9-8 その3

 ウィンドウに表示されたカウントダウンが終わり、暗転と共に一瞬の浮遊感を覚え、広間には私達と謎の黒いもやもやを纏った物体だけになっていました。


「あれが妖精喰らいよ」


 おや、みんなの妖精が出てきています。まぁ、それぞれの妖精の声しか聞こえないようですが、言っていることはきっと同じなのでしょう。


『GUUUU』


 随分と大きなお腹の音ですねぇ。まぁ、それがボス戦開始の合図のようで、体が巨大化し、もやもやに包まれた半球状の物体へと変化しました。更に、沢山の触手が伸びつつあります。

 それにしても、お腹の音と同じくらい大きいボスですねぇ。まったく、これくらいの大きさなら、レイドボスにして欲しいですよ。


「【ハウル】」


 お腹の音に反応したモニカが前へ駆け出しながらヘイトを稼ぎ始めました。すると、妖精喰らいから四方八方へと伸びた触手が急に角度を変えモニカへと向かっていきます。


「アイリス」

「ああ」


 モニカが前へ進むのを確認した時雨が声をかけ、モニカの背後で交差した触手を斬り落としました。

 リッカは攻撃しながら動き回って一部の触手を引き付けています。

 私とグリモアはモニカがある程度ヘイトを稼ぐまでは付与やら触手を打ち落とすことやらを優先します。


「【フレイムランス】」


 見た限り、触手自体は頑丈ではないようで、魔法が命中した場所から先はポリゴンとなって散っています。なるべく根元を狙った方が触手の復帰に時間がかかりますが、他の触手を掻い潜るのは面倒なのでね。まぁ、個別の軌道設定をするのであれば4個が限界ですが、狙うだけなら……そういえば、7ヵ所の実験はしていませんでしたが、問題なく狙えましたね。

 問題があるとすれば、ランス系だと触手を貫通出来ないということです。狙えてはいても、他の触手が庇ってポリゴンに出来る距離が短くなってしまいます。

 それでは、もう一つの役割をこなしましょう。


「妖精さん、あの触手に制限とかないんですか?」


 属性がないことは最初に伝えてあるので、妖精の尋問の続きです。


「あいつは特定の形を持たないし、ちょくちょく姿が変わるの。だから、今はただ体を伸ばしてるだけよ」


 ふむふむ、数の制限はないと。まぁ、体の一部なので、ダメージにはなるようですね。微々たる量なのか、HPが減っているようには見えませんが。


「ねぇ、グリモア、触手を攻撃した時、あのボスのHP減ってるかな?」

「我にはわからぬ。しかし、妙であることは間違いない」


 うーん、リッカが少し本体にダメージを与えたくらいなので何とも言えませんが、減っているにしては、グリモアのいう通り動きが妙なんですよねぇ。まぁ、その内わかるでしょう。

 触手を攻撃した位置から先が消えるので、なるべく根本に近い位置を狙っていますが、触手ガードが固いため、根本付近へ当てる方法を見付けるのには苦労しましたよ。

 マルチロックで根本付近へ6個のランス系を放ち、それを壁にするように最後の1個を放ちました。

 個別に軌道を弄るのは最後の1個だけですから、問題なんてないんですよ。

 前の6個が触手の壁によってあっという間に数を減らしていき、最後の1個になりましたが、距離も後わずかなので、軌道を弄りながら進めることで、根本の本体部分へと命中しました。かなり長い触手がポリゴンとなり、それなりのHPが減りました。やはり、触手よりも本体の方がHPの減りがいいですね。


「2人とも、そろそろレーザー系で根本ごと攻撃してね」

「いえっさ」

「承知」


 モニカがしっかりとヘイトを稼いだので、ここらでレーザー系が解禁になりました。時雨にはランス系で遊んでいたのがばれている気もしますが、根元の強度がランス系でどうにか出来るくらいとわかったので、怒られることはないでしょう。


「【フラッシュレーザー】」


 触手の付け根を狙いレーザー系を叩き込みました。ランス系の時と同じように触手で防御しようとしていましたが、これはレーザー系です。盾にした触手をポリゴンにしながらも進んでいきました。

 盾にした部分から先と、根本から消えた触手が7ヵ所分あるので触手が一気に減りましたね。本体への直接攻撃でもあったので、HPがそれなりに減りましたが、HPバーが妙な挙動をしましたよ。何というか、HPが回復した時の動きに似ています。うーむ、属性はありませんし、仮に触手ごとにあったとしても、同属性だからといって回復するような仕様でもありません。こればっかりは謎ですねぇ。


「妖精さん。触手を攻撃したら、本体のHPが回復したように見えたんだけど」

「さっきも言ったじゃない。あの触手は体の形を変えてるだけなの。だから、あれも本体よ。あんたに分かりやすくいうなら、体力の上限が減ってるのよ」


 おおー、なるほど。分かりやすいですね。トレントの根だったか、葉だったかと同じような仕様なのでしょう。


「あの触手削ると、最大HPが減るってさ」


 まぁ、減る量は少ないようなので、それだけで削り切るのは難しそうですね。

 ………………はて、わざわざ最大HPを削るギミックがあるということは、HPを回復する手段があるということですかね。ボスに回復技なんて反則だというのに。

 削った最大HPよりも、与えたダメージの方が上回っている場合、他のギミックが無ければ積極的に触手を削る利点は少ないですが、みんなも回復する手段があると判断したようで、なるべく触手も削ることになりました。

 まぁ、本体を攻撃するついでだったり、攻撃してきた触手をなるべく長く斬り落とすといった風なので、大きく削るのは私達に任せているようです。


『GUUUUU』


 妖精喰らいのお腹の音が響くと、伸びてくる触手の量が倍増しました。なんと、途中から枝分かれしはじめたんですよ。今の妖精喰らいのHPは大体90%くらいですが、最大HPもある程度減っているので、元のHPから比べるとどうなのかはわかりません。これ、長い時間をかけて触手だけを削っていけば、HPが減った時のギミックを全て無視して倒せるんですかね。まぁ、そんな面倒なことはしたくありませんが。


「妖精さん、触手だけを削ってHPの割合が90%を超えたり、そこからまた90%を下回ったりしたら、何か変化します?」

「何言ってるかわからないけど、あんたは心配のしすぎよ」


 ふむ、現在HPが90%を反復横跳びしても問題ないということですね。予想ですが、一度HPバーの色が変わったら、触手だけを削っても元には戻らないということでしょう。


「汝、注意を」

「うわっとっと」


 あの枝分かれした触手、挙動自体は、突きと薙ぎ払いが主軸のままなので、対処できないことはありませんが、厄介な動きをするんですよ。ええ、片方は今まで通りヘイトを集めているモニカを狙っているのですが、もう片方は狙いがランダムに見えます。私やグリモアを狙ったと思ったらモニカを狙ったりと、基準がわかりませんから。

 時折襲ってくる触手に注意をしながら妖精喰らいのHPを削り、残りが80%になると、またお腹の音が響き渡り、今度は触手の数が根本から増えました。もちろん、しっかりと枝分かれもします。

 まったく、厄介な触手ですよ。というか、10%刻みで行動パターンに変化を起こすつもりですかね。それは取り巻きの召喚くらいにしておいて欲しい物ですよ。

 まぁ、攻撃の頻度が上がったくらいの印象なのか、モニカが崩れることはありません。

 やはり、壁役が安定しているとやり易いですね。さらに言えば、本体を削る時に巻き込める触手の範囲が増えた気がするので、最大HPを削りやすくなりました。


「妖精さん、次はどんな変化をするんですか?」

「わからないわ。私達はいつも逃げることを優先するから」


 ふむふむ、見たことに関することは教えてくれるようですが、先のことは教えてくれないのか、はたまた本当に知らないのか。

 ちなみに、70%を下回ると、お腹の音が鳴ったので何か変化があると思ったのですが、何も起こらず、妖精も答えてくれません。さて、どうしましょ――。


「ぬわあああああああ」


 考えながら薙ぎ払いを回避した瞬間、その触手が勢いよく伸び、巻き取られてしまいました。まったく、巻き付き攻撃の追加なんて、狙うべき相手がいるでしょうに。


「【マジックスィング】」


 両手で杖を握れば直接攻撃系のアーツは発動出来ます。あとはスキルに身を任せればいいだけです。意識すれば軌道を自分で決めたりも出来ますし、要所要所で力加減を変えることで変化を加えることも出来ますが、今回は不安定な姿勢で狙った位置に叩き込むので、システムに任せた方がいいんですよ。


「ぐへぇ」

「汝、大事ないか?」

「あーうん、落ちて痛い気分になっただけ」


 触手の耐久はやはり低いようで、命中した場所から先がポリゴンになりました。ええ、つまり、その先の部分で巻き取られて宙を舞っていた私は素直に落ちたということです。

 巻き付き攻撃の追加がわかったので、みんな大きく回避し、急な軌道の変化も見逃さないようにしています。


「……弱点、ない」


 おっと、動き回って全体を見てきたリッカから報告が入りました。体に乗って攻撃しながら観察していたようですが、明確な弱点部位がないのは面倒です。まぁ、攻撃の通りにくい場所もなさそうということで、触手を削るように本体を攻撃する今の方法のままでいいのは助かります。


『GUUUUUUUU』


 さて、HPが60%を下回ったので、次はどんな変化を……うげぇ。

 あの変化は凶悪ですね。今までの触手の先端が指先だとすると、変化した先端は大量のトゲトゲが生えています。しかも、それなりの長さがトゲトゲしているので、巻き付かれたら大変なことになってしまいますよ。薙ぎ払いや突きでも当たり判定が増えたようなものなので、厄介です。

 まったく、大きな変化はHPの色が変わる時だけにして欲しいですよ。せめてもの救いは、先端が変化した触手が全体から見ると一部だけだということです。

 ……次は別の先端が加わるんでしょうかね。まぁ、体積が増えたのですから、減らせるHPの最大量が増えたと思うことにしましょう。


「妖精さん、次はどんな変化をしますか?」

「わからないわ。私達はいつも逃げることを優先するから」


 やはり教えてくれませんか。


「何というか、そこまで強くない?」


 行動パターンの変化は多いですが、急激に強くなるというよりちょっとした変化の積み重ねでしかありません。最大HPを削るというギミックの都合上、それぞれの期間が少し長引きますが、印象の違いで苦労するほどの長さではありません。まぁ、HPバーの色が変わった時の変化次第ですかねぇ。


「油断はせぬように」

「そだね」


 次で急にとてつもない変化が来ないとも限りませんから、たしかに気を抜いてはいけませんね。

 みんなも触手に捕まるようなこともなく、しっかりと触手を減らしながら戦うことで順調にボスのHPを減らしていきました。まぁ、減らしたところでまた増えるのですが、途中で数が増えて以降、上限は変わらない気がします。触手を盾にしても、本体へ攻撃が届かないことがありませんから。


『GURURURURU』


 おや、お腹の音が変わりましたね。そして、触手の方も今までで一番変化したかもしれません。

 触手の数本が束になり、太くなりました。今までの触手が私の腕くらいですから、今度の触手は胴……、そこそこ太くなりました。その上、先端の種類も増え、吸盤が生えたり、剣の様になったりと、厄介な要素が増えましたよ。

 ちなみに、細い触手も残っており、動く速度が違うので、触手の種類を見極めないといけません。


「ふぐえぇぇ」


 吸盤触手、厄介ですよ。大きく回避したはずなのに、吸いついてきました。その上、私を簡単に持ち上げ、他の触手で攻撃しようと狙っています。まぁ、さっきと同じように――ふぎゃ。


「リーゼロッテ、油断大敵だよ」

「あんがと」


 時雨が私を捕まえた触手を斬り落としてくれたので無事に落下するだけで済みました。さっきから触手に捕まっているのが私だけなのは気のせいですかね。何度でも言いますが、もっといい相手がいるでしょうに、まったく。


『GURURURURURU』


 おっと、八つ当たりのためにMPの追加供給をして一撃の威力を上げたせいですかね、今までと比べて早く次の段階になりましたよ。

 触手への攻撃で削れる最大HPは、威力ではなく、削った触手の体積で計算されますから。

 肝心のボスの変化ですが、見た目上は何も変化していませんね。触手の速度も変わりませんし……。


 ピシ


 何やら足元から不穏な音が……。

 ぬぉ。足元にひびが入っていました。それが割れ目へと変化し、触手が飛び出してきました。ひびの時点で飛びのいて正解でしたね。


「【マジックスィング】、足元から触手が出てくるよ。音がして、ひびが入って、割れて、飛び出した」


 毎回同じかはわかりませんが、情報の共有はしておくべきです。

 この触手、地面から飛び出した部分はそこまで長くないので、削れる最大HPが少ないのが厄介です。地面に潜る触手も見えないので、あの体の下から直接潜っている可能性がありますが、あの巨体を持ち上げるのは骨が折れるで済めばいいのですが。


「……グリモア、あれ持ち上げる方法、何かある? ロックウォールとかは狙いを付けられないからダメだし」

「我の技能には、それを成し遂げる技法は存在せぬ」

「そっか」


 やはりありませんか。格闘系をしっかりと育てていれば、蹴り上げたり、投げ飛ばしたり出来るかもしれませんが、ないものねだりをしても意味がないので、諦めましょう。


『KUSUKUSU』

『YOWATTA? YOWATTA?』


 はて、まだHPは30%を下回っていないのですが、何やら声が聞こえますね。声もボスからではなく、周囲からなので、次の変化の予兆でしょうか。


「まずいわね。あいつを弱らせたところに、みんなが集まってくるわ」


 妖精が自発的に話しかけてくるとは。問題はそのことではなく内容ですね。

 妖精喰らいの元へ妖精が集まり、妖精喰らいは回復手段を持っている可能性がある。このことを考慮すると、一つ、思い浮かぶことがあります。


「妖精さん、妖精が集まるのを防ぐ方法はありますか?」

「あんた達が何をしたって、私達は自由に動くわよ」


 ないということですか。何とも厄介な。


「みんな、多分、30%切ったら妖精が集まってくるみたい。そんで、それ食べて回復しちゃうと思う」


 さて、必要な情報共有はしたので、多くの触手を切る手段を考えましょう。レーザー系と違ってランス系は命中した時点で消えてしまうので1発で1本です。レーザー系はまだ操作出来ないので、魔法陣を描く位置を工夫して多くの触手を攻撃できるようにするしかありません。

 ……うーん、時雨達に何とかしてもらいましょう。


『GURUUUU』

『IMAYO』

『IKUYO』


 HPバーが30%を切って黄色へと変化しました。

 お腹がすきすぎて音が弱弱しくなっていますね。そして、その時を待っていたかの様に、色とりどりの妖精が集まってきました。妖精の集団が加勢するつもりなのか、不用意にも妖精喰らいへ近付いてきます。

 すると、太い触手の先端が分離し、集まってきた妖精へと向かっていきます。


「それ、多分回復手段。【フレイムランス】」


 分離した触手の根本はどこかわからないので、分離する前の場所を7ヵ所、ランス系で攻撃しました。何体かは触手に捕まってしまいましたが、妖精を食べるどこかへと運ぶ前に触手をポリゴンにしたので回復は阻止しました。解放された妖精はすぐに何処かへ逃げましたが、妖精が集まってくる量は一向に減りません。


「グリモア、リーゼロッテ、2人は妖精を捕まえた触手を頼む」

「いえっさ」

「承知」

「モニカは今まで通り。時雨は私とモニカのフォローをしつつ本体と触手を。リッカは臨機応変に頼む」

「わかった」

「了解」

「……うん」

「私はこっち側。グリモアはそっち側をお願い」

「うむ」


 大まかに区域を分けたので、無駄打ちをする回数は減るでしょう。


「太い触手でも、ランス系1確出来るよ」

「うむ。奴の分離せし触手、その接合部から根本は動かぬように見える」

「なるほど」


 お互いに情報を共有しながら捕まった妖精を解放しています。相手の動きに合わせて狙いを変えられるようにランス系を使っていますが、動かないのであれば、レーザー系で本体と同時に狙えますね。

 何度か試しましたが、やはり分離した触手の大本は動きませんね。これはいいことですよ。

 捕まる妖精の数はランダムで頃合いもまちまちですが、グリモアもリッカもいるので、今のところ回復は許していません。

 巨大なボスですが、こちらから見える範囲でしか妖精を捕まえないのは律儀ですね。ボスなのに回復手段を持っていることも、今回だけは許してあげましょう。……回復は許しませんが。

 黄色になってからしばらくは触手にしか攻撃をしていなかったので時間がかかりましたが、HPが20%を切りそうです。


『GURUUUUUU.JYAMAWOOOO』


 おやおや、妖精喰らいが業を煮やしたようです。それと同時に、妖精を捕まえようとする触手の速度が上がりました。その上、捕まえる数も増えたように見えます。これは厄介ですね。


「【パワーレーザー】」


 レーザー系で器用に狙わないといけませんね。今まではレーザー系1個で、妖精を捕まえた触手の分離地点と他の触手の根本と本体を攻撃していましたが、二つの分離地点を狙うようにする必要があります。運が良ければ本体にも当たる程度の位置で放つしかありませんね。


「ぬあーーー。妖精が食べられるー」


 手数が足りず、大本は一つですが、分離した結果4体の妖精が捕まり、体の方へと連れられています。妖精が体へと近付くと、黒いモヤモヤに線が入り、口が開きました。


「グリモア、行ける?」

「任せよ。……【フラッシュレーザー】」


 魔法陣以外の手段でも魔法を連発し、妖精を捕まえている触手の接合部と口の中へと魔法を放ちました。

 あんなの、どう考えても弱点ですよね。


『GUAAAAAA』


 弱点確定です。命中と同時にHPバーがガクンと減りましたよ。妖精1体の回復量次第ではありますが、弱点を露出するのであれば、触手の破壊を遅らせることも考えてもいいかもしれません。


「ねぇ、回復量の確認する?」

「……食べた量で強化とかされても厄介だから、ちゃんと防いで」

「りょーかい」


 確かに、妖精がエネルギー源なら、強化もありえますね。1体2体では変化しなくても、10体20体で強化されるという可能性はありますから。まぁ、満足してそれ以上は食べないという可能性もありますが、やめておきましょう。

 妖精喰らいが妖精を捕まえる速度が上がったため、思う様にダメージを与えられなくなり始めました。見た目上はじりじりと回復している様にも見えますが、あくまでも、最大HPが減っているだけなので、残りHPは変わりません。……変わりませんよね。


「あっ、上の方、間に合わない」


 私とグリモアのディレイの都合上、上の方で捕まった妖精への対処が間に合うか怪しいところですね。


「……まか、せて」


 リッカが触手の分裂前の部分を撃ち抜き対処してくれました。アーツも使わず、通常攻撃一発で決めるとは、流石です。というか、あの短時間で狙ったわけですか。すさまじい技量ですよ。

 私の方も慣れて来たので、複数の分裂前の部分を巻き込みながら本体を攻撃出来始めました。分裂直前を狙っていましたが、ある程度本体側へ遡ればちゃんと撃ち抜けますから。


「もうすぐだ。気を付けてくれ」

『ONAKA,SUITA』


 アイリスが注意を促してからしばらくして妖精喰らいのHPが10%を切り、赤色へと変化しました。


『ABUNAIYO』

『MAZUIYO』


周辺の妖精も何か反応していますね。妖精がフィールドの外側ぎりぎりの位置を漂い、様子をうかがい始めました。

 ちなみに、妖精喰らいは黒いもやもやに包まれ、こちらからは手出しが出来ないようです。次第にもやもやが小さくなり、大きめの球体へと変化し、それがひび割れ、中から大柄な人くらいの黒い妖精が出てきました。更に、殻代わりのもやもやが妖精喰らいの背中へと集まり、触手へと変化しました。

 うーむ、触手がなくなったりはしないわけですか。


「妖精さん、取り巻きはいないんですか?」

「私達が食べられてたら、その姿を利用されてたかもしれないわね」


 ふむふむ、食べられた妖精が取り巻きになるということでしょうかね。なら、回復量の確認をしなくてよかったですよ。

 触手は妖精喰らいの背中から生えているようですが、それにしては数が多いですね。気になったので天之眼のワイプ画面を拡大して見てみると、触手の根本はかなり細いですね。なるほど、こうやって触手を出す場所を確保しているわけですか。まぁ、半球状のもやもやの時よりは数が減っているので、最大HPは削りにくくなりましたが、ここまできたら最大HPよりもHPを削りたいですから問題はありません。

 あー、やはり、問題はありますね。体が縮んだので的が小さくなってしまいました。これは大問題ですよ。


「レーザー系からランス系に切り替える?」


 レーザー系は極太レーザーなので妖精喰らいを飲み込むと時雨達の邪魔になってしまいます。通常MOB相手なら大した問題にはなりませんが、ボス戦だとちょっとした問題が積み重なって何が起こるかわかりません。それなら、軌道の操作が出来るという利点は大きいです。

 まぁ、レーザー系を乱射して押し切れるHPだったら話は早いのですが。


「しばらくはランス系で頼む。レーザー系への切り替えは、こちらから合図をする」

「いえっさ」

「承知」


 本体への攻撃はランス系で、分裂した触手を複数本撃ち抜きたい時はレーザー系を使いましょう。邪魔にならない場所へ撃つ分には問題ありませんから。

 担当分けはしてあるので、任されていることをやり遂げましょう。

 えーと、妖精がこちら側は8体捕まっていますね。

 分裂元で考えると4本です。

 あの4本の根元までは……ちょっと見えづらいですね。

 見えた範囲で一直線で狙うには……。

 ふむふむ、1本でいけますね。これは幸先がいいですよ。

 では、レーザー系1個で、残りはランス系にしましょう。

 妖精が捕まってから長々と考えていると回復されてしまいますが、考える内容は決まっているので、思いのほか早く決まるものですねぇ。


「【フレアレーザー】【フレイムランス】」


 フレアレーザー1個で妖精を全て救出し、5本のフレイムランスを放物線を描いて時雨達を迂回するような軌道で妖精喰らいへと叩き込みました。完全に違う軌道を5個描くのは無理ですが、同じ軌道で角度を変えるだけなら問題ありません。

 妖精を捕まえた触手は短くなるのではなく、本体の方まで先端を伸ばして食べるようなので、妖精が外側付近から近付いてこなくなったため、時間的猶予が増えたのは大助かりです。


「妖精さん、今後妖精が食べられたら、すぐに取り巻きになりますか?」

「なると思うわ。まぁ、同時に利用出来る姿にも限度があるはずだけど」


 ふむ、妖精を食べることで取り巻きが随時補充される形ですね。

 発狂モードで妖精喰らいが人型になったお陰なのか、時雨とアイリスがモニカの補助から攻撃を主体に動きを切り替えています。やはり、人型というのは捌きやすいのでしょう。

 全体的にダメージを与える速度が上がりましたし、最大HPもそれなりに削っているので、残りのHPは少ないはずです。ただ、一つ気になることがあります。こちらが勝手に発狂モードと言っているせいもありますが、言うほど発狂していないんですよね。なんとうか、ただの形態変化であって、強化されている印象がありません。パターン変化が多い分、一回一回の強化率が低いだけならいいのですが。

 そんな心配事をよそに、あっという間に妖精喰らいのHPが減っていき、残りも後わずかです。

 そして、その時はすぐに訪れました。



 ――――Congratulation ――――


「やっ――もがもが」

「それはもういいから」


 いつものをやろうとしたのですが、倒したのを確認している間に近付いてきた時雨に口をふさがれてしまいました。

 これでボスが復活したことでもあるんですかねぇ。


「これであいつもしばらくは私達を食べようなんて出来なくなったわね」


 ……はて?


「もしかして、復活する?」

「戦おうと思えば戦えるわよ。でも、今は戦ってもいいことなんてないわよ。それより、あいつを倒してくれてありがとう。これで、妖精郷との行き来が出来るようになるわ」


 ふむ、妖精喰らいは気にしなくてよさそうですね。何せ、ドロップがありませんでしたから。完全にイベント用で周回する必要もないボスは一度倒したら放置出来るので助かりますよ。


「妖精郷ってどんなところ?」

「あんた達には認識出来ない場所よ。妖精以外は入れないから」


 ……まぁ、そうですよね。そんな名前の場所ですし。


「じゃあ、あのあからさまに門ですよって形のもやもやは通れない?」


 妖精喰らいがいた場所にはもやもやした門が出来ています。妖精喰らいが塞いでいたのか、食べていたのかはわかりませんが、そのうちアップデートで通れるようになることを期待しておきましょう。


「そういうことよ。それじゃあ、あんたのお陰で楽しかったわ。また遊びに来るから、それまでに出来ること増やしておきなさいよ。じゃあね」


 ピコン!

 ――――クエスト【迷子のはぐれ妖精】が進行しました――――

 妖精との再会を約束しました。

 ―――――――――――――――――――――――――――――


 そういって妖精が妖精郷の門をくぐり、消えてしまいました。


「……終わらない?」


 思わず呟いてしまいましたが、みんなも同じことを思ったようです。

 クエストについて考えるにしても、この場所が消滅するまでのカウントが表示されているので、アイリスがメニューを操作し、ボス戦前の場所へ戻りました。


「おー、お帰り」


 ハヅチ達の方が先に戻っていたようです。


「お待たせ」


 しかたありません。ご褒美に対応は時雨に任せましょう。

 みんなで話し合う前にパーティーメンバーでいろいろと確認することになりました。


「確認しておくが、全員、クエストは続いているな?」


 アイリスが聞くと、やはりみんなクエストが続いているようです。

 クエストの内容も、妖精との再会を約束したというもので、誰かが妙なフラグを踏んだということもないようですね。


「最後の言葉は、出来ることを増やしておくようにという内容で間違いないか?」


 これもみんな同じようです。パーティー内で同じとうことは確認出来ましたから、ハヅチ達にも確認して、他のプレイヤーも同じかの確認をしましょう。

 まぁ、それは時雨がハヅチと話して確認が取れていますが。

 出来ることを増やすとは何を指すんでしょうかね。


「妖精ってスキルで何かするのを見たがってたよね」

「ああ、私の場合は、特定のスキルのアーツでMOBを倒すところが見たいと言われたこともある」

「あたしは、MOBの攻撃をパーティメンバーに向けさせないところが見たいって言われたことあるよ」


 ……何とも難易度の高い内容ですね。スキル構成しだいではそんなのも出るとは。

 みんなの話を聞くかぎり、必ずスキルが絡んでいる内容でした。ならば、思いつくことはそう多くありません。


「おーい、とりあえずいったん戻ろうぜ。何をするにしても、クランハウスの方が楽だろ」





 そんなわけで、クランハウスへ戻ってきました。妖精喰らいを倒すと、その時妖精喰らいが出現する場所に出るポータルが使えるようになるため、行き来は簡単に出来ますから。


「とりあえず、二つ思いついたんだけど、新しいスキルを取るか、アーツとかを覚えるレベルまでスキルレベルを上げるか。この辺りだと思うんだよね」


 これに関してはみんなも同じことを思っていたようです。というか、これ以外ありませんよね。

 さて、問題が一つあります。何のスキルを取りましょう。新しいスキルを取って、それをある程度育てるという可能性すらあるので、使わないスキルを取る気にはなれません。解放された未取得スキルもありますが、暗器枠は1個あれば十分なので、その上位とかもいりませんね。

 カンストしそうなスキルを集中的に上げるという方法もありますが……。おや。


「な、な、汝、何故我に近付く」


 手をワキワキさせながら近付くと、何故かグリモアが近付いた分だけ下がっていきます。まぁ、もうすぐ壁なので、捕まえるのも時間の問題です。


「いやー、同調魔法のスキルレベルを上げようかなと」


 今はLV29なので、あっという間に上がりそうですし。

 グリモアの視線が動いているので、同調魔法のスキルレベルを確認しているのでしょう。うんうん、素直ですねぇ。

 まぁ、視線を私から外してしまったので、私が近付いたのに気付いていないのはだめですよ。グリモアを捕まえ、そのまま壁へと押し付けました。


「ほーら、大人しくしてね」


 パンパン


 優しく肩にハリセンを載せられていました。残念ですが、ここまでですね。


「レベル上げ行くの?」

「んー、1人でも出来るし、他にちょうどいいスキルがあるなら、無理にとは言わないよ」


 少しくらいなら問題ありませんが、そろそろログアウトしてもいい時間です。この後が時間のかかることかもしれませんし、ダンジョンとボス戦で精神的に疲れているはずなので、ログアウトしましょうかね。


「まぁ、おつ」

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