4-22

 木曜日の夜、いつもの様に姫巫女の護衛クエストです。今日護衛する姫巫女は風の姫巫女なので襲ってくる忍者型MOBは火属性です。そのため、火と風属性の魔法は使えませんね。その代り、氷魔法は威力があがるので、そちらを中心にします。

 なお、私達の防御属性は水属性なので例の苦無によるダメージが激減するので、とても楽でした。

 今回のクエストでは更に、地魔法がLV40となりました。火曜日に集中的に使ったお陰もあるのでしょう。地魔法LV40で覚えたのはこの間グリモアが使っていたグラビティという範囲魔法です。やはり、今までの範囲魔法よりも範囲が広く、威力も高いようです。今日はこれから夏祭りを回るので試し打ちは出来ませんが、明日の護衛クエストで使ってみましょう。





 そんなわけで浴衣に着替えて夏祭りを楽しんでいます。見た目重視なので鞄やウェストポーチは非表示にしていますが、流石に草履は用意していないので、靴は編み上げブーツのままです。いっその事、袴でも用意すればそれはそれで様になると思いますが、無い物ねだりはしない主義のつもりです。特に一部分においては。

 ちなみに、現在巾着を手にしてはいますが、それは持ち物装備なので、武器欄は空欄、つまり、素手です。浴衣は時雨が言っていた通り、性能度外視なので通常装備と比べると魔法攻撃力が著しく低下しています。まぁ魔法が使えないわけではないので、クエストで戦闘になった場合、格闘スキルを使うのか、魔法を使うのかはその時に考えましょう。あ、どこかに短刀を忍ばせるのもありですね。

 今、ヤタと信楽を連れて歩き回っている区画もお祭りの雰囲気に飲まれていますが、時雨の情報が正しければイベント素材を納品するクエストが発生するはずなんですよね。


『KAAA』

『TANUTANU』


 おや、ヤタと信楽が何かに反応しています。これは何であろうと向かうしかありません。えーと、どこに反応しているんですかね。ヤタと信楽が指し示しているのは、あそこの路地のようですが。

「おうおう、誰の許しを得てここに店を出してるんだあ? ああ?」

 いました。あきらかにガラの悪いNPCが複数人で屋台の人に絡んでいます。絡まれている方には小さな子供達が多いのですが、店主は屋台の飾りが邪魔で見えませんね。

 さて、これは戦闘の制限が解けているのでクエストです。なら、さっさとあのガラの悪い連中をどうにかしましょう。


「そこの屋台の人、助けはいりますか?」

「……え、あの――」

「お願い、ねえちゃんを助けて」


 子供達がそんなことを口にしていますね。さて、これは俄然やる気が出ますよ。問題があるとすればMOBは4体、NPCとの距離が近いので雷魔法はやめた方がいいです。また文句を言われてしまいますから。それともう一つ、この浴衣、性能度外視どころか、ある種の行動を阻害するようで、格闘スキルによる足技に制限がかかっています。簡単に言えばはしたないということでしょうか。ハヅチが作る和装は妙な所で細かいんですよね。振袖と袴なら、話は違ってくるんでしょうけど。

 そんなわけで、まずは近づきます。


「【ラッシュ】」


 魔拳を併用し、パンチを連打します。これはMPを消費することで連打が続くので魔法使いとしてのスキル構成をしている私にはちょうどいいアーツです。一体倒す毎に、連打を維持したまま別のMOBへと攻撃します。かなり不格好ですが、そんなもの知りませんよ。

 何とか三体倒しましたが、残念ながら最後の一体には距離を取られてしまいました。


『OUOUOU』


 何か言っていますが気にしてもしかたないですね。とりあえず子供達とMOBの間に立ち塞がることは出来たのでクエスト的には問題ないはずです。

 接近戦は苦手なのですが、これからどうしましょう。


『OUOUOUOU』


 私が手を拱いている間に向こうから接近してきました。武器は持っていないようなので、ここからは素手による泥仕合を始めるしかないですね。


「【パンチ】、【掌底】」


 魔拳を併用していますが、装備の補正がないのでどうにも利きが悪いですね。状況が状況なのでHPを減らしたくはありませんが、気拳を併用してみましょう。


『OUOUOU』

「【ラッシュ】」


 この距離ですから、アーツを出し惜しみする必要がないことに気がついたので、どちらかが倒れるまで殴り合います。MPの減りはゆっくりですが、HPの減りがとてつもなく早いですね。一度下がって回復するべきでしょうか。


『GUHA』


 おやおや、ガラの悪いMOBがよろけて尻もちをつきました。今のうちに回復しておきましょう。


「【ハイヒール】」


 これで一安心です。


「お、覚えてろよ」


 MOBからNPCに切り替わったようで、捨て台詞を吐いて逃げようとしています。表示を見るに転がっている三体はまだMOBですね。 


「忘れもんだよ」


 こういう時は、こう言って寝転がっているMOBをガラの悪いNPCに対して蹴り飛ばすものですよね。私だって知ってるんですから。

 まぁ、制限のせいでアーツが使えず、そもそものSTRが低いので飛距離が足りませんでした。その結果、中途半端な位置に落ちたので、ガラの悪いNPCはそのまま逃げてしまいましたよ。

 しまりませんね。


「おねえちゃん、ありがとう」

「本当に、ありがとうございます」


 元気な3人の子供に守られていた影の薄そうな女性が屋台から出てきました。ちゃんと足はあるので、生きているようですね。


「いえいえ、たまたま通りがかっただけですから。ところで、何があったんですか?」

「そ、それは……」

「あのねあのね、こいつらが場所代を払えっていちゃもんつけてきたの」

「へ、へー、そうなんだ」


 クエストを間違えましたかね。私が探しているのは納品クエストなのですが。もうどっぷりと始めているのでこのまま進めてみましょう。


「前もって申請して許可をもらった場所なのですが、ご覧になった通りなんです」

「そうなんですか。それじゃあ……、そこの君と君、番屋に行って人呼んできて」

「わかったよ、ねえちゃん」


 ショバ代関連の話はここの設定次第なのでとりあえずNPCに任せるしかありません。それに関する割り振りをしたら、クエストの基本を忠実に守るだけです。


「他に、何か困ったことはありますか?」

「困ったこと……ですか。えっと、屋台で出す品の素材の数が足りなくてですね。子供達に取りに行ってもらうのは危ないですし」


 来ましたよ。ここです。


「それじゃあ私が持ってきますよ」

「本当ですか? お願い出来るのなら、助かるのですが」

「それではこれをどうぞ」


 クエスト受注の案内が出たので、そのまま【祭りの食材】を10個納品し、中判を5枚手に入れました。この後は反復クエストになるので中判1枚になりますが、イベント終了まで納品出来るので、このまま保留にしておきましょう。

 一連の流れが終わったので、新たに入手した格闘スキルのアーツを確認します。【踵落とし】ですか。この装備だと足技が制限されているので使えませんが、試さなくともどんなアーツかはわかります。

 ちなみに、寝っ転がっているMOBは番屋のNPCに連れて行かれ、お礼として中判を1枚入手しました。





 金曜日の午後、いつものようにログインし、日課と姫巫女の護衛クエストをこなしました。今日の護衛対象は雷の姫巫女だったので、夜に襲ってくる忍者は鉄属性のはずです。防御面での特性は知りませんが、念のため今のうちに鉄魔法を多めに使ったところ、LV40となり、【メタルレイン】という魔法を覚えました。これは試しに使ってみたグラビティと同じくらいの範囲を鉄の雨で攻撃するのですが、中心の方が弾幕が濃い気がしますね。これは中心に近い方がダメージが多いのでしょう。

 他にも、魔法を使いながらも近くを通った忍者型MOBに、格闘スキルで飛びかかったため、スキルレベルが上がったばかりの格闘スキルに追い打ちをかけることになりました。


 ピコン!

 ――――System Message・所持スキルがLVMAXになりました――――

 【格闘】がLV30MAXになったため、上位スキルが開放されました。

 【体術】 SP3


 【格闘】がLV30MAXになり、【魔拳】を習得しているため、関連スキルが開放されました。

 【闘技】 SP3

 これらのスキルが取得出来ます。

 ――――――――――――――――――――――――――――――


 体術はどう見ても格闘スキルの上位スキルです。闘技は格闘系スキルを補助するためのもののようですね。まぁ、せっかく開放されたのですから、両方取ってしまいましょう。

 体術のLV1では震脚というアーツを覚えました。本来は地面を踏みしめてどうのこうのという技のはずですが、地面を踏み抜き、一時的に物理攻撃力を上げるアーツとなっていました。踏み抜いた衝撃で地面が割れ、飛び散った瓦礫にもダメージ判定があるとは、驚きですよ。まぁ、よくあるファンタジー系の震脚なので、不思議ではないですが。

 次に闘技です。LV1で覚えた【強撃】は使った後の格闘系スキルのアーツを強化するというアーツです。クールタイムはありますが、ディレイはありません。闘技スキルのアーツのコストはHPかMPとなっているので、特に変更がない限りMPを使用するよう設定をしておきます。これは気功操作と魔力操作を持っているかどうかで選択肢が変わってくるのでしょう。

 夜の護衛クエストでは他の魔法スキルもLV40になりそうですね。

 それでは浴衣に着替えてクエストを探しに行きましょう。時雨から聞いているクエストが多く見つかっている地区を歩けば、残りの2つも見つかるかもしれませんし。

 ヤタと信楽を連れて歩いているのですが、一つのことに気が付きました。この辺りはお祭りの後半だというのに準備中の屋台が多いということに。よくある縁日の屋台ではなく、見世物小屋というか、大きめの物を作っているというせいもあるのでしょうが。

 この状態を見る限り、納品する素材はあれですね。

 問題がおこっていそうな場所を探しながら動きますが、ヤタと信楽も反応しませんし、見た限りは問題なさそうですね。困りました。


「おう、嬢ちゃんじゃねえか」


 まさかのNPCから声をかけられました。ただ、誰なのかわかりませんね。


「えーと……」

「何だ何だ、忘れちまったのか? 前にうちの若いもんを助けてくれたのによお」


 ふむ、ナツエドでNPCと関わったのはクエスト関係だけなので、この見るからに大工の棟梁と言った感じの人とは……、ん? 大工の棟梁?


「あー、棟梁さんですか。ここではお仕事ですか?」

「ああ、そうだ」

「そうですか」


 これはまずいですね。この棟梁さんから受けたクエストは初期のクエストなので効率が悪いんですよ。


「それで嬢ちゃん、最近建材が高騰してるんだ。それに合わせるから、手持ちがあったら売ってもらえねえか?」


 おお、新しいクエストが出てきましたよ。まぁ、中判1枚のクエストですが、ここで納品しておけば反復クエストになるはずなので、やっておいて損はありません。

 残るは景品を納品するためのクエストです。大体の場所はわかっているので、早速向かいましょう。前に見つけたクエストは飛脚関連のものでしたが、ここではどんなNPCが出すのですかね。

 最後の地区には射的やクジ引きなど、遊べそうな出店が多いですね。よくあるコルク銃らしき射的屋さんに行列が出来ています。このゲームで銃を見たことはありませんが、あれをやってスキルが取れるようになるのならあるということでしょう。実際に遊んだ後にメニューを操作するそぶりを見せる人が多いですし。ただ、落胆している人が多いので、取れなかったようですが。それでも再び並んで挑戦しているので、条件が違うだけと思いこむようにしているのかもしれません。よくやりますねぇ。

 さて、順番が来たので私の番です。遠距離なのでDEXを上げるために付与を使おうと思いましたが、前の方に並んでいた人が使った後、開始時に消去されたと言っていたので、無意味ということがわかっています。

 ちなみに、アーツやアビリティも無効化されるようで、魔力操作で威力を上げることも出来ませんでした。

 参加料として小判を1枚払い、コルク弾は6発、こういうのは身を乗り出しながら銃を前に出してやるものだと思っていますが、安定性に欠けますね。景品は品物の名前が書いてある札で、素材やら、ポーションやら、書いてあります。特賞と書いてある札がやけに小さいのはそれだけの価値があるのか、見せ物なのか……。どうせならオチールでも置いてくれれば補充できるんですが。

 何か取れればいいやと思い、書いてある景品に関係なく正面に見える札を狙ったのですが5発も外してしまいました。生産スキルが少しあるのでDEXもそこそこあると思っていたのですが、これはステータスが関係ない可能性があります。

 最後の一発、これで取れなければ参加賞の食べ物引換券になってしまいます。正直これでもいいかなと思っている自分がいるのですが、やる以上、最後には特賞を狙うのが礼儀です。身を乗り出し、腕を伸ばしていると台に登っていた信楽が両手を伸ばして支えてくれました。うんうん、可愛いですね。射的屋の店主も何も言わないので問題ないようです。

 それでは札のど真ん中をよーく狙って、今です。

 パン

 射的屋でよく聞く音と共にコルク弾が打ち出されました。それは狙っていた札へとまっすぐ進んでいます。けれど、そもそもの技量の問題で中心へは行かず、端へとそれていました。

 着弾の音は聞こえず、けれど、確かにコルクによる一撃を受けた札はくるっと回転しながら倒れ、棚の奥へと落ちていきました。


「おおーー」


 そんな声も聞こえ、見事に特賞を手に入れることが出来ました。予想外のことに撃った姿勢のまま固まっていましたが、信楽が力を緩めたことで手にかかる負担が変化し意識を取り戻しました。


「嬢ちゃんすげーな。無理だと思って見逃したら、大損だぜ」

「あはは」

「それじゃあこれが特賞だ」


 そういって奥から取り出したのは謎の光の玉でした。受け取った瞬間に光が砕け私の中に入っていきましたが、物理的には存在していない感触だったのに、どうやって取り出したのやら。

 何を受け取ったのかは通知が来ているのでわかりますが、これを使うには北の次の街を見つけなければいけないんですかね。私としては東を優先したいんですけど。


「信楽、ありがとね」


 お礼にしっかりと抱きしめておきましょう。


『TANUTANU』


 タヌタヌ言っていますから、きっと喜んでいるんですね。ヤタは肩に止まって信楽に何かを話しかけているようなので、褒めているのでしょう。

 さて、ここにいても邪魔になるだけなので、特賞をもう一度置くのを尻目に立ち去りましょう。


「なああんた、特賞って何だったんだ?」


 何人かが互いを牽制しながら声をかけようとしていた中、立ち去ろうとした私を見て慌てて口を開いたようです。

 私はメニューを開き、スキル一覧から追加されたスキルを表示し、この先の複合スキルへの期待も込めて取得しました。そして詳細を出してからウィンドウを可視化し、聞いてきたプレイヤーへと向けます。


「いいのか?」


 流石にすぐに見ることはせず、確認してきたので頷いておきます。


「ありがとう。ところで、何かコツはないか?」


 コツですか。それに対する答えは唯一つです。


「偶然の結果です。それじゃ、あっちの人達にも教えてあげてください」

「わかった」


 銃スキルの詳細を見せたのですから、後はあの人が全てやってくれるでしょう。私は最初の目的であるクエスト探しの続きをします。

 早速店の前で頭を抱えているNPCを発見しました。これはクエストの予感がしますね。


「どうしました?」

「え、ああ、手違いで景品が届かなくて困ってるんだ」


 何とも直接的なクエストですね。ですが、その方が楽です。


「祭りの景品なら手持ちがありますけど、どのくらい必要何ですか?」

「まずは100個だ。それさえあればこの場は何とかなるんだが……」

「100個ですね、どうぞ」


 祭りの景品100個を取り出しても1個の大きな箱にしかならないのは凄いですね。店主のNPCは目をパチクリしながら驚いていますが、すぐに復活しました。


「ありがとう嬢ちゃん、これはお礼だ受け取ってくれ」


 そう言って手渡されたのは大判10枚です。景品10個に付き大判1枚になるので、これはいいクエストですよ。


「いえいえ、どういたしまして」


 その後は中判1枚の反復クエストになったので、今日の目的は全て達しました。店を開いたNPCに遊んでいかないかと言われましたが、紐くじはやめておきましょう。

 それではログアウトです。






 夜のログインの時間です。今日は護衛クエストの後にみんなでお祭りを見て回ることになっています。それぞれでクエストのために回っているとは言え、遊ぶために回るのとでは回り方が違いますから。

 今日のMOBは鉄属性です。ハヅチに聞いてみたところ、物理防御力が高いそうなので、鉄魔法以外なら何でもいいですね。後、噂では雷魔法を受けると周囲に放電して道連れにすることがあると聞いたので、MOBが密集している時は狙ってみましょうかね。

 私とグリモア以外は物理攻撃が主なのでかなり困っています。一応は魔法を持っているのですが、装備が物理攻撃用なのでそこまでのダメージにはなりません。ただ、魔法防御力が低いのか、小さくなる速度はあまり変わらないように思います。

 そして、巨大な忍者が黄色い線を越えたので私達の出番は――。


「まだいるぜえー」


 気配察知スキルが反応し、背後に誰かがいると知らせてくれました。そのため、確認せずにその場を飛び退いて地面を転がりながら元いた場所を確認すると、盗賊風の大男が不気味な斧を振り下ろしていました。


「残念だ」

「どこから沸いた」

「……索敵、引っか、かって、……ない」


 周囲からも剣を交える音が聞こえてきました。襲撃してくるMOBの中にプレイヤーがいたという話がありましたが、どうやら本当のようですね。

 よく見ると頭の上に名前が表示されています。


「グラート」


 ああ、PKクランのリーダーですか。何とも面倒な相手ですね。


「久しぶりだな。それにしても、前はアブサロムに邪魔されたけど、何で気付いたんだ?」

「教えませんよ」


 のんきに私と話している間に時雨達が持ち場に付いています。時間を稼ぐつもりはありませんでしたが、しっかりと動いてくれるの助かります。


「PKクランのリーダーがなぜここにいる。ここは私達の所属陣営しかこられないはずだ」

「ハッ、俺達の所属陣営が行けって言ったからだ。俺達PKしか所属出来ないが、こうやってプレイヤーと戦う場を提供してくれるいい陣営だぜ」


 なるほど、あの忍者型MOBの陣営ですか。よく考えてみれば、あってもおかしくはないですよね。時雨とアイリスとモニカが口元を隠しながらパーティー会話で相談しているのですが、相手はプレイヤーキラーで有名な相手です。そのため、MOBと戦う時とは違った戦い方が必要になるので少し時間がかかりそうです。


「ところで、姫巫女のところに向かわないの?」

「ああ、向かってるぜ。陣営の目的を達成したいやつはな」


 どうせなら向こうの人達に任せたかったのですが、対人を目的にしているプレイヤーはまだこの辺りにいるようです。


「安心しろ。お前達の……、リーゼロッテの相手は俺だけだ。前にやり損ねたからな。そのリベンジだよ」

「付き纏いはよくないですよ」

「じゃあ、逃げずに戦え」


 おっと、グラートが動き出してしまいました。ですが、私もただ話していたわけではありません。


「【ホーリーバインド】」


 光の輪が4つ出現し、グラートを拘束しました。動かれると困る相手なので、動けなくしてしまえばいいんですよ。

 私が魔法を使った瞬間に時雨達が動き出しており、防御も回避も出来ない相手をタコ殴りにしています。グラートが拘束を破ろうと暴れていますが、中々破れないようです。


「雷魔法行くよ。……【ライトニングランス】」


 行動阻害効果がどう影響するかわからないので試してみました。


「ガアアア」


 感電して声を上げていますが、痛みは痺れとして現れるはずなので、実際は痛くないはずです。つまり、余裕があるということですね。


「そろそろ終わるよ」


 クールタイムはまだ終わっていませんが、抵抗していた分、効果時間が短くなっているようです。そのため、連続での拘束は出来ませんが、それならそれでやりようはあるというものです。


「【シールドバッシュ】」


 頃合いを見計らっていたモニカの一撃で拘束の解けたグラートがふらついています。一時的に棒立ちになるスタン状態のようですが、上手く決まったようです。


「おら!」


 スタンも終わりやっと動けるようになったグラートですが、かなり鬱憤が溜まっているようで、動きに荒さが見えます。

 ただ、動きが変わって攻めにくいようで、少し長引きそうです。


「【ホーリーバインド】」

「ハッ、同じ手はくわねえぜ」


 そりゃそ……、え?


「どこへ行った」


 アイリスの声と同時に気配察知がまた背後に誰かがいると教えてくれました。グラートが消える直前の体勢が脳裏をよぎり、振り下ろしを避けるため、斜め前へと足を踏み出した瞬間――。


「ぐ……」


 不気味な斧の先端が私を捉えました。腕を振り上げていたはずなのに、横薙ぎの一撃を放ってきました。その一撃で吹き飛ばされ転がっている私は一気に減ったHPを確認しながらも体勢を整えます。


「残念。リーゼロッテ、お前のそれ、何かのスキルだな?」

「べー、だ」


 時雨達が私をかばうような位置取りをしてくれましたし、グリモアが回復してくれたので、余裕を取り戻すために返答はこれを選びました。そもそも、襲ってくる相手に教えて上げるほど私は親切ではありません。ましてや、まともな対価を用意しない人の対応はこれでもいい方です。


「く、はっはっは。残念だが、時間切れだ」


 今度はグラートの体が薄くなり消えていきました。何とも不完全燃焼ですが、雷の姫巫女を守りきったようなので、よしとしましょう。

 いろいろと思うことはありますが、終わったことなのでスキルの通知を確認してから反省会です。

 守り人の里へと送られ、大判10枚を手に入れると、他のパーティーのリーダーが集まって話し合いを始めました。私達からはアイリスが行っているので、まずはスキルの通知の確認です。

 今回でLV40を越えた魔法は無・炎・氷・嵐・雷・鉄・聖・冥です。てか、これほぼ全部ですよね。

 さて、無魔法で覚えたのは【マジックレイン】、これはメタルレインの無属性版のようです。炎魔法がエクスプロージョン、氷魔法がダイアモンドダスト、嵐魔法がテンペスト、雷魔法がサンダー、聖魔法がホーリー、冥魔法がダークネス、って実際に使ってみないと覚えられませんよ。まったく、一気に上るのも問題ですね。全部範囲魔法ですし、名前から推測も出来ますが、細かい仕様は試し打ちしてからです。

 一部のスキルの追い上げが凄いですが、使用頻度の問題もあるのでしょう。魔法は属性相性次第で集中して使いますが、それ以外の時はなるべく均等に上げますし。

 そして、アイリスが話し合いから戻ってきたので、ハヅチ達と合流してクランハウスへと戻りました。


「まず俺達の方だが、PKの連中が敵対陣営に参加して襲ってきた。直接戦ったのはソロのPKだけどな」

「私達の方はグラートだ」


 グラート自体はプレイヤーキラーとして有名らしいので、その名前を出すだけで十分のようでした。


「グラートはリーゼロッテを狙ってるみたいだったけど、何でそこまで狙われてるの?」

「それは私の方が聞きたいよ」


 最初は別のプレイヤーキラーに襲われていた時の増援でしたし、次はレイドの時です。そう何度も遭遇していませんが、両方共逃げたのが理由でしょうか。

 そのことを口にすると、みんなも同じ考えに至ったようです。


「グラートから逃げられたプレイヤーっていたか?」

「聞いたことある範囲だと、ザインさん達のような、最前線の中でもトップの人達だぜ」

「中途半端に有名な人達は倒されてるらしいな」


 うちの黒三点がグラートの被害者についての話を膨らませ始めました。


「ねぇリーゼロッテ、グラートが消えて後ろに現れたでしょ。あの時のエフェクトに見覚えない?」

「エフェクト? いやまったく」


 体勢にしか意識がいっていなかったのでエフェクトには注目していませんでした。というか、そんなのがあったのすら覚えていません。


「……ショート、ジャンプ」


 へ?


「グラートって空間魔法持ってるってこと?」

「消える直前、動きは荒かったが、アーツを使っていた。普通に詠唱していたのなら、あんな短時間では発動させることは無理だ。だが、あれが出来るのは、ショートジャンプくらいだろう」


 グラートがショートジャンプを使えるとしたら、私の背後に現れたことにも説明が付きます。けれど、使える説明が付きません。


「我は、スクロールを他者へ譲り渡したことはない」

「だよね。私もハイヒールくらいしか渡してないし、ショートジャンプなんてハヅチに渡したの以外だと自分用しか……あ」


 そういえば、あれってどうなったんでしょうか。


「どうしたの? ねぇ、怒らないから話してみて」


 時雨の笑顔が怖いです。まぁ、不可抗力ですから、無罪です。


「一つ確認したいんだけど、装備以外で手に持ってるアイテムって落としたらどうなる?」

「……置いた時と変わらないよ」

「鞄から取り出して手に持ってる最中にHPを全損したら、どうなる?」

「その時は保護から外れるから、その場に残るよ。それで、アイテムの価値によって決まった時間が経過したら、消えるの」


 なるほど。つまり、あの時近くにいたということですね。


「リーゼロッテ、1人で納得してないで教えて」

「いやー、簡単なことだよ。前にオーガと戦った時に使うために持ってたんだけど、倒した後に油断して別のオーガにやられたんだよね。それで教会で目が覚めたらなかったんだよね。ショートジャンプのスクロール」


 あの時は何枚持ってましたっけ。1枚使ったのは覚えているのですが、元は10枚なのか20枚なのか、それがわかれば残りの枚数も推測出来るのですが。


「つまり、リーゼロッテが落としたのをグラートが拾ったと?」

「……たぶん」


 私が落としたショートジャンプのスクロールで私が狙われるとは、自業自得というか因果応報というか、何と言うんでしょうね。


「ねぇハヅチ、グラートが突然移動したり、消えたりしたって話、聞いてる?」

「いや、俺が知ってる限りはそんな話ないぞ」

「それじゃあ、リーゼロッテにだけ使ってるってこと?」

「さぁな。ま、そろそろ行こうぜ」


 グラートの移動方法に予測がついた段階で反省会が終わりになりました。次からはそれがあるものとして考えればいいので、これ以上は必要ないという判断なのでしょう。

 みんなが浴衣に着替えたので、私も装備を切り替えると、外套とブラウスの耐久がかなり減っていることに気がつきました。これはあの不気味な斧のせいでしょうか。装備を切り替えたついでにハヅチに預けておきます。





 屋台巡りをみんなですることになっていたのですが、ハヅチと時雨を見送り、他の10人で巡ることにしました。

 買い食いをしながら歩いているのですが、どうも近くから視線を感じます。視線を少し下へ向けながら周囲を見渡すと、影子とリッカと目が会いました。影子は太陽の模様が入った黄色い浴衣を、リッカは薄い緑の浴衣を着ています。確か、私と時雨以外は本人の希望を確認していると聞いています。


「どしたの?」

「僕達、噂を聞いたの。何でも、射的屋さんで銃スキルを取得した人がいるって」

「どこでそれを」


 まだ誰にもいっていないというか、後回しにして忘れていました。私としては東側を優先したいですから。


「僕達も挑戦した。でもだめだった。だから、アドバイスが欲しい」

「んー、完全に偶然の産物なんだよね。特別なことって言っても震える手を信楽が支えてくれたことくらいだし」


 頼まれれば手伝うのもやぶさかではありませんが、手伝えるようなことが何もありません。この二人、弓を使っていますが、飛び道具が好きなのでしょうか。


「残念」

「……残念」


 二人を悲しませてしまいました。


「ところで、何で私ってわかったの?」

「白か銀の長い髪」

「……赤の、浴衣」

「狸と烏の従魔」

「……靴がブーツ」

「あー、それ私だ」


 そこまで一致したら、言い逃れなんて出来ませんね。言い逃れする相手でもありませんが。せっかくなので、一つ聞いてみましょう。


「他にも何かスキルの情報あるの?」

「僕が知る限りはないよ」

「……あくまでも、取得者の、いない、……スキル、だけ、取れる。……らしい」


 なるほど。通常の取得方法が難しくて取得者がいないスキルを取れるようにしているということですかね。逆に考えれば、テクザンが開放されていなくても取れるスキルだということです。そして、武器スキルがあるということは、それを使うための武器があるということです。きっとノーサードで入手出来ると思いますが、銃ではなく、あるかわらかない複合スキルにしか興味がないんですよね。

 ちなみに、リッカと影子は遠距離物理攻撃が好きなようで、投擲スキルを取って時雨から手裏剣を買っているそうです。弓と銃では攻撃時の軌道が違うので、両方揃えておきたいとか。


 ピコン!

 ――World Message・イベントクエスト【無常城の陰謀を突き止めろ】がクリアされました――

 プレイヤー・【フィーネ】率いるクラン【ロイヤルナイツ】によって龍の封印を解放しようとする陣営の正体が暴かれました。

 ――――――――――――――――――――――――――――――


 おや、何でしょうか。わざわざクエストの結果をワールドメッセージで流すとは思えませんし、何か意味があるはずですが。

 とりあえず全員で固まっても邪魔にならない場所へ移動し、相談することになりました。


「すまん、待たせた」

「ごめんね、遅くなって」


 当然、この二人も招集することになったのですが、みんなで呼ぶか悩んだのは秘密です。一応、二人の方から連絡が来たので、事前に触れない取り決めをしました。


「それで、途中でザインさんから連絡が来たんだが、アカツキは今回のイベントでボス戦があった場合、ロイヤルナイツを頭に据えて動くそうだ」

「結局ボス戦は確定なの?」


 先週のイベントで最後のクエストがどうのこうのと言っていましたし、あった方が楽しめるので、あって欲しいですね。


「ザインさん達はあるという前提で動いてるぞ。それで、事前に【切っ掛け】を入手したクランを頭に据えるって取り決めをしていたらしい。下手に手柄を取り合ってクエスト失敗になんてなったら、他のプレイヤーからのバッシングが凄いだろうからって」


 ゲームのトッププレイヤーって所構わず競い合うと思っていたのですが、随分と理性的ですね。実はもっと先へ進んでいる人達がいるのではと勘ぐってしまいますよ。


「それでだ。俺達にはアカツキの協力クランとして動いて欲しいって要請が来てる。別に断れるが、どうする?」


 なぜだかみんなの視線を集めてしまいました。確かにザインさんとの繋がりは私が原因ですが、クランとしての動きに関わるので、私の意見なんて無視していいのに。


「とりあえずリーゼロッテはどう思う?」

「何らかのキークエストを達成した人達を中心に動くって前提があるんなら、要請は受けてもいいと思うよ。流石に関わりのないクランに協力するから指示をちょうだいって言っても無理があるでしょ」


 まぁ、ザインさん達ともそこまで交流があるわけではありませんが、ロイヤルナイツのような組織だったクランの下につくよりはやりやすいでしょう。

 私の考えを述べたあと、みんなもそれぞれの考えを口にしましたが、どうやらアカツキ派閥のクランとは人が足りない時にパーティーを組んだりしているそうなので、抵抗するどころか、歓迎している雰囲気があります。基本的にソロなので知りませんでしたが、これはもう言い逃れが出来ないくらいにアカツキ派閥ですね。


「それじゃあ、了承しとくぞ」


 詳しいことは最後のクエストの詳細がわかってからになります。

 この後は睡魔に屈するまでお祭りを見て回りました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る