9-8 その2

 夜のログインの時間です。


「こんー」


 今日はイベントの続きをする約束になっています。

 まぁ、まだ全員そろっていませんが、今いるメンバーからスロットエンチャントを行っていきましょう。


「えっと、妖精属性付けるのは、武器だけだよね」

「ああ、防具だとダメージが増えるからな」


 妖精属性と妖精喰らい属性、この二つはお互いに弱点ですから、防具につけるわけにはいきません。ある種のイベント特攻のようなものなので、今回のクエストでしか意味はないらしいのですが。

 全員揃って準備が終わったので、それぞれのパーティーに別れて、出発です。

 クランハウスのポータルを使い、【空間の裂け目・妖精郷】へとやって来ました。ちなみに、このポータルは大量にあるそうで、同じ場所から出発した同じクランのメンバーでも、パーティーが違えば違うポータルへ飛ばされます。流石に数に限りがあるので、一つのポータルに1パーティというわけではないそうですが、見知らぬ誰かが来るのを待つ理由もないので、出発です。


「私から一つ、あんたに伝えておくことがあるわ」


 おっと、周りを見ていたら、妖精が急に話しかけてきました。


「何?」

「今ここは、あの妖精喰らいがいるわ。だから、私が姿を現していると、あいつの一部を引き寄せることになるわ」

「ふむふむ、それで?」


 どうやらみんなにも発生しているクエストの一部のようですね。


「わたしに道を聞きたいのなら、それを覚悟しておきなさい」


 つまり、妖精は道を知っているということですね。そして、答えを知りたければ、襲ってくるMOBとの戦闘を覚悟しろと。

 これについては、みんなで話し合った結果、時雨とアイリスに任せることになりました。


「何というか、このレンガ造りの壁、次元の裂け目っていうより、巨大な迷路って感じだよね」


 右手でも左手でもいいですから、壁伝いに進んでみましょうかね。いざとなれば、妖精に聞くという手段がありますし。


「上は謎の渦巻だから、空間の裂け目をイメージしてるのかな。リーゼロッテ、変なこと……、上から見ようとしないでね」

「期待してるなら登ってみよっか?」


 迷路の定番ですから、やってみる価値はありますよね。


「此の地は異なる次元の狭間、不可視の障害があると見るべきだ」


 そういいながらグリモアに肩を押さえらえてしまいました。これではジャンプすら出来ませんよ。では、片手で顔を覆いながら振り返るとしましょう。


「そうだね。透過眼でも上に空間があるようにはみえないから、無理なんだろうね」


 正確なスキルの仕様は知らないようで、胸の前で腕を交差させながら一気に距離を取られてしまいました。まぁ、発動はさせていますが、グリモアのゴシック系の装備の布一枚すら透視出来ないんですよねぇ。


「そこまでいったんだ。グリモア、服は透けて見えないから、安心していいよ」

「わ、我は、し、心配など……」

「へぇー、そっかー」


 指をワキワキさせながら近付こうとしたのですが、時雨に首根っこを掴まれてしまったので、これくらいにしましょう。


「よーし、行くぞー」


 モニカの元気な合図で出発することになりました。

 けれど、しばらく進んだだけで視界に映る情報に変化がありました。


「……壁、向こう、わかる」

「天之眼でも、向こうが見えるよ。てか、透過眼でも見えるね」


 どうやら、そこそこ厚い壁の向こうにも通路があるので、本当に迷路のようになっていそうですね。向こう側にMOBがいたら一方的に攻撃出来るかもしれませんが、わざわざそんなことをする必要もないでしょう。

 下手に壁抜けなどをしてくるきっかけになっても面倒ですし。

 そこからしばらく進むと、一番前にいるリッカが足を止めました。


「……3体」


 おや、MOBのお出ましの様ですね。

 警戒しながら進み、MOBと遭遇したわけですが、何でしょうね、あれ。まぁ、先にやるべきことをやりましょう。


「右から、火、水、鉄」


 まったく、火と水はともかく、なんで鉄属性のMOBなんているんですか。属性相性はありませんが、物理防御力が高そうですね。


「グリモア、リーゼロッテ、鉄属性の処理を頼む」

「他はあたしが引き付けるから、順番は任せるよ」

「【パワーレーザー】」

「【フレアレーザー】」


 私とグリモアが、同時に発動出来る最大数のレーザー系を放ちました。確殺数やら他のみんなへの配慮など全くせず、ただ処理することだけを考えた結果です。

 まぁ、10本近いレーザー系を受けて生き残るようなことはなく、鉄属性の【妖精の残滓】はポリゴンとなって散りました。それにしてもこのMOB、姿形は違うのに、3体とも【妖精の残滓】なんですよね。ああ、共通点は名前の他に、外見が黒いもやという点がありましたね。

 鉄属性のMOBはマネキンでしたが、火は長い手を持つ漂う小人、水は大型犬です。まぁ、系統が違っても、モニカがしっかり押さえ、時雨達が1体づつ対処しているので問題ないでしょう。


「ドロップは……【妖精の鱗粉】か」

「時間が経てば、生産クランが使い道を考えてくれるかもね」


 時雨とアイリスがドロップについて考えることを後回しにしたようです。まぁ、ここで考えても仕方ありませんから。

 ちなみに、MOBについて考えるのはもう少し遭遇数を稼いでからです。


「……曲がり、角、……2体」


 あそこにいるわけですか。では、実験をしましょう。透過眼でMOBを確認し、魔力視を同時に発動します。ふむふむ、しっかりと属性がみえますね。


「犬型は雷で、空飛ぶ魚は、風だよ」

「あー、透過眼ね」

「なら、雷は鉄同様に頼む」

「いえっさ」

「任されよ」

「グリモア、1発づつ減らしてみる?」

「うむ、我らの魔法が必要となる数を把握するのも大切なことであろう」


 そんなわけで、1発づつ減らしてみましたが、何の問題もなく倒せたので、次も1発減らしてみましょう。まぁ、どちらか1人でも倒せそうな気はしますが。

 風属性の空飛ぶ黒いもやの魚はモニカが受け止め、そのままみんなに倒されました。


「リーゼロッテ、次からも壁の向こうにいるMOBの属性判断を頼む。後は、雷と鉄の場合は、2人で処理してくれ」

「りょーかい」

「承知」


 そんなわけで、鉄と雷は厄介な属性ということで、2人で先に処理することになりました。まぁ、物理防御力が高そうだったり、触れたら痺れそうだったりと、相手にしたくありませんからね。

 埋まっていく地図とにらめっこをしながら目的地のわからない迷路を進んでいます。


「……壁、向こう、いる」

「そうだな。だが、行けそうにないな」


 壁を一枚隔てた向こう側にMOBがいるわけですが、すぐに曲がり角やらわかれ道やらがあるわけでもなく、気にしなくてもよさそうですね。

 途中、他のパーティーとすれ違う時に地図のやり取りをしたため、ある程度は埋まりつつあるそうです。まぁ、このダンジョンの大きさがわかっているわけではないので、どの程度かはわかりませんが。

 ちなみに、妖精の残滓ですが、属性によって形が決まっているということはなく、今のところはランダムのようです。


「そういえば、ハヅチ達はどこにいるんだろうね」


 見知らぬプレイヤーとの遭遇はあるのですが、ハヅチ達の姿は影も形も見えませんね。


「連絡は取ってるけど、実際に会わないと地図の受け渡しが出来ないから」


 ふむふむ、これは予想以上にこのダンジョンが広いという可能性がありますね。

 ハヅチ達と合流してから妖精に相談するという予定を立てているのですが、中々上手くいかないものですねぇ。


「いざとなったら、私達だけでやることになるが、妖精曰く、かなりの数が襲ってくるらしい」


 アイリスはきちんと妖精から話を聞いていたようです。私は簡単にしか聞いていないんですよねぇ。


「それに、今の位置を把握する必要もあるから、結構時間かかるって言ってたし」


 おやおや、時雨もですか。まさか、ちゃんと事情聴取をしていないのは私だけですか?


「そうだったんだ。あたしはMOBの強さについて聞いたけど、1体1体はそんなに強くないって言ってたよ」


 ……ふむ、黙っておきましょう。言わなければばれませんから。


「この際、誰でもいいから知ってる人がいるパーティーなら、話しやすいよね」

「時雨達は顔が広いから、遭遇してもおかしくないと思うけど?」


 私が知っているプレイヤーなんてそう多くはいませんから。一番強そうなザインさん達は初日にやっていそうですし。……今はザインさんには貸しがないんですよねぇ。この前のスロットエンチャントの時に代金に加えて貸しを一つ追加しておくべきでした。

 ある程度進んでいると、何度か妙な光景を目の当たりにしています。


「ねぇ、また壁に向かって何度もぶつかってるMOBがいるけど、さっき素通りしようとしてたMOBとも何か関係あるのかな?」


 通常時よりも移動速度が速く、一心不乱にどこかへ向かっているかのように移動する【妖精の残滓】を何度か見かけました。まぁ一つだけ心当たりがあるんですよねぇ。


「どこかで妖精出したんじゃない?」

「やっぱり?」


 時雨も同じことを考えていたようです。今のところ通路の上を飛んでいるMOBは見かけないので、恐らく、通路を通ることしか出来ず、壁抜けも出来ないのでしょう。

 そんなこんなでこの広大なダンジョンを進んでいると、偶然遭遇したパーティーの中に、2人、頭の上に名前が表示されているプレイヤーがいました。


「あ、カオルコさんに……、アインさん?」


 うーむ、カオルコさんはわかるのですが、アインさんって誰でしたっけねぇ。確か、フレンド登録した場所が記録に残っているはずなので……。


「あ……、えっと、偶然」

「リーゼロッテさん、お久しぶりです」


 あー、シルクガのところで会ったプレイヤーですか。結構前なのであまり覚えていませんね。しかしまぁ、どういった組み合わせなんですかね。


「リーゼロッテ、知り合いか?」

「あー、ちょっとした知り合いと、ちょっとした知り合い?」

「カオルコ、確かあの人って、前に生産者を紹介してもらった人だよね。アインも知ってるのか?」


 向こうでも事情聴取が始まったので、私はこちらで取り調べられましょう。

 会話をパーティーのみに変更してと。


「カオルコさんはリアルの知り合いで、アインさんは随分前にパーティー組んだプレイヤー」

「リーゼロッテのリアルの知り合いということは、時雨の知り合いか?」

「うん。そのカオルコさんはそう。ただ、もう一人は知らないけど、一緒に組んでるから知り合いの可能性もあるかも」

「そんで、どうする? 実力は未知数だけど、妖精出してみる? ハヅチ達探す?」


 時雨やアイリスの知り合いというか、例の人が足りない時に融通し合うプレイヤーだったらよかったのですが、思いがけない状況で、判断のしようがありませんね。


「みんながいいというのなら、私が話を付けてくるが、どうする?」


 特に異論も出なかったので、アイリスに一任することになりました。


「あー、私はアイリスというが、そちらの代表と話がしたい」

「え、ああ。とりあえず、カオルコとアイン、詳しいことは後で教えてくれ。僕はジークハルト。このパーティーのリーダーを任されている」


 何やら相手のリーダーの名前に時雨達が反応していますが、知らないプレイヤーですね。


「そうか。これまでに遭遇したプレイヤーとは地図データの交換をしているのだが、それを行う気はあるか?」

「それはこちらからも頼みたい」


 さて、地図データの交換は問題なく終わったようです。前に時雨が言っていた気もしますが、その辺りの情報交換に使えるスキルは、パーティーの中で1人以上は持っていることが多いそうです。


「それと、妖精から聞いた話では、このダンジョンで妖精を出すとMOBが大量に襲ってくるらしい。けれど、妖精は目的地までの道を知っているそうだ。そこで、協力して妖精から道を聞き出さないか?」


 まぁ、方法としては簡単です。壁の向こうから襲ってくることはないはずなので、一本道に陣取り、お互いに背中合わせで戦えばいいんですから。レイド以外で他のパーティーと共闘したことはありませんが、何かしらのペナルティというか、制限というか、……まぁ、何かしらのデメリットがあるらしいですから。


「僕達としても、助かる。けれど、僕達でいいのかい?」

「全く知らない相手ならやりづらいが、パーティーメンバーの知り合いがいるようだから」

「そうか。……先に言っておきたいことがある。こちらは一名、サポートに特化していて、火力がない。そのため、状況次第ではそちらが襲われることがあると思うんだ」

「こちらも完全に倒しきれるとは限らない。ダメでもともと、どのくらいMOBが来るのかなど、試してみるつもりでやればいい」

「わかった。なら、場所を探そう」


 ちなみに、場所の条件ですが、MOBが来る方向が限定出来る場所ということで、どこかの行き止まりか、長い直線のどちらかです。

 まぁ、いきなり並んで戦うのも難しいだろうという判断の結果、直線で背中合わせに戦うことになりました。


「はっけーん」


 みんなで地図とにらめっこしていたらモニカが見付けてくれました。ふむ、いい感じの直線ですね。ですが、ここって貰った地図データの場所なので、結構遠いですね。

 ですが、他にいい場所が見付からなかったので、ここへ向けて移動することになりました。

 道中、それぞれの役割を話すことになりました。1人は支援特化ということですが、恐らくはカオルコさんでしょう。


「こっちは2人とも全型の魔法使いで、鉄と雷属性のMOBならレーザーで3確だったよ。他の属性のは試してないけど」


 ええ、最初の頃は妖精の残滓相手に過剰攻撃をしていたことになります。そんなわけで、面倒な属性のMOBが複数来ても何とかなります。

 向こうのパーティーは、前衛がリーダーのジークハルトさんとアインさんとプーリーさんです。ジークハルトさんは盾持ちではありますが、モニカ系というよりもアイリス系ですね。アインさんは槍使いなので、壁は出来そうにありません。プーリーさんは、短剣で、斥候系をやっているそうです。

 次に後衛ですが、カオルコさんの他に、弓を使っているココロさんと、全型魔法使いらしいスミシーさんです。

 カオルコさんの支援魔法ですが、上位スキルを取ったそうで、パーティー内には一気にかけられるそうですが、パーティー外には個別にかける必要があるそうなので、手が回るのであれば掛けてもらうことになりました。レイドを組んでも、別パーティーなので、イベントなどの特殊バフがない限りは、名前とHPが見れて、魔法に巻き込んでもダメージを受けないだけです。

 カオルコさんの支援は基本的にはかからない前提で動きますが、詠唱速度・ディレイ・クールタイムが軽減出来る支援魔法があるとかで、少し楽しみです。

 教会関連のスキルということで取っていませんでしたが、性能次第では取りに行ってしまいそうですよ。


「ちなみに、支援魔法、実験してみません? どのくらい変化があるのか見てみたいので」

「わかったわ。次、そっちの番の時に、使うから」


 そんなわけで使ってもらえることになりました。まぁ、他の基本的なステータス強化系の魔法は使ってもらっているのですが、全体的にエフェクトが神聖な感じがしますね。流石は教会関連といったところでしょう。

 目的地へ向かう途中、何度かMOBと遭遇するわけですが、鉄属性混じりの4体という、待ちに待った出番がやって来ました。


「【チャンティング】」


 おー、神々しい気がするエフェクトと共に、魔法関連の強化がかかりました。


「【パワーレーザー】」


 今回は私の番だったので、3個の魔法陣を描きましたが、普段よりも少し早いですね。まぁ、効果を見る限り、割合での削減なので、元々発動まで速い以上は、劇的な変化は感じられませんね。ですが、3倍のクールタイムとディレイは、効果がわかりやすいくらいに短くなっています。同じ魔法の連発は無理ですが、属性を変えれば3回は打てそうですね。効果から考えると十分に長い支援魔法でしょう。


「いい効果だね」

「期待に応えられたようでよかったわ」

「汝、我にも呪文の祝福を頼めるだろうか?」

「え、……ええ、いいわよ」


 この後、グリモアも同じ支援魔法をかけて貰いました。やはり、こういう支援専用の魔法というのはかけてもらうに限りますよ。


「よし、着いたぞ」

「さぁ、位置に着こう」


 アイリスとジークハルトさんがそれぞれのパーティーの位置取りを指示しました。まぁ、後衛同士が背中合わせになるだけなので、特に難しいことではありません。天之眼の効果で俯瞰視点を持っていますが、向こうのパーティーの前衛までは見えませんね。後衛は問題なく見えるので、襲われていたら、手助けしましょう。

 ちなみに、フィールドやダンジョンにいる一般的なMOBの場合、同じMOBを複数パーティーで攻撃した時、スキルに経験値が入るのは、ほぼ先に攻撃したパーティーだけだそうです。戦闘に対する貢献度などで変化することもあるそうですが、誰かが戦っているMOBに横から手を出すメリットは皆無と言っても過言ではないらしいです。

 まぁ、ステータスの低下などはないそうですし、今の目的は妖精が目的地を見付けるまでの時間稼ぎなので、気にする必要はありません。

 妖精を呼びだす担当は、地図に表示される範囲が広いリッカになりました。パーティーを組んでいるので、ウィンドウの地図は一番スキルレベルの高いプレイヤーのが反映されますが、妖精がスキルレベルを参照しないとも限りませんし。


「……はじ、める」


 リッカが妖精を呼びだし、目的地を探すよう伝えました。

 それと同時に、通路の先から【妖精の残滓】の大群が向かってきました。


「はやっ」

「我らにかかれば」


 もう少し時間があると思っていたのですが、こんなにも早く来るとは予想外ですよ。まぁ、十分に射程圏内ですし、大群が来た時の行動は決まっています。


「【マジックレイン】」

「【マジックレイン】」


 多少は私の方が早いようですが、そんなもの誤差ですよ。

 無属性の範囲魔法を3個づつ描き、相手の出鼻をくじきます。いきなり大群に襲われるよりも、大群が来るとわかっていた方がいいですから。……まぁ、どのみち大群と戦わなければいけないのはかわりませんが。

 後ろは後ろで最初の大群を弱らせていますね。

 手が空くか、手伝いを頼まれたら手を出しますが、基本は任せっきりになるので、放置です。前衛までは見えませんし。

 私とグリモアは通路の左右を担当分けし、声を駆けながら臨機応変に対応することになっています。

 ダンジョンを迷っている時に見たことが正しければ、壁を超えてくることはないはずなので、慎重に対応すれば問題ありません。


「【ストリームレーザー】【ゲイルレーザー】」


 異なる魔法陣は6個まで同時に描けるので、それぞれを束ね、近くの個体を巻き込むようにレーザー系を叩き込みます。そのうえで、弱った個体や、狙えなかった個体はみんなに任せます。この後のMOBの追加速度次第では2発づつにして、満遍なく弱らせる方法へ変更します。まぁ、アイリスか時雨の要請があった場合は、最初のように無属性の範囲魔法で、一気に殲滅します。

 うーん、MPの消費が激しいので、ポーションはクールタイム毎に飲むようにしましょう。

 後ろは騒がしいですが、天之眼で見える範囲までは攻め込まれていないようなので、まだ大丈夫でしょう。

 ……前衛が見えるのは、下がってきているからですかね。

 時雨達も範囲系のスキルを多用しており、それを重ねて最終的に倒せればいいという動きをしています。乱発出来るスキルで手早く倒せるのであれば、それをするのでしょうが、大技というのは、連発も乱発も多用も出来ないものですから。


「あ、グリモア、こっちの鉄、お願い」

「承知……【パワーレーザー】」


 ディレイが少し残っていたようで、多少近付かれてしまいましたが、まだ問題ない距離で対処出来ました。まったく、鉄と雷が立て続けに来るなんて、厄介ですよ。

 何度か声をかける必要はありましたが、全体を見ればこちらは問題なく進んでいます。今のところは10分ほど経過しましたが、10分ってこんなに長かったですかねぇ。こっそりと違法に時間加速をしていないかと勘ぐってしまいますよ。

 まぁ、HTOの場合、実際にこれ以上加速すると完全に違法になるんですよね。

 それはおいといてと。

 少し前に妖精が今の位置を把握したと言っていたらしいので、折り返しはしているはずです。


「ハ、ハルト!」


 何やら後ろが騒がしいですね。ああ、前衛がかなり押し込まれていますね。基本的に手助けが必要な場合は声を掛けることになっているのですが、無理そうですね。


「グリモア」


 指を三本立てました。移動中に決めておいた合図の一つです。

 今、時雨達が戦っているMOBの奥、まだダメージを受けていない集団を狙います。


「【マジックレイン】」

「【マジックレイン】【フラッシュレーザー】」


 ……くっ、今度はグリモアの方が早かったですね。ええ、ですが、誤差ですよ誤差、この程度誤差ですよ。

 最初と同様に無属性の範囲魔法で集団を一掃しました。ちなみに、最初に私とグリモアの合計6発で倒しきれなかった場合、立てる指は4本です。

 さて、グリモアに魔法の発動速度が遅れた原因のフラッシュレーザーですが、天之眼のワイプ画面を頼りに援護射撃に使いました。


「こっち、任せたよ」


 右手を大きく振りながらカオルコさん達の方を向きました。ふむふむ、前3人が押し込まれており、ジークハルトさんはHPがしっかりしていますが、他の2人はHPが赤いですね。レイドを組んでいたので、HPは見えていましたが、状況を見ているかどうかで、印象が全く違いますね。


「【サンダー】」


 前衛は体勢を崩しているのですから、多少動けなくなったところで問題ありません。

 奮発して魔法陣を7個描いたので、範囲内のMOBは一掃しました。けれど、すぐに範囲外のMOBが迫ってくるため、油断はしていられません。


「【ディバインオーラ・エリア】」


 あー、確か対象者のHPの数パーセント分のオーラが出るんでしたね。オーラがなくなるまでは吹き飛ばされたりもしないとかで、便利な魔法ですよねぇ。


「ほらほら、前衛、立って立って」


 サンダー7発の行動阻害効果は意外と長いようですが、効果が切れると同時に立ち上がるつもりでいてもらわないと。基本の殲滅は魔法使いと弓使いに任せるとして、私は補助に徹しましょうかね。

 杖を非表示にし、左手を脇付近へと伸ばします。


「【縛糸】」


 伸ばしていた右手の糸で一番近い位置にいるMOBを巻き取りました。動きを完全に封じることは出来なくても、移動速度を落とすくらいは出来ますし、ちょっと引っ張った結果、2体は転んでくれたので、【断糸】で糸を切り離しました。転んでいないMOBが転んだMOBに躓いて、結局全部転んだ時には笑いそうになりましたよ。


「リーゼロッテさん、ありがとう」

「お礼は終わってからで」


 左手には杖から持ち替えた魔銃を握っているので、メニューを操作し、魔術書を右手に装備しました。まぁ、魔法書のスキルレベルが20になったので、最大MPの一割を使い、宙に浮かせることが出来るので、装備はしていますが、右手で糸を使うのに邪魔にはなりません。二刀スキルのためにこうしていますが、いい加減、次のアクセサリスロットを解放したいですね。

 威力の下がった魔法と魔銃、そして操糸でカオルコさん達の補助をし、安定してきたのでもう大丈夫でしょう。


「それじゃ、戻るから。…………お待たせ」

「汝が彼の者たちへと手を差し伸べている間、帰るべき場所は守った故」

「うん、ありがとね」


 何とも大げさな気もしますが、魔法使い2人がかりでやることを1人でやっていたわけですから、お礼を言うべきですよ。


「……あと、少し。……それ、と、……大群」


 私が戻ってからしばらくすると、リッカがそんなことを言い出しました。遠望視と透過眼を組み合わせて見たのですが、とんでもない数の【妖精の残滓】が来るのが見えました。壁抜けが出来ないので、律儀に迷路を進んでいますが、あれは厄介ですね。


「そっちも気を付けてね」


 時雨がカオルコさん達に注意を促したのですが、向こうはまだ気付いていなかったようです。この辺りはスキルレベルの差なのでしょう。

 さて、あと少しらしいので、この大群を全力で乗り切りましょう。


「グリモア、どうする?」

「我らの大魔法を重ねるのではなく、絶え間なく続け、我らの前にいる皆の手助けとしよう」


 えーと、大魔法……、範囲魔法ですかね。それを交互にうって、HPを削り、時雨達に倒してもらおうということですか。


「時雨ー」

「それ採用で。3発でいいよ」


 聞こえていたようですね。範囲魔法で時雨達はダメージはうけませんが、影響は受けるので、位置には気を付けなければいけません。まぁ、いざとなったら巻き込みますが。


「大群は属性ばらばらだから、その辺りは気にしないってことで」

「承知」


 大群の対処法も決まったので、行動に移りましょう。

 先頭は、火属性が目立ちますね。


「そんじゃ、先やるね。……【ダイアモンドダスト】」


 氷魔法の範囲魔法を3個重ねた結果、物凄い吹雪になっています。時雨が3個でいいと言ったのは、それなりのダメージを与えられ、ディレイも短めで、いざという時に後ろの援護が出来るからでしょう。

 吹雪がおさまり息も絶え絶えな火属性のMOBと、元気な水属性と、状態にばらつきはありますが体のところどころに氷が付いているその他のMOBが姿を現しました。

 グリモアも次の魔法の準備に入っており、私が攻撃した集団の後ろを狙っています。今度は風属性が多いようで、グリモアは火属性の魔法を使おうとしていますね。

 時雨達が迫りくるMOBを倒していると、準備が整ったようです。


「【エクスプロージョン】」


 爆炎に視界を遮られているので、透過眼を使い、その向こうを確認します。えーと、今度は水属性が多いですね。

 ちなみに、雷属性はリッカが銃を使って対処し、鉄属性は時雨が魔法攻撃らしい斬撃を放って倒しています。そりゃ、物理防御による計算を要求する鉄属性があるのですから、魔法防御による計算を要求する物理攻撃があってもおかしくはないですよね。

 そろそろ魔法陣を描きましょう。

 そんなことを何度か繰り返し、こちらは問題なく処理できています。


「やばい。抜かれる」


 おや、前衛が押さえきれなかったようで、数体のMOBがカオルコさん達を襲い始めましたね。しかも、元気なMOBですね。


「グリモア、任せたよ」

「承知、任せよ」


 グリモアが声を張ってくれたので、時雨達にも聞こえたようです。

 さて、先程は援護だったので糸やら魔銃を使いましたが、今度は杖のままにしましょう。


「【マジックレイン】」


 下級の範囲魔法でも6発重ねればHPの大半を削れるのはわかっていますから、カオルコさん達を巻き込むように範囲魔法を叩き込みました。これで、範囲内のMOBの大半は倒しきりました。残りは糸で何とかしましょう。

 巻き込んだプレイヤーに関しては、何かしらの属性を使って影響を与えるよりは、無属性の方がいいと判断しましたが、上からの連撃に体勢を崩してしまっていますね。まぁ、行動阻害やら、熱いやら、寒いなどの効果がない分よしとしましょう。


「【チャンティング】」


 地面に倒れているカオルコさんがしっかりと支援をしてくれました。この状態ですから、パーティーへ支援魔法をかけるよりは、私の詠唱周りを早くした方がいいと判断したのでしょう。


「【エクスプロージョン】」


 ディレイも魔法陣を描く時間も短くなっているので、次の魔法もすぐに発動出来ました。水属性のMOBは残りましたが、それは立ち上がりつつある前衛に任せます。

 次は、もう少し奥を狙って。


「【ダークネス】」


 地味に光と闇のMOBもいるんですよね。大群の先頭との距離を稼がないといけないので、ディレイが終わり次第、次の魔法を使いましょう。


「【チャンティング】」


 今度はグリモアへかけています。天之眼で見る限り、攻め込まれてはいませんが、ギリギリに見えるのでこれは助かりますね。私も時雨達が危ないとなったら、援護を切り上げるつもりですし。

 残り時間ももう少しだと思うのですが…………。


「【ホーリー】」


 発動直前にチャンティングの効果が切れてしまったので、ディレイとクールタイムは6発分となってしまいましたが、こちらはもう大丈夫そうですね。まったく、反対側からくればいいものを。


「汝?」

「あっちは大丈夫だから、こっちに戻るよ」


 私が削ったMOBを倒しながら6人のプレイヤーがやって来ましたから。


「ちょっ、まだいっぱい――」

「時雨、レイドくれ」


 私達には名前が見えていますが、カオルコさん達には見えていないので、認識が追い付いていないのでしょう。レイド申請を受諾したハヅチ達の名前が見えたからと言って、すぐに理解出来るとも限りませんが。


「き、君達は……」

「あっちのクランメンバーだ。協力するから、乗り切るぞ」


 まったく、ハヅチは……。ちゃんと相手と頃合いを見計らってくればいいものを……。

 人数が増えたことで、後ろの方はMOBの大群を押し返し始めました。天之眼で見える範囲にはMOBもいなくなったので、問題なさそうですね。


 ――妖精喰らいの居場所がわかりました――


 妖精の声が私にも聞こえました。それと同時に、表示している地図に目的地と思わしき光点が表示されていました。ですが、MOBの勢いは弱まったとはいえ、最初と同じくらいの数が迫ってきています。


「……妖精、しまう」


 あー、このMOBは妖精を出しているから襲ってくるのであって、妖精が目的地を探しているから襲ってきているわけではないんでしたね。

 リッカが妖精をしまうと、MOBの襲撃が段々と弱まりました。これで、先へ進めそうです。

 目的地の記載された地図データをみんなで共有し、ハヅチ達にも渡していますが、果たして目的地は共通なのかどうか。


「……今日、中、なら、……同じ、らし、い」


 ほうほう、そういうことですか。確かに、ずっと同じなら、もう妖精を出す必要は……、いえ、現在位置の把握をする必要があるので、やらなくてはいけませんね。

 パーティー内で地図の共有が終わったハヅチの背後へと立ちました。


 てい


「おい、何すんだ」

「まったく、助けに来るなら、時と場合と頃合いと相手と状況を選べばいいのに」

「いや、何のことだよ」

「ぬるま湯」


 膝の裏を連打していますが、このくらいにしておいて上げましょう。


「えっと、ハヅチ……君、助けてくれて、……ありがとう」

「どういたしまして」


 カオルコさんのパーティーリーダーですね。向こうも地図データの共有が終わったのでしょう。


「それと、リーゼロッテさん、危ない時のフォローをありがとう」

「どういたしまして」


 同じような反応になるのはしかたありませんね。こういう時のお礼は素直に受け取るものですから。


「まぁ、しくじってやり直すよりいいしな」

「また15分は面倒だよね」

「スキルレベル上げに悪用されそうだな」

「そういわれてみれば、悪いこと出来そうだよね」

「えっと、君達は…………、いや、すまない」


 ジークハルトさんが何かを言おうとしていましたが、そろそろ出発するようです。言うのをやめたわけですから、聞き出す必要はありませんね。


「ほら2人とも、そろそろ行くよ」

「時雨さん、僕達も同行していいかな? 目的地は同じだから」

「構いませんよ。道中の戦闘はどうしますか?」


 パーティー同士の話し合いが始まったので、私はグリモア達のところへ行きましょう。

 簡単に話し合ったようで、順番に戦うことになりました。道中、MOBの数が増えた場合は、臨機応変に対応します。





道中、一部のスキルでアーツを覚えたので確認しながら進むことにしました。私達の番の時はグリモアに教えてと頼みましたが、メニューの透過設定を高めにしておきましょう。

 まず、操弦がLV10になり、操弦針というアーツを覚えました。これは、糸の先端が対象に向かって直進するアーツのようです。糸自体は切り離してもいいですし、そのままでもいいそうなので、いろいろと出来そうなアーツです。ちなみに、糸を複数本束ねていると威力があがるそうです。

 次は、魔銃を確認しましょう。LV20になり、魔法弾作成が出来るようになりました。これは前にリッカと影子が言っていた魔法を発動させる弾丸を作れるやつですね。魔銃用のカートリッジも、銃用の弾丸も作れます。


「リッカ、魔法弾作れるようになったよ」

「……うん。……後で、素材、渡……す」

「わかった」


 随分と待たせてしまいましたが、魔法弾を作るということは、魔銃のスキルレベル上げにもなるので、たっぷりと作ってあげましょう。

 私が使うとしたら、MOBに近付かれてMPがなくなった時でしょうかね。MPがなくなったことなんてわざと以外に思い出せませんが。

 他にもスキルレベルは上がっていますが、何かを覚えたのはこの二つです。

 確認も終え、ある程度したころ、カオルコさんのパーティーメンバーが話しかけてきました。


「リーゼロッテさんすごいっすね。やっぱ魔法使いって後ろで魔法使ってるだけじゃだめなんすか?」

「人それぞれかと」

「そうっすか~。糸とか銃とか魔法だけに頼らないのに魔法も凄いっすよね。そんで魔法を使う時のコツ何かないすか?」


 そもそもに、この人が魔法を使ってるところ、ちゃんと見てないんですよねぇ。


「ちょっと、スミシー、その人に迷惑かけないでよ」

「いやいやカオルコちゃん上手いプレイヤーにコツを聞くってのは大事っしょ」

「スキル構成とかも違うんだし、スミシーはソロしないでしょ」

「リーゼロッテさんって普段ソロなんすか? 近付かれた時の対処とかで他のスキル取ってんすか?」

「まぁ」


 このプレイヤーとはどう見ても普段のスタイルが違うのですから、私の話を聞いたところで利点なんてないでしょうに。パーティーで後衛の魔法使いまでMOBが来るのは稀によくあるとはいえ、その時は得意な方法で対処すればいいんですよ。

 もう少しで目的地という位置まで来ると、MOBと遭遇するよりも他のパーティーと遭遇する方がおおくなりました。しかも、全員が全員、同じ目的地なわけですから、MOBと戦闘することもなくなりましたよ。


「リーゼロッテさん俺とフレンド登録よろしくっす。同じ魔法使いっすから何かと連絡取れた方がいいしょ」

「理由がない」

「へ?」


 やる理由もやらない理由もありませんね。


「えっと、スミシーさん、そろそろ目的地だから、リーゼロッテは連れてくね」

「あっはい。すみませんっす」


 どうやら目的地が見えて来ていたようです。道理で、いくつものパーティーがいるわけですか。


「ハヅチ達は?」

「あっちでボス戦の打ち合わせしてるよ。目的地にこれれば、さっきの耐久をこなす必要はないみたいだから」


 私達もボス戦の打ち合わせをしていますが、打ち合わせが出来るほどの情報もありません。まぁ、ここでは妖精を出しても問題ないということだけはわかったので、尋問をしていますが、黒いもやもやで触手をたくさん持っていることくらいしかわかりませんでした。

 まぁ、日付が変わってしまうと、妖精喰らいの居場所が変わってしまうらしいので、余裕があるうちに挑むことになりました。


「戦い方はいつも通りで。触手の挙動は不明だから、グリモア、リーゼロッテ、2人は特に気を付けてくれ」

「りょーかい」

「承知」


 アイリスから注意事項の再確認を終えたので、妖精喰らいに挑むことになりました。

 挑み方は簡単、この広間の中央にある黒いもやもやした物体にパーティーリーダーが触れ、表示された確認ウィンドウの指示に従って操作をすればいいそうです。パーティーメンバーである私にはカウントダウンのウィンドウが出るだけなので、待っているだけでボス戦が開始されるということです。

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