9-5 その1

 30日、夜のログインの時間です。明日は大晦日で、年明けと同時にオンメンテでのアップデートがあるそうです。中身は妖精クエストの後半とのことですが、クエストの続きを急ぐ必要はありませんね。

 いつもの様に日課をこなしていると、ハヅチが工房の方から出てきました。


「いたいた。ほら、出来てるぞ」

「あんがと」


 さて、肝心の性能を見てみましょう


――――――――――――――――

【魔女志願者の操糸手袋】

 魔女を目指すものが身に着けている手袋

 魔力の糸を操ることが出来る

 耐久:100%

 魔法攻撃力:▼

 防御力:▲

 魔法防御:▲

 INT:▲

 MP:▲

 MP回復量:▲

――――――――――――――――


 魔法攻撃力が付いたのは、武器としての能力が付いたからでしょう。


「その攻撃力、参照するのは糸で攻撃するときだけだからな」


 なるほど、今は両手杖と比べた場合の数値が出ているわけですか。


「耐久の回復もあんがとね」

「それはついでだ。それで、暗器としての装備方法の説明するぞ」


 この状態で糸を出すことは出来るそうですが、暗器としても装備しないと糸の部分はシステム的な保護を受けられないそうです。まぁ、腕装備の一部なので落とすことはありませんが、武器としてはほとんど役に立たないそうです。

 ハヅチに言われるまま暗器としても設定し、準備完了です。


「そんじゃ、冒険者ギルドでチュートリアル受けてくる」

「ちょっと待った。あれ忘れてるだろ」

「あれ?」

「リコリスからの納品だ」

「あー、【魔力に満ちた古木】か。預かってるの?」

「【なごみ亭】の子供が届けに来たぞ。それと、今度からは納品システム使えるようにしといたから、倉庫に入るようにしたけど、数の把握はしとけよ」

「あんがとね」


 さて、今は武器を新調するにも、木材以外のいい素材がないので、何かいいのが手に入ったらにしましょう。それまでは保管です。

 ハヅチからの話も終わったので、冒険者ギルドへ移動したのですが、移動時間自体はあっという間でした。そのため、操糸スキルの再確認をする時間はありませんでしたが、そもそも確認するほどの内容はありませんね。


「すみません、武器スキルのチュートリアルを受けたいのですが」

「それでは、受講を希望するスキルを選択してください」


 前と方法が変わった気もしますが、随分と前のことなので気のせいかもしれませんね。【操糸】を選択してと。


「それでは、あちらへどうぞ」


 指示された方へ向かっているのですが、やはり前と違いますね。地下へ通じる暗い階段に覚えはありませんから。

 そして、辿り着いた先には薄暗い地下室がありました。一応明かりはついているのですが、雰囲気づくりでしょうかね。


「ほう、暗器を学びたいとは、珍しい。……準備は出来ているか?」

「はい。魔力型の糸を用意しました」

「そうか。まずは糸を出してもらおう。方法はよく知って……、いや、熟練した技術を持っているようだな」


 いや、知りませんよ。教えてもらいに来たので、熟練しているのなら来ませんから。

 ただ、こう言われるということは、私の持っているスキルが関係しているのでしょう。

 ……ああ、なるほど。

 魔力操作の要領で右手の人差し指の先から糸を出しました。魔力操作で私自身のMPを出すときよりもスムーズな気がしますね。きっと、装備かスキルのおかげでしょう。


「やはり基本は出来るか――」


 そのまま教官NPCの指導を受けながら、魔力型と物理型の違いを聞きました。

 物理型の糸は動きに物理的な影響を強く受けるそうですが、スキルレベルが上がればある程度は自由が利くそうです。更に、遠心力が攻撃力に大きく影響するので、ぐるぐる回っていれば、かなりの攻撃力になるそうです。

 魔力型の糸は魔力操作と物理的な影響のハイブリットだそうですが、魔力操作の方が優先されるそうです。まぁ、それでも限度はあります。

 ちなみに、遠心力による攻撃力の上昇はないので、回る必要はありません。

 後は、共通の設定ですが、指や腕の動きにある程度の挙動が設定されているため、これは覚える必要があります。まぁ、魔力操作次第では覚えなくてもよさそうですが。

 強度やら移動速度やら周囲の状況やらで一長一短があるので、好きな方を使えばいいと言われました。まぁ、攻撃力的に魔力型一択ですが。

 一通り動きの練習をした後に教官NPCが準備した案山子に【断糸】を使ってみることになりました。まずは基本通りに横なぎにし、範囲を調節しましょう。


「【断糸】」


 調節が上手くいったため、案山子を切り裂くことが出来ました。


「ほう、なかなかやるじゃないか。これで合格だ」


 合格を貰ったため、操糸のスキルレベルが5になりました。そして、アーツ――。


「最後に縛糸を使ってみるか?」

「あ、はい」


 ええ、【縛糸】です。糸の先端が対象の極至近距離にある場合に使えるアーツで、名前の通り、相手をぐるぐる巻きにして捕まえるアーツです。チュートリアルが終わってからアーツを試してみるかと言われるとは思いませんでしたが、試せるときに試しましょう。

 教官NPCが用意した案山子の上に、利用しろと言わんばかりの梁があります。それでは、梁の上から近付くように操作して……。


「【縛糸】」


 頃合いを見計らいアーツを発動しました。対象との距離次第では不発に終わるのですが、しっかりと発動してくれましたよ。

 ちなみに、糸自体は10本出せるのですが、自由に動かせるのは3本が限度ですね。いくつかの糸を同じ挙動にすれば10本同時に操作しても問題ありませんが、これは魔法の個別軌道設定の練習にもなりそうです。

 さて、とどめです。


「【断糸】」


 案山子に巻き付いた部分全体を指定し、アーツを発動しました。すると、巻き付いた糸が案山子をばらばらに切断しました。

 これは夢のある武器ですね。

 さて、チュートリアルも終わったので、このまま練習と洒落込みましょう。問題は場所ですが、洞窟系で糸の特徴を生かせる程の実力はないので、森系のフィールドがいいですね。ただ、狼系は移動速度が早いので向きません。かといって、ゴブリン系は集団で来るので厄介です。いっそのことトレントでも相手にしましょうかね。相手は動きませんし、巻きつける場所は沢山ありますから。





 そんなわけで、景観ポータル【風詠みの塔】へやって来ました。

 この辺りに出現するトレントで操糸の練習をするわけですが、いきなり10本の糸を操作するのは無理があるので、まずは右手の分だけで練習します。

 装備は右手に魔術書、左手に魔銃です。魔術書は宙に浮かせることが出来るので、操糸の邪魔になりませんし。

 ダンジョンへは入らず、近くの森へと足を踏み入れました。トレントの蔦には逆さ吊りにされたことがあるので、ヤタ達に警戒を頼みます。

 トレントを発見したので、まずは小手調べです。


「【パワーレーザー】」


 試しに等倍の魔法を放ってみたところ、1確出来たので、危なくなったらレーザー系で対処しましょう。

 次のトレントを発見したので、操糸の練習です。まずは右手から3本の糸を出しました。トレントの射程外から練習をするので、腕を振って糸を投げるようにしながら魔力操作の感覚で糸を伸ばします。魔力型の糸は物理的な影響もある程度は受けるので、こうした方がいいそうです。


「【縛糸】」


 それぞれの糸が腕の様な枝と幹に触れるかどうか辺りでアーツを発動しました。すると、すぐに糸がぐるぐると巻き付きました。

 トレントが腕の様な枝を動かして糸を外そうとしていますが、糸の長さは意思である程度の調節が出来るので、引っ張られて射程内に入ることはありません。糸の軌道を工夫し、ちゃんと長さを固定して踏ん張れば相手を拘束することも出来ますが、私のSTRでは無理でしょう。

 さて、次です。


「【断糸】」


 3本の糸が枝と幹にめり込みました。うーむ、選択した範囲が広いので、切るまではいかなかったようです。それでは、クールタイムが終わるのを待ちましょう。


「【断糸】」


 今度は枝に巻き付いた部分にだけアーツを発動させました。すると、2本の枝を切り落とすことに成功しました。ふむ、やはり断糸は範囲指定が重要ですね。

 一度糸を戻し、次の練習です。トレントはHPの自然回復量が多いようなので、1体で長く練習出来ますね。

 それでは、4本の糸を操作していましょう。これが上手くいけば魔法の個別軌道設定数も増やせるかもしれません。……まぁ、下級魔法までなので、レーザー系には使えませんが。

 狙いをつけて真っ直ぐ飛ばすだけなら5本でも10本でもいけますが、4本は難しいですね。

 周囲の木を経由してトレントの枝や幹を狙っていますが、4本目に意識を集中しすぎたのか、他の糸も狙いが甘くなっていますね。まぁ、魔法と違って1回1回に時間がかからないので、数はこなせますね。

…………………………

……………………

………………

…………

……

 途中でトレントを倒してしまうというアクシデントはありましたが、魔法よりも軌道の操作がしやすい気がするので、操糸スキルの補助がありそうですね。まぁ、それでも練習にはなりましたが。

 ええ、4本の軌道設定が上手くいきましたよ。

 もちろん、ランス系でも試したところ、上手くいきました。ただ、調子に乗って5発の個別軌道設定は失敗したので、まだ練習が足りないようです。


「あんた、よくもまぁ、長い時間続けられるわね」

「育てておくと便利だから」


 持っていればいい杖は左手で持ち、右手はインベントリや鞄のために空けていましたから、装備制限に引っかからない暗器枠の糸はちょうどいいんですよ。格闘の足技以外の選択肢も欲しかったですし。

 妖精が話しかけてくる直前に操糸のスキルレベルが10になったので、新しいアビリティを覚えました。いえ、上がったから話しかけてきたのかもしれませんね。

 覚えたのは【軌道変化】というアビリティで、障害物がなくともあるかのように軌道を変化させることが出来るようです。それにしても、これの優秀な点はアーツではなくアビリティだということです。ええ、やろうと思えば細かく軌道を変えられますから。

 ちょっと試してみたのですが、これは便利ですね。一度変化させた場所はそのまま保持してくれますから。まぁ、軌道変化をさせながらだと、4本の軌道設定が少し難しくなります。この辺りも、要練習ですね。

 軌道変化にも慣れて来たので、ちょっと実験をしてみましょう。ええ、決して飽きてきたわけではありません。

 まずは新しいトレントを用意します。次は正面に立ちました。


「【断糸】」


 軌道変化を使い、トレントに対して正面から真っ直ぐ糸を1本飛ばしました。そのうえで、先端にのみ、【断糸】を使い、切断能力を高めます。すると、どうでしょう。

 糸がトレントの体を貫通しましたよ。まぁ、HPを削り切ることは出来ませんでしたが。

 それでは、二つ目の実験です。


「【断糸】」


 途中までは同じことをします。そのうえで、トレントを貫通する途中で軌道変化を使い、90度横へ曲げました。軌道変化をしても勢いも、切断能力も衰えないようで横から糸が出てきましたよ。これは中々面白いことが出来そうです。ええ、相手の体内で縦横無尽に動くという恐ろしいことが出来ますよ。

 実験台のトレントもまだ生きていますし、枝を落としたわけでもないので、HPもすぐに回復しそうですから。


「【断糸】」


 トレントの体内に入ってから何度も角度をつけて軌道を変化させてみました。魔力視で軌道を確認出来ているのですが、段々と勢いが衰えていますね。まぁ、直線距離にすればそこそこの距離になりますし、連続で軌道を変化させると一気に衰えるのかもしれませんね。まぁ、何事にも限度があるということですよ。

 気分転換も出来たので、練習に戻りましょう。

…………………………

……………………

………………

…………

……

 練習中、スキルレベルが15になったので、【壁糸】というアーツを覚えました。やはり、基本スキルは上りが早いですねぇ。

 ちなみに、糸を升目状にして壁を作るというアーツでした。作った壁も移動させることが出来るので、壁糸全体に断糸を掛けることも出来るようです。ただ、範囲が広くなるので、切断能力は微々たるものになりそうですが。

 そろそろ時間なのでログアウトです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る