2-10
夜になり、やることも済んだのでログインしました。
「オババオババー」
「何じゃ小娘、騒がしいのう。そっちの烏の方が行儀がいいとはのう」
手持ちの素材で毒薬各種が作れるはずなので、オババに頼りに来ました。けれど、私の肩に乗り、静かにしているヤタの方が好感度が高いとは、嫉妬してしまいそうです。
「蛾の鱗粉手に入れたから、毒薬の作り方教えて」
「ふん、未熟な小娘がそんなもん作ったところで、失敗するだけじゃ。腕を磨いてから出直すんじゃな」
おや、スキルレベルが足りないようです。そういえば、製作物リストで何かが作れることはわかっても、要求レベルはわからないんでした。それに、図書館で手に入れた基本レシピにも毒薬系は載っていなかったので、今は大人しく調薬のスキルレベルを上げることに専念しましょう。
さて、手持ちのアイテムでイエローポーションは作れますが、足りるでしょうか。
「あ、リーゼロッテさん」
どうしようか考えていると、背後から声をかけられました。この声に聞き覚えがあります。
「リコリス、こんー」
「こんにちは」
「そうだ、面白いものあるんだけど、情報買わない?」
最近甘やかしすぎたので、今回は厳し目にいきます。さて、どんな反応を見せるのやら。
「えっと、その前に、今までのお礼をしたいので、渡したいものがあるんですけど……」
いつものように前髪で目が隠れているため、その表情は伺えませんが、何やら自信のある雰囲気です。では、密室に連れ込んでしまいましょう。
「それじゃあ商談だね」
私用の奥の部屋へ連れ込みました。リコリス用の部屋と同じものだと思いましたが、リコリスの反応を見る限り、同じのようです。
「それで、渡したいものって何?」
「えっと、まずは、生産用の道具を自作すると、ボーナスが付くことがあるのは知っていますか?」
「あー、知ってるよ。でも、それ知らなかったら、十分価値のある情報だと思うよ」
「でも、公式HPに作られてるwikiにも載ってますから」
あー、ほぼ公になっている以上、情報としての価値は低いということですか。まぁ、間違ってはいませんね。
「それで、リーゼロッテさん用にいくつか用意したんです」
そう言ってリコリスが取り出したのは、乳鉢とすりこぎ棒のセットに、アルコールランプセット、そして、試験管セットです。しかも、10個ずつなので、複数の材料を使う場合でも、問題なく使えます。
「ふむ、リコリスには調薬のレベルを見透かされていたのかー」
「……調薬の段階だと、下級調合セットのままですよ。次は中級スキルになってからです」
「……聞かなかったことにして」
やってしまいました。調子に乗って恥ずかしい思いをしています。穴でも掘って入りましょうか。
「これでもまだ足らないと思いますけど、受け取ってもらえませんか?」
「いやいや、貰いすぎだよ。私には手に入れるためのツテがないから、ありがたいし」
情報や、品物は人それぞれに思う価値があります。安物であっても、欲しているものであれば価値は高く感じますし、高級品であっても不要なものであれば、価値は低く感じます。ようは、ニーズですよ、ニーズ。
「では、どうしましょう」
「間を取ってトントンということでいいんじゃないの? 私としては新しい貸しの準備が出来てるから、何の問題もないし」
「……結局が借り続けることになるんですね」
ふっふっふ、どうやら諦めてくれているようです。リコリスは調合面で私のかわりに面倒事を引き受けてもらわなければいけませんから。
「それじゃあ、これを見てもらおうか」
私が取り出したのは、例のポーションです。リコリスの前で怪しげに振り続けていますが、識別申請が来たので、許可を出しておきます。
その直後、リコリスが固まってしまったので、ポーションを振り続ける怪しげな時間になってしまいました。
「おーい、リーコーリースー」
「あ、す、すみません。ちょっと予想外だったので」
「そうなの? でも、作り方の予想はつくでしょ」
「多分ですけど……」
リコリスにも魔力操作を伝授してあるので、見ればわかるはずです。さて、リコリスはどんな選択をするのでしょうか。
「これに見合う対価……」
「別に、リコリスが見合うと思えば、それでいいんだよ」
結局のところ、相手がどれだけの価値があると思うかが私にとっては重要ですから。
「……リーゼロッテさんは、調合系の生産道具を作れる人を知りたくありませんか?」
ほう、そう来ましたか。けれど、私にはシェリスさんがいますから、生産クランの誰かを紹介してもらうことも出来ます。そこまで考えているのでしょうか。
「うーん、生産者なら、シェリスさんに聞けば何とかなりそうなんだよね」
「でも、そのポーションみたいに妙なものを持ち込んでも黙っている人だと思いますか? 私が知っている人は、私が保証……しても意味ないですよね。ですから、その目で見て判断してください」
いたたたた。痛いところを突かれました。生産者が顧客の情報を漏らすというのは生産者としての信用を無くすことに繋がりますが、それ以上の利益がある場合、私は紹介された生産者を信じられないでしょう。私が他には何も知らなくとも、知っていると思いこんでこちらの言葉に耳を傾けない輩もいそうですし。
そういった意味では、あくまでも信じるのはシェリスさんまでですから。それをわかっているからこそ、リコリスも自分で判断しろと言ったわけですか。
「つまり、調合系の道具が作れて、私が信用出来ると思う相手を紹介することが、このポーションの情報の対価ってこと?」
「流石に、足りるとは思いませんが、一部にはなると思います」
ふーむ、さてどうしましょうか。これ以上長引かせるのは面倒です。それに、リコリスがこのポーションについて公表すれば、私が騒動の中心にならないという目的は達成します。その副産物としては十分でしょう。正直なところ、こういった情報の価値には疎いのですよ。
「このポーションは、リコリスが想像した通り、魔力制御でMPを流しながら薬草とかの素材をゴリゴリすれば作れるよ。ちなみに、水にMP流せばMPポーションの素材になるけど、MPポーションを作る時の他の材料にはMPを注いでも効果は上がらないってさ。後、レシピ再現とか工程短縮に登録するには、ある程度のスキルレベルが必要で――」
「ちょ、ちょっと待ってください。メモ、メモを取りたいので」
どうやら私が納得したと判断したようで、口にしたことを書き留めようとしています。あー、あれは普通のペンとインクですね。それじゃあ何かと不便なはずです。部屋のメニューを操作し、オババの店から魔力ペンと魔石(小)を買いました。そして、魔石融合して完成です。
「はい、これ使って。便利だから」
「……あの、これ以上は」
「安もんだから、気にしないでいいよ。インクなくなったら面倒でしょ」
「ありがとうございます」
リコリスが受け取ったところで続きを話しましょう。ペンの心配はありませんから、一気に行きますよ。
「えーと、レシピ再現とかに登録するためのレベルは知らないからね。それで、ポーションの仕様だけど、HPMP両方回復するけど、クールタイムはHP系のポーション扱いだから、MPポーションと併用出来るよ」
「えーと、レシピ再現への登録は、ある程度のレベルが必要。クールタイムはHPポーション扱いっと」
私が次に伝えることを考えている間に書き留めるのに追いつかれてしまいました。このままでは慌てさせることが出来ません。ですが、話すことももうないでしょう。ええい、情報を追加しましょう。大盤振る舞いです。
「ちなみに、生産道具に魔力付与すると、出来上がったものにちょっとしたボーナスがあるみたい」
「えーと、魔力付与で……、何ですかそれ?」
あ、両方共MPを注ぎ込むので同じように思っていましたが、全く違うスキルですね。それに、今出来るのは金属だけなので、調合の為の道具には出来ません。
「いやー、今は使えないから気にしないで」
「……そうします。貴重な情報、ありがとうございます。それで、調合の道具を作った人の所へはいつ案内しますか?」
そうでしたそうでした。この情報の対価はそれということになっているのでした。
「いつでもいいけど、向こうの都合もあるでしょ」
「えっと、今日は店番をすると言っていたので、会うことは出来ますよ」
個人の店を持っている人ですか。どんな人かは知りませんが、会ってから考えましょう。
「よーし、今から行こうか」
「はい、案内します」
こうして私はリコリスに着いて行くことになりました。
オババの店を出て、センファストの南側にある露店の密集地帯から二本ほど西側に入り、暫く進むと、奇妙な外観のお店が目に入りました。
看板には【キューピット・グッズ】と書かれており、一つ一つの飾りを見るとおしゃれです。けれど、全体のバランスというか、配置が致命的に悪く、禍々しさを感じます。
そんなお店ですが、リコリスは物怖じせず、扉に手をかけました。
「ここが紹介したい人のお店です」
「うん、帰っていい?」
「それじゃあ、紹介しますね」
流されました。目が隠れているため、表情はわかりづらいですが、口元が笑っています。これはリコリスなりの仕返しということでしょうか。おかしいですね、そんな仕返しされるようなことをした記憶はないのですが。
「こんにちはー」
リコリスが入ってしまったので、しかたなく私も後を追いました。ここで逃げては女が廃りますから。
「あ~ら、リコリスちゃんじゃない。今日は、どうしたの」
この言葉を発した相手が、膨よかな胸を持つ優しげな瞳の穏やかな女性であって欲しいと心の何処かで思っていました。けれど、現実は非情です。
この言葉を野太い声で発した相手は、伊織並の胸囲を誇る筋骨隆々の肉体、爆発の中心地にいたのではと思わせるアフロヘア、青髭に囲まれた分厚い唇、そして、優しげでつぶらな瞳をした漢……、いえ、
「今日は紹介したい人がいるので、連れてきました」
「あ~ら、いい男なら、願ったり叶ったりだけど、女に興味はないわ。け~ど、かわいい烏ちゃんね」
こんなことを言っているのですから。けれど、私は今この時ほど女に生まれたことを感謝したことはありません。
「こちらは私の所属するクランのマスターで、セルゲイさんです。そして、こちらがいろいろとお世話になっているリーゼロッテさんです」
おや、この人がクランリーダーでしたか。そう言われてみると、端に置いてある鞄には見覚えがあります。まぁ、大量生産品なので、確証は一切ありませんが。
「私が、セルゲイよ。いつもリコリスをありがとね」
「初めまして、リーゼロッテです。そして、この子は従魔のヤタです。こちらこそ、リコリスにはいろいろと教わっているので」
店に入ってから手に持っていた帽子はしまっておきましょう。武器以外も装備しつつしまえるのは楽ですね。
さて、自分の目で見て判断することになっていますが、どうしましょうか。まぁ、当り障りのないことからですね
「ここって、何のお店ですか?」
店内を見渡していますが、何やら小物が多く、よくわかりません。調合に使う生産道具を作ることが出来るスキルに関係していると思いますが、どんなスキルでしょう。乳鉢は……焼き物とかでしょうか。
「う~ん、見ての通りの、小物屋よ。細工スキルで、作れる物を扱っているわ」
なるほど、細工スキルですか。細かい仕様は知りませんが、ちょっとしたアクセサリーとかも作れるスキルのようです。置いてある配置のせいで邪悪な雰囲気を醸し出していますが、一つ一つを見れば、センスはいいと思います。
「ちょっと見てもいいですか?」
「ええ、いいわよ。ここはお店だもの。ところで、リコリスちゃんは、用事があったんじゃないの?」
おや、あからさまに話題を変えましたね。まるで、リコリスには聞かせたくない話をする前フリのようです。けれど、リコリスはそれに気付いていません。
「あ、そうでした。リーゼロッテさん、すみませんが、お先に失礼します」
「あー、お疲れー」
リコリスはパタパタと足音を立てて慌てながら出ていきました。そもそもオババの店に来たところで私が捕まえたので、何かを作るつもりだったのでしょう。クランに入っているので工房を作るということも出来ると思いますが、私が口を出すことじゃありませんね。
「それで、何か話したいことがあるみたいですね」
「あ~ら、勘のいい娘ね。せっかくあの子達が用意してくれた物だから、本人の前ではね」
そう言って専用の置き場に置かれている鞄を手にしました。
振り返って微笑みかけてきますが、いい笑顔なのに背筋がゾッとします。
「こ~れ、作ったの、貴女でしょ」
「いいえ、違いますよ」
刻印はしましたが、鞄は作れません。ですから、嘘はついていません。
「そ~お。じゃあ、言い方を変えるわ。貴女が、リコリスちゃんに渡したんでしょ」
さてはて、どこまでわかっているのでしょうか。トーナメントで公表した情報を組み合わせた上で、仮定に仮定を重ねれば私が渡したとは言えるでしょうが。
「渡しましたよ」
「そう、素直というか、言葉通りにしか答えてくれないのね」
私はまだこの人を見ている最中なので、余計な情報を渡す気がないだけです。それに、まだ何が言いたいのかわかっていませんし。
「質問の意図を推測出来るほど、貴女のことを知らないので」
「それもそうね。じゃあ、率直に言うわ。リコリスちゃん達に協力してくれて、ありがとね」
「いえ、約束なので」
そう、約束です。なので、約束の外にいるこの人にお礼を言われる筋合いはありません。
「リコリスちゃん達は、皆で用意したとしか言わないから、私が気付いてることは、内緒にしてね」
「別に言うつもりはありませんよ」
私がそれをリコリスに伝える理由がありませんから。とりあえず、リコリスにとってはいい人のようです。時には気付いていても相手のために黙っていることも必要ですから。ただ、興味本位ですが、少し聞いてみましょう。
「どうしてわかったんですか?」
「あら? それは、どっちについてからしら?」
おや、意趣返しでしょうか。どっちというのは、私が鞄を用意できる立場にいたとわかった理由か、リコリスがお金で買わずに用意出来た理由だと思いますが、時間にも余裕があるので、両方聞いてみましょう。
「両方です。まぁ、答えられる範囲でいいですが」
「そ~お、両方ね。まずは、貴女が鞄を渡すことが出来た理由についてね。一応、貴女、有名人よ。トーナメントでの活躍があったからね。その中でも、スクロールについて考えれば、鞄にインベントリを刻印したのが貴女だと、推測出来るわ。そして、そんな重要な立場にいる貴女が、鞄を好きに出来ない理由がないわ」
うーむ、好きに出来るかどうかには疑問の余地がありますが、ほとんど正解です。というか、あれだけ情報をだしてわからない方がおかしいですよね。
「一応、今はクラン全体で作ってますよ。刻印する鞄は用意できないので」
「そ~なのね。次に、貴女がリコリスちゃんに鞄を渡したことを知っていた理由だけど、そっちは簡単よ~。このクランのメンバーには、あまりログイン出来ない子や、フルダイブに慣れていない子が多いの。はっきり言って、初心者を集めたクランだから。そんな子達が、あの鞄の争奪戦に勝てるはずないわ。それに、資金面での問題もあるし」
ん? それだけだと、大きな疑問が残りますね。
「でも、私との繋がりはわかりませんよね」
「リコリスちゃんのウェストポーチ、普通のよりいっぱい入るのよね。それが、出回る前から持っていた。これは十分な証拠よ」
おやおや、この人はリコリスと長い付き合いのようです。その馴れ初めは私が踏み込む必要のないことなので、立ち入りませんが。
最後の決め手として、私を連れてきたことも含んでいるのでしょう。どんなに口で説明するよりも、確実な証拠ですから。
「そうですか。他にも、持ってるはずの生産道具を一式欲しがったことも含まれてますか?」
「そこは、何とも言えなかったわ。だって、貴女が調合スキルを持ってるっていう情報はなかったから」
そういえばそうですね。一応、怪しげな老婆の姿でポーションを売ったこともありますが、結構前にザインさんから聞いた話から推測するに、私が老婆だということは攻略クランだけで秘匿してそうですし。
「よくわかりました。貴女はリコリスのことをよく見てるんですね」
「ま~ね。これでも私、クランマスターだから。ところで、リーゼロッテちゃん、貴女、私を女扱いしているでしょ。その気遣いは嬉しいけど、私は私だから、気にしなくていいわよ」
「そうですか」
ふむ、考え方なんて人それぞれなので、直感で対処しましたが、余計なことのようでした。
「それと、リコリスちゃんが引き合わせた理由でもあると思うけど、調合の生産道具、必要になったら言ってね、愛を込めて作るわ」
愛は込めなくていいです。
「他にも買いに来ますよ、セルゲイさん」
ちょっとした小物とかをほぼ使っていないクランハウスの個室に置くのもありですし、料理スキルでお茶とかをいれられるのであれば、急須や湯呑みを用意してもらいましょう。陶器は作れるようなので。
「それじゃあ、注文も楽しみにしてるわ」
そういってセルゲイさんがメニューを操作すると、フレンド申請が送られてきました。ふむ、受理しましょう。セルゲイさんは私にリコリスへの口止めを要求したので、私のことも黙っていてくれるはずです。だって、顧客になると伝えたので、情報を漏らすと、生産者としての汚点になりますから。
この後、どんなものを売っているのかを見てからログアウトしました。
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