5-8その1

 11日月曜日、葵と伊織から追求されることなく放課後になりました。後で聞くとのことでしたが、いったいいつ聞きに来るのやら。


「茜、はい、あーん」

「あーん、もごもご」


 帰り支度をしていると伊織から何かを与えられました。匂いと食感からしてこれはオチールですね。私の鞄にも入っていますが、伊織が持ってくるとは珍しいです。


「食べたね」

「食べたよ」

「それじゃ、昨日のワールドメッセージ、何があったのか教えて」

「く、油断しているところを狙って来るとは……。まぁ、帰りながら話すつもりだった気もするけど、トレント系の群生地でポータル触っただけだよ」


 準備もすぐに終わるので話しながら続けますかね。


「トレント系の群生地って、根が広がってて、オールドトレント? とか言うのが密集してるところ?」

「そだよ。ホワイトウルフが出る場所の更に東」

「あそこどうやって抜けたの? 茜のスキル構成が変だからって魔法使いが一人で抜けられる場所じゃないでしょ」

「あそこは――」

「ごめん御手洗さん、ちょっといいかな? 今、ホワイトウルフが出る場所の東って聞こえたんだけど……」


 さて誰でしょう。私が教室で話す相手なんて指1本……2本で足りるというのに。伊織との会話を中断し、声のした方を見ましたが、クラスメイトの誰かとしかわかりませんね。

 ちなみに、伊織は名前を呼ばれていないので、にこにと笑っているだけです。


「……」

「えっと、話に割り込んでごめんね。ホワイトウルフって聞こえたけど、昨日開放されたポータル付近の話? 掲示板でトレントが何かを守ってるみたいだって噂があったけど」

「……そ」


 そうですか。そんな噂があったんですか。とりあず、クラスメイトということはわかりますが、早く用件を言って欲しいものです。


「池田君、茜はもうちょっと具体的に話さないと反応鈍いよ」

「そっか、ごめんね。実は僕達、あそこのポータル探しに行こうって話してたんだ。よかったら御手洗さん達もどう?」


 探すも何も私は開放しましたし、伊織も景観ポータルと同じ仕様ならテレポートで連れて行くことが出来るはずなので、探す必要はありません。


「必要ない」

「ホワイトウルフは難易度高いから、即席パーティーじゃきついかな」

「そっか。それじゃあさ、フレンド登録だけ――」

「伊織、準備出来たよ。続きは帰りながらでいいでしょ」

「いいけどその前に、池田君がHTOでフレンド登録したいらしいけど、どうするの?」


 このクラスメイトとフレンド登録ですか。ふむ……。もぐもぐ。


「もごもご、理由がない」

「だってさ。池田君、茜を説得する理由ある?」

「えっとー……」


 クラスメイトが何かを考えています。

 承諾する理由も断る理由もないので、伊織に任せてしまいましょう。何せ、伊織がもう一つオチールを取り出したので、それを食べるのに忙しいので。


「御手洗さんがHTOで普段行ってる場所も前衛が一人いれば楽になるはずだし、行動範囲が広がるから楽しくなるはずだよ」


 普段行ってる場所……。最近行っている場所は虚空移動がないと邪魔ですね。


「今の場所、パーティーがいると邪魔」

「……どんな狩りしてるの?」


 伊織が疑問を浮かべていますね。まぁ、それは帰りに話せばいいだけです。オチールも食べ終わりましたし、帰りましょうかね。


「えーと、い……、池田君、また明日」

「あ、ちょっと待ってよ。じゃあね」


 クラスメイトですし、挨拶くらいはしますよ。

 伊織からは妙な視線が向けられていますが、私のスキル構成を知っているはずですから、ホワイトウルフの出現場所を越える方法を聞けば納得するはずです。

 校門を出て下校途中に教室での話の続きを口にします。


「で、ホワイトウルフを越える方法だよね」

「そうそう。あそこって東に行けば行くほど群れの数が増えるから、大変なんだよ。たまに変なの降ってくるし」


 それは猿による攻撃ですね。リッカが木に登ればわかりそうですが。


「ロックウォールってさ、木からも出せるでしょ。だから、木に登って枝を足場にして跳んでけばいいんだよ。距離があればロックウォールで足場を増やせばいいし」

「また妙な使い方を」

「途中でウォールキャンセル覚えたから、待ち時間減って楽になったよ」

「……ねぇ、茜、ウォールキャンセルってソロの魔法使いなら必須で、さっさと100回使って覚えろって言われてるんだよ。それを今更覚えたの?」

「いやー、ウォール系を足場としてしか使ってなくてさ。MOBは近付かれる前に倒せばいいんだから」

「……脳筋魔法使い」

「いや、殴りじゃないから。……ごほん、それである程度進んだらエテモンキーって猿型のMOBが出てきてね。何か硬いの投げてくるし、動きは素早いしで大変だったよ。あ、昨日ネコにゃんさんに遭遇してマップデータとMOBデータは売ったけど、みんなはテレポートで送ればいいよね」

「はぁ、茜ってほんと妙な繋がり持ってるよね」

「セルゲイさんとこの常連っぽかったよ」

「まぁいいけど。それで、ホワイトウルフは枝を足場にして戦わずに通り抜けたと?」

「そそ。何度か繰り返して軽業がカンストしてね、立体機動と虚空移動取ったから、移動しやすかったよ。空中ジャンプは便利だし」

「……魔法使いは普通それ取らないって」

「ソロだからいいの」

「いいんならいいけど。その2つの詳しい仕様が知りたいならリッカに聞くといいよ。持ってるから」

「あー、それよりも瞬動の派生元が知りたいかな」

「あれは速度上昇だよ。えーと、初期スキル以外の取得方法は……、そうそう、センファストの冒険者ギルドで配達の手伝いクエストを受けるの。上手くいけば1回で取れるようになるけど、普通にやったら最大5回って聞いてるよ」


 ふむふむ、大成功すれば1回で取れるとかそういうことでしょう


「そっか。あんがと。それで、トレント系の群生地での話もする? 倒したからもういないけど」

「それは今度でいいかな。クランハウスでみんながいる時に聞くよ」

「りょーかい」


 聞いたところでもういない相手にはそこまでの興味がないようですね。今後出てくるようなら今回の経験が役に立つかもしれませんが、それは出てきてからでもいいでしょう。





 夜のログインの時間です。今日は月曜なので、普段の日課の他に、不滅の水の納品があります。まぁ、学校が始まっているので、長時間のログインはしません。


 テロン!

 ――――フレンドメッセージが二通届きました。――――


 おや、誰でしょうか。えーと、リコリスとザインさんですね。リコリスの方は時間があえばいつでもいいそうです。ただ、平日はログイン時間が不定期とのことで、急ぎならメッセージでやり取りをすると言われましたが、急いでないのでログインが噛み合った時にと返信しておきました。

 次はザインさんからのメッセージです。えーと、何々、ふむ、ザインさん達が南の中間ポータルを探しているので、そちらを開放したら地図とMOBデータを交換したいとのことでした。流石に、2方面同時攻略はしないようですね。私としてはここから先は誰かに任せたかったのですが、しかたありませんね。ネコにゃんさんに地図データを売ったけれど、それでもいいかと返信しておきましょう。

 ちなみに、生産クランに納品に行っても、特に話を聞かれることはありませんでした。私のことを知っている人は少ないですからね。





 中間ポータルを開放したので今週の夜は日課に費やし、短時間のログインでした。





 金曜日の夜、明日は先週と違い少し早めに登校しないといけないので、遅くまでのログインは出来ません。まぁ、そんなに長時間のログインをするつもりはありませんが。

 そんなことを考えながらフレンドリストを確認すると、なんと、リコリスがログインしているではありませんか。これは日課は後回しにして、まずはメッセージを送ります。


 テロン!

 ――――フレンドメッセージが一通届きました。――――


 日課をこなしながら返事を待っていると、今日は時間に余裕があるとのことで、取るものも取りあえず、キューピット・グッズへと向かいました。

 到着して丁寧に扉を開けて中に入ると、店番をしているのは知らない子です。まぁ、他の人のクランメンバーなんて把握していませんから、当然のことですね。


「リコリスいますか? リーゼロッテが来たって言ってもらえばわかると思いますけど」

「リコねえ? ちょっと待ってて」


 そういいながらメニューを操作し始めました。今日は私が頼み事をするので大人しくしていると、「すぐに来るよ」と言われたので、待とうとすると、本当にすぐに来ました。


「リーゼロッテさん、いらっしゃい」


 そういって奥から出てきたのは緑を基調とした森の妖精風の服を装備しているリコリスです。相変わらず、その金髪で目が隠れていますね。


「いやー、急にごめんね。ところで、本当に時間大丈夫?」

「ええ、大丈夫です。それで、苗木でしたっけ?」


 特に眠そうでもないので実際に見てもらいましょう。


「そうそう、これだよ」


 そう言って【老樹の苗木】を取り出しました。見た目は何の変哲もない苗木ですが、説明文にエルダートレントの残滓と書かれている曰く付きのようなアイテムです。


「これ、本当にモンスターにはならないんですか?」

「……絶対、……多分きっと恐らく」

「段々と弱気にならないでくださいよ」

「流石に説明文を信じるしかないしね。まぁ、トレント系は歩かないって意味で動くことはないって書いてあるんだったら諦めるしかないけど」


 この動くことはないというのがどういう意味なのかは神のみぞ……、運営のみぞ知るといったところです。


「まぁ、それは置いておきましょう。それで、これの何を相談しに来たんですか?」

「えーと、始めはどうやって育てるのか聞こうかと思ったんだけどね、いっそのこと委託出来ないかなと……」


 何でしょうか、リコリスの目は見えませんが、ジト目を向けられている気分になります。


「この前来た時にセルゲイさんがリコリスが薬草育ててるって聞いて、畑持ってるなら木も育てられないかなと思ったんだよ」

「トレントって言ったら取れるのは木材ですけど、切り倒す必要があるはずなので、一度しか取れませんよ」

「もし樹皮が再生するなら、トレント系に特化した除草剤も作れ――」

「リーゼロッテさん、ちょっと場所を変えましょう」


 除草剤なんて図書館で調べればレシピも載っているので隠すほどのことではないのですが、リコリスとしては私が変な情報を口走るのを警戒しているようです。リコリスが聞いて苦労する情報なんて知りませんよ。

 リコリスに案内されて向かった先はリコリスの薬草園でした。かなりの広さがあり、何人かのプレイヤーとNPCがお世話をしています。流石に他のプレイヤーの持ち物なので勝手に識別することは出来ませんが、恐らくは薬草系のアイテムなのでしょう。


「ほう、リコリスの育ててる薬草か」

「そうですよ。自分で上手く育てるとフィールドで採取するよりもいい薬草になるんです」

「へー、私には向かないね」

「私も一人だったらここまでは出来ませんよ。クランのみんなや雇っているNPCがいるからここまで出来るんです」

「なるほどね。ところで、興味だけで聞いてるから答えたくないなら答えなくてもいいけど、種なんてあったっけ?」


 私はアイテムについてそこまで知っているわけではありませんが、今のところ種に該当するアイテムを見たことがありません。今回の苗木は、考えようによっては種に該当するアイテムではありますが、流石に入手方法が限られますし。


「農園のNPCにアイテムを持ち込むと種と交換出来るんですよ。流石に木や苗木を持ち込んだことはないので、どうなるかはわかりませんが」

「へー、そうなんだ。いっそのこと、これ持っていって聞いてみる?」


 納品しなくとも、聞くだけは出来るはずですから。


「それならあそこのNPCに聞けば教えてくれますよ。雇ってからは農園に行く必要もなくなりましたから」


 何とも便利な仕様ですね。まぁ、こういうのに限って、農園に行くと何かが追加されていたりするんですけどね。

 リコリスの言葉に甘え、NPCに聞いてみることになりました。すると。


「農園長なら、木を切り倒さずに木材を手に入れる方法を知っていますよ」


 はて、どういうことでしょうか。もう少し詳しく聞いてみましょう。


「普通の木だと切り倒す以外の方法はありませんが、これは大半が魔力で構成されているので、特殊な方法で一部を木材に変換出来るんです。流石に連続で変換すると木が枯れてしまいますが、ちゃんと時間をあければ寿命までずっと木材を取れますよ」


 魔力視で見てみると確かに大量の魔力を秘めています。そんなこと説明文に書いていなかったので気が付きませんでしたよ。


「リコリス、この苗木、頼んでもいい?」

「……いいんですか? 失敗したって嘘ついて木材を全部貰っちゃうかも知れませんよ」

「それをする人はそんなこと言わないと思うよ。それに、鞄の代金払うにはいい方法だと思うんだけどね」


 まぁ、私が値段を決めていないのがいけないわけですが、インベントリの大が刻印されている鞄はそう安くはありません。それが私からの委託で木を育てることで相殺されていくのは、方法としてはありだと思います。


「わかりました。でも、いろいろと調べてから植えたいので、少し時間を貰ってもいいですか?」

「杖、新調したばっかりだから、急いでないよ」


 普通の木を持ち込めば普通の苗木を貰えるそうなので、一度それで練習してから老樹の苗木を植えるそうです。さらに言えば、木材に変換するアーツを覚えなければいけませんし。


「それでは、お預かりします」

「お願いね」


 鞄の代金を相殺する方法は老樹の苗木を植える時までに相談して決めることになりました。それにしても、農業スキルなんてものがあるとは、まったく知りませんでしたよ。

 さて、私もそろそろログアウトしましょうかね。


 ピコン!

 ――――World Message・新たな中間ポータルが解放されました――――

 プレイヤー【ザイン】率いるパーティー【アカツキ】によって【水流の迷路】が解放されました。

 当該ポータルを登録することで、転送先として利用可能になります。

 ――――――――――――――――――――――――――――――


「おや」

「今度はザインさんですね」

「そだね」


 ザインさんということは南の中間ポータルでしょう。水流の迷路、ゴンドラに乗って迷路を進む必要がありそうですね。ザインさんがマップデータの交換をいい出したのはこれが理由かも知れませんね。私の手持ちのデータとでは釣り合いが取れそうにありませんし。


 テロン!

 ――――フレンドメッセージが一通届きました。――――


 噂をすれば何とやら、ザインさんからですよ。データの交換の日取りを決めたいそうです。私としては、明日は学校に行かなければいけないので、それ以外ならいつでも大丈夫だと送っておきましょう。ちなみに、今日は同盟クランの方へ報告やら何やらがあるそうなので、明日以降に連絡をくれることになりました。


「そんじゃ、また今度ね」

「はい、お疲れ様です」


 リコリスにも挨拶したのでログアウトです。

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