4-12

 日曜日です。夏休みかどうかなんて関係なく、日曜日の午前中はゴロゴロするに限ります。そんなことをしていると部屋の扉がノックされました。


「茜、ちょっといいか?」

「なーにー?」


 ベッドでゴロゴロしていましたが、着替えは終わっているので、入っていいと言っていないのに勝手に入ってきた葵のことは咎めないであげましょう。

 普段から物を散らかさないので座る場所はどこにでもあるため、目についた場所に腰掛けました。


「HTOのイベントの話だけど、第二フィールド行ったか?」

「東の奥だけ見たよ。やられたけど」


 今思えば、二回目の魔法の後にマジックスィングなどで追撃をすれば倒せるかも知れません。まぁ、今はそれよりも他のフィールドを周るのを優先したいわけですが。


「いや、あそこはソロで行くもんじゃねーよ。西ならいったけど、聞くか?」

「んー、自分で行ってみるからいいや」


 難しかったり、行くのに時間がかかったりするのであれば、前もって話を聞いて準備をしますが、あそこは気軽に行けるので、調べなくてもいいでしょう。


「あ、そう言えば昨日伊織達とイベントダンジョンに行ったんなら聞いたと思うが、後半のMOBは追加フィールドのMOBだぞ」

「……マジ?」

「マジだ。ま、出現方法は変わらねーけどな」


 ふむ、出現するMOBが強くなっただけと言ってしまえば簡単ですが、単純にめんどくさそうですね。

 話も終わったので、葵が部屋から出て行こうとしますが、何かを思い出したのか、振り返って口を開きました。


「そうそう、東の第二フィールドのMOB、上質な皮よりもいい素材落とすらしいから、揃ったら装備の更新、考えとけよ」

「りょーかい」


 杖を含めて装備の更新はしなければいけませんが、いかんせん素材がありません。とりあえず、バクマツケンからの皮を剥ぐことは候補にしておきましょう。

 ……あれ? つまり、南のフィールドでは魔木よりもいいものが落ちる可能性があるということでしょうか。流石に今からゴンドラを作り直す気はありませんが、杖の分なら用意してもいいでしょう。後は、核になる素材を探すだけになりますし。





 午後のログインの時間です。さて、第二フィールド巡りと洒落込もうかと思っていましたが、メニューのクエスト欄が光っています。ええ、サウフィフに行かないといけませんね。

 そんなわけで、日課をこなしてからヤタと信楽を召喚し、造船所を訪れました。


「おやっさん。来ましたよ」

「おう嬢ちゃん、遅かったな」


 そりゃそうですよね。ゲーム内では昨日、現実では午前中に出来上がっているはずですから。まぁ、一定時間後ならいつでもいいので、問題はありませんが。


「いやー、夏なんでゆっくり涼んでいたんですよ」

「なるほど、暑いからな。まぁいい、付いて来い」


 それではクエストの続きですね。まぁ、後はゴンドラを受け取るだけなので、すぐに終わるはずですが。

 おやっさんの後を追っていつもの作業場へと向かいました。そこには昨日までなかったほんの少し緑がかった黒のゴンドラが鎮座しています。これは風属性を付与したせいでしょうが、これはこれでかっこいいですね。


「おやっさん、このゴンドラですか?」

「ああそうだ。まずはこれを渡しとくぞ」


 そう言ってゴンドラのマニュアルを投げてよこしましたが、すぐにポリゴンとなり、ヘルプへと格納されました。何と言うか、操作の難しいミニゲームといったところでしょうか。


「ふむふむ」

「それと、このゴンドラだが、置く場所はあるのか?」

「……あ」


 まったく考えていませんでした。何と言うか、きっとアイテムとして持ち運べると心の何処かで思っていました。これは一生の不覚です。


「だろうな。ここみたいな専用の場所があるなら保管出来るが、どうせもっとらんだろ。この街の冒険者ギルドかここで預かれるぞ」


 ここでは毎回陸に上げて保管するようです。流石に面倒なので自分ではやりたくないと思っていたら、おやっさんがやってくれると教えてもらいました。どこか水辺の街にクランホームを作らないと自分での保管は出来ないということですね。


「ちなみに、持ち運びとかは……、出来ませんよね」

「ここの設備じゃ作れん。もっと南にある港街にはそういった技術もあるから、そこで頼むんだな」


 おや、これはいいことを聞きました。ゴンドラをインベントリに入れられる様になれば、川とか湖とかで遊べます。これは行動範囲が広がりますよ。


「それじゃあ、ここで預かってもらえますか?」

「ああ、そう言うと思っとったよ。それじゃあ、水に浮かべる前の確認しとくれ」


 無事に母港を確保しました。

 次の工程は点検ですね。何をすればいいのかわからないので、おやっさんの指示に従い点検しますが、塗装のハゲなどはなさそうですし、問題はありませんね。ついでにスクリーンショットも大量に撮ったので、自慢し放題です。

 後は水に浮かべるだけらしいのですが、まだマニュアルを読み終えていません。


「試験は済ませてあるが、浮かべるか?」

「あー、お願いします」


 浮かべてからもマニュアルは読めるので、先に浮かべてしまいましょう。


「それじゃ、手伝え」


 あ、はい。

 おやっさんの指示に従い、ゴンドラを川に浮かべるために台ごと移動させます。そして、前に水遊びをしていた坂道まで持って行き手を離すと、ゴンドラの重みで川へと入っていきました。重量級ではないので、水しぶきが高く上がるということはありませんでしたが、新しい靴を家の中で履いてから外に出るのに近いものがあります。


「確認しとくんだぞ」

「りょーかいです。ありがとうございました」


 敬礼して、造船所へ戻って行くおやっさんを見送り、ゴンドラの確認をします。もちろん、水浮かんでる姿もスクリーンショットを撮ります。いやー、いいですねぇ。

 浸水している様子はないので、問題なさそうですね。ゴンドラを眺めながら、ブーツを非表示にし、水に足をつけて涼みながらマニュアルの確認をしましょう。

 えーと、手動モードと半自動モードがあるようで、手動モードは物好きや、本職向けですかね。半自動モードでは、オールを握りながら水につけると、推進力が勝手に出るようなので、それで進行方向を調節するようです。出力はオールの持ち手をひねることで調節出来るので、それになれれば問題なさそうです。

 操作説明以外に、街中でのルールも載っています。どうやら左側通行が基本のようです。

 後は……、ゴンドラの運転していると耐久が少しずつ減り、障害物にぶつけたり、MOBから攻撃されたりすると、大きく減るそうです。減った耐久は造船所に頼めば回復してくれるようですが、対応したスキルを持っていれば自分でも出来るそうです。

 ちなみに、付属のロープと杭で何処かに固定すると、移動が出来なくなる代わりに、耐久も減らなくなるそうです。

 えーと、えーと、他には……、あ、フィールドに乗って行っても死に戻りやリターンなどで戻っても、決まった母港に戻すかどうか選べるそうです。所有者がいない場合、許可があれば動かせたりと自分だけ死に戻りしても移動に不便はないようですね。

 マニュアルの確認も終わったので、装備を戻し、ゴンドラへと乗り込みましょう。所定の位置に立つと、いくつかのウィンドウが現れ、速度計や予測進行方向などが表示されています。それに、水路用のマップでは他のゴンドラの動きがわかるようです。

 それでは練習がてら自己主張激しく光っている初心者用コースのボタンを押しましょうかね。


「ヤタ、信楽、行くよー」

『KAA』

『TANU』


 元気な返事が聞こえたので、ボタンを押すと一瞬の浮遊感と共に暗転し、知らない街並みが広がりました。一応マップを確認しますが、知らない場所ですね。それでは、ルートを確認してから水につけたオールの握りをひねります。そうすることでゆっくりとゴンドラが進み始めました。

 歩いた方が早いくらいの速度ですが、流れに乗っていないゴンドラならこのくらいが普通でしょう。観光で景色を見る時に乗るのに、早すぎで見れなければ何の意味もありませんし。

 初心者用なので、直進やら緩やかなカーブやらが盛り沢山です。


「おっと」


 オールの向きと進行方向の連動がピーキーなのか、慎重に動かさなければいけません。ちょっと油断したり、力を抜いたりすると水路の壁にぶつかりそうになってしまいます。

 これはハンドルとブレーキが欲しいですね。……いえ、十字キーの方が簡単そうですね。

 時折、信楽が身を乗り出して水面を触っています。ふむ、癒やされますね。おっと、よそ見をしていると危ないです。

 しばらく練習して慣れてきたので次は街中コースへと移動します。一気に難易度が上がった気がしますね。何せ、NPCが乗っているゴンドラもあるのですから。

 ただ、初心者用コースで腕を磨いた私の敵ではありません。NPCのゴンドラが視界に入ると出てくる注意事項のウィンドウを確認すれば、ぶつかったりはしなさそうですね。

 スピードを出したりゆっくり進んだりと思いの外楽しかったので、結構時間が経っていました。ゴンドラの操作に自信も付いたので街へ戻りましょう。

 ウィンドウの街へ戻るボタンを押すと、再び一瞬の暗転と浮遊感に包まれ、造船所の水路へと戻りました。

 それでは改めて。


「出発」

『KAA』

『TANU』


 またもや元気な返事が聞こえたので特に目的地はありませんが、出発進行です。

 流石に練習用のコースとは違い、実際の街中は複雑なので、難しいですね。他のゴンドラとすれ違う時は緊張しますが、練習通りにやれば問題ありませんね。

 慣れてきたため、風を感じる余裕も出てきました。それでは、なんとなく周ってみるのをやめて目的地を決めましょう。流石に外へ出る気はありませんが、そうなるとここという場所がありませんね。

 しかたありません、予定変更です。当初の予定だった第二フィールド巡りも終わっていませんし、様子を見て何体か狩るくらいの時間は余裕で残っていますから。





 そんなわけでヤタと信楽を送還し、ナツエドの西側にある第二フィールドの目前である門までやってきました。今いるフィールドにいるのはエドーレムというゴーレムです。なら、次はゴーレムの強化版が出てくるはずです。何が出てきても足の遅いゴーレムに遅れを取る私ではありません。ええ、近未来的なブースターとか付いていない限り。まぁ、流石に和風イベントでそんなものはないはずです。

 それでは第二フィールドへ足を踏み入れましょう。

 門の先には同じようなフィールドが広がっています。ここからでも数組のパーティーがゴーレムらしきMOBと戦っているのが見えますね。えーと、名前は【ブシドーレム】ですか。名前から連想出来る通り、岩の鎧を纏っています。兜の立物は個体ごとに違うようですが、能力に違いはないと信じましょう。ただ、刀らしきものは見当たらないものの、随分と繊細な動きが出来そうな細腕です。足が普通のゴーレム同様に無骨なので、余計に気になりますね。

 とりあえず、属性はないので安心して攻撃できますが、ゴーレム系なので、雷魔法と鉄魔法は選択肢に入りません。さて、あのブシドーレム、他のパーティーの戦闘を見る限り、腰を据えたいいパンチを繰り出している気がします。やはり、下半身が安定しているのでしょう。それに、腕の動きがかなり軽やかです。あれで刀を持っていたらさぞ手ごわかったことでしょう。

 HPはわかりませんが、バクマツケン同様に、エドーレムよりも多くなっているはずです。

 他のパーティーの戦闘を勝手に観察しながらいい位置にいるブシドーレムを見付けたので、射程ギリギリから狙いましょう。

 まずは【閃き】を使用し、魔法陣を4つ描きます。


「【フレアブラスト】」


 バクマツケンとの違い、それは機動力です。下半身が安定しているので、素早い攻撃が出来ているようですが、移動速度はほんの少し上がっているだけのようです。そのため、フレアブラストが発動し、炎が炸裂するまでの時間に、発動する座標から逃げられるということはありません。ランス系よりも威力が高いので、全部で8発も叩き込めば倒せるはずです。

 様子を見て下がりながらランス系よりも長いディレイが終わるのを今か今かと待ちました。腕が細いのでランス系を迎撃してくることはないと思いますが、前例があるのでそちらを使います。

 岩の鎧がボロボロになっていますが、ダメージを負っているので動きに精彩さを欠いています。もしかしたら鎧が脱げて身軽になった分、移動速度が上がるかと思ったのですが、そんなことはありませんでした。

 さて、ディレイも終わったので次の魔法陣を4つ描きます。ちょっとくらいなら減らしてもいい気がしますが、まずは確実に倒せるかどうかの確認です。


「【アイスブラスト】」


 ブシドーレムの胴体付近で氷が炸裂し、すぐにポリゴンとなって消えました。

 ふっふっふ、余裕ですよ。ブラスト系の的であれば、これほど倒しやすいMOBはいませんね。エドーレムと違い、動きに無駄がなく、最小限の動きで行動するようですが、見ている限りそれが発揮されるのは手の届く範囲での戦闘だけです。移動速度が上がっていない以上、ただの的ということに変わりありません。これはいい狩場ですね。ふふふ。ちなみに、ランダムで鉱石を落とすようですが、金属系はレア度というか、価値がわからないので、全部時雨に丸投げします。今のところ、第二フィールドのMOBは対応したイベント素材を5個落とすようなので、こちらに通うのもありですね。

 かなり余裕があるので、ヤタと信楽を召喚し、気楽に狩ることにしました。周りに見える一般的な構成のパーティーは壁役の人がかなり慎重に立ち回っているようですが、魔法職だけ集まったパーティーは全員で逃げ撃ちしているので、結構楽しそうです。

 最大MPが四割削れているので休憩をこまめに取っていると、見知らぬ人達が近づいてきました。


「ちょっといいかしら?」


 ヤタと信楽がご飯を食べているのを見ていたのですが、声のする方を見てみると、緑色のゆるふわな長い髪をした女性がいました。この人……、格好が黒の細いワンピースに三角帽や手袋、杖ではなく箒を持っているとは、魔女風ですね。尊敬しますよ。

 遠巻きに様子を見ているパーティーメンバーらしき魔法使い・魔女風の人達も少し気になりますが、今は目の前の相手に集中しましょう。


「ちょっとならいいですよ」

「ちょっとならね。じゃあ、手短にするわ。さっきから貴女の戦い方を見てたんだけど、そのスキルの情報、私達に売る気はない?」


 おや、どうやら魔法陣を見られていたようですね。まぁ、私がたまに様子を見ていたのですから、その逆もありえますよね。


「何のスキルか明確にして欲しいのですが、とりあえずは、対価次第です」


 グリモアは後払いにはなりましたがきちんと対価を支払いました。本人はまだ何か支払う気でいますが、それでグリモアの気が済むのなら任せるだけです。まぁ、同じクランでもない人にただで教えるわけはありませんし、グリモアが持ってきた情報以上なら考えましょうかね。


「そう。情報の秘匿具合から、てっきり取り付く島もないと思っていたのだけれど、交渉のテーブルには付いてくれるのね、リーゼロッテさん」


 おや、知られていましたか。名前が出たのは結構前ですが、覚えている人は案外いるものですね。

 ヤタと信楽をなでて少し落ち着きましょうかね。


「それ、どうなのかしら?」

「ですから、対価次第ですよ」


 そもそも秘匿していないんですよね。ただ、きちんと対価を示して交渉されていないだけです。


「そう。どんな対価が欲しいのかしら?」

「そうですねぇ、交渉のテーブルに付く気があるのなら、考えますよ」


 よく考えれば、この人の名前、知らないんですよね。別に知りたいとは思いませんが、名乗らない人と取引をするつもりはありません。

 どうやらこの人はすぐに意味に気付いたようです。


「それもそうね。私はクラン【魔法連合】のリーダー・グリンダよ」


 おや、なんとも魔女らしい名前ですね。ここは敬意を払いながら名乗りましょう。


「クラン【隠れ家】のリーゼロッテです」

「あの鞄のクランね。知ってるわ」


 鞄のクランですか。まぁ、有名になりそうな要素はそれしかありませんよね。


「私は他のクランをほとんど知らないので、知りませんね」


 対する私が知っているクランは片手で足りる気がしますね。あまりにも少ないとは思いますが、遊ぶのに問題はありません。

 ちなみに、グリンダさんはちゃんとクラン名とプレイヤー名を表示しました。さて、どうやるんでしたっけね。


「えーと、ここをこうして……、よし」

「ちゃんと表示してくれたのね」

「交渉するなら、名前がわからないと不便ですから。それで、対価でしたね。うーん、魔法系に関わる何か、としか言いようがありませんね」


 対価に物理攻撃系スキルの情報を貰っても意味がありません。私が欲しいのは、私が知って意味のあることだけです。


「そう、魔法系の情報ね。私達が知りたいのは、魔力操作というスキルについてよ」


 まぁ、それ以外ありませんよね。私の魔力操作とマスタークンフーの気功操作は取得者のいるヒドゥンスキルとして知られていますから。ただ、こんなにも長い間取得方法が見つからないとは思えないのですが、どうしてでしょうか。


「これは完全に興味本位ですけど、何で見つかってないんですか?」


 おや、グリンダの顔が少し引き攣っています。何か怒らせるようなことを言ったつもりはないのですが。


「いいわ。教えてあげる。予想だけど、まず魔法陣スキルが必須なのよ。でも、あのスキルってキャラ作成の時に取らなかった場合、取得方法が面倒なのよ。それで、使用方法がわかってなかったから、最初に取る人なんて検証マニアか公式のスキル紹介しか見てない人だけよ」


 ……私ですね。もちろん、検証マニアではないので、後者ですが。感覚派の私は細かいことを気にしたくないので、他人の使用感を聞く気にはなれません。


「次に、ヒントがまったくないのよ。連休のトーナメントの時に見つかってたということは、センファストかエスカンデのどちらか。エスカンデには魔術ギルドがあるけど、魔法陣に関する情報は得られなかったわ」


 門番のNPCに道を聞いたら教えてくれた店で伝授してもらったのですが、知らぬ間に条件を満たしていたのでしょう。取得している私には条件を探ることが出来ないので、勝手にやってもらうしかありません。


「えーと、つまり、魔力操作を教えればいいってことですか?」

「ええ、その通りよ。プレイヤー同士で教えられるスキルらしいから、直接教えるか、取得方法を教えて欲しいの」


 うーむ、グリンダさんからすればかなり欲しい情報だと思いますが、魔力操作だけならそこまでの対価はもらえませんね。それに、話している感じでは、そそられない雰囲気なので、反応を見たいとも思えないので、どうしましょうか。いっそ、グリモアを引き合わせて魔術書でお茶を濁しましょうかね。

 うーむ、悩んでいてもしかたないので、グリンダさんに対し手を伸ばしました。グリモアを巻き込むのは今度にして、いつもの様に対価はお任せにします。


「何かしら?」


 その問いに対し、私は無言で微笑みながら手を伸ばし続けます。握手を求めているのですが、気付いてくれませんね。とりあえず、グリンダさんが動くのを待ちましょう。

 握手を求めたままの姿勢で動かない私に対して業を煮やしたのか、グリンダさんがおずおずと手を伸ばしました。ですが、ここで焦ってはいけません。獲物が罠にかかるのを待つのです。


「これで……いいのかしら?」


 さて、私の手を握り、握手する形になりました。ここはハンドシェイクの名にふさわしく、少し揺らしましょう。私が教えることに同意したと判断したと思われるグリンダさんは少し笑顔を見せながら油断していますね。

 今です。

 魔力操作は今や中級スキルである魔法操作になっています。その力を使えば、MPを一気に流し込むことくらい朝飯前です。


「んぁ」


 突然のことに驚いたようですが、一度握った手をそう簡単には離しませんよ。こう見えても格闘スキルや剣スキルを持っているのですから、他の純粋な魔法使いよりもSTRはある方です。

 にこやかな笑みを崩さず、手を握ったままMPを流し込む私と、むず痒そうな声を上げるグリンダさんを遠巻きに見ているお仲間さん達はどうすればいいのかわからず迷ったまま動けずにいるようですね。


「ん、……ん。ちょ、と」


 残念ですがもうすぐ終わります。食指が動かない相手でしたが、やってみると案外楽しいものですね。これはつまり、食わず嫌いはいけないということですね。一つ勉強になりました。


 ピコン!

 ――――System Message・スキルを伝授しました―――――――――

 【魔力操作】を伝授しました。

 SPを1入手しました。

 ―――――――――――――――――――――――――――――


 随分と懐かしいシステムメッセージです。最後に見たのはいつでしたっけ?


「え……。今、のが?」

「さて、ご希望通り教えましたけど、グリンダさんがそれに見合うと思う対価は何ですか?」


 随分と簡単に取得出来たためか、ほうけてしまっていますね。どうしたものか……。


「ヤター、信楽ー」


 ヤタと信楽を愛でながら待ちますかね。そのうち気が付くでしょうし。

 モフモフモフモフ


「……はっ。ごめんなさい、待たせてしまったわね」


 思いがけず早く戻ってきたようです。


「で、対価は決まりましたか?」

「えっと、それなんだけれど、時間を貰ってもいいかしら? 具体的には後日連絡するということで……」

「いいですよ。では、対価が決まったら連絡してください」


 そう言うとグリンダさんからすぐにフレンド申請が飛んできました。【はい】を選んだので登録完了です。後は連絡が来るのを待つだけですね。ええ、グリモア同様に高確率で魔法陣の使い方を聞いてくるでしょう。人も多そうなので自分で何とか出来るかもしれませんが、それならそれで情報源として確保しておくのもありです。


「それでは、私はもう行きますね」


 いい時間なので、一旦ナツエドへ戻り、そこから南のフィールドを駆け抜け、第二フィールドの前にある門のセイフティゾーンを訪れてからログアウトしました。

 こうしておけば、夜にはすぐに行けますから。

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