4-11

 8月12日、今日は土曜日です。まぁ、夏休み中の高校生に曜日なんてほぼ関係ありませんが。

 午前中に伊織がやってきて、葵と一緒に尋問をしてきたので、木材への魔力付与についての情報は洗いざらい吐き出したはずです。

 その代わり、今日になってから追加されたイベントの情報を教えてもらうことになりました。


「公式からのアナウンスもあるけど、イベントフィールドに追加があるんだとさ。一つ目のフィールドを進み切るとでっかい門があって、そこから第二フィールドに行けるらしいぜ」

「追加MOBも強いらしいよ」

「へー。行くだけ行ってみようかな」


 追加MOBがどんなMOBなのかはわかりませんが、様子だけは見に行きましょう。公式HPを見て見る限り、具体的な情報は載っていませんが、気になる情報がもう一つありました。


「イベントダンジョンの51階以降の開放って50階までしかなかったの?」

「あー、そうだぞ。41階からは面倒だけどな」

「そういえば、今日の夜に続き挑戦しようって話になってるけど、どうする?」

「もちろん参加するよ」


 伊織達が行くのに、一緒に行かない理由はありません。というか、置いていかれると確実に先へ進めなくなるので、他の選択肢もないですね。

 仲良くお昼を食べてゆっくりした後にログインすることになりました。





 午後のログインの時間です。

 予定があるのは夜なので、今の時間はフリーです。そこで、日課をこなしてから昨日の続きであるゴンドラ作成クエストをします。クエストの方も造船所へ行こうになっているので、行かないことには何もわかりませんね。

 移動の前に、ヤタと信楽を召喚しておきましょう。


「おやっさん、来たよ」

「おう、嬢ちゃんか。遅かったな」


 1日待とうに対して、ゲーム内で2日経っていますからね。そりゃ遅いと言われますよ。


「いやー、しょうがないですよね」

「まぁ、構わんがな。それで嬢ちゃん、ゴンドラの細かい要望はあるのか?」

「要望ですか? どんな追加とか変更が出来るんですか?」

「船体の色や、座席への細工に、後は船首に像を付けたりも出来るぞ」

「船底も色を選べるんですか?」


 てっきり船底塗料で色が決まっていると思ったのですが、違うんですかね。


「ああ、昔は一色だったが、今はいろんなのがあるぞ」


 ほうほう、技術の進歩ということですね。

 色の変更についても考えるとして、他には……、座席にはスプリングとかを仕込んで長時間座っても痛くならないようにできるのでしょうか。まぁ、フルダイブなので、痛くはならないので不要ですね。


「ちなみに、ヤタが止まるのに不自由しないように、っていうのは出来ますか?」

「ああ、嬢ちゃんの従魔か。それじゃあ、止まり木代わりのを何ヵ所か追加しとくか」

「信楽には……、何か必要?」

『TANU?』


 つぶらな瞳で見つめられてしまいました。とりあえず、別でクッションを用意しておきましょう。


「ゴンドラって漕ぐ時は後ろ側に乗るんですよね」

「そうだ。当たり前だな」


 ボートとは違うんですよね。流石にゲームなので操作は何らかの簡略化がされていると信じたいので、味を大切にするために、ボート風の改造をするのはやめましょう。


「うーん、色はどうしようかな」


 魔女風に黒くするというのも一つの手ですが、初期の色が黒のようですし、街のゴンドラのほとんどが黒なのでそれではつまらないですね。白にするのは綺麗ですが、汚れが目立ちそうですし……。悩みますね。


「別に後からでも変えられるぞ」

「あ、そうなんですか? じゃあ、保留でお願いします」


 とりあえずそのままの黒にすることにしました。


「それじゃあ、とりあえず色は黒だな。後は何かあるか?」


 ふと、一つ疑問に思ったので、あるアイテムを取り出しながら、聞いてみることにしました。


「これって何かに使えたりしますか?」


 手にしたのは緑色の欠片です。属性付与とか出来たら面白そうですよね。属性によって追加効果とかあったら面白いですし。


「ああ、塗料に混ぜられるぞ。それなりの数は必要だがな」

「欠片とか結晶とかあるんですけど、効果に違いあります?」

「結晶だと、力が強すぎるから、無理じゃ」


 欠片限定ですか。それはそれでありがたいですね。結晶は数を集めるのが大変ですから。


「それで、属性毎にどんな効果があるんですか?」

「ちょっと待っとれ。確か、この辺りに……。あったあった。これで確認しとくれ」


 そう言って渡されたのは属性と効果が書かれた表です。こんなものがあるなら始めから出して欲しいですね。あ、ポリゴンとなってヘルプに格納されてしまいました。

 ヘルプから確認すると、風属性だと、移動速度の増加に波や障害物の影響の減少です。

 火属性は、MOBに取り付かれた時に熱によるダメージを与え続け、氷などの障害物による影響を減らしてくれるそうです。

 土属性は、重量と耐久を増加させ、波の影響を減少させます。

 水属性は、移動速度の増加と水中のMOBを近付きにくくさせるそうです。

 基本的にメリットだけのようですが、おかしいですね。こういうのは何らかのデメリットがあるはずなのに。ちょっと確認してみましょう。


「おやっさん、属性をつけることによるデメリットってありますか?」

「んあ? そうだな。強いて言えば、修理のたびに欠片を必要とすることと、色が少しその属性に偏ることくらいだな」


 ああなるほど、属性に応じた色味が出るのと、純粋に費用がかかるということですね。まぁ、それくらいなら問題ありません。というか、黒なら大抵の色は飲み込みますよね。

 後、流石に複数の属性を混ぜることは出来ないようです。あくまでもゴンドラ1つに1属性ということです。塗料を塗る場所でわけるとかは出来ません。

 火属性は氷の海に行く時に作るとして、重くなる土は却下です。後は、風か水です。エンカウント率の減少はありがたいのですが、障害物があることを考えると、どかすのに力のいることは避けたいので、風にしましょう。それに緑色の欠片なら、いい狩場が見付かったばかりです。


「それじゃあ、この緑色の欠片を使ってください」

「そうかい。じゃあ、銅のインゴットと緑色の欠片を集めとくれ」

「いえっさ」


 さぁ、クエストが進みましたよ。


 ――――クエスト【ゴンドラ作成】――――

 銅のインゴット 【0/50】

 緑色の欠片 【130/50】

 ―――――――――――――――――


 ……インゴットですか。銅鉱石何個でインゴットになるんですかね。とりあえずそれは専門家に聞きましょう。場合によっては買えばいいですし。

 それではクランチャットを使いましょうかね。


リーゼロッテ:時雨ー今大丈夫?

時雨:今ちょっと忙しいけど、何?


 まぁそうですよね。いつでも話せるわけありませんよね。


リーゼロッテ:後で銅のインゴット50個売って

時雨:わかった。後でね


 さて、約束は取り付けました。時雨が自由になるまでクエストが進められないので、噂の第二イベントフィールドへ向かいましょう。





 ナツエドの東にあるエドッグが出現するフィールドへとやってきました。ここからは一気に駆け抜けるのでヤタと信楽は送還してあります。それでは猛ダッシュです。

 流石に私の様に走っているプレイヤーはいませんが、更に東へ向かおうとしているプレイヤーはかなりいます。というか、ほとんどですね。フィールドが終わるところには門があるらしいのですが、全然見えませ……、いえ、あれですね。かなり遠いですが、門が大きいのであるのはわかります。さて、あそこに行くにはどれだけかかるのやら。

 あ、ショートジャンプの最大距離を走りながら使えばどうなりますかね。試してみましょう。


「【ショート……ジャンプ】」


 走りながらなのでしないはずの息切れをしてしまいました。正確な距離はわかりませんが、ある程度は進んでいます。まぁ、100メートルも進んでいないので、気休め程度ですね。考えることが増えると走るのが遅くなるのでやめましょう。

 かれこれ数時間、いえ、数十分走り続けてみました。現実なら確実に倒れる自信があります。まぁ、実際に走ったのは十数分ですが、それでも長いですね。どう考えても1分が限度です。

 人が多いとMOBにタゲられる可能性が低くなるのでスムーズに進むことが出来ました。まぁ、何回かは戦いましたが、ようやく門へとたどり着きましたよ。ここはセイフティゾーンのようで、休憩しているプレイヤーもそこそこいます。更に、露店を開いているプレイヤーもいますね。ここへ戻ってくるのが大変だからこそ、きっと強気の商売をしているのでしょう。

 それでは次のフィールドへと向かいましょう。門に手を触れると、一瞬の暗転とともに浮遊感に襲われ、第二フィールドへの門へと飛ばされました。ここから先にも結構な人がいますね。まずはどんなMOBが出るかの確認ですが、近くで戦っている人がいるので見た目はわかります。なんと、大型犬よりも大きい土佐犬で、化粧まわしを付けています。これは重い体当たりを使いそうで私と相性が悪いことこの上ないでしょう。どう考えても重量級なので鉄魔法の効きがエドッグよりも悪そうですから。ここから見ている限り、移動速度が若干落ちてる気もしますが、エドッグ以上の手数が必要なら、有利にはなりませんね。名前は……、【バクマツケン】ですか。名前と見た目が噛み合っていない気もするのですが、気にしたところでどうにもなりませんね。

 まずはバリアを張り、どのくらい強いのか試してみましょう。周りを見る限り、パーティーがほとんどなので、倒せる気がしませんが。

 誰とも戦っていないバクマツケンを発見したので、射程距離ギリギリから【閃き】を使った後に狙いをつけます。


「【ライトニングランス】」


 雷の槍を4本放ち、命中を確認する前に後ろに大きく飛び、わずかでも距離を稼ぎます。流石に後ろを向いて走るわけにもいきませんが、古き良き逃げ撃ちです。

 体感ですが、やはりエドッグよりも少し遅いようで、4倍のディレイが終わってもまだ噛み付かれてはいません。それでは次です。属性がないのは確認しているので、鉄魔法以外ならなんでも大丈夫です。とりあえず、バクマツケンが目前に迫っているので、なるべく火力のありそうな属性にしましょう。


「【フレイムランス】」


 炎の槍を4本放ちました。後少しで体当たりされるくらいの距離でしたが、無事に魔法を使うことが出来ました。ここまで出来たのですから、内心ではこれで倒れてくれることを願っています。さて、どうなることやら。

 フレイムランスが命中し、ポリゴンと……、なったー。なりましたよ。倒しきりましたよ。これはつまり、ランス系8発ですね。これなら余裕で戦えますよ。

 それでは次へ行きましょう。倒せるとわかれば怖いものはありません。もう、余裕ですよ。

 ……そう思っていました。

 次のバクマツケンを発見したので、距離をとってから、同じ様に【閃き】を使い、ライトニングランスを放ちました。そこから距離を取り続け、また、同じ様にフレイムランスを放ちます。ここは本当にギリギリです。最初の距離や逃げ撃ちの距離が少しでも短ければ体当たりをされてもおかしくありませんから。

 そして、フレイムランスが命中しポリゴンとなっあああああ。ぐは。

 かろうじてHPが残ったと思わしきバクマツケンの体当たりをもろにくらってしまいました。バリアのおかげで吹き飛ばされることはありませんでしたが、そもそも詠唱中でないので意味はありません。それどころか、距離を取れなかったことを考えると、よくないですよ。


「ぎゃふん」


 バクマツケンの追撃により、地面へと押し倒されてしまいました。どうやらバリアの効果は吹き飛ばし無効と言った方が正確のようで、スリップやら、他のは防げないようです。バクマツケンの重さに勝てない私では犬パンチやら噛み付きやらであっという間にバリアを剥がされ、そのままHPを削りきられるという結末を迎えるしかありませんでした。





 暗転の後、最初に目にしたのは板張りの知らない天井です。どうやらナツエドの復活地点は教会ではなく神社のようです。ですが、こんな場所ありましたっけ。ナツエドを見て回ったのですが、覚えていませんね。とりあえず、周囲を確認すると、和室に大量の敷布団が並んでいます。この布団が復活する台の代わりなのでしょうが、持って帰れませんかね、これ。このためならほとんど使っていないクランハウスの自室を改造することも辞しませんよ。

 現実ではベッドなので、たまには使いたくなるのです。

 とりあえず装備の確認ですが、デスペナで耐久値が軒並み激減しています。その上、1時間のステータスダウンもあります。これはゲーム内時間なので、現実で20分休憩していればいいのですが、その前に状況の整理をしましょう。

 一度は倒せたバクマツケンですが、そのドロップは上質な茶色い皮が1枚に、祭りの食材が5個でした。皮系に関しては変化があるのかわかりませんが、イベントアイテムのドロップはいいようです。次にバクマツケンのHPですが、乱数しだいではランス系8発といったところでしょう。閃きや、魔力付与の分もあるので、普通なら10発とかそこらでしょうか。とりあえず、乱数次第では8発ということで、私があそこへ行くことはもうないでしょう。安定した狩りが出来ないのであれば、行く意味がありませんから。

 ログアウトするにはまだ早いのですが、ステータスが下がっているので、何かをしようという気にもなりません。しかたないので神社の巫女さんを探しましょう。

 その結果、いるにはいるのですが、対応がそっけないです。巫術とか、陰陽術とかあるのか聞きたかったのですが、何も聞けずじまいでした。

 とりあえず、修理依頼の連絡をしたところ、シェリスさんは今回は無料でいいと言ってくれました。どうやら情報のおまけだそうです。ありがたいので素直に受け取り、感謝だけで御礼をしましょう。

 次にハヅチですが、送っておけば修理してくれるそうです。全部送り、夏仕様ではないブラウスと外套だけ装備することになりました。他の部分が初期装備の外見になるのですが、どうにもアンバランスですね。とりあえず、クランハウスでヤタと信楽と戯れていましょう。


『KAAA』

『TANUU』


 ヤタは相変わらず素知らぬ顔で自由気ままに過ごしていますが、信楽は私が帽子を被っていないのが珍しいのか、頭の上に登ろうとしてきます。幼体とはいえ、そこそこ大きく、当然それに見合った体重もあります。非力な私では支えることが出来ず、ソファーにだらしなく座ることで何とか維持しています。ですが、これはこれでいいですね。小動物が頭の上に乗るというのは、見ているだけであれば、楽しいものです。まぁ、実際には結構きついですが。

 頭上の信楽に乗り心地を味わわれながらヤタの動きを目で追っていると、ポータルの方から音がしました。


「ふー、結構大変だったね」

「ああ、この様子だと、他も強化されているんだろうな」


 生憎と体の自由がないので、目視での確認は出来ませんが、声をからして時雨達でしょう。いつの間にかデスペナも終わっていましたね。


「あれ、リーゼロッテ休んでたの?」

「んー、デスペナ待機中だった」


 何人かはそろそろ落ちるようで、消えてしまいました。残ったのは、時雨とアイリスですね。


「そういえば、銅のインゴットが欲しいって言ってたけど、何に使うの?」

「ゴンドラ作成クエスト。塗料に使うみたいだよ」

「結構進んでるんだね」

「まぁね。ついでに属性の欠片使えるか聞いたら、属性によって効果が違うから、好きなの選べって言われた」

「そう。じゃあ、その違い、教えて」


 私は信楽を落とさないように首を固定したままメニューを操作し、追加されたヘルプのスクリーンショットを取ると、時雨にメッセージを送りました。口頭で説明するより早いですから。

 時雨は私が送ったメッセージを見ながら何かを考えていますが、アイリスはしきりに指を動かして何をしているのでしょうか。まぁ、私はゆっくりとヤタの動きを眺めていましょう。おっと、満腹度が減っているのでそれぞれの好物を出さなければ。


「これ、どこかに氷の海があるってことだよね」

「あ、やっぱりそう思う?」

「だって、わざわざそう書くってことはそういうことでしょ」


 時雨も私と同意見のようです。今後の攻略次第ですが、準備しておいて損はないですね。


「軽く調べてみたが、やはりどこにも出ていないな。秘匿しているか、未発見なんだろうな」


 アイリスはサイトめぐりをしていたようです。この情報、秘匿する必要があるとも、そうそう見つからないとも思えないのですが、何故見つかっていないのでしょうか。まぁ、気にしてもしかたないですね。


「リーゼロッテ、とりあえず銅のインゴット送るね」

「あ、いくら?」

「情報量と相殺して、残った分はいつもの様にしとくね」

「あれ? 代金余った?」

「だって、銅だし、情報が情報だし」


 ふむ、時雨にとっては銅はもうそこまで価値のあるアイテムではないようです。それならしかたありませんね。大人しくインゴットを受け取りましょう。

 さて、クエストの必要アイテムも揃いましたし、ログアウトする前に納品だけしちゃいましょう。


「そんじゃ、納品してくるね」

「いってらっしゃい」


 ステレオで聞こえたので、手を振って返しておきました。





 サウフィフへとやってきた私はそのまま造船所へと直行しました。


「おやっさん、素材持ってきたよ」

「おう嬢ちゃん、こんな時間に元気だな」


 よく考えればゲーム内ではもう夜でしたね。ついさっきまでクランハウスにいたので気にしていませんでした。それにしても、流石ゲームです。NPCが24時間営業とは。そういえば、時間によって発生するクエストが違ったりするんですかね。マップによっては出現するMOBが変わりますし。


「それで、この素材、どこ持っていきますか?」

「こっちに頼む」


 おやっさんの指示に従い、銅のインゴット50個と緑色の欠片を50個納品しました。次のクエストも【1日待とう】ですが、ゲーム内で1日経つと、日付が変わる直前くらいになるので、行くのは明日の午後になりそうです。


「ちなみに、また何か決めることとか、工夫出来ることはありますか?」

「いや、後は決めた通りに造るだけだから、何もないぞ」

「そうですか。では、お願いします」


 そんなわけで、今はログアウトです。





 夜のログインの時間になりました。

 ハヅチとシェリスさんに頼んだ修理の品も戻ってきているので、すぐにやってくれた2人には頭が下がります。

 さて、今回は時雨達と共にイベントダンジョンの続きです。前は40階までクリアしたので、次は41階です。みんなが集まるまでクランハウスでゆっくりしているのですが、確かエドッグ6体と2連戦のはずなので、とても厄介な相手です。倒せなくはありませんが、MPが心配ですね。


「さて、みんな揃ったな。それでは、打ち合わせをしようか」


 いつもの様にアイリスが指揮を取ります。事前情報や今回の立ち回りなどの打ち合わせをしています。まぁ、そこまで変わるわけではないので、モニカとグリモアがペアとなり、他の4人はそれぞれでエドッグと戦います。エドッグの出現位置が1ヵ所なら他の方法も取りやすいのですが、最初は6ヵ所で一斉に出現するので、どうしようもないですね。しかも、倒した直後にもう1体出現するので、私はとても苦労します。


「それとリーゼロッテ、前回ので気付いたことがある」


 そのままアイリスから立ち回りに対しての個別レクチャーを受けました。

 聞いてみると、確かにその通りなことばかりです。それでは、この後すぐに実践してみましょう。


「最後にHTOではまだそう簡単に蘇生は出来ない。各自、死なないように注意してくれ」


 おや、見つかったんですかね? ただ、この言い方だと、出回っていないとも受け取れますね。まぁ、このまま治癒魔法のレベルを上げていけば、上位スキルが開放された後で取得できると思うのですが、スキルではなく、アイテムの方なのでしょう。私が情報収集をしたところでたかが知れているので、自然と耳に入るのを待ちましょう。

 打ち合わせも終わり、イベントダンジョンのある櫓広場へとやってきました。一部では情報交換やメンバー集めなどが行われているようです。

 イベントダンジョンの41階へ行くと、今まで同様に出現地点が示されています。これがわかるだけありがたいと思うべきなのでしょうか。


「いくよ」


 開始の権限はモニカに一任されているので、合図と共にエドッグが出現しました。私は事前にバリアを使っているので、出現と同時に閃きを発動し、魔法陣を4個描きます。エドッグはランス系6発で倒せるので、先に4発使うことで、次が2発で済みます。そうすると、あら不思議、倒した後のディレイが2発分で済みます。本当に言われるまでこのことに気が付かなかったなんて、不思議な事もあるんですねぇ。


「【ライトニングランス】」


 更に言えば4発分なので、雷属性の持つ行動阻害効果も4発分です。ディレイが4倍というデメリットはありますが、確実に倒せるとわかっているので、左腕をバリアごと盾にしても問題はありません。ええ、バクマツケンの時のように押し倒されることはありませんから。


「【フレイムランス】」


 まずは1体目のエドッグを倒しました。すぐに2体目のエドッグが出現したので、ディレイ明けを待って次の魔法陣を描きます。閃きも使えませんし、1体目よりも引きつけてからの発動になりますが、下がらなかったことを気にしてもしかたありません。私は固定砲台の純魔法使いですから。


「【アイスランス】」


 鉄魔法では大して吹き飛ばなかったので、他なら何でもいいです。これでまずは4発、……おっと近いですね。

 これも言われたことですが、魔法陣を描く時間がないなら描かなければいいじゃない。ということです。つまり、詠唱のない武器スキルのアーツを使えばいいと言われました。

 流石にまだディレイが終わっていないので、横に飛ぶようにエドッグの攻撃を避けましたが、完全に体勢を崩してしまいました。……まぁ、いつものことですね。ほぼこけている私ですが、敵から目を離すようなヘマはしません。

 エドッグも勢い余って少し遠ざかったので、ディレイが終わるまでの時間を稼ぐという意味では大成功です。一つ予想外なのは、エドッグの切り返しが早く、ディレイが終わった時には、杖の間合いよりも内側に入られているということです。

 そこで、もう一つのレクチャーが役に立ちます。


「【キック】」


 ええ、基本スキルの格闘のアーツです。動きが決まっていますが、この距離で外すような動きはしません。STRが低いので、蹴り飛ばすことは出来ませんが、多少の距離を空けることくらいはできます。

 格闘系のスキルの特徴として、アーツのディレイとクールタイムが極端に短いという点があります。もちろん、一撃の威力に重きをおいたスキルであれば多少の時間はかかりますが、牽制やらちょっとした攻撃の場合、魔法と比べれば無いに等しい時間です。

 だからこそ、魔法使いにとって、強力な一撃である武器攻撃系のアーツがすぐに使えます。


「【マジックスィング】」


 基本スキルの格闘と違い、下級スキルのアーツなので、動きに少し自由度が追加されています。そのため、狙いを決めていれば、上手く体を動かしてくれます。なので、空振りはしにくいそうです。

 キックの直後だったので不安定な姿勢から放つことになりましたが、杖による魔法攻撃力基準の一撃を受けたエドッグは大きく吹き飛びました。私のSTRではどう考えても不可能なので、このアーツの場合、飛距離にもINTが関わるのでしょう。まぁ、吹き飛びながらポリゴンとなったので、私の担当分は終了です。MPも残りわずかなので、周囲を警戒しながらバリアを解除しました。様子を見る限り、私が手を出す必要もなさそうですね。


「みんな無事だな」


 全員が倒し終わってから、アイリスが声に出して確認しました。次の階へのカウントが出ていますが、主に私のMP的な意味で一度外に出ることになりました。まぁ、言うまでもなく、バレていたようですが。

 外に出てからは丸く座り、簡単な反省会をすることになりました。


「アイリスのおかげで連戦出来たよ。ありがとね」

「前に戦い方がちょっと気になっていたからな。上手く行ったようで何よりだ」


 他のみんなは反省する点も特になかったようで、次のエドーレム戦とその後のエドレント戦についての話に移りました。エドーレムは敵ではありませんし、エドレントも攻撃範囲に気をつければ何の問題もありません。

 実際に、42階と43階の6体2連戦は楽勝でした。44階はまたエドッグ6体の2連戦なのですが、一度やっていることなので、しくじるようなことはありませんでした。41階から49階までは同じことの繰り返しなので、時間はかかりましたが残すは50階層、つまり、今日追加されるまで最後の階層だった50階だけです。ちなみに、何と、全部で36体と戦うそうです。

 内訳は、エドッグ12体、エドーレム12体、エドレント12体です。今までと違って6体倒すと次の6体が出現するらしいので、毎回仕切り直せるのはありがたいですね。

 そして運命の50階、エドッグ6体が出てくるたびに、最後の1体をモニカが押さえつけ、休む時間をくれたのがとても助かりました。他の2種類はただの的なので、MPに気をつけた結果、何の問題も発生せず、50階を突破しました。

 前半分が終了したので、次の階への挑戦ではなく、外へ出るためのカウントが表示されています。


「よし、休憩しよう」

「さんせーい」


 モニカの一際元気な声が目立ちましたが、誰も異論を挟まず、満場一致で休憩することになりました。

 外に出てからはいつもと同じ様に丸く座りました。一つ違う点は話の内容ですね。


「ねぇねぇ、一つ見て欲しいんだけど」


 そう言ってみんなの気を引いてから信楽を召喚しました。当然、持ち物装備としての笠が装備されています。


「笠?」

「笠か」

「笠だね」

「……笠」

「天の雫を……笠」


 グリモアは何かを諦めたようです。まぁ、そこは本人の中で何とかしてもらいましょう。


「やっとなつき度が50%超えたんだよ」

「その笠、誰に頼んだの?」

「これ? ナツエドで飛脚のお店の女将さんに聞いたら売ってるところを教えてくれて、小判1枚で買えたよ」


 おや? みんなが動きを止めています。どうしたのでしょうか。


「今の、パーティー会話でよかったね。小判で買い物が出来るなんて情報、一切出てなかったよ」

「だが、イベント報酬との引き換えに使うわけだから、代金として使うのはどうなんだ?」

「イベント報酬は大判との交換だから、端数を使うのはありだと思うよ」

「なるほど」


 時雨とアイリスが効率についての話し合いを始めてしまいました。まぁ、それは好きにさせておいて、私達は笠を身に着けた信楽の可愛さについて話し合いましょう。


「……似合ってる」

「笠だー」

「これは!」


 信楽の一挙手一投足に対し、様々な反応を返していますが、可愛いと思っているという点に変わりはなく、信楽を愛でて過ごしていました。その後、我慢できなくなったのか、一度パーティーを解散し、それぞれが従魔を召喚したので、ふれあい広場の様になってしまいました。


「そういえば、持ち物装備を上げると、一度だけなつき度が10%上がるんだよね」


 会話は近くにいるクランメンバーだけに聞こえるように設定してあるので、周囲を気にする必要はありません。それに、みんなの反応を見るに、知っている人の方が多そうです。

 今更ですが、その御蔭で信楽の召喚コストが最大MPとSTRを一割ずつになったので、ヤタと信楽を同時に召喚していても、最大MPは4割しか削られません。まぁ、それでも十分に脅威ですが。


「クロスケにはどんなリボンが似合うかな?」


 アイリスと小難しい話をしていた時雨もクロスケを召喚しています。まだ、持ち物装備を装備出来る段階ではないようですが、尻尾にリボンを付ける気のようです。ふむ、尻尾にリボンを付けた子狐……いいですね。


「あー、君達、ちょっといいかな?」

「……ゲシュ、ペンスト、……飛ぶのに、邪魔そう」


 リッカの幽霊の鷹もヤタ同様に飛行系のMOBなので持ち物装備を上げるにしても、気を使いますね。小さいリュックとかなら、邪魔にはならなそうですね。


「リーゼロッテ、君に、ちょっと仲介して欲しいんだが」


 誰かは知りませんが、名前を呼ばれたので振り返ってみると、見知らぬプレイヤーがいました。頭の上にも名前が……表示されていますね。プレイヤーネームが園長で、所属クランがサモナーズーとなっています。うーん、聞き覚えが……。


「あ、サモナーズーの人」

「そうそう。君から従魔の情報を買った人だよ」

「知り合い?」

「一応知り合い。フレンド登録してるし。それで、何かようですか?」


 知っている人だったので、ちゃんと話を聞きましょうかね。ちょっと聞きたいこともありましたし。


「その猫と狐の情報を売って欲しいんだ。後、君の烏の追加情報も欲しい」


 グリモアと時雨が目当てのようです。私のヤタに関してはいずれ来るとは思っていましたが、ついでのように聞こえますね。


「聞きたいことと対価によるかな」

「我は断らせてもらう。アートラータとの契約を口外することは出来ぬ」

「それじゃあ、チャットルームを作るから、そこで交渉してもいいか?」


 そう言って園長さんがチャットルームを作りました。クランとかパーティーとかが違う人同士で内緒話をするのに便利ですよね。まぁ、便利でも使うことはないので、作り方は知りませんが。

 当たり前のように全員が入りました。


「早速だが、俺が聞きたいことは、その従魔の種族と、出現場所、反応したアイテム、そして、従えたのが前のキャンペーン中かどうかだ。対価は、そうだな……何か要望はあるか?」


 私の時と同じですね。まぁ、必要な情報なので、そこを変えることはないのでしょう。

 グリモアは独自の世界観を発揮しています。けれど、私が無理にでも聞けば教えてくれるかもしれませんが、そんなことをする気はありません。

 反対に時雨は悩んでいるようですが、こちらも口を出すことではないので、みんなと戯れて待ちましょう。


「答えてもいいけど、欲しい情報がね……。みんなは何か欲しい情報ある?」


 私は欲しい情報がありますが、ヤタの追加情報との引き替えにするつもりなので、時雨にねだるつもりはありません。みんなも特にないようで、首を振っています。


「それじゃあ、対価が決まったら教えてくれ。そっちの君は……気が変わりそうにないから、諦めるよ。それで、リーゼロッテ、君がヤタガラスと遭遇した時の詳しい状況を聞いてもいいか?」


 さて、私の方の本題ですね。とりあえず、対価としてふさわしいか確認しましょう。払い過ぎも貰い過ぎもよくありませんから。


「えーと、調教の上位スキルの召喚スキル、ありますよね。その召喚獣の情報とは、釣り合いますか?」


 情報の価値って難しいんですよね。特に情報同士を交換する時は、釣り合うのかまったくわかりません。そのため、いつも通り、相手に一任してしまいましょう。対価が足りないと思えば、それまでの付き合いになりますし。

 けれど、その返答は予想外のものでした。


「召喚スキルか。悪いが、あれは俺達も探している最中なんだ。その情報を持っているなら、むしろこっちが買いたい」


 何というか、まぁ、残念です。無い袖は触れないといいますし、欲しい情報を持っていないとは……。


「ちなみに、その情報を持っていたとして、釣り合うと思いますか?」

「正直なんとも言えないよ。次にどこかの街が開放されたら簡単に手に入るかも知れないし、どこかのダンジョンの裏ボスを倒す必要があるかも知れないからな」


 そう言われてみればそうですね。見つかっていなければ価値なんてわかりませんよね。さて、どうしましょう。


「うーん、とりあえず、対価は保留にしましょうか? 別に払う気があるのなら、先に話してもいいですし」


 情報の売買もいいですが、やはり貸しておくのが一番です。一つ貸してある。その状態が、何かあった時に一番有利に事を運べますから。


「……いや、やめておこう。君が欲しがる情報はわかったから、それを用意してから交渉するとしよう」


 おやおや、失敗してしまいましたね。大抵の人は目の前の人参に目がくらんで飛び付くのですが、中々に慎重な人です。それでは引き下がりましょうかね。


「わかりました。では、対価として釣り合いそうで私が欲しがりそうな情報があったら連絡してください」

「ああ、そうさせてもらうよ」


 時雨は今後の情報交換のために園長さんとフレンド登録したようです。チャットルームを解散して周囲を見てみると、この場のモフモフ天国を遠巻きに羨ましがっているプレイヤーが多々いました。恐らく園長さんがただのモフりたい人だったら、後に続こうとしていたのでしょう。ヤタ達を見知らぬ人にモフらせる気はないので、土台無理な話ですが。


「そういえばさ、お城のクエストで、番所で見回りするんだけど、最低3人必要でさ、魔法使いがいると追加報酬を受け取りやすいらしいんだよ。だから、今度そこのクエストやる時声かけてね」


 見知らぬ人達と行く気にはなれないので、時雨達に合わせるべきです。ここで色よい返事ももらえたので、このままゆっくりと過ごし、今日はログアウトです。

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