2-11

 月曜のお昼休み、食後の時間を教室で伊織と過ごしていました。今日は雨が降っているので、どうにも人が多いですね。


「そうそう、第四の街の開放ダンジョンの情報、仕入れたよ」

「もう?」

「情報を扱うクランもあるから、お金積めば手に入るよ。ちょっと高かったけど、クラン資金からだから、ほぼ茜のお陰かな」


 情報屋クランですか。つまり、あの何とかという街を開放したクランが情報を売ったのでしょう。最前線である以上、情報を秘匿していても、最前線にいる他のプレイヤーが売ってしまえば意味がありません。なら、一番多くの情報を持っている内に売ってしまえばいいということでしょう。


「結構溜まってるの?」

「そりゃ、利益も凄いからね。プレイヤー数って上限はあるけど」


 まぁ、会計に関わる気はないので、伊織と葵に任せておきましょう。

「なるほどね」

「そういうわけで、土曜の夜に行くから、準備しといてね」

「りょーかい、ポーション量産しとく」

「それならグリーンポーションにしといて。中級スキル持ってるから、イエローだと回復量落ちるんだよね」


 伊織はもう中級スキルを手にしたわけですか。いや、私が遅いんですね。確か、魔力陣辺りがLV40を超えているはずなので、どう足掻いても土曜日までには上がりません。もっとも、急いで上げる気もありませんが。


「じゃあ、サボテン狩りしないとね」

「私、サボテンの皮持ってるから、ログインしたら倉庫に移しとくね」

「いいの?」

「茜のツケ、溜まってるから、返さないといけないし、ダンジョンの道中を考えると、性能の高いポーションをある程度集めた後に、数を揃えられるポーションが欲しいんだよね。それに、普段用も欲しいし」


 ボス用と道中用ですか。HPを回復させるポーションは効果時間が1分なので、クールタイムも1分です。ボス戦なら、回復量が多い方がいいですが、道中は数を揃えた方がいいということでしょう。場合によっては止まれるので。


「そんじゃ、腕によりをかけて作っとくよ」


 せっかくなので魔力を帯びさせておきましょう。そのための時間は、狩りに使うはずの時間が使えます。時間が足りなくなれば、スキルによる大量生産をしますが。

 そんなわけで、今週は伊織から渡されるサボテンの皮を使ってグリーンポーションを手作業で量産することにしました。運良くレベルが上ってMPを注いだ作り方をレシピに登録出来ればいいのですが。





 その日の夜、いつもの様にログインし、クランハウスでの日課をこなすと、倉庫に預けてあった時雨のサボテンの皮を鷲掴みにすると、目的地へと足を運びました。


「オババオババー」

「何じゃ小娘、さわがしいのう」

「ちょっと……、かなり監修して」

「まったく、世話が焼けるわい」


 こうしてオババを説得し、調合を行うことになりました。薬草をすり潰すことは慣れてきましたが、油断すると失敗してしまいます。それに対し、サボテンの皮にMPを流し込みながらすり潰すのは初めてなので、慎重に、かつ、手早く行いましょう。

 ゴリゴリゴリゴリ

 黄色い鱗と違い、砕く必要がないのが救いです。これなら、簡単に覚えられそうです。


「やりすぎじゃ」

「あ、はい、ごめんなさい」


 油断は禁物です。まったく、他のプレイヤーは性能を上げるための作り方を見つけ出しているとは、信じられません。私にはそんな余裕ありませんから。


――――――――――――――――

【魔力を帯びたグリーンポーション】

 緑色のポーション

 HPを1分かけて16%回復

 MPを1分かけて4%回復

 上級スキルを持っていると基本値が10%に落ちる

――――――――――――――――


 おや、基本値は15%のはずでしたが、普通に作ったのに何故効果があがっているのでしょうか。いつものようにオババの指示通りに作っただけで、特に何か変わったことは……。


「まったく、未熟なうちからそんなもんに頼りおって」


 ああ、そう言えば道具を貰ったんでした。自分で取り出しておきながら気付かないとは。


「いやー、知り合いにお礼だって貰ったんですよ。貰った以上は使わないと失礼じゃないですか」


 さて、これで誤魔化せるといいんですが。下手にオババの好感度を下げるのはよくありませんから。


「道具というものは、自らの手に馴染むものを使うべきじゃ……。ふむ、基本に忠実に作られておるな。それなら下手な癖は付かんじゃろ」


 セーフです。ぎりぎりセーフです。セルゲイさんはいい仕事をしてくれたようです。これからは足を向けて眠れませんね。まぁ、どこにいるのか知らないので、気にせず眠りますが。

 思いがけず基本値以上の物がでたわけですが、全てをオババに監修し続けてもらったお陰で、調子に乗って失敗した物以外は、MPが4%回復します。

 メニューからの一括生産ではないので、時間がかかり、あまり数を作れていませんが、調薬は少し上がりLV7になりました。サボテンの皮がもっとあれば、今週中にLV10にはなりそうです。





 翌日、時間があったので夕方に刻印を済ませてしまおうとログインすると、クランハウスには時雨の他にも、数人の人影がありました。


「時雨ー、ポーション渡しとくね」

「ありが……」


 蟻がどうしたのでしょう。HTOでは蟻型のMOBなど見たことありませんが。


「時雨さん、どうしたんですか?」


 ブレイクとロウが動きを止めた時雨を心配したのか、声をかけています。この組み合わせは珍しいですね。まぁ、私が見ないだけかもしれませんが。


「あー、いえ、大丈夫です」


 そう言いながらも私に対し、話していいのかという視線を向けてきました。話されたところで何の問題もないので頷いておきました。


「二人共、リーゼロッテの新作、欲しければ材料揃えてね」


 そういって【魔力を帯びたグリーンポーション】を二人に手渡しています。鑑定したのか、メニューからアイテムの説明を見たのかはわかりませんが、無言でメニューを弄り始めました。

「リーゼロッテさん、これでお願いします」

 そう言って二人ほぼ同時にトレード申請を行ってきました。ただ、二件のトレードを同時に行うことは出来ないので、ほんの少し早かった気のするブレイクの方を先に開きました。そこには、大量のサボテンの皮が表示されていました。


「MPそんなに使うの?」

「近接武器でもアーツはMP消費だし、俺達はINTに補正があるようなスキルは持ってないから、自然回復も微々たるもんなんだ」


 なるほど、私のHPと同じようなものですか。一点、違う点を上げるとすれば、私のHPは、MPを使って回復することが出来るということです。HPの回復を全て自然回復で行うよりも、ハイヒールなどで回復して、使ったMPを自然回復した方が速いですから。


「作るけど、今のところ全部手作業だから、作りきれる保証はないからね。後、週末のダンジョンのために作ってるから、場合によっては優先出来ないよ」

「大丈夫です」


 この後、他のクランメンバーにも伝わるでしょうから、出来た分の分配については相談しておいて貰いましょう。魔法使いの面々には、そこまで重要ではないはずなので。

 それでは、最初の目的である刻印を済ませてしまいましょう。





 その日の夜、いつものようにログインすると、クランチャットに反応がありました。


ハヅチ:リーゼロッテ、ちょっと話があるからクランハウスよってくれるか?

リーゼロッテ:りょーかい


 ハヅチが代表して話しかけてきましたが、十中八九、ポーションのことでしょう。こうして考えると、ログイン地点が毎回街のポータルになるのは面倒ですね。クランハウスにポータルがあればとても楽なのですが。


「こんー」


 クランハウスに到着しての第一声は挨拶の定型文です。それにしても、全員いるとは、平日なのに何をやっているのでしょう。


「おー、来たか」

「そんで、話って何? ポーション?」

「わかってるなら話は早い。ダンジョンに挑むまで、ポーション作るつもりか?」


 ハヅチも何となくの予想はついていたのでしょう。時雨から材料を受け取っていましたし、まだ全部は作り終わっていないのにブレイクとロウからも預かっていました。その時点でわかりそうですし。


「まー、始めは自分で集めて作ろうと思ってたけど、時雨から材料預かったから、ちょっと手の込んだことしようと思ってね。あ、ちなみに、一括生産出来ないから、数に限りがあるよ」

「そこは時雨から聞いた。とりあえず、材料はリーゼロッテのクラン倉庫に入れとくから、無理しない範囲で作ってくれ」

「わかった。じゃあ、分配は仕切ってね」


 恐らくは前衛のメンバーを中心に配ることになるかとは思いますが、その辺りは上手くやってくれるでしょう。


「それじゃ、私はオババの店に行くから」

「ここでやらないのか?」

「全部手作業だから、オババに見てもらわないとMPの回復量が安定しないんだよね」

「なるほど」

「あ、これ、渡しとくね」


 ついでなので絹の糸を全部渡しておきましょう。もうちょっと集めてからにしたかったのですが、しばらくは行かないので、今が頃合いです。


「……なぁ、鱗粉何種類ある?」


 おや、ある程度の情報は持っているようです。えーと、種類としては5種類ですね。


「5種類だけど、人数分って考えると、毒と麻痺だけだよ。沈黙は10個で、睡眠は3個、幻覚は1個しかないから」

「悪いんだが、毒と麻痺、人数分貰えるか?」

「はいよ。あ、沈黙、3個渡しとくね」


 紫色の鱗粉と黄色の鱗粉を11個ずつと、黒色の鱗粉を3個をハヅチに渡すと、私はオババの店へと向かいました。私のように、現地で直接受ける以外に、鱗粉を使い、自ら状態異常になることでも耐性スキルは取れるようなので、事前に取っておこうということらしいです。私が毒をあおってスキルレベルを上げればいいと考えていたことと同じですね。

 それに、主に魔法を使う三人にとって、沈黙は天敵ですから。





 この後オババの店でオババつきっきりの指導でポーションを量産しました。そのせいもあり、ほぼ同時にあがっていた魔力制御と魔力陣にレベル差が出来てしまっています。元々、魔力付与で付与魔法と魔力制御に経験値が入っていたようなので、差が出ることはわかっていましたが、こうして数値として現れてしまうと、悲しいものがあります。

 まぁ、鞄への刻印と魔石融合で、魔力陣にも経験値が溜まっていくので、大差はつかないでしょう。

 その結果として、木曜日には調薬がLV10になり、効能追加というアビリティを覚え、工程短縮に複数の登録が出来るようになりました。

 効能追加は、この後覚える効能抽出というアビリティがあって初めて使えるようなので、出来れば覚える順番は逆にして欲しいです。効能抽出の詳しい効果は知りませんが、名前からして素材アイテムから効能だけを取り出して、他のアイテムに移すといったところでしょうか。


「オババオババー」

「何じゃ小娘、作業中くらい静かにせんか」


 おっとそうでした。新しいアビリティを覚え、MPを帯びた状態の工程を登録できそうな気がしたので、ついやってしまいました。


「ところで、これを登録出来る?」


 そういいながら私は両手にMPを集中させます。前はこれで通じたので、今回も通じるはずです。


「小娘が調子に乗るでないわい……、と言いたいが、今の実力なら出来るぞ。じゃが、それらに頼っとるうちは、未熟者じゃ」


 レシピ再現と工程短縮の両方が出来るかはわかりませんが、一度作ってみればわかるはずです。それでは、オババ監修の下、じっくり作ってみましょう。


「そうじゃ、それでいい」


 …………


「そうじゃな、そこまでじゃ」


 …………


「ふむ、数をこなしたお陰で、様になっとるな」

「完成」


 途中、オババに褒められた気がしますが、集中していたので、あまり聞いていませんでした。けれど、気分良く作れたので、褒められたことにしておきましょう。最後に結果を確認すると。


――――――――――――――――

【魔力を帯びたグリーンポーション】

 緑色のポーション

 HPを1分かけて16%回復

 MPを1分かけて4%回復

 上級スキルを持っていると基本値が10%に落ちる

――――――――――――――――


 流石に性能が更に上がっているようなことはありませんでした。ちょっと期待したのですが、そうは上手く行きませんね。とりあえず、レシピ再現と工程短縮の両方に登録でき、さらに、この時使った生産道具の情報も登録されるとのことなので、道具を所持している限り、この登録内容をつかえるそうです。つまり、道具を新調した場合は、全てやりなおしということです。

 さて、それではレシピ再現で大量生産しましょう。ポチッとな。

 出来上がった分はクラン倉庫に入れて、ログアウトです。





 金曜日の昼休み、いつものように教室で過ごしていますが、6月ということもあり、今日も雨です。水溜りではしゃぐのは小学生の頃に卒業したので、今は憂鬱な気分です。冷えたり、蒸したり、湿度が上がったりと、不快なことこの上ありませんから。


「茜、毛先跳ねてるよ」

「私は寝てるからいいの」


 机に突っ伏して外を眺めていると、こめかみの辺りに何かが押し当てられーーー、痛い、痛いです。伊織が私のこめかみに拳を当て、グリグリとえぐってきます。


「ちょ、待って、痛い、痛いから」

「ちゃんとケアしないからだよ」


 く……、前にも寝癖をそのままにして折檻を受けたことがあったのに、油断しました。まさかこんな不可抗力で怒られるとは。しかたないので手櫛で誤魔化しました。直ったかわかりませんが、直そうという素振りさえみせれば納得してくれますから。


「御手洗さんに東波さん、ちょっといいかな」


 この声は誰でしょう。流石に、顔と名前は覚えましたが、声までは覚えていません。とりあえず、声のする方を見ると、見覚えのある顔です。えーと。


「ああ、池田君か、どうしたの?」


 一応は名前と顔が一致しているクラスメイトなので、それなりの対応はしなければいけません。


「実は、クラスの皆と従魔を捕まえに行こうって話になってね。行けるのが4人しかいないから、2人が入っても6人なんだ。1PTで行けるから、一緒にどう?」


 池田君が示す方には顔はわかりますが、名前の一致していないクラスメイト3人がこちらに向けて手を振っています。さて。


「誰だっけ……」


 おっと、口に出してしまいました。慌てて伊織の表情を伺うと、笑っています。けれど、感情が見えないので、これはいけません。どうにかしなければ、後でどんなお叱りを受けることやら。


「ははは……」


 ふむ、池田君はなぜだか小さく拳を握っています。友達の名前を知らなかったせいで怒らせてしまったのでしょうか。まぁ、こればっかりはしかたありません。


「私達、週末は第四の街の開放に向かうから、付き合えそうにないんだよね」

「そっか」


 伊織が断ってくれたので、この話は終わりでしょう。そう思っていると、顔と名前の一致していないクラスメイトが近付いてきました。


「それじゃーさ、東波さん、俺とフレンド登録しようぜ」

「そう言われてもね、私、犬飼君と話したことないんだよね」

「それじゃーさ、これから話せばいいじゃん」

「うーん、相手の目を見ない人と話すことはないかな」


 終わりましたね。何を言おうが、伊織の胸しか見ていない以上、説得力はありませんし。それを言われたクラスメイトも、苦笑いしながらも引き下がるしかなかったようです。

 奥で他の二人に慰められてはいますが、私には関係ありませんね。あのクラスメイトは伊織を指名しましたから。


「あはは……、東波さんも容赦ないな」

「失礼な人にはね」


 その一言で話は終わり、池田君はお仲間の元へと戻っていきました。最近学校で何人かにPTに誘われることが多い気がしますが、気心の知れていない人と行ってもつまらないと思うのは私だけでしょうか。





 夜になり、いつものようにログインしました。今日は事前準備が出来る最後の時間なので、忘れ物をしないようにしましょう。

 まだ武器の耐久値に余裕はありますが、シェリスさんに連絡すると、例の修理システムを使って送っておいてくれとのことでした。今日は狩りに行くつもりもないので、問題ないでしょう。

 そのままクランハウスへと到着しました。


「こんー」


 クランハウスには全員ではありませんが、それなりの人数がいました。今思うと、このクランハウスには個室もありますが、使っている人はいるのでしょうか。


「我は汝が訪れる時を待ち望んでいた」


 おや、グリモアです。しかも、今日は元気がいいですね。何かいいことでもあったのでしょうか。


「どうしたの?」

「刮目せよ!【召喚・アートラータ】」


 そうして現れたのは、何ということでしょう。これは、この黒い姿は間違いありません。


「黒猫!」

「ふっふっふ、我は汝との約定を守る。故に、このアートラータを従えるすべを伝えよう」

「うん、うん。あ、ヤタ、浮気じゃないからね」


 グリモアの特徴的な笑顔をしているアートラータに興奮してしまいましたが、浮気ではありません。どちらも本気ですから。


「我がこのアートラータと出会ったのは……」

「あ、ちょっと待って。ここは私からだよ」

「……しかし、我は陣を描く技能の対価を払っておらぬ」

「それは別のもので払ってくれるんでしょ。黒猫の情報は、ヤタの情報の対価だよ」


 あくまでも、ヤタを仲間にした時の情報の対価として、黒猫の情報を聞きます。そのため、先に情報を伝えるのは私です。これで押し切る気満々なので、グリモアには諦めてもらいましょう。

 まぁ、時雨にはこっそりと伝えてあるので、グリモア以外は皆知っていると思いますが。

 それでは臨場感たっぷりに話しましょう。

 …………………………

 ……………………

 ………………

 …………

 ……

「と、こうやって激闘の末、ヤタを仲間にしたんだよ」

「流石汝、我の想像を遥かに超えることをしでかすとは」


 うーむ、グリモアにすら、予想外と言われるとは思いませんでした。私は普通にやっていただけなのに。まぁ、グリモアの話は私の予想外のはずですね。


「次は我の番だ。我は一人、エスカンデの北を歩いていた。そこは、緑の子鬼の領域であり、踏み入った我に襲い掛かってきた。我は、子鬼の群れを打払いながら奥へと進んだ。すると、一回り大きな子鬼に引き連れられた群れが現れた。我はその群れと戦った。多勢に無勢であり、我は追い詰められたが、間一髪のところで、戦いに勝利した」


 ……なんというか、ゴブリンの上位個体に遭遇して、倒しきったということでしょうか。私はよく妙なことをすると言われますが、グリモアには言われることはなさそうです。


「そ、それで?」

「うむ、我はしばしの休息をとるため、水薬を飲みながら安息の時を過ごしていると、我を見つめる視線を察知した。そこで、我はこのアートラータと出会った。アートラータに襲ってくる気配はなく、我は賭けに出た。緑の子鬼の領域に足を踏み入れる前に街で手に入れたこの【焼き魚】を取り出し、アートラータへと近付けたのだ」


 や、焼き魚ですか。確かに黒猫ですから不思議ではありませんが、そもそも魚なんて手に入るんですか。それにしても、事前に魚料理を入手しておくとは、グリモアの本気が垣間見れます。


「ほうほう」

「アートラータの視線が焼き魚へと釘付けになったことを確信した我は、焼き魚を持つ手を伸ばした。すると、アートラータは我の手から焼き魚を奪い取った。けれど、我にはまだ数多の焼き魚がある。それを我がもとへ来るまで取り出し、我が調教技能がその真価を示した。アートラータの頭に兆しを見せたため、我はアートラータを撫でると、我との使い魔としての契約が成立したのだ」


 ふむふむ、全体的に私と同じですね。グリモアも好物らしき食べ物を複数上げているので、数による確率補正でもあるのでしょうか。まぁ、それは検証好きの人達に任せましょう。


「そして、これが残りの焼き魚だ。受け取るがよい」


 突如グリモアからトレード申請が出されました。けれど、これを受け取るわけには行きません。


「従魔の満腹度の回復に使いなよ。仲間にしたからって好物もらえなくなったら、がっかりしちゃうよ」

「……しかし」


 グリモアがとても悩んでいます。私との約束とアートラータとの仲を天秤にかけているようです。

「私は魚か焼き魚の入手方法さえ教えてもらえればそれでいいから。後、ゴブリン肉あるでしょ。それで丸焼き作ってあげる」

「汝に最上級の感謝を」


 そういって受けたトレード申請には、グリモアが入手したであろうゴブリン肉が山盛りになっていました。私がそれを受け取って料理をしている間にグリモアが魚を買ってくるそうなので、大成功目指して腕を振るいますか。

 あ、ヤタ、これはグリモアの分だから、食べちゃダメですよ。……ヤタがつぶらな瞳で見つめてきます。く……、私はインベントリからゴブリンの丸焼きの大成功品を取り出し、ヤタに上げました。決してヤタの可愛さに屈したわけではありません。


「我は使命を果たし、舞い戻ったり」


 おや、グリモアが戻ってきたようです。その顔には満面の笑みを浮かべているので、魚を対価にゴブリンの丸焼きが手に入るのが嬉しいようです。


「もうちょっとで終わるから、待っててね。それと、魔法陣描いた紙の補充は大丈夫?」

「頼めるだろうか。我ではまだ実用に足る陣を描けぬ故」

「どういうこと?」

「実用に足る魔法は、魔法陣を越える力によって振るわれるもの。故に、魔法陣の力で描くには、その領域まで力を高めねばならぬ」


 なるほど、魔法陣のスキルレベル以上で覚えた魔法は陣描写の対象外ということですか。私はファイアーボールなども使いましたが、狩場によっては最低でもランス系が欲しいですね。


「それじゃあ、フレイムランスでいい?」

「それを頼む」


 いつものようにフレイムランスの魔法陣を描いた紙を量産し、出来上がったゴブリンの丸焼きと一緒に渡しました。その代わりに大量の魚を貰いましたが、よく考えればこの後これを料理しなければいけません。未だ見ぬ……、一応は見たことのある黒猫のためなので、本気でやりましょう。


「ところでさ、この魚はどこで手に入れたの?」

「うむ、これはこの街の南部に住むこの世界の住人から買い取った物。曰く、南にある街には巨大な湖があり、上流から来る魚と、下流にある海から昇ってくる魚が取れるらしい」


 ふむ、未だ見ぬ南には水に関わるフィールドが広がっているようですね。そういえば難易度が高いということから、情報すら集めていませんでしたが、今度何処かへ行くときは南側にしましょうかね。

 この後は時間いっぱいまで焼き魚を作っていましたが、普通に焼いているはずなのに、出来上がると棒が刺さった状態に変化します。まぁ、片手で持って食べられるので便利ですが、やはりゲーム的な変化ですね。

 それでは、いい時間になったのでログアウトです。

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