1-19

 ザインさんの控室を訪れると、ザインさんの他にユリアさんと知らない魔法使い風の女性がいました。源爺さんやエレーナさんはいませんね。


「わざわざ来てもらってすまない。まずはアウラを紹介しよう。うちのもう一人の魔法使いだ」

「ちゃんと話すのは初めてなので、初めまして、アウラです」


 あー、きっとウェストポーチの受け渡しの時にいたのでしょう。あまり、というか、まったく意識していなかったので覚えていませんでした。


「どうも、リーゼロッテです。話の前にマル秘メモの対価を支払いましょうか」


 貸しはそのままにしておいた方がいろいろと使えて便利ですが、借りは早く返すべきです。そのために私が手を伸ばすと、どうやら何も知らないアウラさんはすぐに手を取りました。ああ、ユリアさん、何も教えていないんですね。それではMPを流し込みましょうか。


「え……、ん…………」


 おや、耐えますか。ふむ、それはそれで眼福です。


 ピコン!

 ――――System Message・スキルを伝授しました―――――――――

 【魔力操作】を伝授しました。

 SPを1入手しました。

 ―――――――――――――――――――――――――――――


「……終わったんですか」

「ええ、終わりです」


 残念ですが、終わってしまいました。ええ、本当に残念です。


「そんなことをするのか……」

「ザインさんにはやりませんよ」


 男の人が悶えるのを見て何が楽しいのか私にはわかりません。まぁ、それが好きな人がいることは、否定しませんが。


「いや、それはいい。それで時間は大丈夫か?」

「まだ大丈夫ですよ」


 特に晩御飯の連絡もないので、問題はないはずです。


「実は、最前線のプレイヤーの一部で……、いや、まずは謝っておこう。君が表に出たがらないのを知っておきながら少々強引な手を使った。申し訳ない」


 言うほど強引でしょうか。ハヅチとの決勝戦で要求した内容には疑問を感じますが、その後のエキシビジョンの要求は、イベントを盛り上げるためともとれますし、拒否権自体はありました。まぁ、受けろという周囲からの圧力を感じなかったといえば嘘になりますが、私と関係のない人達からの圧力を気にする気はありません。それに、試合をすることを選んだのは私です。


「はぁ……」


 そもそも、ザインさんに謝られたからといって、何かあるわけでもありませんし。


「それで本題だが、最前線のプレイヤーの一部で君のことが話題になっている。どうにも、君が蜃気楼の指輪を解除するのを見ていたプレイヤーがいるそうで、老婆に変装して露店をしていたのも知られている。流石に無許可のスクリーンショットはシステム的に撮れないから、完全に知られているわけではないが、いくつかの派閥が君の確保を狙っているんだ」


 ……なんともご苦労なこって。確かに、売り切れた後に平然と効果を解除した記憶がありますし、あの時はシェリスさんと普通に話していたので、聞かれていれば、知られていてもおかしくありません。けれど、私を狙ったところで何か出るとも思えませんが。


「そんなことして意味あるんですか?」

「ウェストポーチだけでも、十分に利益が出るぞ。それに、今回の賞品の鞄のこともあるから、大きいのが作れることも想像できる」


 ユリアさんの方を見てみると、どうやら私が教えたことは伝えていないようです。PT内で隠し事されるって、大丈夫ですかね。

 現状、材料も考えると中型インベントリまでは作れますが、知っている人は知り合い以外にはいません。アイテムとしても5個しか存在していませんし。けれど、想像するだけは自由ですね。


「それで?」

「今回のイベントで、俺達と君が知り合いだと知らしめておきたかったんだ。何かあったら頼ってくれと言ったが、君との関係を知られていない状況で、最前線の他の派閥が本格的に動き出したら、後手に回ってしまう。そのために、無断で先手を打たせてもらった」


 最前線というのはなんとも面倒なことをしているんですねぇ。まぁ、有名になりたいという人もいるのは事実ですから、わかりますが、囲い込もうとして失敗するのは基本ですよ。


「前もって言ってくれればよかったのに」

「それもそうなんだが、君が協力してくれるのかわからなかったから……。今回のことも、君からすれば、面倒事だろうし」


 私としては後の面倒事を回避するためなら、ある程度の面倒事はこなします。まぁ、今回はイベントということもありましたし。ですが、一応一つ確認しておきましょう。


「とりあえず、そちらの言い分はわかりました。けれど、派閥争いでザインさん達はどのくらいの位置にいるんですか?」


 私が知っている数少ない最前線のプレイヤーなので、派閥毎の力関係は一切わかりません。念のため、確認しておきましょう。


「最前線の格付けは基本的にワールドメッセージの数で付けている。それも、ダンジョンの発見よりも街の開放に繋がるものの方が大きく影響する。それもあって、人数は少ないが、俺達が現状は一番だ」


 ザインさんの発言の真偽は置いといて、自分が一番と恥ずかしげもなく言えるのは、トーナメント優勝という事実があるからでしょうか。まぁ、他の派閥の人達と同じ認識なのであればいいのですが。


「そうですか。まぁ、その時が来たら頼りにさせてもらいますね。」


 頼ってと言ったのはユリアさんですが、向こうから言い出したのですから、ザインさん達に頼ってもいいという認識でいいはずです。まぁ、今日以降のログインはかなり先になるので、連絡も取れない状態で頑張ってもらいましょう。

 話も終わったので、一度ログアウトです。





 トーナメントが終わり、現実の夜にはクランを作るためにログインしました。センファストのポータルから冒険者ギルドへ向かって歩いていると、いくつもの視線を感じ、小声で私の名前が囁かれているような気がしました。あそこまで目立ってしまえばしかたありませんね。

 私が冒険者ギルドに足を踏み入れると、時間前だと言うのに全員揃っていました。何ともまぁ、皆楽しみにしていたようです。


「またせちゃったかな?」

「いえ、時間前なので問題ありません。それに、お姉様のことならいつまでも待てますわ」

「いや、流石にいつまでも待たせないから」

「それじゃ、クラン作ってくっから」


 ハヅチだけが私達の輪から抜けてギルドの受付へと向かいました。その結果、ハヅチのPTメンバーのブレイクさんとロウさんが居心地を悪くしています。よく考えれば女子率の高いクランですね。これは何とも悪い笑みが浮かびそうです。


「リーゼロッテ、流石にハヅチみたいに扱っちゃだめだよ」

「それは残念」


 先に言われてしまったので、大人しくしておきましょう。


「おっし、お待たせ。それじゃあ全員に申請送るから」


 ハヅチがそう言うとクランの勧誘ウィンドウが現れました。ここに来て拒否するつもりはありませんが、クランマスターとクラン名はしっかりと確認しておきましょう。

 私がクランに入るとメニューのクランという文字が光り、クランメニューが使えるようになりました。メンバーのログイン状態や寄付など、いろいろと出来ることがあるようです。


「あっちの扉が使えるようになったから、とりあえず行こーぜ」


 ハヅチが指差す先にある扉にはクランルームと書かれたプレートが下がっています。そこから中に入ると、一本の長い廊下と沢山の扉がありました。一番手前の扉には『隠れ家』と書かれたプレートが下がっているため、出来た順のようです。一番最初に出来たクランとは、全然隠れられていませんね。

 そして、中に入ると広い玄関がありました。玄関の先にはリビングの様な部屋がありますが、家具がないため、殺風景です。これからはクラン用に資金を貯めて備品を揃える必要がありそうです。


「あっちが個人用の部屋への扉で、そっちの扉が生産設備を作った時用の扉だ。後は、いろいろと拡張出来るようになるのと、街に土地を買うとそこからも入れるようになるらしい。これは個人用のプレイヤーホームや店と同じだな」


 なるほど、店を作ってクランハウスと繋げることも出来そうですね。後はポータルを作れば、ログイン地点に指定出来るとのことです。


「そういえばさ、クランの資金はどうするの?」

「それについては長くなるからとりあえず座ってくれ」


 そう言われて私達はその辺に座ることにしました。家具が何もないので全員が座るには問題ない広さです。まぁ、家具があっても問題なさそうですが。


「よし。これはあくまでも案だが、PTで狩りをした時の一部を入れるか、公平に一定期間に同じ金額を入れるでもいい。他に何かあるか?」

「はーい。皆で鞄の材料集めて、インベントリ刻印して、利益の一部を皆で割って残りを入れるってのは? ある程度資金が出来たら材料を買い取ってもいいんだから」


 簡単にいえば私が丸儲けしていた分をクランの資金にするということです。魔力操作については少しずつ広めていますが、遠慮しているのか魔法陣を取らない人が多いので、自力で発見してくれるのを待っていても、かなりの時間が掛かるでしょう。その間は確実に独占出来るのですから、ボロ儲けです。


「……リーゼロッテ、出来ればその悪い顔は止めてくれ」


 おや、ボロ儲けが表情に出ていたようです。ですが、反対意見は出ないようです。どうやら楽して儲ける方法だと思ったのでしょうか。


「まー、品切れには注意しないといけないから、売り始めるまでが大変だけどね」


 そう、いくら便利だとはいえ、品切れが続いてはそのうち忘れられてしまいます。消耗品と違って買わなくなるということはないと思いますが、売れ行きは落ちるでしょう。


「ちょっと待って欲しい」


 声を上げたのはアイリスでした。どうやら皆の様子を伺っていたようですが、無理な点でもあったのでしょうか。皆の視線がアイリスに向くのを確認すると、ゆっくりと話し始めました。


「リーゼロッテの案、それはとても魅力的だ。だが、二つほど問題がある。一つは上限があることだ。消耗品や通常装備と違って更新する必要がない。つまり、プレイヤーの人数が上限になる。そして、二つ目は、あまりにも一部のメンバーに依存しすぎているということだ。何せ、ハヅチとリーゼロッテ、この二人がいなければ作ることが出来ないのだから」


 確かにそうです。今は中型インベントリが精一杯ですが、大型インベントリを使える鞄が出来た時くらいしか、更新する機会がありません。けれど、二つ目の問題点は、それが理由でもあります。私とハヅチが少し時間を使えば作れる物だから提案しました。それはハヅチも同じようです。


「俺はクランマスターだから多少依存されたところで仕方ないと思ってるけどな。それに、メニューで一括生産出来るし」

「私は金策が面倒だから物納で済めばと思ったんだけど、駄目かな?」


 物納というよりは体で払うという感じでしょうか。


「……駄目では無いんだが」

「アイリスさん、俺達も同意見だ。いくら素材を集めると言っても資金が集まって買って集める段階になったら資金集めが俺達の手から離れちまう。それはよくない。けれど、クランハウスの様子を見るに、かなりの金額が必要になるのは間違いない。そこで、それぞれの寄付との両立は出来ないだろうか」


 要するに、クランのために自分たちもしっかりと貢献している実感が欲しいということでしょう。


「私の分は鞄の代金から引いてくれるならかまわないよ」

「リーゼロッテもこう言ってるし、どうだ? 金額についてはこれからになるが、金策の手段が複数あれば、一つ目の問題もどうにかなるだろ」

「ああ、そうして欲しい。寄付だけではいろいろ揃えるには時間がかかりそうだしな」

 この後は寄付の金額についての相談ですが、とりあえず鞄の売れ行きを見てからになりました。

「それじゃあ個室の――」


 ピコン!

 ――――World Message・ワールドクエスト【閉ざされた門を砕け】がクリアされました――――

 プレイヤー・【マスタークンフー】率いるパーティー【憂さ晴らし】によって、閉ざされた門の破壊が完了しました。

 これより60分後、【ノーサード】への門が開き、ポータルによる移動が可能になります。

 なお、【ノーサード】のポータルは現地に行って登録する必要があります。

 ―――――――――――――――――――――――――――――


 おや、第三の街が解放されたようです。確か北の坑道というダンジョンをクリアする必要があるので、すぐには行けませんが、行ける場所が広がるのはいいことです。


「――割り振りは……」

「割り振りしちまおうぜ」

「ああ、そうだな」


 ワールドメッセージに邪魔されましたが個室の割り振りも済ませ、クランの本格稼働は私達の大半がプレイ時間を確保出来るようになる来週の半ば以降になりました。何気に学生が多いようです。ただ、何もせずに解散するのはつまらないということで、準備不足は否めませんが、北の鉱山に挑むことになりました。ザインさんから受け取ったマップデータは共有出来る人には渡したので、道に迷うことはないでしょう。





 簡単な補給を行い、北の鉱山へ来てみると、多くのプレイヤーが同じことを考えていたようで人でごった返しています。これはMOBよりもプレイヤーの方が多いようです。戦闘は片手で数えられるだけで終わり、今はボス部屋で順番待ちをしています。


「今更だけど、ここってインスタントダンジョンじゃないんだね」

「草原の門はチュートリアルも兼ねてるらしいから、ああなってたけど、街と繋がってるダンジョンは基本パブリックなんだってさ」

「なるほど。でも、ボス部屋はインスタントなんだね」

「流石に時間がかかるから、同時に戦えるようにしてるんだってさ。それでも、最大数には制限があるから、こうして待ってるわけだけどね」


 私は時雨PTにお邪魔しているわけですが、ボス部屋の扉が一度開く度に、一つのPTが入っていきます。扉は同じでも、中は違うようで、複数のPTがかち合うことはないようです。

 しばらくしてハヅチPTが先にボス部屋へと入っていきました。そこそこ待ちましたが、次は私達です。


「さて、もう時間もないが最後の確認だ。情報通りなら、ここではメタルゴーレムが2体出てくる。特徴としては物理防御がかなりたかい。そこで、今回の火力はグリモアとリーゼロッテに担当してもらう。モニカはリッカと、私は時雨と組んでそれぞれの相手をする。グリモアとリーゼロッテはモニカ達が相手をしている方を先に倒して欲しい」


 この説明は並び始めた時にも聞きました。ヘイト管理という点に於いて、私達が高火力の魔法を叩き込んだとしても、盾職でヘイトを稼ぐスキルを持っているモニカなら、タゲを維持できるという考えです。ちなみに、リッカには元々持っていた【ライトヒールのスクロール】と、今作った【ハイヒールのスクロール】を渡してあります。私達が攻撃に集中して回復を忘れた時のために持ってもらいました。各々最後の確認をし、ボス部屋の扉が開きました。


「それでは行くぞ」


 PTリーダーのアイリスの掛け声で私達はボス部屋へと入ってきました。

 ゴツゴツとした岩壁のドームになっており、高い位置に等間隔に灯がともりました。部屋の中央には二つの大きな岩……、いえ、鉄の塊でしょうか。ボスの情報からしてメタルゴーレムの待機状態だと思いますが、それが鎮座しています。扉から離れ、扉とボスの間に着くと、部屋が揺れ、鉄の塊が人の形へと変化しました。鑑定しなくてもメタルゴーレムAとメタルゴーレムBという名前が表示され、HPバーも見えます。


「私達がAを担当する。先にBを頼む」


 そういってアイリスと時雨はメタルゴーレムAへと向かっていきました。二人は手持ちのアーツや魔法を使い、メタルゴーレムBから引き離すように動いています。


「そんじゃ、あたし達も始めるよ。【ハウル】」


 モニカがヘイトを稼ぐスキルを使い始めました。グリモアはモニカがどの程度ヘイトを稼げば攻撃しても大丈夫かわかっているようなので、しばらくはバフを掛けるだけです。前の時と比べ、モニカが使うアーツが増えているのは成長の結果なのでしょう。

 メタルゴーレムという名前から、無属性という推測がされていたようですが、魔力視で見る限り、茶色の魔力が見えます。識別と連動させているため、土属性の中とわかりました。極小と比べると風属性の通りがよくなり、水や土属性の通りが悪くなります。雷は風と水の複合になりますが、土属性には相性が悪いので、使える魔法が少ないです。こんなことなら聖魔法と冥魔法もレベルを上げておくべきでした。PTメンバーの魔法からはダメージを受けないとはいえ、影響は受けます。つまり、シャドウやシャインを使うと視界に悪影響が出ます。それは避けなければいけません。

 とりあえず、グリモアにもメタルゴーレムの属性を伝え、上手く回してもらいましょう。


「汝、我に続け。【エアブラスト】」

「【エアーランス】」


 グリモアが魔法を使い始めたのに合わせ、私も魔法を使い始めました。相手は物理防御力が高いので、鉄魔法も除外します。手持ちの魔法で邪魔にならないのは風と火と無だけですね。

 それにしても、どこかに文字があればEを削るように魔法を放つのですが、そういう倒し方は出来ないようです。

 何度も攻撃をしていると、メタルゴーレムのHPが赤くなり、パターンが変化しました。動きが激しくなり、盾で防いでいるモニカの掛け声が大きくなりました。


「こんのー」


 それにしても、これまで一度も私達にタゲを移さないとは、流石です。このまま何の問題もなくメタルゴーレムBを倒し、時雨達が受け持っているメタルゴーレムAへと移りました。流石に、2体同時に倒すとか、一定時間で復活するといったギミックはなく、2体のゴーレムを倒し、第三の街、ノーサードへと到着しました。最初のPTが独占出来る時間は終わっているため、多くのプレイヤーが観光していますが、私達はポータルを登録し、この街の冒険者ギルドへと向かいました。ここからでもクランハウスに入ることが出来るため、クランハウスで何もありませんが簡単な打ち上げをすることになりました。


「それじゃあ、このクランの本格稼働は先になるが、これからよろしく」


 ハヅチの何の捻りもない言葉で今日は幕を閉じることになりました。何人かはこの後街を見て回るようですが、私を含めた数人はここでログアウトするようです。とりあえず、テストが終わるまではゲームに触るつもりはないので、皆とはしばしのお別れです。


「お疲れ」


 そう言ってログアウトしました。

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