃魔法は上位スキルが解放されているので、そろそろ何か始まってもいいはずです。図書館では魔石(中)やそれを使える素材を探すのに使えそうですが、それは魔石(大)の実験が上手くいってからにしましょう。

 久しぶりの魔術ギルドです。


「魔術ギルドへようこそ! 見学ですか? 入門ですか? 弟子入りですか?」


 そういえばそうでした。前回は観光と言ったら見学にされたのでした。今回はどうしましょう。


「……あのー、はっ、そうですよね。まずは見学ですよね。では、こちらの水晶に手を乗せて下さい」

「あ、はい」


 どうやら勝手に進むようです。私が水晶に手を乗せると赤・青・緑・茶・白・黒の光がくるくると周り、円形になりました。私の記憶が正しければ前回は白と黒だったはずです。状況から考えるに、レベルマックスになった魔法スキルの色でしょう。

「おや。円形とは珍しい。実力も十分のようです。それでは魔術ギルドを案内しましょう」


 ピコン!

 ――――クエスト【魔術ギルドの見学】が開始されました――――


 おや、クエストですか。それにしては詳細もなく、ただ開始されたと出るだけですね。とりあえず受付嬢さんに付いていきましょう。


「この魔術ギルドの地上には六つの研究棟があります。それぞれ、基本属性である火・水・風・土・光・闇の魔法を研究しています。ですが、今回案内出来るのはそれぞれの表層だけです。上位魔法を研究している奥は、それ相応の実力がないと危険ですので」


 魔術ギルドを外から見ると、一本の中央にある巨大な塔とその周りに六本の塔がくっついています。それぞれが基本属性の研究棟だとして、複合スキルの研究はどこで行われているのでしょうか。地上にはと言っていたので、地下にある可能性もありますし、別の街にある可能性もあります。とりあえず、他の街を解放したり、そのあたりのスキルをマックスにすればわかることでしょう。

 案内された範囲には目ぼしい物はなく、基本スキルで使える魔法の魔法陣が壁に描かれているくらいでした。本当に表面しか見ることが出来ず、何の意味があったのやら。


「以上で見学は終わりです。最後にこちらの水晶に手を乗せて下さい」


 受付へ戻ってきた私は、受付嬢さんがどこからともなく六色の光が円を描いている水晶を取り出しました。私が手を乗せたものとは違うようです。

 言うとおりに手を乗せると、光が5つに別れ、私の中に入り込んできました。


 ピコン!

 ――――クエスト【魔術ギルドの見学】をクリアしました――――

 【探索魔法】を取得しました。

 【魔術】を取得しました。

 【治癒魔法LV1】を取得出来ます。 SP3

 【付与魔法LV1】を取得出来ます。 SP3

 【無魔法LV1】を取得出来ます。 SP3

 ――――――――――――――――――――――――――


 とりあえず一つづつ行きましょう。

 まずは強制取得となった探索魔法です。これはスキルレベルがなく、LVMAXになった魔法スキルに応じて、魔法が解放されるようです。今のところ、光源・給水・火種・気温・土台・暗闇があり、暗い所で光源を出したり、明るすぎる場所を暗くしたりといった名前そのままの効果のようです。今後必要になるダンジョンがあるのでしょう。次に、魔術ですが、魔術を志すものとなっています。恐らく、一種の称号のようなものだと思います。

 次は、治癒魔法です。これは回復系の魔法ですね。付与魔法もバフ・デバフ特化の魔法のようです。最後に、無魔法ですが、LV1で使えるのはマジックボルトとなっているので、無属性魔法ということでしょう。条件は不明ですが、取得しておきましょう。

 これで、残りSPは42です。

 魔法陣については何もなかったのが残念ですが、いろいろ手に入れたのでよしとする他ありません。





 次は図書館と思ったのですが、流石に本を読む時間はなさそうです。早めのログアウトを考えましたが、冒険者ギルドの納品クエストを頼りに周囲のドロップ品を確認しましょう。何か目ぼしい物があるかもしれません。

 魔術ギルドから冒険者ギルドへ向かう長い道程を歩いていると、後ろから慌ただしい足音が聞こえてきました。それが私の背後で止まると同時に声が聞こえました。


「リーゼロッテじゃないか。久しぶりだな」


 その声と同時に肩に手を置かれました。声に聞き覚えはありませんが、私の名前を知っている人は数少ないので顔を見れば……、いえ、爽やか系の人に見覚えはありませんね。そもそも私のフレンドリストに男はハヅチしかいません。

 相手を確認した後、視線を上げると、そこにはザインと表示されていました。


「あー、ザインさんでしたか。お久しぶりです」

「……名前を見るにしてももう少し隠してくれると嬉しいんだが」

「すみません、気が利かなくて。それでは失礼します」


 特に用もないので踵を返し冒険者ギルドへ向かいます。ですが、ザインさんが並んできました。


「そう邪険にしないでくれ……。君はこっちをベースにしていなかったのか? あれ以来見なかったが」

「センファストで行ってないところがあったので」

「そうだったのか。それで、何か新しい情報はないか?」


 新しい情報ですか。この人はちゃんと対価を払うと言っていたのでそれ次第ですね。とりあえず、見せてみましょうか。


「これとか面白いですよ」

 私はウェストポーチのインベントリから刻印済みのものを一つ取り出しました。さて、どんな反応をするのやら。


「これがか? すまんが鑑定はPTメンバーに任せていてな。装備してみていいか?」

「いいですよ。それ、持ち物装備なので」


 ザインさんは私が渡した桃色のウェストポーチを装備し、その効果を確かめています。


「えーと、え……」

「通常のインベントリの下か、埋め込んである石を触ると中身が表示されます。まぁ、何も入ってませんけど」


 よく見ればザインさんの足が止まっていました。これでは独り言になってしまいます。ですが、面白い反応をしてくれないので放っておきましょう。ウェストポーチの請求は値段が決まってから私の言い値で払ってもらうので。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。これをどこで手に入れたんだ」


 痛いです。

 慌てたザインさんが私の両肩を掴んで揺さぶっているからです。現実でこれをやられると頭がクラクラしますが、ゲーム内では視界がブレて気持ち悪いだけです。

 ただ、私の目の前にハラスメント警告が出ています。これは私の視線と連動しているようで常にはっきりと見えています。ザインさんの方にも出ているはずですが、見えていないのでしょうか。

 こういうボタンはどうにも押してみたくなります。では、ザインさんには悪いと思いませんが、押してしまいま――。


「貴女、悪いけどちょっと待って」


 横から出てきた手に止められてしまいました。ふっふっふ、手を塞がれても無駄です。何せ、これは声にも反応するのですから。


「パンプキン、ザインを引き剥がして」


 おや、口は塞がないわけですか。まぁ、そうなっても明確な意思を持てば、思考操作で通報出来るわけですが。


「ん」


 余裕を持ってそんなことを考えていると、揺さぶっていたザインさんが引き剥がされ、私は横から来た女性に支えられています。この人達はザインさんのパーティーメンバーなのでしょう。流石にメンバーがハラスメント警告を受けたとなれば、醜聞が立ちますね。


「うちのリーダーがごめんなさい。知り合いって聞いてたんだけど、やっていいことの範囲を超えていたわ」

「いえ、あのボタンには惹かれますよね」

「……貴女変わってるわね」

「ええ、そうですよ」


 こういうのは肯定しておくと相手が困るものです。基本的に否定するのを前提に会話を考えるものですから。それに、よく言われるというか、自覚もあるので気にはなりません。


「すまない、気が動転してしまった」

「もういいですよ、実害ありませんし。それで、それはどうします?」


 私が指差す先には桃色のウェストポーチがあります。こうしてみると渋い色合わせの軽装にあいませんね。わかってて渡しましたが。


「これをどうしたんだ?」

「情報料次第です」

「それ、ハヅチブランドよね。ポーション入れるのに便利だからって人気よ。代理販売しかしてないから、手に入れるのは苦労するけど」


 ハヅチ……ブランド?

 私の弟はいつの間にブランドを作ったのでしょうか。


「これがか。だが、この機能ならもっと噂になっているはずだ」


 ザインさんは似合わないウェストポーチをはずそうとしています。

 おっと、それはさせません。

 私はインベントリから青いウェストポーチを取り出し、女性に手渡しました。


「どうぞ、持ち物装備です」

「ありがとう」

「いくつあるんだ……」


 空色の髪の女性は不思議に思いながらも装備しました。他のパーティーメンバーは不思議そうに見ていますが、一人、影の薄そうな人が、鋭い目でウェストポーチを見ています。


「え……、こんなの、聞いてない。何でインベントリが付与されているの!」

「プレイヤーメイドなのか?」

「ウェストポーチの製作者は知られているようですから、答えるまでもありませんね」


 果たしてこれをハヅチが作ったと思うのか、それとも、他の誰かが加工したと思うのか。気になりますが、少し飽きてきました。


「リーゼロッテ、この前は断られたが、フレンド登録してくれないか?」

「今回の情報料次第と言いたいですが、構いませんよ。それと、その二つも預けておきます。ただ、他の人にも渡す予定なので、そこまで高くなくていいですよ」


 それだけ言うと、私はザインさんとフレンド登録をしました。それを分解して作り方がわかったとしても刻印を使えるようになるにはかなりの時間がかかります。それまでは私の独占ですし、私だけで全プレイヤー分作るには無理があるので、作れる人には出てきて欲しいです。


「それでは、そろそろ落ちますので、お疲れ様です」


 晩御飯の買い出しのために一度ログアウトです。





 ログアウトしました。さて、今日の晩御飯は何にしましょうか。スーパーで考え事をしていると、メールが届きました。

 えーと、何々。

 晩御飯の準備は不要になりました。伊織の家から伊織とハヤシライスのお裾分けが来るからです。それではお礼も兼ねて甘いものを用意しておきましょう。

 時間が余ったので、スマホから公式HPにログインし、シェリスさんとリコリスにメッセージを送ることにしました。受信は出来ませんが、送信は出来るので、便利です。

 三人での晩御飯、そしてデザートを堪能し、HTOの話になりました。その内容はもちろん刻印についてです。


「インベントリ以外も出来るのか?」

「出来るんじゃないかな? 下級魔法になると陣も複雑になるから、手書きだと大変だし」


 実際、刻印を取得してからは、手書きではなくそれを使うのがメインになると思います。作る際のMPの消費は激しいですが、基本魔法のスクロールと同じように連発出来たら凄いことになりますね。


「そうそう、私のパーティーメンバーもインベントリの大きいのが使えるなら、注文したいって言ってたから、全員分、預かってるよ」

「裁縫家が結構レベル上がったから鞄作りに関しては問題ねーぜ。いやー、真ボスからのドロップ品は経験値がいいぜ」


 生産スキルは素材によって経験値が違うようですが、そこまでいい素材だったとは。


「ああ、それでウェストポーチの情報はどうする?」

「そこは茜に任せるよ。俺は鞄を作っただけだ。だから鞄の代金だけをもらう」

「私は手を貸してないから、何も言う権利ないんだよね」


 葵も伊織も謙虚です。


「そう言われると、作る気なくすんだよね。だって、私達の分があればいいんだから」


 二人に利益があれば時間をかけて作ろうと思います。けれど、それがないのであれば、知り合いに回して終了です。ザインさん達にも現物を渡すだけです。


「いや、かなりいい金策になるんだから、作れよ」


 それはわかっています。ほぼ独占市場ですから。ですが、面倒です。とても面倒です。


「むう……」

「それじゃあ、私は魔石を見つけて茜に供給すればいいんでしょ」

「俺は鞄だけど、一応エスカンデ付近のドロップで試作するから、それ次第だな」

「それじゃ、普通のプレイの合間に作れるだけ作りますか」


 二人には二人のPTがあります。巻き込みはしますが、拘束はしません。


「ねぇ茜、魔石は昇華出来ないの?」

「……」


 パチクリ。

 思わぬことに気付かされてしまいました。錬金はまだLV26ですが、昇華を使えばLV30はすぐのはずです。出来ればの話ですが……。


「伊織にも鞄の素材を任せよう。装備に使わない素材を葵に回してくれれば高値になるはずだし」

「茜が成功したら、そうするね」


 そんなわけでログインしたらウェストポーチを渡すことになりました。あ、一つ言っておかなければいけません。


「そうそう、ウェストポーチは知り合いにも配るつもりだから、二人ももっといるなら言ってね。葵次第だけど」

「「……知り合い?」」


 二人して酷いです。私にだって知り合いの三人くらいいます。


「フレンド登録5人もいるんだから」

「普通はもっといるぞ」

「そうそう。それに、その内二人は私達でしょ」

「……リコリスとか、シェリスさんとか、ザインさんとかいるもん」


 いじけてやります。ああ、お茶が美味しいです。

「……何で攻略組のザインを知ってんだよ」

「茜だからねぇ」


 何でしょう、二人の反応が妙です。そもそも最前線がどうしました?


「やっぱ覚えてねーか。多分だけど、そのザインってエスカンデの手前にある草原の門をクリアしたPTのリーダーだぞ」

「ワールドメッセージ流れたでしょ」


 ……覚えていません。草原の門はわかりますが、あそこをクリアしたのは誰でしたっけ。


「いや、いいんだ。茜だからしょうがねぇ」

「そうだよね」

「いいさいいさ」


 もう私はいじけました。それでいいんです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る