2章 2体の従魔
2-1
Hidden Talent Online で【隠れ家】というクランを作って一週間と少し、一学期中間テストの最後の科目が終わりを告げるチャイムが鳴りました。その後のホームルームも済んだので後は帰るだけです。ですが、私は今、伊織と共に自由時間を満喫しています。
「茜はテストどうだった?」
「んー、問題ないと思うよ。伊織は?」
「私もかな」
テスト後特有の他愛ない話をしながらも伊織が動く度に揺れる大きな胸に目を奪われていると、人の減った教室で私達に近付いて来る足音が聞こえました。
「御手洗さんに東波さん、ちょっといいかな?」
「よくない」
名前を呼ばれたので最低限の礼儀で顔を見ましたが、クラスメイトの内の誰かということしかわからないので、いいと言う訳はありません。よく知らない間柄なのですから、用があるなら時間があるか聞くついでに簡単な用件を付け加えるくらいはして欲しいです。
「茜、クラスメイトの名前と顔くらい覚えなよ……」
「名前と顔は覚えたよ。一致してないけど」
まったく、失敬な。ここは目の前にある私と正反対の物にわからせるしかありませんかね。
「あはは……。それじゃあ手短に言うけど、うちのクラスのHTOプレイヤーで打ち上げしようって話てるんだけど、二人共参加しないか?」
「しない」
「茜もこう言ってるし、私も遠慮しようかな。……それと、それ以上手を近付けたら叩くよ」
……く、気付かれていましたか。仕方ありません、今度にしましょう。
一応、クラスメイトが示す先を確認すると、6人の男子が視線を向けた私達に対して手を振っています。そこにいる男子の中に名前と顔が一致している人はいません。なら、仲良くないので打ち上げをしても楽しくないでしょう。
「HTOでPT組んでどっか行くつもりなんだけど、それでもだめかな?」
「上限こえるから」
向こうで固まっている6人と目の前にいるクラスメイト1人、それに私と伊織を足すと、全部で9人になります。一PT6人までですから、やりずらいことこの上ありません。
「そんなわけでごめんね、池田君」
ああ、この男子が池田君ですか。まぁ、そのうち名前と顔を一致させるとしましょう。大丈夫、一年もあるのですから、そのうち一致しますよ。
そんなやり取りの後、帰り道に伊織からテスト期間のことを聞きました。何でもクランメンバーが少しずつ鞄とウェストポーチの材料を集めたため、後はインベントリを刻印するだけだそうです。販売は土曜日からと告知しているそうなので、ログインしたら刻印して欲しいそうです。
家に帰り、HTOのアップデートをしながらその内容をゆっくりと確認することにしました。テスト期間中は一切起動しなかったので、トーナメント後のパッチがまるまる残っています。それに、アップデートが終わる頃にログインしてもゲーム内は夜中なので、急いで内容を見る必要もありません。
アップデートは、非戦闘時の装備の取扱や、食材アイテムの入手方法の緩和、クランシステムや満腹度の実装が主だった内容です。後はスキルの細かい調整などもあるようですが、それについての詳細は書かれていません。どうやらスキルに関しては大きな変更がない限り、個別の記載はしない方針のようです。
公式HPにはアップデート以外に一つ大きな変更点がありました。それは、トップページに流れているPVです。PVのページにはトーナメントの試合を元にした物が追加されていますが、トップページには新しいのが流れています。何となく見ていると、各試合の見せ場を上手く編集していて、中々に見応えのある内容です。私がエレーナさんを倒した時の映像も使われていますが、気絶した相手に追撃した部分はカットされています。流石にイメージの問題があるのでしょう。
さて、ゲーム内は夜ですが、アップデートも終わったので軽くログインしましょう。
久しぶりのログイン画面には、最後にログインした時と変わらず、私のアバターが表示されています。きついつり目で翠色の瞳に、腰まである白に近い銀色の髪、先の折れた三角帽を被り、フード付きのローブに袖を通しているため、どこからどう見ても魔女風です。白いブラウスと茶色の編上げブーツ以外は黒いですが、魔女風なので、問題ありません。それにしても、左右に回転は出来るのに、上下回転が出来ないのはどうしてでしょうか。自分のアバターなのですから装備がスカートだとしても、出来てもいいでしょうに。
まぁ、いつまでも眺めていてもしかたないので、ゲームを始めましょう。
テロン!
――――運営からのメッセージが一通届きました。――――
――――フレンドメッセージが一通届きました。――――
おや、二通ですか。運営からは何か注意を受けるようなことをした記憶はありませんが、怯えながらメッセージを開くと、イベントに関することでした。すっかり忘れていましたが、イベントの賞品を作ったプレイヤーは、作った賞品を選んだプレイヤーの順位に応じて報酬が貰えます。その案内で、今月中に受け取らないと、無効になってしまうので、冒険者ギルドの中にあるクランハウスに行ってから中を見るとしましょう。
次に、フレンドメッセージを開くと、シェリスさんからでした。そういえば、イベントの後に店を持つかもと言っていたのですが、生産クランに入ってそっちの準備で忙しく、個人の店は持っていないそうです。一応、クランショップに商品を並べているので、気が向いたら見て欲しいと書いてありました。所属している生産クランは【MAKING&CREATE】という名前で、トーナメントでザインさんに装備を作った人が関わっているそうです。では、何かの機会に向かうとしましょう。
「おい君、聞いているのか?」
いつの間にか正面に人が立っていました。メッセージの確認は邪魔にならない位置でしていたので、誰かの邪魔をしているとも思えません。特に用もないのでさっさとクランハウスへ行ってしまいましょう。そう思い、立ち去ろうとすると、肩を捕まれ無理やり振り向かされます。どうやらSTRが高いようで、私にはどうにもなりませんね。ハラスメント警告でも出てくれればやりようはあるのですが。
「聞いているのかと聞いている」
「聞いてませんし、聞く気もありませんよ」
「まったく、もう一度説明する、今度こそ聞くように」
何とも無駄に偉そうな人ですね、聞く気もないと言っているのに。よく見れば、後ろに同じような鎧を着た一団がいます。鎧の種類には詳しくありませんが、全身鎧ですね。まぁ、兜に関してはバケツヘルムだったり、フルフェイスだったりと、バラバラですが。
「であるから、我々は――」
さて、メッセージの確認も終わったので、そろそろ行きましょうか。クランハウスに誰かいれば、報酬に関して自慢してもいいですし。
「おい君、どこに行く」
「何処の誰だか知りませんし、興味もないですし、貴方に教える必要もありません」
何なんでしょうか。まぁ、何かしら拗らせた人達でしょう。そんな人達を構う必要も構ってあげる気もないので、さっさと行きましょう
「待て!」
さっきから五月蝿い人が再び肩を掴んできました。ふむ、やはりSTRの差ですかね、振りほどこうにも振りほどけません。そのまま力任せに振り向かされ、両肩を押さえつけられました。ただ、ハラスメント警告が出て、相手の顔と被っていますね。そういえば、前は押しそこねましたので、押してみましょう。ポチッとな。
「うぉ」
私の肩を掴んでいた人が弾き飛ばされ、ポリゴンとなってどこかへ消えてしまいました。私が押したハラスメント警告の画面には対象のプレイヤーを一時的に特別エリアに隔離したと表示されています。こういう風になるわけですか。更に、ブラックリストに登録するかどうかさえ出ています。流石に名前を知らないプレイヤーなので、名前は出ませんね。次にまた来ても迷惑なので、登録してしまいましょう。
流石に私の行動が予想外だったのか、謎の一団は一歩遠ざかったまま、近付いてきません。それでは、この人達を気にする必要はないので、クランハウスへ向かいましょう。
途中、武器を手にしていないプレイヤーが多いことに気が付きました。そういえば、装備をしたまま、しまえるようになったんでした。ふむ、私の両手杖は大きいので、しまってしまうと、楽ですが少し物足入りないですね。まぁ、しまえるのは非戦闘時だけなので、フィールドでは武器を出すのでそれでよしとしましょう。
冒険者ギルドの中からそのままクランハウスへ行ける扉へ向かい、中に入ると、殺風景だったクランハウスに家具が増えていました。居間にはソファーやテーブルなどがあり、話しながらくつろげるようになっています。かなり驚きましたが、その資金はどこから出ているのでしょうか。
「あ、やっときた」
「時雨は早いね」
ソファーでくつろいでいる時雨は、最後に見た時と同じように、巫女風の装備です。炎のような色の目と髪ですが、その由来を聞いた時は、鍛冶をするのだから炎の色だと言っていました。大きい胸を胸当てで抑えているのは私へ喧嘩を売っていると判断したいのですが、面白みのない勝負はしません。ちなみに、例のうさ耳ハットは健在のようです。
「あそこの金庫からクラン倉庫使えるから、鞄とウェストポーチ出して刻印しといてくれる? あ、魔石は用意してないから、それもお願いね」
「りょーかい。魔石代はクランへの寄付の一部ってことでいいの?」
手持ちはないので、オババの店に行かなければいけません。一応持ち出しになりますが、その辺りは確認しておかないと、後のトラブルになります。
「とりあえず今回はそれでお願いしたいから、後で金額も教えてね。次からは、金額見て相談するから。それで、倉庫に金庫機能ついてるから、売上の一部を分配する時に使うから、覚えておいてね」
「りょーかい」
それでは鞄の数を見て、魔石の必要個数を確認します。
……これは骨が折れそうです。魔石(小)は100G、魔石(中)を作るのに小が10個必要なので1,000G、それを必要個数分ですが、こうしてみると魔石は安いですね。
「オババオババー」
「何じゃ小娘、こんな時間に。しばらく静かじゃったのに、騒がしいのう」
やはりこのやりとりは久しぶりです。けれど、夜中でも店が開いているとは流石NPCのお店です。ただ、微妙に変化があるのは凄いですね。
今回は買い物に来ただけなので、魔石(小)を買い込んでクランハウスへ戻ります。
クランハウスに戻ってくると、ハヅチもログインしていました。こちらも相変わらずの忍者風の装備で、マフラーを使い口元を隠しています。前に忍者装備と言ったら違うと怒られたので、忍者風装備ということにしています。それと、口元を隠すマフラーをたなびかせるというのにはこだわりがあるそうですが、聞くと長かったので、覚えていません。ただ、髪色が灰色なのは、黒だと現実と同じになってしまうからだそうです。
二人してくつろぎながらメニューを操作しているのを見ると、仲がいいのがよくわかります。
「戻ってきたか。そんじゃ、装備の修復するから貸せ」
「さっそく脱げとは……」
まったく、実の姉を脱がせて何が楽しいのでしょうか。
「……無理にとは言わんが、大丈夫か?」
「実のところ、MPを大量に使うからステ補正がおしい」
正確な数値は知りませんが、装備補正は馬鹿になりません。ウェストポーチは小さいので刻印でのMP消費が大きく、鞄の方が消費が少ないというのは、内容量を考えるとおかしいですが、そういう仕組みなので、気にしないでおきましょう。
「そっか。休止中に鍛冶工房と裁縫工房は作ってあるから、必要なら言ってくれ。後、錬金と調合、どっち先に作るんだ?」
「工房? 別にオババの店あるからなくてもいいよ」
何せNPCであるオババが直に教えてくれるのですから、わざわざ作る必要はありません。さらに、私よりも先を行くリコリスも使っているので、別の場所に作る理由が見当たりません。
「中級スキル取ると、専用の大型設備とか使えるようになるから、作っといた方がいいぞ」
んー、生産を鍛えるつもりなら作るべきでしょうが、私は大鍋をかき混ぜたいだけなのですが……。
「調合の方、作っとこうかな。基本値のポーションでもあるならあった方がいいでしょ」
「そんじゃ、次はそっちな。ところで、イベントの報酬、もらったのか?」
「あ」
おっと忘れていました。クランハウスで見るつもりでしたが、鞄に気を取られていたため、すっかり抜け落ちています。それでは刻印しながら見ましょうか。
ソファーに腰を下ろし、作業しながらウィンドウを開くと、ハヅチと時雨に両側を取られました。無言ですが、ウィンドウの可視化を要求されているのがわかります。ええ、長いものには巻かれる主義なので、二人にも見せましょう。ボタン一つで可視化されるので、便利といえば便利ですね。
「種類別になってるんだね」
一通り目を通してみましょう。
「鉱石、植物、布……、情報通りか」
「ポーション詰め合わせに、生産用の道具もだね」
二人があーだこーだ言いながらスクロールするかのように指を動かしています。けれど、私のメニューを触れるのは私だけなので、私にしか動かせません。鞄に刻印をしながら見ているので、ゆっくりなのがもどかしそうです。
「生産用の素材と道具には興味ないなー。……ん? 設備?」
大鍋でもあればいいのですが、中身はなんでしょう。
「……工房」
「なぁ、リーゼロッテの鞄って選んだのはザインさん達だよな」
「表彰式でそんなこと言ってたよね」
「あー、個人名はなかったけど、両方共1位の人が選んだって書いてあったよ」
運営からのメッセージを読み込んではいませんが、そんなことが書いてあった気がします。つまり、私が一番いい報酬を選べるということです。そして、選択肢には工房も含まれているということですね。
「しかも中級工房だ。なぁ、調合の中級工房取っちまえよ。クランハウスに設置出来るみたいだし」
「決めるのはリーゼロッテだけど、あると楽そうだね」
ふむふむ、中級工房がどの程度のものかは知りませんが、どうせ作るものなら作ってしまいましょう。私が持っているのは下級スキルの調薬なので作れるかはわかりませんが、作れない報酬を載せることもないでしょう。
私はそのまま調合の中級工房を選択し、設置場所を選択します。まぁ、個人の家も持っていないので、選択肢はクランハウスしかありません。今回の場合、クランに寄付する形になると注意が出ましたが、何の問題もないので【OK】を押しました。
完了のメッセージが出ましたが何か変わったようには見えません。
「工房の廊下行ってみろよ」
そう言われ、工房へと繋がる廊下の扉を開くと、3つの扉が目に入りました。一つには鍛冶、もう一つには裁縫、そして、最後の一つには調合と書かれています。調合と書かれた扉を開けると、そこには下級調合セットに含まれている物や、理科室にありそうな物が置かれています。いくつかは触れようにもスキルレベルが足りないため、使えないと警告が出ますが、今のスキルレベルでは使えなくても問題ありません。使えるものは使えますし。
おっと、MPも回復してきたので作業に戻りましょう。スキルレベルが上がっていても、刻印を30回も行えばほぼすっからかんです。随分と増えたのか、消費が減ったのか、どちらでしょうか。本来は座って大人しくしていた方が回復は早いのですが、好奇心には勝てませんから。
ソファーに戻り、休みながら魔石を融合していき、とりあえず30個完成させました。
「とりあえず出来た分は渡しとくよ」
「さんきゅ。他のも出来たら倉庫に入れといてくれ」
「りょーかい。そんじゃ、一旦落ちるね」
「ちょっと待て。満腹度、大丈夫か? 聞いた話によると、50%切ると回復速度も落ちるらしいぞ」
「大丈夫だけど、料理って売ってる?」
「生産クランのまともなやつと、大量のボッタクリが出回ってる。食材はまだましだけどな」
そういえば、料理スキルは取りましたし、簡易料理セットもあるので食材さえあれば作れそうですね。
「食材さえあれば作れるよ」
「現実で作れても、失敗するよ」
「スキルもあるし、トーナメントで簡易料理セット選んだから、多分大丈夫でしょ」
私の言葉を聞き、二人は呆然としています。そういえば、出場者の所持品を作ったプレイヤーの報酬はあの場で選んでいるので知っているはずですが。
「そういや、そうだったな。忘れてた」
「食材渡すから、今度作ってね」
「りょーかい。そんじゃ、買える分は私のも少し買っといてね。今度こそ、お疲れ」
初料理は後にして、一度落ちることにしました。
いつものように夜のログインの時間です。作業の続きをするために一度クランハウスへと向かいました。ログアウト中もしっかりとMPが回復してくれるため、すぐに作業に移れます。
「こんー」
クランハウスに人気を感じたため、挨拶の定型文を口にすると、人影が動きました。
「……汝、試練の時を終えたか」
ああ、グリモアですか。
私に向けた視線をすぐに手元に落とすと、溜め息をついています。その姿は、私ですら元気がないと判断出来るほどに落ち込んでいます。もしかして、大量に赤点を取ったのでしょうか。ならば、そこに触れるのは止めておきましょう。
「ここで作業していい?」
「……気にするでない。我らが結社のためだと聞いている」
それでは鞄に刻印を開始します。音声発動を使ってもいいのですが、隣でグリモアが落ち込んでいるので騒がないようにするために、メニューを使い黙々と作業をこなします。大量のMPを使った段階で、一休みするために顔を上げるとグリモアが私に対して真剣な眼差しを向けていました。
「えっと……」
どうしようか考えていると、グリモアが意を決したように口を開きました。
「……汝に問いかけたい。まずは、新たな制約である満腹度は良好か?」
どうやら固有名詞はそのままのようですね。
「あー、結構減ってるね。食材でも買って来ないと」
「ならば、我が提供しよう。そのかわり、我の……、話を、……いえ、私の相談にのってください」
グリモアの最後の一言。そこから私はめんど……、真面目な雰囲気を感じ取りました。まぁ、食材という対価もあるので話を聞くくらいはしてもいいでしょう。
「料理スキルLV1だから、失敗するかもしれないし、対価も考えると大した量渡せないと思うけどいいの?」
とりあえず一つ明確にしておきます。提供される食材から作る料理はグリモアの物ですが、提供すると言っているので、ある程度は貰うことになるのでしょう。その結果、失敗した場合のリスクも含めて説明し、その上で、話を聞きましょう。相談されてもその悩みを解決出来る保証はありませんから。
「私の相談にのってもらえるなら、半分差し上げます」
そう言ってグリモアはメニューを操作し、大量の肉を渡してきました。……これ、どこで手に入れたんだろう。受け取って識別すると、鶏肉だとわかりました。恐らくは東のコケッコーでしょう。
「そんじゃ、始めるよ。時間かかるから、話の内容整理しといてね」
インベントリにある簡易料理セットを表示すると、台所のような板が展開され、調理道具やらがメニューに表示されています。ヘルプによると、食材を取り出し、調理道具を持って対象に触れるとそれに応じた加工がされるそうです。これだけだとよくわかりませんが、まな板の上に鶏肉を取り出し、メニューから包丁を選んで鶏肉を刺すと、切り方のリストが表示されます。ただ、LV1なのでぶつ切りだけですね。ぶつ切りを選択すると、鶏肉が小さく切り分けられましたが、どうにも不揃いです。次に、包丁をしまい、串を選択すると三本出てきました。できるだけ均等に串に刺し、コンロへと移動し、焼きます。焼き加減がメーターで表示されるのですが、大成功の幅がとても狭いです。それでも、成功させるのは簡単そう……、おっと、焼きすぎてしまいました。
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【コケッコーの焼き鳥・黒焦げ】
コケッコーを黒焦げにしたもの
満腹度+5%
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意図的に黒焦げにしたわけではないのですが、文句を言ってもしかたないでしょう。
「一個目、失敗した」
「うむ、万物を創生する御業は、そうそう上手くはいかぬもの」
おや、話し方が戻っています。まぁ、この方がグリモアらしいです。それでは挑戦を続けましょう。ですが、もう一個黒焦げにしたので、三度目の正直と思い、慎重に焼いた結果、今度は成功です。
成功した焼き鳥をグリモアに押し付け、次の鶏肉に移ります。ちなみに、タレも塩もないので、本当に焼いただけの物でしたが、成功すると勝手にタレになっていました。まぁ、成功してもバフはなかったのですが、この辺りもゲームなのでしょう。
一度成功したため、ぶつ切りの大きさが少し揃い、大成功と成功の幅が大きくなっています。このくらいなら、集中すれば失敗はしないと思います。
おっと、余裕をこいていたら早速黒焦げです。それでは気を取り直して集中しましょう。
「汝汝、偉大なる一歩目を我が手にしてもよいので?」
「ちょっと……、待って」
危なく成功を通り過ぎるところでした。集中しているところに話しかけられると、つい目をそらしてしまいます。何か言いたそうなグリモアを抑え、3本連続で焼きます。
一本目、成功。二本目、成功。三本目、せい……大成功です。
「フハハハハ、全部成功したよ。さて、グリモア、それも含めて完成品は四本。だから、最初の一個目と、この大成功品を進呈しよう。なーに、食材を準備したのはグリモアだから、何も気にしなくていいんだよ」
そういって大成功品も押し付けました。これで、ちゃんと食べられる焼き鳥を二本ずつわけました。黒焦げの失敗品は廃棄といいつつくすねます。流石に黒焦げの焼き鳥を渡すわけには行きませんから。
「わかった。では、生命の灯火に感謝を」
そういってグリモアは大成功の焼き鳥を口にしました。ふむ、随分と思い切りのよい行動です。ですが、嫌いじゃないです。
「いただきます」
私も成功品を一つ食べてしまいましょう。どのみち満腹度も減っていたので丁度いいです。ちなみに、料理スキルはLV2になりました。大型連休中ならもっと上がっていた気もしますが、そこは数で誤魔化しましょう。
料理の続きをしようと思ったのですが、一つ、思い出しました。
「それで、相談ってのは?」
続きをしたいという気持ちはありますが、相談を受ける以上、手を止めて相手を見ましょう。
「うむ、まずはこれを見て欲しい」
そう言ってグリモアはメニューを可視化し、私に見せてきました。そこは所持スキルの一覧だったため、グリモアに視線を向けると、静かに頷きました。
どうやら覚悟を決めてみるしかなさそうです。
「各種魔法スキルに……、ん? 魔法陣?」
そこには確かに魔法陣と書かれたスキルがありました。スキルレベルは1ですが、見間違いではないようです。
「我がこの世界に最初に来た日、世界の狭間でこの技能を身に付けた。けれど、この技能使いこなすことは出来なかった。……しかし、汝はこの技能を自らの物にし、この技能を従える力を我にもたらした。けれど、我はそれでもこの技能を使いこなすことが出来なかった」
グリモアは自分で言っててどんどん落ち込んでいきました。少し無言が続いてしまいますが、グリモアの言葉を理解するための時間だと思えばいいでしょう。
えっと、最初のログインの時に、魔法陣スキルを取得したけど使い方がわからなかった。そして、私に魔力操作スキルを教えられて、魔法陣スキルを使えるようになったと思ったけど、使えなかったといったところでしょうか。
「汝に頼みがある。虫のいい話ではあるが、我に力を貸して欲しい」
最後の一言、随分と普通に来ましたね。てっきり、何か小難しく言われると思ったのですが、ロールプレイよりもスキルを選んだということでしょう。途中に紛れていた普通の言葉遣いでは違和感を覚えるので、丁度いい塩梅ですし、そこまでされては答えないわけにはいきません。
「それじゃ、フィールド行こっか」
「いいので? 本来の約定では、我が対価として何らかの成果を見せるはずであったが……」
「お肉のお礼だよ。私が持ってないスキルとの複合スキルが見つかるかもしれないし。それに、後払いでもいいんだよ」
こういう場合、私にもメリットがあると言っておけば拒否されることはありません。
「汝に感謝を!」
両手を体の前で組んでかなり大げさに感謝しているようです。そこまでしなくてもいいのですが、水を差すのは止めておきましょう。
グリモアと一緒に東にあるフィールドへとやってきました。見渡す限りの草原にわずかばかりのプレイヤーがいます。恐らくは料理スキルの素材集めでしょう。まぁ、人が少ないのはいいことです。
「それで、グリモアはどこで詰まってるの? 魔力操作の使い方がわからないとか?」
私の問いに対し、グリモアは首を横に振りました。ふむ、何か難しいことなんてありましたっけ。
「魔法陣という技能は、最初に魔法陣作成という能力を手にする。けれど、我には作るべき魔法陣がわからぬ」
おや、そこですか。言われ思い出しましたが、私もそこでつまずいた気がします。
「グリモア、火魔法の画面見て。そこに、タブがあると思うんだけど、何か気になるものない?」
私の言うとおりに画面を操作し、火魔法の画面を出したようです。そこで、説明やら、アーツやら、タブの名前を口に出しています。そして。
「フレーバー……」
「それ、読んでみ」
フレーバーテキストには魔法陣を描くためのヒントが書かれていました。グリモアならそれに気付けるでしょう。とりあえず、私は料理スキルのレベル上げをして待つことにします。簡易料理セットはどこでも使えるのでとても便利ですね。
料理スキルのレベルが上がり、慣れてきたので失敗はまずしません。それに、何度か大成功したので、スキルレベルが5になったという通知が来ました。その上、レシピ登録という何とも聞き覚えのあるアビリティが解放されたので、次はレシピ再現でも解放されるのでしょう。ちなみに、登録されているのは焼き鳥のタレだけです。
「我は天啓を得たり」
フレーバーテキストを読みながらいろいろと操作していたグリモアが急に大声を上げました。ようやく気付いたようですが、大げさですね。
「どうやら気付いたようで」
「うむ、魔法陣を言葉で伝えていたとは。だが、汝のお陰で我はそれに気付けた」
「じゃあ、ちょっと兎捕まえてくるから、準備して待ってて」
そこまで気付けたので、放っておいても大丈夫でしょう。私にはSTRに補正があるスキルがないため、押さえつけられるかわかりませんが、物は試しです。グリモアのために兎を捕まえに行きます。
ノンアクティブのラビトットを捕まえるのは楽ですが、捕まえ続けるのは一苦労です。何せ、暴れる度にHPが少しずつ削られていくのですから。
「ラビトット捕まえたよ」
「力ある陣は描いた。けれど、我にはこれでいいのかわからぬ」
「鑑定あるなら、見てみ」
私が鑑定したのも偶然ですが、それが正しいのかどうかを理解するというのは大切なことです。
「ファイアの陣……、汝は自らの手でこれを見つけるとは」
「そんじゃ、ラビトット置くから、杖で抑えつけてMP流してね」
私に言われた通り、グリモアは短い杖でラビトットを抑えています。あの杖の長さだと熱いとは思いますが、それも経験です。しっかりと味わってもらいましょう。もちろん、私が通った道だからではありません。一度は経験した方がいいからです。ええ、そうですよ。
グリモアの様子を魔力視で見ていると、MPが杖を通り、魔法陣へと流れていきます。そして、魔法陣から炎が吹き出しました。
「あちゅぃ……、ごほん、煉獄の炎が我が身を焦がすとは」
今一瞬出たのはグリモアの地でしょうか。とはいえ、反射的に声を出したとは言え、すぐにキャラを演じるとは、中々やりますね。
「ちなみに、MPを流し続けると燃え続けるよ。後、使った魔法陣は今後解放されるアビリティでリスト化されるから、しばらくは苦労するよ」
「指導感謝する。我は他の陣も描こうと思う」
「それはいいと思うけど、ファイアの陣以外は攻撃力ないと思うよ」
「そうか。けれど、陣を理解するのに大元の陣を知らないわけにはいかぬ」
真面目ですね。まぁ、本人がやりたいのなら、止める理由はありません。それに、私もやりましたし。
「ところで、レベルは上がったの?」
「一段成長することができた」
なるほど。それでは、一つ試してみましょうか。私は筆写スキルを使い、フレイムランスの魔法陣を紙に描きました。但し、魔法陣のアビリティである魔力描写は使っていません。魔力描写で適した紙に描くとスクロールになってしまいます。まぁ、ただの紙なので、下級スキルの魔法を描いたところでスクロールにはなりませんが。
「これは……フレイムランスの陣」
私が差し出した紙をしっかりと鑑定したようです。これが使えるのなら、魔力描写が解放されるまで手伝うのもありです。まぁ、本人が嫌がればやめますが。
「これでレベルが上がるか試すのもありだと思うよ」
私には筆写スキルがあるので細かい魔法陣も楽に描けます。
「重ねて感謝する」
グリモアも承諾したので何枚か試すことになりました。始めの内の方がスキルレベルが上がるのに必要な回数が少ないので、10枚も使えば結果はわかるでしょう。
そう思い、一枚ずつ渡していると、6枚目でスキルレベルが3になったそうです。
それでは今更ですが、一つ確認しておきましょう。
「不具合かどうか確認しとくから、他の陣、描いといてね」
これで後から不正だの何だの言われても面倒なのでまずは運営に報告しましょう。ちゃんと言葉に出来るかわかりませんが、黙って利用しているのと、試して出来たから報告するのとでは運営が気付いてからの態度が違います。前者は不正利用で、後者は不具合の発見ですから。
しばらく待っていると、運営からの連絡が来ました。何でも、一部のスキルは同じスキルを持つ他のプレイヤーと協力することも想定しているため、不具合ではなく仕様だと言われました。つまり、これは使っていいということです。なら、どんどん使っていきましょう。
「グリモア、仕様です。だってさ」
「神の口癖か」
……そうですね。運営がよく言うことですよね。
とりあえず、最低でも陣理解が解放されるLV10までは持っていきたいです。そうすれば、私がいなくても手軽にスキルレベルが上げられますから。
「汝に一つ聞きたい。その陣の対価はいかほどに」
「紙だから1枚1G。食材の対価の一部だと思ってくれればいいよ」
流石にこれを細かく清算したくはありません。大した金額ではありませんし、面倒くさいです。私の醸し出した面倒臭そうな雰囲気を察したのか、グリモアもそれ以上は何もいいませんでした。察しのいい娘は大好きです。
ラビトットを見つけるたびに紙を渡していたのですが、別に一枚ずつ渡す必要はありませんね。
「グリモア、とりあえず100枚渡すから」
「
「面倒だし、MP少しずつ回復してるから、鞄の作業しちゃおうと思って」
そう言って私は手頃な木の根本に腰を下ろすと、メニューを操作し刻印の続きを始めました。どのみち私に出来ることは魔法陣の供給だけなので、付き添う必要はありません。
鞄は後40個、ウェストポーチは100個まるまる残っています。流石に動き回っていたせいで全回復はしていませんでしたが、それでも大半は回復しています。休憩による自然回復量の増加は腰を下ろしていないと適用されないので微妙な回復量でしたが、その分時間をかければいいわけです。ただ、座っていても生産などのスキルを使っていると休憩と認識されないので、回復量を増加しながら作業とはいきません。
休憩を挟みながら作業をしていると、グリモアが戻ってきました。
「汝のお陰で新たな能力を獲得した」
「えーと、LV5は陣描写か。調べてないけど最初は地面にしか描けなかったのかな」
「その推測、正しいかもしれぬ」
「枚数大丈夫?」
「この地は魔物の数が少ない故、そうそうに陣を使い切ることは出来ぬだろう」
前に来た時はサービス開始したばかりだったので人でごった返していました。けれど、今は数えられる程です。まぁ、MOBの最大量は変わらないようなので、のんびり待ちましょうか。
「あ、忘れてた。これ、料理の半分ね」
完全に忘れていましたが、グリモアにはしっかりと渡さないといけませんね。これの材料はグリモアが集めたのですから。
「確かに。では、我からはこれを渡しておこう」
そう言ってトレード画面に載せて来たのは食材アイテムの肉でした。コケッコーの場合は鶏肉となっているのですが、こちらは兎肉となっています。実際に食べたことはありませんが、かなり美味しいらしいので、そのあたりの再現が気になりますね。
試しに料理してみようかと思ったのですが、現在出来る調理は焼くくらいです。試しに焼き鳥……串焼きにでもしてみましょう。
それでは簡易料理セットを展開してと。
鶏肉と同じように切り分けて串に差したのですが、鶏肉と違って成功の幅が狭いですね。難易度が高いのでしょうか。ただ、集中すれば一発成功も夢ではありません。それでは焼いてしまいましょう。
ふっふっふ、一発成功です。まぁ、串焼きの効果は満腹度の+5%だけなので調理内容である程度の枠が決まっているのでしょう。おや、二本目を焼こうと思ったのですが、先程と比べて成功の枠が大きくなっています。初見だと少し難易度が上がるのかもしれません。
その後も作業を続けていたのですが、切りが良い数を終わらせたので今は休憩中です。動き回っているグリモアを見ながらのんびりしていると、クランチャットに反応がありました。
ハヅチ:リーゼロッテいるかー?
リーゼロッテ:ほいほーい。どうしたの?
チャットと言うだけあってウィンドウとキーボードが現れました。しかも、フルダイブならではの空中に浮かぶキーボードです。しっかりと反応もあるので打ちやすいですね。こういった夢のある仕様は嬉しいです。
ハヅチ:今何してんだ?
リーゼロッテ:グリモアと草原にいるよ。ああ、刻印もしてるから心配しなくていいよ
クランチャットには、全体と個別チャットがあるので、これは私とハヅチにしか見えません。一応ボイスチャットもあるのですが、会話が周囲にもれないという利点や、ログがわかりやすいという点からこちらの方が好みです。
ハヅチ:肉用意したから料理頼もうと思ったんだけど、忙しそうだから後にするよ
リーゼロッテ:私は忙しくないから持ってきてくれれば料理するよ
ハヅチ:すまん、いろいろ修理してるから、動けねーんだ。とりあえず、クラン倉庫に入れとくから、そのうちやっといてくれ
リーゼロッテ:りょーかい
後でクランハウスに戻った時にでもやってしまいましょう。場合によっては手持ちの肉と交換してもいいですし。
そんなことを考えながら休んでいると、グリモアが近付いてくるのが見えました。
「束の間の安息を得るべきと判断した。共に我らが居城へと戻らぬか?」
疲れたからクランハウスに戻ろうということですか。何というか謀られた気もしますが、私に断る理由はありません。ただ、一つ確認しておく必要があります。
「何枚残ってる?」
「汝から借り受けた陣は全て我が糧となった。我が更なる高みへと上ることへの協力、感謝する」
あー、使い切ってきりが良かったわけですか。それでは、後で紙も補充しておきましょう。それに、ある程度育ったらお祝いを渡すべきですね。
この後、クランハウスへと戻った私は、クラン倉庫から大量の鶏肉を取り出し焼き鳥を作りました。とてつもない数があったため、レシピ再現なるアビリティが解放されるという事件もありました。これは、成功に固定されるので、回復量の増加は期待できませんが、効果の低い内は上がっても大した量ではないので、気にしなくてもいいでしょう。
私が料理をしている間にグリモアが紙の束を買ってきたので、ついでにフレイムランスの陣も描いておきました。これでどこまで上がるかわかりませんが、一人で出来るようになるというのは大切ですね。
大量の料理をして疲れたので、今日はログアウトです。
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